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雷の魔女 ①

 息が苦しくなる程の熱気の中、アイシャは前を行く人影に向かって必死に呼びかけていた。周囲からは建物が焼け落ちる音が聞こえ、退路が益々狭まっている。

 

 最早一刻の猶予も無い中、アイシャは自分の背丈の倍もある人影に追いすがった。


 人影がゆっくりと屈み、ごうごうと燃え広がる炎など意に介さず、優しくアイシャを諭す。


『アイシャ、よく聞きなさい。私は行かないといけないの。』


『お母さん……どうして? 行っちゃだめだよ……。』


『離れていても、私はずっとあなたのことを想っているわ。お父さんとソフィアを頼りなさい。何があっても彼らが守ってくれる。』


 アイシャは母親の服の裾を掴み、涙を浮かべて見上げる。


『だめ……。離れ離れはやだよ。』


『生き延びて。それが私のただ一つの願いよ。……貴方、後はお願い。』


『ああ、俺は諦めないぞ。必ずお前を見つけに行く。』


 傍にいたヴァンデールがアイシャの手を取り、アイシャと同じ深紅の瞳を持つ女性に自らの覚悟を伝える。女性は寂しげな表情で小さく頷いた。


『アイシャ、こっちだ。』


『やだ。離して……、お母さん!』


 アイシャは力いっぱい叫ぶが、強く手を引くヴァンデールには逆らえず母親から引き離されてしまう。


『さようなら、私の愛しい子。』


 母親が優しく微笑んだ次の瞬間、アイシャは父親と共に別の場所へ転移した。





「母さん!」


 アイシャは目を覚ました。視界に見知らぬ天井が映る。自分がどこかの部屋で寝ていることに気が付いた。首を傾けると、目から一筋の涙が零れ落ちる。


 もう何年も思い出すことの無かった幼い頃の記憶。何故、今になって夢に現れたのか。


「気が付いたか。」


 アイシャの右側から、父親の声が聞こえた。数度瞬いて涙をかき消すと、瞳に父親の像を結んだ。ヴァンデールは寝台の横に置いた丸椅子に座り、安堵した表情でアイシャを見つめていた。


「父さん……。」


「随分うなされていたぞ。母親の夢を見ていたのか?」


「うん……。でも、今は話したくない。」


「ああ、構わないさ。」


 穏やかな表情の父親を見ながら、アイシャは彼の背後に目を向ける。紅凰館の部屋とは様相が違うが、壁に掛けられた絵画や床に置かれた調度品は、どれも庶民が手に入れられる代物ではなかった。

 

 アイシャは身体を起こして、寝台の背にもたれる。


「ここはどこ?」


「一定の制限はあるが、安全な場所だ。お前がもう少し回復したら教えよう。」


 含みを持たせた言い方でヴァンデールが応じる。


「そう……。セルバンさんとミネアはどうなったの?」


「無事に出国した。ハイドレシア行きの交易船に乗ってな。我々の想定通り、エフレイン行きの船は警察隊に押さえられていた。いざという時の策を講じていて正解だったな。」


 水の国『ハイドレシア』王国は、エフレインの南方に接している同盟国だ。アイシャたちは警察隊の行動を予想して、遠回りではあるが、セルバンたちを水の国経由で帰国させる方法を採った。


「よかった……。」


 アイシャは身体の力を抜いて思わずほっとする。何とか一つ目の任務は達成したようだ。しかし、自分が警察隊の盾となってセルバンたちを逃がした後、何が起きたかを知らない。


「ここに来るまで何があったの? 警察隊と戦っていたところから記憶が無くて……。」


「ああ、それは……。」


 ヴァンデールが口を開いたその時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「噂をすれば……、だな。」


 扉が勢いよく開けられ、お盆を持ったスーツ姿の青年が入って来た。お盆にはパンと水の入ったコップが置かれている。


「やっと起きたか、眠り姫。」


 アイシャの様子に気付いた青年は、尊大な表情で笑みを浮かべた。


「あなたは?」


 アイシャは呆気に取られた表情で応じる。


「彼はルーファスだ。我々と警察隊の戦いに介入し、我々をここまで送り届けてくれた。」


「旦那の言う通りだ。お嬢ちゃんをここまで運ぶのは大変だったんだぜ? 揺すっても叩いても全然起きないしな。」


 ルーファスはアイシャの方に近寄り、寝台脇の台座にお盆を置いた。


「ほら、ここに置いておくぞ。喉が渇いただろう? 飲むか?」


 ずいと手渡されたコップを、アイシャは咄嗟に両手を出して受け取る。


「あ、ありがとう。」


 コップを渡して寝台から離れると思いきや、ルーファスはぐっと顔を近づけた。


「ちょっと顔を見せてみろ。」


「え?」


 ルーファスの端正な表情にじっと見つめられ、アイシャは頬が紅潮する。


「な、何? そんなにじろじろ見て。」


「良かった。本当に目が紅いんだな。」


 皮肉っぽい笑みを浮かべてルーファスは身体を遠ざけた。


「お嬢ちゃんに訊きたいことは山ほどあるんだが、今は一つだけにしよう。身体の調子はどうだ? お嬢ちゃんの身体には、警察隊が使う特殊な睡眠剤が打ち込まれていたんだ。幸いこちらに中和する材料があったんで、旦那の許可を得て使わせてもらったぞ。」


「ええ、特に問題はないわ。」


 アイシャはコップを手に持ったまま答える。


「そうか、それならよかった。」


「その……さっきから『お嬢ちゃん』って呼ぶの、やめてもらえる?」


「そうかい。だが俺がどう呼ぶかは、俺の勝手だろ?」


 特に気にした風もなくルーファスが応じる。振り回されっぱなしのアイシャは段々と腹が立ってきた。


 言い返そうとするが、ルーファスは扉の方に振り返り、背を向けて歩きながら話し始める。


「早く飯を食って元気を取り戻せよ。お嬢ちゃんの回復を今か今かと待っている御方がいるんだからな。」


「誰のこと?」


 その問いを待っていたかのように、ルーファスが満足げな表情で振り返る。


「雷の魔女、アルメリアさ。」

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