金週初めの胸中成竹
ゴールデンウィーク初日。
連休の始まりということもあってか、ニュースでは旅行やレジャー施設の話題が多くなり、なんでもない住宅街でさえいつもより人の気配を多く感じられる日だ。
全国で休日を謳歌する若者や旅行者の笑顔と接客業の悲鳴が強く轟くこの日。
僕は神社で掃除用具の整理をしていた。
僕には週に一度のルーティンワークとして、この神社で掃除をしている。とは言っても、主に境内の草むしりや掃き掃除なんかの軽いものだけど。
しかし、今回こうして掃除用具の入ったロッカーの前で道具を出し入れしているのはいつもと違う事情があってのことだった。
先週の掃除の際、この神社を管理している氏子のお婆さん……アザミさんからこの連休中に社の裏にある蔵を軽く掃除してほしいと言われたのだ。
「……」
ロッカーの隣に建つ蔵を見上げる。
境内の社よりも大きい蔵で、その中には重い物も多い。掃除しようものなら結構な重労働となるだろう。
なので僕は『いっそのこと中をまるっと大掃除してしまおう』と提案し、友人を招集して皆で掃除することになったのである。
ということで、明後日の大掃除に使う道具を確認している現状に至るわけだ。
「よし、問題なさそうだな」
当日使いそうな道具の確認を終え、戸を閉めて施錠する。
……しゃがんで作業していたので足腰が痛い。
「あ、終わったん?」
伸びをしながら軽く歩いていると、社の拝殿から声を掛けられた。
振り向くと人影……いや、白い神影がのっそりと中で起き上がるのが見えた。
「お疲れ様です、土地神様」
肩と腕を伸ばしながら軽い調子で返事をすると、声の主はふわりと宙に浮かびながら社の窓枠から文字通り飛び出してきた。
透き通るような白くて長い髪と肌。
同じく白くて豪華な着物。
全体的に白くて儚げな美少女にしか見えないが……彼女はこの神社で祀られている土地神様。この辺り一帯の土地を護るありがたい存在である。
神通力と呼ばれる様々な超能力を行使することができ、先月も人助けに一役買った凄い方だが……神様なだけあって人間とは常識がズレているところや、世間知らずで人見知りなところもある。
先月ちょっとした巡り合わせで出会った僕の友達でもあり、現在は神社を管理している榎園家に居候中だ。
「そんな畏まった言い方せんでいいって。いつも通りでいいよ」
「いやぁ、神社で神様と一対一ってなるとなんとなく。……それじゃ行きましょうか、キリさん」
土地神様を名前で呼びつつ、社の横に置いていた荷物を持って一緒に鳥居を潜って階段へ向かう。
そして道すがら雑談をしながら山道を下っていると、キリさんが思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば今朝、サラさんがセキさんに話があるって言っとったよ」
「サラが?」
僕らが口にしている人物……榎園サラはキリさんが居候している榎園家の娘である。アメリカ人ハーフの明るい女の子で僕とは仲の良い友人だ。
そんな彼女が僕に話がある、と。
「うん。じゃけえ後で家に寄ってほしいってさ」
「分かりました。伝言ありがとうございます」
昨日神社に行くことを連絡した時は何も言ってなかったような。
ま、どちらにしろロッカーの鍵を返しに家には行くわけだし別にいいか。
適当に納得しながら、僕とキリさんはまた雑談に花を咲かせながら榎園家へと向かった。
「失礼しまーす。鍵返しに来ましたー」
「サラさーん。帰ったよー」
榎園家の扉を開けて玄関に入り、キリさんと一緒に声を掛ける。
それから少し待つと、目の前にある階段の上からパタパタと足音が聞こえてきた。
「Goodmorning, セッチャン。キリチャンもオカエリー」
そんな挨拶と共にさっき話していた友人、サラが赤毛のポニーテールを揺らしながら階段を下りてきた。
寝起きなのだろう。部屋着のまま眠そうな顔をしている。
「おはよう、サラ。アザミさんは?」
「オバァチャンならCycling。まだ帰ってないヨ」
「そっか。じゃあいつもの場所に鍵置いとくって伝えておいて」
「分かった。あ、キリチャン。ユキチャン先輩からNew Book Image届いてたから部屋のPadに送っておいたゼ」
「え、ほんま!?」
サラの言葉を聞くや否や、キリさんはすっ飛ぶように二階へと駆けていった。
サラが言っていたユキチャン先輩というのは、僕の姉貴の後輩であるニシユキさんのことである。
先月色々あって知り合い、キリさんによって助けられた女性なのだが……キリさんの愛読している同人誌の作者でもあるのだ。
最近はサラを介して連絡を取り合っているようで、イラストや漫画の画像を送ってもらっているそうだ。
文字通り全力で趣味に走っていった土地神様は放っておいて、僕とサラは飲み物を取りにキッチンへと向かった。
「ところでセッチャン」
「なんだいサラ」
「なんでコッチ見ないノ?」
冷蔵庫からアザミさんのご厚意で置かせてもらっている自分用のお茶を取り出していると、そんなことを言われた。
なんでってお前、それは……。
「……いや、お前薄着だし。紳士として見ないようにしてるだけっていうか」
僕の顔を覗き込もうとするサラから目を逸らしながら、コップに注いだお茶を口にした。
……あの、そう前かがみになると見えるって。どこがとは言わんがお前の自己主張の激しい部分がだな。
「セッチャンなら見てもイイヨ?」
僕が頑張って目を逸らし続けていると、視界の外からそんなことを言ってきやがった。
……この女は時折こうして内心をかき乱すようなことを言うけれど、それは特に何も考えていないからこその発言だと僕は知っている。
コイツとは出会って一年……特に仲良くなったのはここ半年くらいだけど、そこはもう学びまくったからな。
とはいえ僕も女性に興味ある思春期の男子。どうしてもサラの凶悪な胸部装甲へと目が吸い込まれそうになる。
しかし僕は紳士な男でもある。皆に優しく、紳士的であれと姉貴に教わった身として、隣に居る友人へ下種な行動を取るわけにはいかない。
そう、こういう時こそ冷静に、冷静に……。
「ふんッ!」
(ゴキィッ!)
冷静に自分の顔を掴み、全力で首を捻った。
「セッチャン? なんかスゲー音したケド大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。心配しなくても紳士であることは全うしたつもりだよ」
「何言ってるか分からねーケド、セッチャンが何かを間違えてるコトは分かったヨ」
間違えてなどいないさ。自分の煩悩と戦ったが故に事故が起こっただけだ。
「まあ僕のことは一旦置いといて……キリさんから聞いたけど、なんか僕に話があるんだって?」
「そのまま話すんだ……」
明後日の方向を向いたまま先程キリさんから聞いた話を投げかけると、背後から聞こえるサラの声が何か呆れたような引いたような色を含んだものになった。何故だ。
とにかく、可愛い子から話がある、とか言われたらときめくところだけど……さっきも説明した通り、コイツのことだ。どうせ用件も大したことないものだろう。
そう高を括り、窓の外を眺めていたところで、
「マ、イイや。……セッチャン、明日デートしようゼ!!」
そんな提案が飛び出してきたので驚き、思わず顔をサラの方へと戻した。
僕の首から二度目の鈍い音が鳴った。




