26話 土地神様と浄化の儀式 その三
「……? どうしたん?」
一連の作業を終えたキリさんは破って散らした紙を神通力で一つにまとめつつ、横で唖然として見ていた僕らに対して首を傾げている。
いや、どうしたと言われましても……。
「その、めちゃくちゃ驚いてしまって……え、キリさんですよね?」
「ニセモノ?」
「え? 偽物の私っておるん?」
あ、この感じ。いつものキリさんだ。
よかった……さっきまでの彼女は本当に別人としか思えないレベルで凛々しかったから、別物に置き換わったかと思ってちょっと焦ったよ。
「……いや、そっちもだけどさ。さっきのなんなんですか!? 非現実的すぎるっていうか……」
「イザ、落ち着け。現実だ」
「It’s Reality」
「毎度のことだけどなんでアンタらそんなに落ち着いてられんのよ。普通少しは慌てるでしょ」
「だって神様ならあのくらいできてもおかしくないだろ」
「ダヨネ」
「全部それで通ると思うなよ思考放棄共」
僕とサラが『キリさんなら当然』といった体で話していると唐突に罵倒された。酷い言われようである。
しかしイザにそういう反応をされるとこっちのリアクションが間違ってるような気もしてくる。
「……たしかに今までのキリさんを見てると『ちゃんとこういうこと出来たんだ』って思えてきた」
「今まででイチバン神様っぽかったよネ」
「アタシが言いたいのはそういうことでもないんだけど……それはたしかにそうね」
「神様なんじゃけど?」
三人揃って真顔でキリさんを見つめると不服そうな顔を浮かべられた。
実際ほとんど神様らしいところを見せていないんだから当然の反応な気はしますよ。
「神様?」
「あ、そういえば言ってませんでしたっけ。キリさんは──むぶふっ」
「あー大した話じゃないんで気にしないでください」
事情を知らないニシユキさんに説明しようとしてイザに口元を抑えられた。
何故だ。さっきの光景を見た今なら言っても普通に信じると思うぞ。
そんな異論を唱えようとしたら『ややこしくなるから余計な事を言うな』とイザの眼光が語っていた。すいません。
「は、はあ……でも本当にびっくりしました! かっこよかったです……!」
「え? そ、そうかね? へへへ……」
ニシユキさんに称賛され、キリさんはだらしない笑みを浮かべて照れ始めた。
この格好のつかないデレデレとしたニヤケ面、マジでさっきまでとは別神なんじゃないの?
そんな疑惑はさておき、一つ気になることがある。
さっきから呆けて動かない銀髪眼帯の後輩、リンギクさんのことだ。
「リンギクさん?」
「……」
「おーい」
「…………」
ダメだ。目の前で手を振っても動かない。
うーん……彼女はさっきのキリさんが行ったようなトンデモ現象が好みだと思ったんだけどな。何故か石造りの像のように固まってしまっている。
「あー……多分、驚きや感動が許容範囲を超えてしまっただけなので心配はないと思います」
「あ、そうなんですか。よかった」
「うるさくなくていいわね」
従姉の前で辛辣だなイザクラ先輩。
まあ目の前の後輩がそれだけいつもうるさいのだろう。イザとリンギクさんが二人きりの時の状態はよく知らないけれど、今までの感じからして容易に想像できる。
とりあえずこのまま放置というのもアレなので……社の拝殿に寝かせておこう。
「ええっと……じゃあ本題ということで、今度はお二人の方をどうにかしていかんとね」
「え? さっきので終わりじゃないんですか?」
