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戦交官と警察隊 ②

「紅い瞳の娘、この腕に見覚えはあるか?」


 ヘイデンが包帯で巻かれた左腕を上げた。アイシャの鼓動が一際強まる。セルバンとミネアを庇いながら目の前の男を相手にする気は無かった。アイシャは退却を決断する。


「また逃げるのか? 袋の鼠だぞ。」


 ヘイデンが悠然と近付き、雷を放つ。アイシャは紅い炎で身を覆いながら、扉を閉め鍵を掛けた。裏口の前で待っていたセルバンが目を見開く。


「アイシャ殿? 何故?」


「こっちは駄目! 反対側から抜けるわ。」


 アイシャたちは再度ホールへ引き返す。彼らを見たヴァンデールが血相を変えた。


「馬鹿者! 何故戻って来た。」


「うるさい! こっちも大変なの!」


 アイシャもむきになって答える。ヴァンデールはフェリシアの振るったサーベルを障壁で受け止めていた。両者の力は拮抗きっこうし少しも譲らない。


「どいて!」


 アイシャはフェリシアに向かって炎を放つ。身動きのできないフェリシアに隙があると踏んでの攻撃だった。だが、一瞬の後にその行動を後悔することになる。


「甘いな。」


 フェリシアの背に漆黒の翼が出現し、その場から飛び上がって炎をかわした。そのままホールの天井高くで身をひるがえして雷を放つ。アイシャは紅い炎を構えるが、狙いはアイシャでは無かった。


「しまった!」


 フェリシアの狙いはセルバンだった。セルバンかミネア、二人のいずれかがこの場から動けなくなれば退避は失敗する。アイシャの軽はずみな行動によって、二人を窮地に立たせてしまった。


 バチッ!


 両腕で顔を覆ったセルバンとミネアの前に、転移したヴァンデールが立ち塞がる。右手を高く挙げ、障壁で雷を防いだ。そのまま後ろを振り返り、今度は東側の裏口へ二人を転移させた。


「ごめんなさい……。」


 アイシャが謝ったのも束の間、天井からフェリシアが降下を始めた。雷を纏ったサーベルの切っ先を、アイシャに定めて。


「どけ!」


 ヴァンデールが障壁をアイシャに衝突させる。アイシャは東側の裏口まで弾き飛ばされた。寸前までアイシャがいた場所にフェリシアが降り立つ。


「うっ!」


 アイシャは辛うじて受け身を取れたが、数度床を転がった後、壁に身体を打ち付けた。大きく息を吸いながらゆっくりと立ち上がる。ふらついていた視界が徐々に元に戻ったが、節々の痛みは残り続けた。


 先程示した反省の意は立ちどころに霧散し、代わりに苛立ちが込み上げてきた。


(全く、覚えてなさい……。)


「アイシャ様、ご無事ですか?」


 心配そうな表情でミネアが声をかける。頭を押さえるアイシャのもとに、セルバンとミネアが駆け寄って来ていた。アイシャは軽く頭を振って気力を奮い起こす。


「大丈夫よ。二人とも、さっきはごめんなさい。」


「謝って頂くことなど……。我々二人では警察隊から逃げ切ることはできないですから。」


 セルバンが感謝の意を表する。アイシャに引き連れられていた時は理解できなかった状況を、ようやく呑み込めたようだ。


「……アイシャ様。先程は動転していましたが、例え何者であっても、アイシャ様への信頼は変わりません。引き続き先導をお願いします。」


 ミネアに目を向けると真剣な眼差しで見つめられた。言葉の意味を理解し、アイシャの目が熱くなる。隣にいるセルバンは困惑した表情で二人を見比べていた。


「……ありがとう、ミネア。早くここから出るわよ。」


 アイシャは裏口の扉を開け、今度は誰が待ち構えているのか目を凝らす。


「止まれ! 警察隊だ!」


 アイシャに気付いた警察隊の男が叫ぶと同時に、アイシャは男に向かって炎を放った。男は成す術も無く退散する。だが、去り際に空へ向かって雷を放った。


(何……?)


