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紅い火の魔法 ③

〈ヒューグ。お前を少しの間だけ召喚する。私の合図に合わせて攻撃するんだ。〉


〈分かった。〉


 敵の魔女の様子を窺いながら、フェリシアは戦法の変更を決断した。これまでの戦いから、敵の魔力と身体能力は自らを上回ると推測し、攻撃の手数を増やすことにした。


(力技では勝てない。まだ慣れないが、ヒューグと連携しよう。)


 召喚した魔獣の実体を維持するには膨大な魔力を必要とする。フェリシアの魔力量は大抵の魔女を上回っているが、召喚後に消費し続ける魔力が多く、ヒューグを召喚できる時間は長くても五分だった。

 

 より修練を積んだ魔女であれば、召喚時にのみ魔力を使い、その後は魔獣の持つ魔力だけで実態を維持できる。


「……。」


 フェリシアは右手を正面に向ける。一瞬の後に、鴉の魔獣ヒューグがその姿を顕した。野生の鴉より一回り大きいヒューグは、顕現してすぐに上空へと飛び上がった。


〈フェリシア、襲撃犯の男が姿を消しているぞ。どうする?〉


 敵の魔女の攻撃が届かない範囲から、広場全体を鳥瞰したヒューグが知らせる。フェリシアは逡巡したが、それも一瞬だった。


〈男はキーラに任せる。ここにいる魔女の方が遥かに危険だ。野放しにはできない。〉


〈了解した。合図を待つ。〉


 ヒューグが魔女の上空を旋回する。魔女は特に手出しすることなく、静かにフェリシアの動きを待っている。一向に動かない魔女に対し、フェリシアは気味の悪さを覚えていた。


(敵の狙いは何だ? 男を逃がすだけなら、ここに用は無いはずだ。)


 相手が格上であることはフェリシアも認めざるを得なかった。今までの戦闘で、フェリシアの隙を突いて怪我を負わせることもできたはずだ。それでも魔女は全力を出していない。ならば、魔女の目的は……? フェリシアは一つの可能性に思い至った。


(私を試そうとしているのか? ……それも帝都の中心地で?)


 その瞬間、怒りがフェリシアの内で弾け、全身を蒼い雷が覆った。そのまま目にも留まらぬ速さで魔女に突撃する。


「……!」


 裂帛れっぱくの気合と共に、フェリシアは斬りかかる。雷で身体を操り、身体に大きな負担を強いながらも、常人を遥かに超えた速さを引き出していた。


 魔女も刀を抜き、フェリシアの斬撃を受け止める。フェリシアは攻撃を一回で終わらせず、矢継ぎ早に連撃を繰り出した。


〈今だ!〉


 フェリシアが心の内で合図すると同時に、その場から身を引く。一瞬の後に、上空より雷が轟いた。魔女が頭上に紅く光る刀を翳して雷を打ち消す。雷が消えるや否や、フェリシアは再び突撃した。


(まずはその顔を見せてもらおうか。)


 連撃を続ける中で、フェリシアの纏う雷は激しさを増していた。魔力の制御が追い付かなくなっていたが、今は少しでも魔女に隙を作ることが優先だった。フェリシアとヒューグは息を合わせて、攻撃の回数を忘れる程に猛攻を続けた。




「はあ、はあ……。」


 それでも敵の魔女は揺るがない。帝国随一の魔女が本気で攻撃をし続けるも、体勢を崩すことすらできなかった。フェリシアの息が次第に荒くなる。


〈……今だ。〉


 ヒューグからの援護も精彩を欠いてきた。彼自身が保有する魔力も底に達しようとしている。フェリシアも自らの魔力に限界を感じ始めた。


(これ程に差があるのか……。)


 いつしかフェリシアの戦意が揺らいでいた。怒りを宿し強い光を放っていた蒼色の瞳が陰り始める。


「……。」


 突如、敵の魔女が動いた。今までフェリシアの攻撃に反応しているだけだったが、ここに来て自ら攻撃を始めた。紅い炎を纏った刀を振りかぶり、連撃を繰り出す。


「ぐっ!」


 今度はフェリシアが防戦に回った。疲労で鉛のように重たくなった腕を動かし、息を吐く間もなく連撃を凌ぐ。一瞬の気の緩みが死に繋がる状況下、冷や汗を流しながら魔女の斬撃を受け止めていた。


(炎が……消えない?)


 防御に徹しながら、フェリシアは異変に気付く。魔女の振るった紅い炎が、その場に残り続けている。更に炎が意思を持つかのように移動を始めた。


〈フェリシア、その場から飛んで逃げろ!〉


 ヒューグの鋭い声がこだました。ヒューグがその姿を消失したと同時に、フェリシアの背より漆黒の翼が現れる。フェリシアは遅まきながらヒューグの意図に気付いた。


 フェリシアの周囲を、十数に及ぶ紅い炎が取り囲んでいた。宙に浮かんでいただけの炎が、魔女の合図によってフェリシアに殺到する。


(まずい!)


 フェリシアは後方に飛び退り、そのまま上空へと飛翔した。だが炎は執拗に追いかけてくる。雷を放って幾つかを打ち消したが、残った炎がフェリシアに接触する。その途端、鞭で打たれたような衝撃が全身に走った。


「うっ……!」


 フェリシアは思わず呻き声を漏らす。痛みを感じると同時に、大幅に魔力を消耗していた。その場から急降下し、何とか着地する。荒く息を吐きながら広場に目を遣るが、魔女は姿を消していた。


(どこに……。)


 立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。うずくまりながら呼吸を繰り返していると、フィオナが駆け寄って来た。


「隊長! お怪我はありませんか?」


「フィオナ! 魔女はどこに行った?」


 殺気立つフェリシアを前に、フィオナは目を丸くしながらも素早く答える。


「西の方へ。すみません、魔女を追うか迷ったのですが……。」


「私のことはいい。先にロンディウム港へ向かって、ヘイデンたちに伝えるんだ。『紅い火を使う魔女とは戦うな』とな。最悪、商人と襲撃犯を取り逃がしても構わない。市民の安全を最優先で守るんだ。」


「分かりました。隊長はどうされますか?」


「すぐに追いかける。行ってくれ。」


「は、はい!」


 フィオナが港に向かって駆け出す。その背を見ながら、フェリシアは忸怩たる思いを抱いていた。


 この戦いは、フェリシアが魔女となって以来、初めて経験した敗北だった。

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