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魔女部隊「雷花」 ①

 ― ロンディウム市街 西地区 グリニッジ軍港 ―


 フェリシアはグリニッジ軍港の上空、数隻の軍艦の真上を飛翔していた。黒の軍服を身にまとい、漆黒の翼を広げている。今は来る火の国への遠征に向けて飛行訓練を行っていた。まだ一年前ほどの技量は取り戻せていないが、今行っている訓練に事足りるだけの感覚は戻ってきていた。


 無人の軍艦の真上を数度旋回した後、甲板に人影が見える軍艦に向かって飛行する。人影が部隊の魔女二人であることが分かる距離まで近づいた時、魔女たちがいしゆみで矢を放ってきた。訓練用の矢は先端が柔らかい素材で作られており、万が一当たっても身体に突き刺さることはない。


 風を切る音と共に迫り来る二本の矢を軽く身を捻って躱し、二人の魔女に二の矢を装填するいとまを与えず、その頭上を飛び超える。魔女たちの背後に置かれた四体の人形に対して雷を放ち、甲板の上を通り抜けた。


 フェリシアが放った青い雷は全て人形に命中し、表面を覆う鉄板に当たった衝撃で大きな音を立てる。雷撃の命中を確認したフェリシアは、休息を取るためにグリニッジ軍港の桟橋に向かった。



 フェリシアが隊長を務める魔女部隊『雷花らいか』は、戦場において主に伝令役を担う部隊だ。軍隊における情報伝達の速さは勝敗を大きく左右する。高い機動力を持つ魔女の力は、司令部の命令を各所に伝え、また各所の状況を司令部に報告するために重要な機能を担っていた。


 魔女が契約する魔獣の種類は様々であるが、移動方法の観点では三種類に分けられる。大地を駆ける魔獣、水中を泳ぐ魔獣、そして大空をかける魔獣だ。フェリシアが指揮する雷花は、飛行能力を持つ五人の魔女で構成されている。一年前のエスケンドリア攻略戦においても、飛びぬけた機動力を活かして帝国の勝利に大きく貢献した。


 軍事における魔女の重要性を理解した各国は、それぞれ伝令役の部隊を組織していた。魔女は貴重な戦力であるため、基本的に彼女たちは伝令役に徹して戦闘は行わない。しかし、フェリシアが属する雷花は、敵の伝令役を攻撃する役割をも担う。雷花の構成員が敵軍の魔女の位置を特定すると、その情報を受けたフェリシアが単独で魔女を無力化しに向かう。


 これまで帝国が仕掛けた戦争において、敵軍は次々と魔女を倒されることにより、情報伝達の機能は常に劣勢となっていた。フェリシアが『魔女狩りの魔女』と呼ばれる所以ゆえんである。



 桟橋に降り立ったフェリシアを、フィオナが出迎えた。晴天の中、久しぶりの訓練を行ったフェリシアは暑さを感じていた。結んでいた髪留めを外して髪を下す。傍で待っていたフィオナが手拭いを差し出した。


「フェリシア隊長、お疲れ様です。」


「ありがとう。」


 フィオナから手渡された手拭いで汗を拭き、フェリシアはグリニッジ軍港の海上に目を向ける。軍港には多数の軍艦が接岸しており、上空を三人の魔女が飛行していた。その中には純白の翼を持つ『かもめの魔女』マリーの姿もある。部隊の中では魔女としての経験が一番浅いにも関わらず、動きの俊敏さは他の魔女に引けを取らなかった。


 フィオナに手拭いを返すと、幾分沈んだ声音で問いかけられる。


「昨晩の暗殺事件について報告をしても……?」


 フェリシアが視線を向けると、フィオナは深刻な表情で見つめていた。フェリシアは無言で頷く。


「サヴィル通りの高級宿舎メイフェアにて、反戦派のウェリントン議員が暗殺されました。死因も今までの二人と同様です。」


「今回で三人目か……。」


「はい。メイフェアの正面には警察隊支社がありますので、すぐに隊員が駆け付けたのですが、暗殺者は既に姿を消していました。残されたのは犠牲者の亡骸と、工部省の情報官だったと。」