 アイシャは不審に思ったが今は考える暇などない。ようやく切り開いた退路を突き進むしか無かった。



「はあ、はあ。」


 アイシャたち三人は夜のロンディウム市街をひた走っていた。先頭はミネア、その後ろにセルバンが続き、アイシャは最後尾にいた。アイシャは少し息が上がった程度だが、前を走る二人の息遣いは荒くなっている。特に小太りのセルバンは徐々に速度を落としていた。


「ミネア! そっちじゃない。左に曲がって!」


「は、はい!」


 方向を間違えそうになったミネアをアイシャが制する。彼らは進路を左に大きく変えて裏路地に入った。市街を歩く数名の通行人が驚いた表情で振り返る。


 バチッ!


 アイシャの背後で雷が閃く。視界に光が走った瞬間には、後ろ手に紅い炎を放っていた。先程から何度も雷を防いでいるアイシャの能力にはセルバンも気付いている。時折驚いた表情で振り返るが、特に何も言わなかった。いや、今はその余裕すら無いのだろう。


「止まれ!」


 裏路地を抜けた大通りでヘイデンが待ち構えていた。アイシャの心臓が飛び跳ねる。


(逃げ道がばれてるの!?)


 驚きながらも取るべき行動は一つしかなかった。アイシャはミネアの前に飛び出し、前方に炎を放つ。その動きを読んでいたかのようにヘイデンが身を翻し雷を放った。


「くっ!」


 アイシャはぎりぎりで雷を無力化する。相手に自分の一挙手一投足が把握されているかのようだった。


「アイシャ様!」


 屈強な体つきのヘイデンを一人で相手取るアイシャに、ミネアが悲鳴を上げる。


「先に行って! ここは私が何とかするから!」


「は、はい。どうかお気をつけて!」


 アイシャの剣幕に押され、ミネアが先を急ぐ。後ろにはぜいぜいと息を吐くセルバンが続いた。


「袋の鼠だと言っただろう? 何故諦めない?」


 構えを解いたヘイデンが両手を広げて問う。路地裏からモーリスが現れ、アイシャは挟み撃ちの格好になった。しかし、今のアイシャは焦りよりも、ヘイデンの余裕ぶった態度に苛立ちを覚えていた。


「ふん、目にもの見せてやるわ。」


 雷撃を防ぐのみで憤懣ふんまんが溜まっていたアイシャは、ここぞとばかりに魔力を解放する。右手からは炎、左手からは紅い炎を放ち、その場で回転する。色違いの炎は、まるで意思を持った蛇のようにアイシャの周囲を旋回し始めた。


 モーリスがアイシャに向かって雷を放つが、紅い炎に遮られ、代わりに炎が噛みつくように迫った。辺りを焼き尽くす程の熱気に押され、モーリスは焦りを露わにして後退する。


(これ以上、好きにはさせない。)


 色違いの炎は、大通りを覆う程の勢いに広がる。セルバンとミネアを追う道を塞ぎながら、警察隊に退却を迫ることを狙っていた。炎に圧倒されてじりじりと後退を続ける敵を見やり、気味の良さを覚えたアイシャは必要以上に魔力を放出する。


 その時、炎を躱し続けていたヘイデンが徐に右手を挙げ、空に向かって雷を放った。


(また? 攻撃が目的じゃないなら、……もしかして?)


 アイシャが空を見上げるのと、上空から何者かが急降下するのは同時だった。


「……!」


 突如、上空から現れた新手に、アイシャは間一髪で反応した。前方に広げていた炎で頭上を覆う。新手は間際で身を翻し、僅かな羽音を立てて飛び退った。アイシャは全身黒ずくめの新手を視界に捉える。黒褐色の翼に黒髪、フェリシアではない別の魔女であった。


(嘘。父さんが言っていた魔女がここに来たの?)


 アイシャは急激に姿勢を変えた拍子に体勢を崩し、その場に尻もちをつく。頭上を舞う『夜鷹の魔女』キーラを見上げて形勢の不利を悟った。

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