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雷の魔女 ②

 ―  ロンディウム市街 中央区 時計塔 ―


 ロンディウムの中心に位置する時計塔。帝国工部省の本拠地であり、帝国の繁栄を象徴する塔。時計塔自体は工部省の設立以前から存在していたが、その名前が持つ機能以上の役割は果たしていなかった。


 アルメリアが帝国最高位の魔女である『雷の魔女』の称号を拝命し、初代工部省長官に就任してから、時計塔は魔法による技術革新の最前線に変貌する。アルメリアの考案によって生み出された数多くの発明品は、時計塔内部での開発を経た後に各工場で量産され、帝国民の生活を豊かにし、更には帝国が仕掛ける戦争に勝利をもたらした。


 時計塔内部では今でも多くの試作機の開発が行われている。詳細は工部省の関係者にしか明かされていないが、アルメリアが初期に考案した『雷灯』だけは、その性能の向上を帝国民も知ることができた。時計塔最上部の四面に取り付けられた文字盤は、雷灯の発明によって夜の間もその時刻を皆に知らせるようになった。


 初めは大量の雷灯を内部に吊り下げることで明るさを維持していたが、改良を重ねて魔法の変換効率を上げたことにより、今ではその数を大きく減らしている。雷の魔女の発明は、ロンディウム市街だけでなく、多くの帝国民の心にも希望の明かりを灯した。


 アルメリアが帝国の繁栄と勝利に対する最大の貢献者であることは、衆目の一致する所である。一方で、帝国を勝利に導いた彼女が『反戦派の筆頭』という相反する側面を持っていることも、多くの者が知る所であった。




 食事を摂り終えたアイシャは、父親から事の経緯を聞いた。雷の魔女の働きかけにより、アイシャたち襲撃犯の捜査権を、工部省が警察隊から引き継いだこと。アイシャが警察隊に拘束されかけた所をルーファスに救出されたこと。そして現在は、工部省による取り調べのために、時計塔に身柄を確保されていること。


 気を失っている間に事態が急転し、今は状況を整理するのがやっとであった。



「こっちだ。付いて来い。」


 息を吐く間もなく、今度はルーファスに連れられて雷の魔女との面会に向かっていた。敵国における最上位の魔女に対面するというのに、アイシャは何も準備ができていない。事前に父親から、『正直に話せ。ただし提示する情報は最小限にしろ。』と言われたが、それだけである。急に心細さを感じ、一歩進むごとに胸の鼓動が大きくなっていった。


(『正直に話せ』なんて、一体何を話せば良いっていうのよ……。)


 アイシャの心中を知ってか知らずか、前を行くルーファスが不意に話しかける。


「旦那に遭遇した時は肝が冷えたぜ。空間魔法の使い手が急に目の前に現れたんだからな。」


「……。」


「だが、事情を話すと理解してくれた。話の分かる相手で助かったよ。」


 黙って聞いているアイシャを窺う様子もなく、ルーファスは一人で話し続ける。アイシャは彼の有り様に軽薄さを感じていた。


(情報官っていう割にはよく喋るわね。情報を守るのが仕事じゃないの?)


 廊下の突き当りに到着したルーファスは、壁面の一か所に手を当てた。カラカラと開閉機構が音を立て、昇降機の扉が横に移動する。ルーファスが昇降機の中に入り、立ち止まるアイシャに声をかける。


「どうした。乗らないのか?」


「え、ええ……。」


 アイシャは目を丸くして昇降機の中に足を踏み入れる。昇降機の存在は知っていたが、その存在を目にするのは初めてである。アイシャは帝国が発展するに至った礎、雷の魔法を動力源とする機械の一端に触れていた。


 操作盤に手を当てたルーファスが扉を閉める。その後、昇降機が急上昇を始めた。アイシャは思わず体勢を崩し、昇降機の壁面に腕をぶつける。時計塔に来てから装着を強いられている腕輪が壁面に接触して高い音を立てた。


