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雷の魔女 ④

 アイシャは暫く無言のまま、魔女の顔を凝視していた。


(フェリシアは、アルメリアの娘!)


「何だその反応は? 戦交官は意外と情報に疎いのか?」


「揶揄うのは止めなさい。彼女が任務を遂行するに当たって、必須の情報ではないわ。」


 二人の会話を聞きながら、アイシャは初めてアルメリアを見た時の印象を思い出していた。誰かの面影があると思っていたが、それはフェリシアだったのだ。同時に紅凰館で対峙した時の記憶を呼び覚ます。


「ええ……知らなかったわ。それとフェリシアは、圧倒的な魔力を持っていた。私が魔女になっても及ばないくらいだと思う。」


「そうね。フェリシアは鴉の魔女。この国で鴉の魔獣と契約した者は、普通の魔女よりも膨大な魔力を手に入れるわ。後ろにいる『ムーナ』と契約した私と同じように。」


 『フェリシア』と言う瞬間、魔女の瞳には僅かな憂いが浮かんでいた。アイシャはその変化に気付いていたが、理由までは思い至らなかった。


〈初めまして、火の魔女の戦交官。カトレアは元気かしら?〉


 突然、アイシャの頭に落ち着いた女性の声が響く。驚いて魔女の背後にいるムーナを見やり、再び魔女に視線を戻した。


「さっきから気になってたけど、カトレアと面識があるの?」


「ええ、もう五年前かしら。カトレアがロンディウムを公式に訪問したことがあるの。彼女はちょうど貴方が座っている席に着いて、私と話をしていたのよ。」


 アイシャは紅凰館での会話を思い出した。セルバンは『彼女には様々な目的がおありで、私の開業の支援はその一部だったようです。』と言っていた。カトレアの目的の一つが、雷の魔女を訪問することだったのだ。


「……そうだったの。カトレアと何を話していたの?」


 アイシャはいつの間にか警戒を解き、身を乗り出すようにして訊いていた。親しみ深く『カトレア』と言う魔女であれば信用できると判断していた。


「様々よ。帝国と王国、それぞれが抱える課題や今後の外交関係……。そして、もちろん貴方のこともね。」


「私?」


 目を丸くするアイシャを、微笑みながらアルメリアが見つめる。


「そうよ。両国の関係性が悪化した場合、カトレアは貴方を派遣すると言っていたわ。彼女との繋がりは私にとって貴重なもの。私がロンディウムにいる限り、貴方がみすみす警察隊の手に落ちるような事態にさせないことは、彼女の計画の内だったのでしょうね。」


 アルメリアが小さくため息を吐く。アイシャは、蘭華荘で会心の笑みを漏らすカトレアを思い浮かべた。


「火の魔女には未来が見えている。拡大を続ける帝国がいずれ王国と衝突することは、手に取るように分かったのでしょうね。」


 アイシャは五年前のことを思い返す。当時は西大陸で起きた大戦の爪痕が大きく、軍備の増強や周辺国との同盟の強化が急がれていた。その中で、火の魔女は遠く海を隔てた帝国の動向を把握し、前もって手を打っていたのだ。


 アイシャは今更ながらも、カトレアの慧眼けいがんに舌を巻いていた。


「確かに当時は思いもしなかったけど、今は衝突が増えてきているわ。帝国は本当に戦争を望んでいるの?」


「……そうね。議会は既に主戦派が多数を占めているわ。我々はそれに異を唱えているものの劣勢よ。そして、帝室も戦争を望んでいる。」


「遠征の採否は帝国議会で決まると聞いたわ。遠征を止める方法は無いの?」


 まるで立場が変わったように質問を繰り返すアイシャを、ルーファスが呆れた表情で見る。一方で、アルメリアは微笑みながら問いに答えた。


「かなり難しいわね。暗殺事件が無ければ希望は残されていたかもしれないけれど、もう望み薄よ。」


 アルメリアの視線が鋭くなる。


「さっき貴方は、政治家の暗殺が火の国の意思に反していると言ったわね。我々も同じ結論を出したわ。この事件には、両国とは別の意思が関与しているはずよ。」


「第三者の意思?」


「ええ。暗殺事件には首謀者と実行犯がいる。首謀者は、……残念ながら帝国人だと踏んでいるわ。刻一刻と変化する暗殺対象の居場所を特定するには、事情を知っている帝国人が情報を提示していたと考えるべき。


 そして実行犯は、明らかに帝国人ではない。貴方の情報からすると西大陸出身なのでしょう? それが遥々帝国まで来て暗殺に加担するからには、相応の意思を持っているはずよ。」


 アルメリアが言葉を切る。アイシャは事態が単純な話では済まないことに気付いていた。


「両国の戦争を望む第三者が存在するっていうこと?」


 アルメリアが微笑みながら頷く。その隣にいるルーファスが『今更分かったのか』とばかりに眉を上げる。その眉に火を点けたい衝動をアイシャは抑えた。


「その通りよ。今回の遠征は、もう止めることができないでしょう。だから、更なる戦争の火種を予め取り除いておきたい。そのためには貴方の協力が必要よ。」


 アイシャは左腕に付けた腕輪に視線を向けた。魔女から協力を持ちかけられてはいるが、依然として自分が不利な状況にいることを思い出す。


「私に何をしろと言うの? まだ時計塔から出ることは許されていないのでしょ?」


 アイシャは目を細めて魔女を見つめる。その言葉には微かな棘が含まれていた。


「ええ。貴方の処遇はまだ決まった訳ではない。少なくとも二日間は時計塔の管理下に置かせてもらう。でも身の安全は保障するわ。」


 アルメリアが眼鏡を掛け、アイシャを真っ直ぐに見つめ返す。


「二日後に、遠征の採否が決まるまではね。」

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