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雷の魔女 ③

「ああ、まずは今話に上がった『より重大な事件』について説明する。」


 アイシャはルーファスに相対するように向きを変える。彼の話を聞きながらも、常に雷の魔女から自分の一挙手一投足を観察する鋭い視線を感じ、アイシャはごくりと唾を飲み込む。


 こちらに備える時間を一切与えず、一方的な取り調べが始まった。


「その事件とは、反戦派の政治家を狙った暗殺事件のことだ。今まで三人の政治家が犠牲になっている。いずれも反戦派として大きな影響力を持っていた議員たちだ。……これによって、主戦派が大いに勢いづくことになる。今までチャンドラー議員が中心となって、反戦派の結束力を高めて来たっていうのに、その努力が水の泡さ。」


「ルーファス。貴方の意見は要らないわ。事実だけ話して。」


 アルメリアが視線を一切動かさずに、ルーファスを制す。


「……すまない。お嬢ちゃんに訊きたいのは、件の刺客との関係だ。お嬢ちゃんとその刺客にはいくつかの共通点がある。例えば……、瞳が紅いことだ。」


 アイシャの鼓動が一際大きく跳ねた。


(もしかして、帝国に来ているというの……? でも、一体どうして?)


 アイシャの目が僅かに見開かれる。ルーファスはその動きを見逃さなかった。


「何か心当たりがあるのか?」


「……いいえ、無いわ。」


「本当か? 紅い瞳の人間は、火の国でも珍しいと聞いているぞ。」


「数人、知っている人はいるわ。でも、もう何年も会っていない。今どこにいるかなんて分からないわ。」


「どうだかな……。まずは刺客の特徴を話そう。身長は俺と同じくらい。細身の身体で黒いローブを着ている。顔は隠しで覆われて、目元以外は何も分からなかった。」


 ルーファスの言葉を聞きながら、アイシャは膝の上に置いた手に汗が滲むのを感じた。


「実はその暗殺現場には俺も居合わせた。俺の目の前で議員を殺されたよ。刺客は短剣を使い、議員と護衛の喉笛を切り裂いた。身のこなしには一切の無駄がなく、応戦したものの全く歯が立たなかった。おまけに刺客は紅い火の魔法を使った。雷灯はことごとく消され、暗闇の中で一方的な殺戮が行われたよ。」


 ルーファスの言葉の端々には敵意がにじんでいる。アイシャは言葉一つ一つを聞きながら、胸が締め付けられる思いを抱いていた。


「しかもその刺客はエスケンドリア攻略戦の英雄、フェリシアを打ち負かす程の力を持っていた。お嬢ちゃんが警察隊と対峙している所に、どういう訳か単身で介入して来たんだ。警察隊は刺客を魔女と断定し、現在ロンディウムで厳戒態勢を敷いている。」


 紅い火の魔法を使い、フェリシアに勝る程の力を持つ紅い瞳の魔女。アイシャは一人の女性を思い浮かべたが、その思いを捨て去ろうとした。信じたくなかった。その人物が無実の政治家を手に掛けたことなど。心が千々に乱れ、アイシャは暫く黙っていた。


(どうして……。何故帝国にまでやってきてそんなことを……。)


「何か言ったらどうだ? お嬢ちゃんが事件と無関係であることを証言しない限り、不利になるだけだぞ。」


 しびれを切らしたルーファスが問い詰める。彼の言う通り、沈黙が自分を救わないことはアイシャも分かっている。乾いた喉から掠れた声を絞り出し、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「……紅い瞳を持つ者は、特殊な血筋の生まれなの。でも十年前に大きな過ちを犯した後、彼らは西大陸中から追われる身となった。私は火の魔女に保護されたけど、彼らの多くは西大陸のどこかに身を潜めている。それなのに自ら表舞台に出て来て、それも他国の政治家を暗殺するなんて、動機が分からないわ。」


 ルーファスがいぶかし気な表情をする。


「……特殊な血筋ね。刺客はお嬢ちゃんの近親者か?」


「……そうかもしれない。でもあなたの情報だけでは断定できないわ。」


 アイシャは、話の焦点を刺客の正体から逸らそうとする。少し躊躇った後、覚悟を決めて続けた。


「私が戦交官になったのには幾つかの理由がある。その一つは、西大陸に散った彼らの居場所を見つけ出すことよ。戦交官の身分があれば、エフレインに限らず西大陸の他の国々に捜査という名目で立ち入ることができる。」


「見つけたらどうするんだ?」


「その先のことはあまり考えていない。ただ、紅い火の魔法を使って国に貢献する道は作られつつある。彼らにもエフレインで生きる術は与えられるべきだわ。」


「……。」


 ルーファスが顎に手を当てて考え込む。その様子を見ながら、今の状況に慣れつつあったアイシャは少しだけ緊張が解れた気がした。


 その時、雷の魔女の背後で何かが動く気配を視界に捉えた。素早く視線を向けると、一羽の鴉を見付けた。止まり木に静かに留まっている鴉は、野生の鴉より一回り大きい。


(アルメリアの魔獣……!)


 一たび解れた緊張が再びアイシャの身体を駆け巡る。その直後、ルーファスが再び口を開いた。


「質問を変えよう。帝国に来た目的を言え。」


「……火の国の商人たちの国外退避を支援するためよ。」


「それにしても随分と派手に暴れてくれたな。ここまでやる必要があったのか?」


「火の国は対話で解決しようとしたわ。それでも帝国は交渉の道を絶った。私たちは実力行使を余儀なくされたのよ。」


 アイシャはきっぱりとした口調で応じる。襲撃事件に関することであれば、返答に窮することは無かった。


「なるほど。……火の国は帝国との戦争を望んでいるのか?」


「いいえ、望んでいないわ。十年前に西大陸で起きた大戦から、まだ緊張状態は続いている。この上、帝国との戦争を始める動機なんて無い。……だから反戦派の議員を暗殺することは、火の国の意思に反するわ。」


「やはりな。工部省の見立てと同じようだ。それなら……。」


「ルーファス、もういいわ。彼女は暗殺事件に関与していない。取り調べは終わりよ。」


 アイシャの様子をずっと観察していた雷の魔女が口を開く。ルーファスは少し驚いた表情で振り向く。


「もういいのか? 刺客を追うための情報はまだ出揃っていないぞ。」


「ええ、今は事件との関係性が分かれば問題ない。刺客に関する情報を得るには、彼女の信用が必要よ。」


 アルメリアが小さくため息を吐いて眼鏡を外す。蒼色の瞳から放たれる視線は先程より柔らかくなっていた。


「カトレアの戦交官。ここからは個人的な質問をさせて貰うわ。」


 アルメリアが頬杖を突き、取り調べの時とは打って変わって、親しみを込めた表情で問いかける。


「私の娘と戦った感想を教えて頂戴。」

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