28話 土地神様と神社の謎 その一
「……悪いな、遅くなった」
衝撃の真実に打ちひしがれることになったノロイさんを皆で慰めていると、榎園家のインターホンが鳴った。
サラと一緒に玄関へ向かうと、そこには紙袋を持ったフキが立っていた。……が、なんだかいつもと奴の雰囲気が違っていた。
──ゴゴゴゴゴゴ……。
コイツにしては珍しく余裕のない、何か怒ってるような強張った顔つきをしている。
学校で別れた時は普通だったはずだけど、なんだか効果音のような幻聴まで聞こえる始末。一体何があったんだ?
「お、お疲れ……いやどうした。なんかあったの?」
「Look pale. ダイジョブ?」
「いや、なんか腹の調子が悪くてな……すまんサラ、トイレ借りていいか?」
「イイヨ。案内するネ」
──ゴゴゴゴゴゴ……。
なんだ、ただの腹痛か……ていうかコレ腹の音かよ。
昨日のバラムツといい、ここ最近フキの運が悪い気がする。特に腹部に対して。
コイツもキリさんにお祓いしてもらった方がいいんじゃないのか?
「ああそうだ。コレ」
トイレへと案内され、扉に手を掛けたところで持っていた紙袋をこちらに寄越してきた。
中を確認すると、お茶菓子と紙束の挟まれたファイルが入っている。
「Wow, Looks luxury」
「うん、高そうなお菓子だ。で、こっちが例の?」
「そうだ。ただ流石に原本丸ごとコピーはできなかったんで、大まかな内容と一部の写真をまとめたやつを作っといた。あと、古い資料だからか結構エグいことも書かれてたからその辺はあんま入れてねえ。だから詳しく書かれたやつについては後で俺に言うようにニシユキさんには伝えておいてくれや」
「お、おお。忙しいのにありがとう」
昨日の今日でそこまでやったのかよ。
ファイルの中の資料、結構厚いし……ホントにスペック高いなコイツ。
──ゴゴゴゴゴゴ……。
「おぉぅ、すまん、借りるぜサラ……」
「アイヨ。行ってらっセイ」
話の途中でまた腹痛の波が襲ってきたようだ。
戦場にでも赴くような声色で青い顔の親友は扉を閉めた。
「──えっ!? でえたが残っとるん!?」
「あ、はい。本は全部処分しちゃいましたけど、データそのものは残ってますよ。……でもいいんですか? 今回のお礼があの本の続きだなんて」
「いいですむしろそれしかないですありがとうございます!!!!」
親友から渡された紙袋を持って客間へ帰ってくると、ニシユキさんに向けて叩きつけそうな勢いで頭を床につけているキリさんの姿があった。
「あ、おかえり」
「ただいま……で、何アレ?」
「姉さんのパソコンに例の本のデータが残っていたそうでな。それを伝えたところキリさんがあのように頭を下げているというわけだ」
「ナルホド。キリチャンも嬉しそーで何よりでゴザル」
「ノロイさんは?」
「ここにいるわ」
「……」
僕の問いに答えるようにイザがリンギクさんの手のひらの上を指した。
そこには力なく横たわる折り鶴が一つ。
指でつついてみるも、反応どころか声すら聞こえない。
「し、死んでる……」
「動いていないだけだ。匂いが嗅げないのが相当ショックだったようだな」
「それでそっちは? さっきのインターホン、フキじゃなかったの?」
「いや、合ってるよ。でもなんかアイツ腹下したみたいでさ。今はトイレに篭ってる」
「ええ……昨日もそうだけど腹にダメージ入りすぎでしょ。アイツもキリさんにお祓いしてもらった方がいいんじゃない?」
「僕もそう思った」
イザに親友の悲しき現状を伝えると、奇遇にも僕と同じ意見が出てきた。
なんとも巡り合わせが悪いというか、アイツもなんか憑いてんのかね……。
「それで、その袋の中に例の物が入ってるの?」
「うん。コレがそうだってさ」
「Sweetsも貰いまシタ」
袋から紙束の挟んであるファイルを取り出して見せると、隣のサラもお菓子を取り出して見せた。
それにしてもきちんとお茶菓子を持ってきているとは……どれだけ急いでいて切羽詰まっていても手ぶらでは来ない男、柊崎。こういったところは律儀だから憎めないんだよな……。
「あら良いお菓子。じゃあ早速それ貰いながら皆で見ましょうよ」
「Ah...ワタシは昨日見たからイイヨ。Refill... お茶淹れ直してくるから、Ghostチャンも気分転換テコトで一緒に来るかネ?」
サラに呼ばれたゴーストちゃん……ノロイさんがヨロヨロと力なく浮遊し、彼女の肩に止まった。
返事すらしない辺り、本当に滅入ってしまっているようだ。なんかちょっと可哀そうになってきたな……。
そうしてサラとノロイさんは退室し、残った僕ら五人で手元のファイルに目を通すことになった。
その前にまずは……フキが言ってたことをニシユキさんに言っておかないと。