「さっきのはこっちの本にこびりついてたものを封印して浄化したんよ。ニシユキさん達の呪いと同じようなものじゃったけん、前段階としてついでに処理したというか……言うなれば先に私の考えてたやり方がちゃんと通じるか実験してみたような感じじゃね」
ああ、そういえばリンギクさんの本とニシユキさん達の呪いは切り離されてるって話だったな。本から出ていた靄のインパクトが強すぎて混同していた。
「実験ねえ……あ、そうだ。キリさん、質問いいですか?」
「あ、はい。なんでしょうかイザクラさん」
「いや、そんな畏まらなくても……まあいいや。結局この呪いってどういうものなんですか? 昨日は同人誌を見てから対策を思いついたみたいでしたけど……」
「あ、そういえば説明しとらんかったね。上手く言えるか分からんけど──」
イザの質問にキリさんはあらためて今回の呪いについて話し始めた。
彼女の説明を簡単に要約すると、今回の呪い……ニシユキさんの周りに浮かんでいる黒い靄は紙に吸収されやすい特性があるのだという。
リンギクさんの話と同人誌の状態でそのことを確信したようで、特に呪いを吸収しやすい特性である古めの半紙を用意。その中に封じ込めてからまとめて浄化することでニシユキさんに影響を及ぼすことなく靄を切り離せるらしい。
先程の儀式はそれを確認するための実験だったらしく、実際にリンギクさんの持ってきていた本は先程の実験を経て呪いから完全に切り離され、本来の色を取り戻したとのことだ。
「──なるほど。じゃあその本の状態を見る限り、実験は成功ってことでいいんですよね?」
「あ、はい。何百年分か知らんけど、本に憑いとったもの全部まとめて封印したけえ、勢い余って色も本来の状態に戻ってしもうたみたいじゃけど……」
「ああ、それで本が白く……何百年?」
「あ、はい。この本、凄い古いみたいじゃね。すっごい量の穢れとか呪いとか蓄積しとったし、このベルトもそれを封じるための物だったみたい」
封印と一緒に壊してしもうたけど、と続けながら無残に千切れたベルトを見せてきた。
「もしかしてさっきキリさんが動かしていた半紙と同じような役割だったり?」
「あ、はい。まあ、今回呪いが発動したことで堰を切ったみたいじゃけどね」
「元々限界だったってことですか」
「……放っといたらどうなってたのかしら」
「うーん……この本から出とった靄はニシユキさん達のとは違って、本当に命に関わるやつじゃったけんねえ。持ち主であるリンギクさんもじゃけど、周りにも被害が出たじゃろうし結構な数の死人が出とってもおかしくなかったかも」
何でもない顔で恐ろしい情報をつらつらと述べられ、僕とイザは冷や汗を流した。
……もしかして、いやもしかしなくても……割と危ない状況だったのか?
「あの、一応訊きますけどそれって……キリさん以外の人に対処はできたんですか?」
「え? うーん……ほとんど無理じゃろうね。じゃけえ今のうちに対処できたのは丁度良かったかも」
あはは、と控えめに笑うキリさんと対照的にゾッと血の気が引いてしまった。
どうやら意図せずして不発弾処理成功のような状況に至ったらしい。成り行き上とはいえ、この土地神様に処理を任せたのは本当に大正解だったようだ。
「なんつーモン持ってんのよこの子……」
「ちなみにその実験《Experiment》がシッパイしてたらどーしてたノ?」
「その時はこっちの本は神通力で無理矢理浄化して、ニシユキさん達の方は……最終手段として一か八かノロイさんごと靄を全部消し飛ばそうかと」
「……最終手段に踏み切るの早くないですか?」
「見た目じゃわからんと思うけど、呪いの進行が結構早くてさ。ちょっと急いだ方がいいと思って」
え、そんな切迫してんの?