 フェリシアが眉を上げる。脳裏にはトップハットを被った青年の姿を思い浮かべていた。


「情報官が何故現場に?」


「それが、ウェリントン議員から護衛の依頼を受けていたそうです。一度は暗殺者の攻撃を防いだそうですが、暗殺者の力量が彼を上回っていたそうです。」


「だが情報官は生き残ったのだろう? 暗殺者の容貌は何か掴めたのか?」


「いいえ。全身をローブで覆っていて不明だったそうです。ですが、暗殺者の目が赤いことと、赤い火の魔法を使うことは分かっています。」


 フェリシアはヘイデンからの報告を思い出していた。


「警察隊の襲撃犯との関係は?」


「恐らく無いかと。暗殺者は短剣の扱いに長けていたそうです。ヘイデン副隊長が捜査中の襲撃犯が短剣を用いたという情報はありません。」


 フェリシアは唇を噛む。


「別人か。我々は得体の知れない複数の敵を思いのままにさせている訳だな。」


「……。」


 フィオナが浮かない顔でフェリシアを見つめている。


「このまま捜査は続けられそうか?」


「それなのですが、暗殺者の捜査権は、工部省に引き継がれることになりました。工部省長官によって、今回の事件が帝国に対する他国からの攻撃であると判断されたためです。」


 『工部省長官』という言葉を聞いたフェリシアの口調が、険のあるものに変わる。


「長官殿が我々の手助けをしてくれると言うのか?」


「はい。ですが、私たちは二つの事件を抱え、軍への異動も控えています。後一週間以内にいずれも完遂することはできないと思っています。ここは工部省の力を借りることが得策かと……。」


 フィオナが言葉を慎重に選びながら答える。フェリシアはため息を吐いて、目つきを和らげた。


「……その通りだな。我々は襲撃犯の捜査に注力するとしよう。ヘイデンの捜査も明日までには完了するはずだ。」


「はい。隊長も魔女部隊を率いる大役を任されているのですから。」


 フィオナの表情が普段の明るさに戻る。


「話題を変えましょうか。飛行能力はどうですか? ここから見ますと、一年前と遜色ないように思えました。」


「ああ、大分感覚は戻ってきた。だが、まだ当時の動きには及ばない。時間は限られているが訓練を続けないとな。」


「大丈夫ですよ。隊長はすぐに勘を取り戻せます。」


 手拭いを受け取ったフィオナが、全幅の信頼を置いた表情でフェリシアを見つめる。その時、強い海風が吹き付けてフェリシアの金髪がさらさらと舞った。潮の香りと共に、爽やかなシトラスの香りが広がる。


「以前お渡しした香水、付けて下さったんですね。」


「これか? まあな。」


 嬉しそうに微笑むフィオナを見て、フェリシアは照れた表情になる。


「魔女ですもの。魅力的な香りがするのは当然です。」


 まるで自分のことのように胸を張るフィオナに、フェリシアが苦笑する。香水は、エスケンドリア攻略戦に臨む前、フェリシアの誕生日に渡されたものだ。十五の頃に軍人になって以来、凡そ女性らしさなど気にかけてこなかったフェリシアにとって、フィオナからの贈り物は自分に相応しくないと思っていた。


 それでも、自分が魔女の力を取り戻すまでずっと支えてくれたフィオナに思いにようやく気付き、少しでも感謝の意を伝えようと考えを改めていた。


「折角貰ったというのに、悪かったな。」


「いえ、謝って頂くことなんて……。付けて頂けるだけで嬉しいです。」


 フィオナの頬に赤みが差す。フェリシアは急に恥ずかしくなり、話題を変えることにした。


「……そういえば、フィオナはここに来て良かったのか? 参謀本部に用があると聞いていたが。」


「はい。ですが、午前中は雷花の訓練を見るよう指示を受けています。午後からダルシウス司令官の元に伺う予定です。」


 フェリシア同様、フィオナも帝国海軍への異動が決まっていた。異動後はダルシウスの副官として、司令室と雷花の橋渡しを行う。優れた情報処理能力を持つフィオナは、戦況の把握や戦術の修正を行う参謀本部での活躍を期待されていた。


「そうか。フィオナが参謀として司令室にいてくれると心強い。」


「はい。精一杯頑張ります!」


 強い日差しの中、陽光にも劣らぬ明るさでフィオナが応じる。帝国軍そして警察隊において底抜けた明るさの持ち主であるフィオナの存在は、殺伐としていたフェリシアの心を幾度となく和らげてきた。


 フェリシアが軍港に目を戻すと、魔女たちが訓練を終えて桟橋に向かってくる所だった。


「ちょうど終わったみたいだな。話をしに行こうか。」


「はい。」


 フェリシアは桟橋に向かって歩き出す。数歩遅れてフィオナが続いた。

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