「ちょっと……。」


「ああ、悪い。力加減を間違えた。」


 平然とした表情でルーファスが振り返る。その口元には薄い笑みが浮かんでいた。あからさまな態度に、アイシャは苛立ちを覚える。


「言い忘れていたが、その腕輪は慎重に扱えよ。外そうとしたり、この塔から外に出ようとすると雷撃が走る仕組みになってるんだ。まだ試作機だから想定以上の威力になる可能性がある。くれぐれも妙な真似はするなよ。」


 壁面の手摺に掴まっていたアイシャは一際大きな鼓動を感じたが、表情には出さずに振る舞う。圧倒的に不利な状況だが、ここで事を荒立てるつもりはなかった。時計塔が本当に危険な場所なら、父親が何かしら行動を起こしているはずだ。それが大人しくしているということは……。


(きっと、私に話してない理由があるはずだわ……。)


 焦りは募るばかりだが、時間は待ってくれない。いつの間にか目的の階に到着していた。ルーファスが、今度は静かに昇降機を停止させる。


「着いたぞ、お嬢ちゃん。先に行ってくれ。」


 一向に呼び方を変えないルーファスを横目で睨みつつ、アイシャは昇降機から降りて廊下を進む。直ぐにルーファスが追い抜いて、突き当りの扉をノックした。


「失礼する。襲撃犯の女を連れてきた。」


「入りなさい。」


 部屋の中から落ち着いた女性の声が聞こえた。アイシャは思わず身を硬くする。ルーファスが両開きの扉の片側を押し、先に中へ入った。続いてアイシャも部屋に入る。


「……!」


 アイシャは暫くその場に立ち尽くしていた。部屋の広さに圧倒されていたのだ。ここに入るまでは狭い取り調べ用の部屋を想像していたが、そうでは無かった。


 アイシャが入った部屋は、魔女の研究室であった。部屋の左右には数々の機械やその模型、そして本棚が整然と置かれている。仰ぎ見る程の高さにある天井を見上げると、十数個の雷灯がこちらも整然と吊るされていた。


 そして部屋の正面。アイシャは自分が正に時計塔にいるということを思い知らされた。


(……ああ、だから時計塔は夜も時刻が分かるようになっているんだ。)


 部屋の正面に位置していたのは、巨大な文字盤の裏面だった。ガラスで作られた文字盤からは、その反対側にある針が透けて見えている。その文字盤を背景に、アイシャの面会する相手、雷の魔女が執務椅子に掛けて待っていた。


「……ここに立つんだ。」


 ルーファスが鋭く促す。雷の魔女を前にして、先程の軽薄な表情と口調はどこかへ消え去っていた。


 アイシャは無言で頷き、雷の魔女の向かいに置かれた椅子の前に立つ。黒のワンピースを着た初老の魔女は厳格な雰囲気を纏い、相手が容易に発言することを許さぬかのような居住まいであった。長い金髪を結い上げて短くまとめ、縁の細い眼鏡の奥からは蒼色の瞳が怜悧な視線を放っている。


 魔女の容姿に隈なく目を遣りながら、アイシャは不思議な思いを抱いていた。初めて相対したにも関わらず、どこか見覚えのある気がしていたのだ。


「私は『雷の魔女』、アルメリア。貴方が『火の魔女』カトレアの戦交官、アイシャね?」


「何故そのことを……。」


「まずは座りなさい。」


「……はい。」


 アイシャはそっと椅子に座り、ルーファスも席に付いた。アルメリアが口を開く。


「貴方は今、特殊な状況にいるわ。警察隊襲撃事件の首謀者でありながら、私の管理下に置かれている。理由は、より重大な事件への関与について、貴方に嫌疑がかけられているからよ。これから貴方に幾つか質問をさせてもらうわ。」


 その時、上層の階から大きな鐘の音が響いた。不意打ちを食らったアイシャは思わず椅子から少し身を浮かせる。その様子を静かに見つめながらアルメリアが指示を出す。


「時間ね。ルーファス、始めて頂戴。」

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