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紅い火の魔法 ①

 ― ロンディウム 中央区 エスケンドリア戦勝記念広場 ―


 鴉の魔女フェリシアが、ミスガイスの神をあやめたエスケンドリア攻略戦。その勝利を記念する広場の中央には、当時の戦いを象徴する二体の銅像が建てられていた。


 一体は虎。ミスガイスの神であった虎は、身の丈が一丈と大の男を優に超える大きさだ。身体を低く屈め天に向かって口を大きく開けたその姿は、相対するもう一体の像に今にも飛び掛かろうとするかのようだ。


 一体は鴉。フェリシアが使役する魔獣ヒューグ、そしてイズナディアの守護神ウォーデンを意味する。鴉はミスガイスの神が見上げる先、支柱の上で翼を大きく広げ、敵を迎え撃つ体勢を取っている。


 当時の攻略戦が終結してから早一年、二体の銅像に対して人々が抱く思いは様々だ。誇り、憎しみ、希望、絶望……。それでも皆が一様に抱く問いがある。それは、『帝国が次に建てる記念碑は、何を記念するものなのか……。』という問いだった。


「広場は現在警察隊が捜査中です! ……市民の方々は広場から退避してください!」


 フィオナは声を張りながら広場に残る人々に呼びかけていた。広場に突如現れた鴉の魔女を一目見ようと、辺りには人集りができている。これまで息を吐く間もなくフェリシアを追いかけていたフィオナは、息も絶え絶えになっていた。


(はあ……、全然動いてくれない……。)


 バリッ!


 フィオナが見上げる先で蒼い閃光が走る。閃光に照らされて、漆黒の翼を持つ魔女の姿が夜空に浮かび上がった。広場にいる人々から歓声が上がる。


「鴉の魔女だ!」


「広場に攻略戦の英雄が? 何をしているの!?」


 野次馬たちが口々に叫ぶ。危険をかえりみない彼らに苛立ちを覚えたフィオナは、強硬手段を採ることにした。右手を挙げて上空に雷を放つ。


 バチッ!


「何だ?」


 人々の視線がフィオナに向けられる。フィオナは大きく息を吸って叫んだ。


「警察隊です! 広場は危険です。早く退避しなさい!」


 小柄なフィオナだが、隊服を着てまなじりを決した姿には人々を威圧する迫力があった。フィオナの剣幕に押されて、ようやく群衆が動き始める。


「まずい、警察隊だ! 早く行くぞ!」


「おい、押すなって……。」


 広場から退散する彼らの背を見ながら、フィオナはため息を吐く。上空を見上げて祈るように呟いた。


「……後はお願いします、隊長。」




(あと一撃で、奴を無力化する。)


 広場の上空、フェリシアはヴァンデールに狙いを定めて急降下していた。既に敵の障壁は打ち破っている。次は致命傷にならない程度の雷撃を与えて、気絶させることを狙っていた。


「……!」


 地面に横たわる敵に近付いた所で、フェリシアは大きく翼を広げて減速する。そして、右手に溜めていた蒼い雷を解き放った。


 バチッ!


 蒼い閃光に照らされて、ヴァンデールの目が見開かれる。手を挙げようとするが、最早その力さえ失っていた。


「うっ……。」


 ヴァンデールが呻き声を上げる。しかし、蒼い雷が彼に到達することは無かった。代わりに辺りが紅い光に照らされる。


「何……?」


 異変に気付いたフェリシアは、素早く羽ばたいてヴァンデールから距離を取る。敵の周囲に目を凝らし、二人の間に割り込んだ新手を確認した。


「貴様、何者だ?」


 フェリシアは地面に降り立ち、サーベルを構えて誰何すいかする。


「……まさか。」


 ヴァンデールが驚いたような口調で呟き、身を起こそうとする。彼の前に現れた人物は、細身の身体に黒いローブを纏い、容貌は分からない。フードを被った顔も、目元以外は隠しで覆われていた。


「……。」


 正体不明の人物は何も答えない。身を起こそうとするヴァンデールを後ろに回した手で制し、フェリシアに相対した。両脚を広げて低く屈む。ローブの内に隠していた鞘を露わにし、抜刀の構えを取った。右手で持った柄の周りに紅い炎が揺らめき始める。


(また紅い火の魔法か? 襲撃犯との関係は……?)