振り返ってニシユキさんを見てみるが、昨日よりも靄が少し増えている程度の違いしか分からない。
……まあ、キリさんが嘘をつくことはないだろうし、本当の事なんだろうな。
「じゃあ急いだ方がいいわね。手早くお願いします」
「あ、はい。でもちょっと待ってね。思ったより準備しとった紙を使ってしもうたけん置き直さんにゃいけんし……それにノロイさんの方にも訊いとかんといけんことがあるけえ、そっちの確認もせんと」
「えっ……じゃあ、また入れ代わらないとダメなんですか……?」
「はい」
嫌そうな顔のニシユキさんに対してキリさんが頷くと、ニシユキさんの眉間にさらに皺が寄った。
そりゃまあ、あの変態に交代しないといけないのは嫌ですよね。気持ちはお察します。
「じゃあやりますね。えいっ」
「ちょっと待っ──ぁん? どこだここ?」
ニシユキさんの答えを待たずしてキリさんは容赦なく神通力を行使した。
おかげで無事(?)二人の精神は入れ代わったようで、ノロイさんは不思議そうに辺りを見回している。
「ノロイさん。こんにちは」
「おう、ソービキ弟。こんにちは……って挨拶したとこで悪いんだが今どういう状況だ? 公園にいたのは覚えてんだが、そこから記憶が曖昧でな」
「呪いの解き方が分かったので一日経ってキリさんの神社に来ました。今から実行するところです」
「OK全て理解した。早速やっちまってくれ」
ノロイさんは僕の簡潔な説明に頷くと、即座にグッと親指を立てた。
話が早くて助かるけど躊躇が無さすぎる。この幽霊、覚悟決まりすぎじゃない?
「あ、はい。ただその前に一つ、ノロイさんに確認したいことがあるんじゃけど」
「あん? なんだ?」
「色々解決するのとか抜きにして……ノロイさん自身は成仏したい?」
「したくねえな」
キリさんからの質問に対し、ノロイさんは真っ直ぐな目で即答した。
その答えにキリさんも「そっか」と淡々とした返事をしながら自身の着物の袖の中をモゾモゾとまさぐり始めた。
「じゃあ、ノロイさんは成仏しない方向でニシユキさんから引き剥がすね。それで……こん中で好きな色ってある?」
そう言って彼女は袖の中から数枚の折り紙を取り出したのだった。
キリさんが言うには、基本的に先程のような形で靄の封印を行うらしいのだが……ノロイさんが成仏しないことを選択したので、少しだけ手を加えて儀式を行うとのことだった。
そのためには半紙とは別の紙を用意する必要があり、採用されたのが偶然にも榎園家にあった折り紙だったというわけだ。
「はい、できましたよ」
「アタシもできた」
「ではではキリチャン。この中ならどれがヨキカナ?」
「皆ありがとう。うーん……これが一番綺麗かな」
「ヨッシャー!」
僕とイザとサラが各々で作った朱色の折り鶴を並べると、キリさんは少しだけ迷ってからサラが作ったものを手に取った。
なぜ突然僕らが折り鶴コンテストを開催しているかというと、キリさんから『他の紙と区別しやすいように形を変えておいたほうがやりやすい』と説明があったのだが、その時に「ンジャ、皆でMakingして競争だ!」とサラが言い出したのが発端である。
そして三人で折った中からキリさんに選んでもらうことになったというわけだが……選ばれたのはサラの作った鶴だった。
うーん悔しい。
しかしまったく皺の無い綺麗な折り目で良い出来なところを見るに、素直に負けを認めざるを得ない。完敗である。
「アンタ、折り紙得意だったのね。ちょっと意外かも」
「オバァチャンのテツダイでこの神社のシデ? とかも折ってたからネ」
「なるほど、紙垂か」
サラは得意げな顔でフフン、と鼻を鳴らしてみせた。見事なドヤ顔である。
そういうところは神社の娘らしいよな。
「マー、ソレを抜きにしてもJapanese ORIGAMI って面白くてヒマな時やっちゃうのよネ。Hobby……趣味ってやつヨ」
「あ、そうなんだ。他に何か折れるの?」
「Spiderとか折れるヨ。今度二人にも教えてしんぜよう」
「ありがとう。……ところでサラ」
「なんだネ、イザ」
「それ、平気なの?」