「今トイレに籠ってる友人によると、時代柄刺激の強い資料は別にあるそうです。そちらが入り用であれば後で言ってほしいとのことだったので、ニシユキさんはその確認込みで読むようにお願いします」
「あ、はい。分かりました」
「刺激……そんな闇の歴史があの神社にあるというのか?」
「あー……なくはない、かも」
「えっ」
曖昧に相槌を打つキリさんに対してイザが少し動揺している。グロテスクとかホラー系ダメだもんなお前。
そんな会話を挟みつつ、僕はファイルから紙を取り出していった。
「あの神社、稲荷神社だったのか……」
「なんで一番通ってるアンタが知らないのよ……これ、神木の写真かしら」
「こっちは社殿の建築様式に関わる記述か」
「うん。……この資料、よく纏められてるね。少し体裁を整えれば、ほとんどこのままレポートで出してもいいくらいだよ」
「無駄に高スペックな僕の親友製ですからね」
「アイツ、ノートも結構綺麗に取ってるもんねー」
読み進めること数分。
資料に書かれた情報にそれぞれが反応したり会話を交えながら、順番に回し読みしていった。
「あの、キリさん。ここの表現って──」
「あ、はい。そこはね──」
時折、キリさんへと質問が飛ぶ。
彼女も資料に目を通しているけれど、仮にも土地神様。既に神社については色々知っているので、資料について分からない部分や古くて分かりづらい表現に関して解説してもらっているのだ。
「ここに書いてある集会とはなんだ?」
「あそこは一時期不良の溜まり場になっとったんよ。その注意喚起について書かれとるね」
「……ホントだ。ラクガキも写真に写ってるわね」
「罰当たりなことするもんだな。あ、こっちの鳥居の端のシミもそういう人達が?」
「あ、それ近所の男の子が立ち小便した跡」
流石は祀られてる土地神様というか、割とどうでもいいことまでよく覚えている。つーか罰当たりな参拝者が案外いるんだな……。
「……ん?」
生き字引……いや神字引? に感心しつつ次のページを捲ると、綴られている文章の中に一つ気になる部分を見つけた。
『境内に設置されていた慰霊碑について。』
『写真、及び別途の資料から墓石と共に存在は確認できるが、現在の境内に墓石・慰霊碑共に実物は確認できない。』
『後年に移転したものと考えられるが、そういった資料は確認できておらず、現時点では詳細不明である。』
『また、残っている写真は以下の一枚のみであり、損傷が激しい為刻印されている文字は解読が難しい状態であることが伺える(写真5-4)。』
フキの主観的意見を交えた短い記述。そしてその下には写真が一つ。
文章の通り、写真にある墓石と慰霊碑は傷ついていて文字はほとんど読むことができない。
……こんなもの、あの神社の境内にあっただろうか?
「あの、キリさん。ここに書かれてる慰霊碑ってなんです?」
「……ああ、うん。それね。えーっと……いつだったか忘れたけど、移動してね。今はあそこにないんよ」
なるほど、既にお引越し済みだったのか。
それもキリさんが覚えていないとなると相当前なのかもしれない。どおりで見たことがないはずだ。
……それはさておくとして、結構読んだけどまだまだ量があるな。
こうやって文章を見続けていると、目も疲れるし肩が凝る。学校の疲れも重なって余計に、だ。
ただ、その分あの神社について詳しくなれたのはなんだか少し嬉しい気分でもある。
小さい時から行き来している場所だからというのも勿論だけど、キリさんについて少し知れたような気がしたからだ。
まあ、この資料には当然のようにキリさんに関する情報は載っていないけど……それでもなんとなく、ね。
「はい! 質問、よろしいだろうか!」
そんな風に考えていると、未だ最初の方のページに目を通していたリンギクさんが元気よく挙手した。
「あ、はい。なんかね、リンギクさん」
「1945年竣工とあるが、キリさんはその頃からあの神社に居られたのか? それともその前から? そもそも神としてあの神社に降り立ったのはどういう経緯なんだ!?」
リンギクさんは鼻息荒くキリさんへと距離を詰めながら矢継ぎ早に質問を口に出していった。
神社の事じゃなくてキリさんへの質問じゃねえか。いや僕も気になるけど。
「あ、はい。神としてあそこに住み着いたのは神社が出来た頃で合っとるよ。経緯って言うと……うーん、説明が難しいね。元々私が宇迦之御魂大神様の御使いの狐だった話からせんにゃいけんし」
『キリさん狐だったの!?』
サラッと出てきた衝撃の告白にキリさん以外の全員が揃って声を上げた。
……キリさんについて知れた気がすると言ったけど、前言撤回しよう。
まだまだこの神様については分からないことが多い。




