戦交官と警察隊 ③
フェリシアと相対するヴァンデールも、自らの劣勢を思い知らされていた。二人は戦いの場を移動し、今は中央区の広場で互いの魔法を拮抗させている。
ヴァンデールは一刻も早くアイシャのもとへ合流したいが、その狙いに気付かないフェリシアではない。転移を続けても、行く先々に雷撃を放たれて転移先を逸らされていた。
(よりにもよってこの国で『鴉』か……。道理で魔力が尽きぬ訳だ。)
契約した魔獣がその国の主神に近しい存在である場合、魔女は大きな恩恵を受ける。鴉の魔獣『守護神ウォーデン』を祀る雷の国において、鴉の魔女であるフェリシアの魔力は絶大であった。
「どうした? 夜が明けるまで、その場から動かないつもりか?」
障壁で青い雷撃を受け続けるヴァンデールを、フェリシアが挑発する。額に汗を滲ませるヴァンデールに対し、鴉の魔女は涼しい表情のままだ。
(このままだと埒が明かない。どうしたものか。)
「空間魔法の使い手と聞いたが、案外大したことが無いようだな。」
「……。」
障壁を解除し、ヴァンデールはフェリシアの背後に転移した。新たな障壁を構築して相手に衝突させようとする。しかし、その動きを読んでいたかのように、サーベルで防がれた。
「遅い……。」
片手で障壁を受け止めたフェリシアが蒼色の瞳で睨みつける。微動だにしない魔女を見たヴァンデールは、フェリシアが英雄たる所以をその身をもって思い知らされた。
今まで数多くの魔女を相手取って来たヴァンデールであるが、その中でもフェリシアの実力が指折りであることに疑いは無かった。魔力が膨大なだけであれば恐れる必要はない。瞬間的な転移が可能なヴァンデールは、簡単に相手の背後に回り意表を突くことができる。
しかし、軍人としての身体能力を兼ね備えたフェリシアの戦闘力は別格であった。
(まずいな、この場から一歩も動けん。早くアイシャに加勢したいが……。)
突然、障壁から手応えが無くなり、ヴァンデールはよろめきそうになる。視線を上げると、漆黒の翼を出現させたフェリシアが空中に飛び上がっていた。サーベルの切っ先をヴァンデールに向けながら、一定の高さを保ち続ける。その刀身が青く光り出した瞬間、ヴァンデールの身に戦慄が走った。
「バリッ!」
大気を震わす轟音と共に、青い雷がヴァンデールに直撃する。辛うじて防いだヴァンデールだが、急激な魔力の消耗に軽い眩暈を覚えた。障壁の構築が少しでも遅れていれば、致命傷を受けていただろう。
冷や汗を流しながら顔を上げると、フェリシアはまだ切っ先を自分に向けていた。
「……!」
二撃目が放たれる直前、ヴァンデールは魔女の側面に回り込んだ。障壁を叩き付けようとしたが、羽ばたきを止めたフェリシアがその場から落下を始めて躱す。降下の最中、魔女はその身を翻して切っ先をヴァンデールに向け直した。
「バリッ!」
寸前で雷撃を防いだが、立て続けに魔力を消耗したヴァンデールは気を失いかけた。一時的に制御を失った身体は落下を始める。地面に叩き付けられる寸前に、障壁を構築してその身を守った。
「ぐっ……。」
仰向けに倒れたヴァンデールはその身を起こそうとするが、指先すら動かない。霞む視界の中で、急接近する青い閃光を捉えた。
(囲まれた!)
魔女と警察隊員を相手にするアイシャは、防戦を余儀なくされていた。ヘイデンとモーリスから放たれる雷撃を紅い炎で防ぎながら、時機を狙い澄まして襲い掛かるキーラを炎で牽制する。いつしか彼らとの距離は狭まり、退路も無くなりかけていた。
(まずい……、もう魔力が尽きる。)
膨大な魔力の消耗により、アイシャは息が上がっていた。頭はずきずきと痛み、吐き気も覚えている。最後の力を振り絞って炎を押し広げ、ヘイデンとモーリスに向かって放つ。
二人が後退した隙に、セルバンたちを追いかけようと足を踏み出すが、急激な眩暈を覚えて立ち止まった。
その隙を突いて、上空からキーラが急降下する。その両足に出現させた鋭い鉤爪が、アイシャの肩を捕らえた。
「うっ!」
アイシャは仰向けに押し倒される。身を起こそうとするも、両肩を鉤爪に押さえ付けられていた。身動きの取れないアイシャに、キーラが覆い被さる。強い麝香の匂いに、アイシャは息が詰まりそうになった。
キーラが口元を覆う隠しを外して満足げな笑みを露わにする。妖しく歪めた深紅の唇を見て、アイシャの背に怖気が走った。
「散々手を焼かせてくれたわね。……これで大人しくなさい。」
そう言って、キーラが懐から筒状の細い器具を取り出した。
「……何をする気?」
睨むアイシャを余所に、キーラは無言で器具をアイシャの首筋に突き立てた。器具の先端に付けられた針が突き刺さり、鋭い痛みが走る。
「あっ!」
びくりと身を震わせながら拘束を解こうとするも、両肩を押さえ付ける鉤爪は小揺るぎもしない。成す術も無く、首筋に何かを注がれた。
(何をしたの……? 意識が……。)
キーラは拘束を解き、抵抗する力を失ったアイシャから身を引く。傍にはヘイデンとモーリスも駆け寄って来た。
その様子をぼんやりと視界に収めながら、アイシャの意識は急速に遠のき、一瞬の後に気を失っていた。