誇らしげに大きな胸を張るサラとは対照的に、言いにくそうな顔で彼女の背中を指さすイザ。
「スゥ──────…………ムフゥ──────…………」
そこにはいつぞやで見た光景が広がっていた。
そう、サラの背中に蝉のように引っ付いて体臭を嗅ぐ変態、ノロイさんである。
「変なカンジはするケド、無問題だゼ」
「スゥ───……」
「ビジュアルに問題が大有りだよ。軽くホラーだもん」
「ハァ───……」
「話には聞いてたけど、ニシユキさんの見た目だからギリ許されてるわよねコレ」
「スゥ───……」
「正直それはあると思う。ただ、ノロイさん自身ですら元の姿や性別が分かってないみたいだし、もしかしたらおっさん」
「やめて、考えたくない」
「ハァ───……」
僕らの会話などお構いなしにノロイさんは赤いポニーテールの下で吸引を続けている。
昨日と変わらない光景だ。一度見ているとはいえ怖い。
「スゥ───……っとと」
「Oops, 落ちますゾ。ヨイショ」
「おう、ありがとな。フゥ───……」
体勢を崩しかけた変態を気遣うようにサラは背負い直した。
コイツはコイツでなんで初対面なのに普通にしていられるんだ。目の前の赤い友人の強靭すぎる精神も怖くなってきた。
「ノロイさん」
「赤い嬢ちゃん、悪くねえ匂いしてるぜ。少し香水の匂いもすっけどな」
「別に感想を求めて呼んだわけじゃないです。準備できたんですからさっさと離れてくださいよ」
「待て、もう少し……スゥゥゥ─────」
「ふんっ」(ベシッ)
「ゴホォッ!?」
最後の一息とばかりに長く吸引しようとする変態幽霊蝉を軽く叩いて中断させた。
昨日のように呼吸切れで倒れられても困るからな。……いや、むしろこのままの方が困るから気絶してもらった方が良かったかな?
「まったく……キリさん、お願いしてもいいですか?」
「あ、もうちょっと待ってね。今並べよるけん」
地に落ちたノロイさんを尻目にキリさんへと振り返ると、さっきのように地面に半紙を並べ直していた。さっき言っていたように儀式の準備をやり直しているらしい。
「手伝います。さっきと同じように並べればいいんですよね?」
「アタシも手伝うわ」
「あ、はい。二人ともありがとね」
イザと一緒に姿勢を落とし、手分けして半紙を地面に並べていく。
神様の手伝い……なんて言うと大仰だが、円状に並べるだけだからそこまで手間はかからない。
さっきの例もあってか念には念を入れて少し多めに配置するとのことなので、紙の量は少し多いけれど単純な作業である。
「ワタシも手伝おっか?」
「いや、アンタはその変態を抑え込んでおいて。放っといたらアタシんとこ来そうだし」
「よく分かってんじゃねえか。嗅いでもいいですか?」
「訊けばいいわけじゃないってのよ」
作業の片手間にイザに軽くあしらわれたノロイさんはしょんぼりと眉根を下げた。
身体がニシユキさんなせいで普通に可愛いから頭が混乱するな……。
そんな美少女フェイスを間借りしているノロイさんの肩にサラの手が置かれた。
「マーマー、ワタシとTalkingでもして待とうゼ」
「……そうだな。引き続きお前の匂いを嗅がせてもらうか」
「イヤ、それはもういいや。それよりもだナ、そのー……さっき香水がーって言テタケド、もしかしてワタシってクサい?」
「いや、むしろ良い塩梅だと思うぞ。そうだろソービキ弟」
「同意を求めないでください。コメントに困ります」
作業しながらため息を吐く。
その質問、どう答えても僕にメリット無いでしょ……なんでサラまでちょっと気になったような顔してんの?
そんな会話を交わしつつ引き続き紙を並べていると、「ああそうだ」とノロイさんが思い出したかのように口を開いた。
「実はさっきから気になってたことがあるんだが……」
「なんですか。くだらない事なら後にしてくださいよ?」
「お前らの顔がぼんやり赤くて丸い感じに見えてきた。コレ呪いの進行ヤベェんじゃねえの?」
「二人とも急ぐぞ!! ニシユキさんがヤバイ!!」
僕の悲鳴を皮切りにキリさんとイザも大急ぎで紙を並べ始めた。
どいつもこいつも重要な話をサラッと言うんじゃないよ、本当に。