 フェリシアの内に様々な疑念が沸き起こるが、暫くの後に鎮めた。疑問は後で問い質せばよい。今は敵の手の内を知り、勝つことだけに集中する。


「……。」


 息を整えた後、フェリシアは左手から立て続けに雷を放った。


 バチッ!


 敵に向かって放たれた四条の雷は全て防がれた。その手には一瞬の後に鞘から抜いた刀が握られている。その刀身に紅い炎を纏って。


(やはり防いだか。だが後ろにいる男を庇いながらどこまで続けられる?)


 フェリシアはサーベルの切っ先を敵に向ける。刀身が蒼い雷に包まれた。次は、男の障壁を打ち破った雷撃を食らわせる。


 バリッ!


 轟音と共に繰り出された雷撃は、敵の刀身に直撃した。だが、敵は雷撃に逆らうことなく、僅かに身体を捻って受け流す。軌道を逸らされた雷撃は虚空へと消えて行った。


(受け流した……?)


 フェリシアは目を見張った。これ程容易く雷撃を凌いだ敵は今までいなかった。恐るべき反応速度と対応力である。フェリシアは敵に対する警戒を強めた。


「……!」


 今度は接近戦に切り替える。刀身に蒼い雷を纏わせ、敵との間合いを数歩で縮めた。サーベルを敵の右肩に向かって突き出す。しかし、敵は身を翻して突きを躱し、フェリシアに向かって一文字に斬りかかった。


 フェリシアは素早く体勢を切り替えてサーベルで防ぐ。蒼い雷が強い光を放つが、紅い炎に阻まれて敵の身体には達しない。


(厄介だな、この紅い火は……。)


 今までの敵であれば、雷を纏ったサーベルが敵の刀身に触れただけで感電し、有利に戦いを進めることができた。


「ん? 貴様は……。」


 鍔迫つばぜり合いを続けていたその時、フェリシアは光に照らされた敵の容貌を垣間見た。フードから覗く、隠しで覆われていない紅く光る目を。脳裏にフィオナから報告を受けた暗殺事件が思い浮かぶ。


(まさか、政治家を殺した刺客か!?)


 敵の正体に驚きつつも、フェリシアは目の前の戦いには冷静に対処した。敵から間合いを取った後、一瞬でサーベルを構え直し再度鋭い突きを放つ。


 だが、敵は予想外の行動を取った。身体を大きく後ろに反り、躱し様に右足でサーベルを蹴り上げたのだ。サーベルはフェリシアの手から外れて宙を舞う。


「何……?」


 フェリシアは目の前で起きたことが信じられなかった。それでも、今はサーベルを取り戻すしかない。敵に向かって雷撃を放ち、背に漆黒の翼を出現させて飛び上がる。空中でサーベルを掴み、敵の姿を探す。しかし、敵は地上にはいなかった。


「……!」


 フェリシアの背筋が凍る。敵は目の前にいた。それも紅く燃える刀を、正に振り下ろそうとして。


(まずい!)


 フェリシアは素早く体勢を変えて攻撃を躱す。だが、敵が放った紅い炎は想像以上に大きかった。空中に巨大な軌跡を描いた炎の端がフェリシアの翼に触れて燃え移る。


〈ぐああ!〉


「ヒューグ!?」


 フェリシアの頭に声が響く。彼女が使役する魔獣ヒューグの叫び声だった。口数の少ない彼が言葉を発するのは余程の事態である。


〈フェリシア、今すぐ翼を消せ。この炎は魔獣の身体を焼く。〉


「ああ……。」


 フェリシアは紅い炎の上がる翼を消失させ、地面に着地する。フェリシア自身に痛みは無かったが、魔獣には相当堪えるようだ。少し離れた場所に何事も無く着地した敵を見据えて、フェリシアは敵の正体を断定する。


(敵は魔女だ。翼も無いのに私と同じ高さに達するなど……。恐らくは地を駆ける魔獣と契約したのだろう。)


 フェリシアはサーベルを構え直す。魔女狩りの魔女と言われるフェリシアだが、これ程の強さを持つ魔女を相手にしたことは無かった。


 二人の魔女が相対する最中、既にヴァンデールは広場から姿を消していた。敵の魔女に翻弄されていたフェリシアは、まだそのことに気付いていない。

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