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「雷の魔女」の情報官 ②

「誰か来たのか? ルーファスなら通していいぞ。」


「ウェリントン議員! 承知致しました。」


 男が素早く振り返り、扉を開けた。そこには一人の老紳士が杖を手にルーファスを待っていた。仕立ての良い灰色のスーツを着て、右目に片眼鏡を付けている。


「ルーファス! 久しぶりだな。」


 トップハットを軽く持ち上げたルーファスへ、老紳士が歓迎するように右手を出す。握手を交わすと、年の頃からは想像できないほどの強さで手を握られ、ルーファスは顔が引きつりそうになった。


「……ウェリントンさん。あんたの頼みで、ここまで来たぜ。」


「よく来てくれた。まあ、そこに掛けてくれ。」


 ウェリントンが満面の笑みで、向かい合わせのソファを示す。護衛の一人にトップハットを預けたルーファスは、ソファ横のスタンドに仕込み杖を置き、ウェリントンの正面のソファに腰掛けた。


「暗殺者から逃げるために転々としているのだがな。ただ待っているというのは退屈で仕方が無い。」


 ソファに深く身体を預けたウェリントンが朗々とした声で話す。齢六十になろうという高齢の議員だが、矍鑠かくしゃくとして衰えを感じさせない。


「……ああ、こちらは時機を選ぶことができないからな。」


 渋々といった様子でルーファスは話を合わせる。今までも『雷の魔女』の命で何度かウェリントンの護衛を請け負ったことがあるが、暇さえあれば人に議論を持ちかける議員のことが苦手であった。


「その通りだ。急場しのぎで四人の護衛を雇ったんだがな。……どうにも彼らには学が無い。話し相手がいなくて困っていたんだ。」


 ウェリントンは声を抑えながら冗談めかして言う。ルーファスは、部屋の隅で直立している護衛たちに素早く目を向けた。


「ウェリントンさん……。俺を何だと思ってるんだ。」


 ルーファスは呆れたような表情を作るが、向かい合って話す中でウェリントンの様子が普段と違うことに気付いていた。ソファ横にスタンドがあるというのに、ウェリントンは杖を握り締めたまま一向に離そうとしない。杖の柄を固く握る両手には血管が浮かび上がっている。


(それもそうだ。こんな短期間で二人も議員が殺害されたことなんて、今まで無かったからな……。)


 ここ数日で起きた政治家暗殺事件。殺害された二人はいずれも火の国への遠征に反対する大物議員だった。同様に反戦派の筆頭であるウェリントンが命を狙われる可能性は高いと判断され、雷の魔女の命を受けたルーファスがここに来ている。


 刺客がいつ来るか分からない中で待ち続けるのは、どれだけの負担を心に強いるのだろうか。誰かと話して気を紛らせなければ、すぐに押し潰されてしまう程の重圧なのだろう。先程の言葉が冗談ではないと分かり、ルーファスは目の前の老紳士に同情し始めた。


「……私は反戦派の同志を二人も失った。フィッシャーにチャンドラー。来る議会に向けて大変な痛手だ。誰の仕業か分からぬが、これまで反戦派を率いてきた私だけでも生き延びなければならない。」


「ああ、俺はそのために来た。火の国への遠征を阻止するためにもな。」


「助かるよ。……ところで今回の件、アルメリアの見解はどうなんだ? 裏で糸を引いているのは誰だと思う?」


 ウェリントンの目に生き生きとした光が宿る。ルーファスが同情をしたのも束の間、論客としての気質が顔を出し始めた。


(全く……、気持ちは分かるが、議論は政治家相手にやって欲しいものだな。)


 ルーファスはやれやれといった顔で応じる。


「何とも言えない。まだ調査中なんだ。」


「推測で構わない。何か掴んでいないのか?」


「……分かっているのは二つだ。被害者はいずれも頸部を切られていたこと。刺客が去った後は現場が真っ暗になっていたことだ。」


「真っ暗? 蝋燭の火が消えていたというのか?」


「そうだ。二件の犯行現場はどちらも議員の書斎。明かりになるものは蝋燭しかなかった。」


「成程……。」


 ウェリントンが口を閉じ、視線を周囲に彷徨さまよわせる。


「刺客は暗殺の前に火を消したと考えるべきだろうな。音が鳴る雷ではすぐに気付かれる。水を使おうにも全ての蝋燭に放つ暇など無いはずだ。……やはり、刺客は火の魔法の使い手と考えるべきか……。」


「俺もその線で考えたが、一つ問題がある。その刺客が火の国出身なら、反戦派の議員を暗殺する動機が不明なんだ。遠征が決まったら損をするのは火の国だからな。」


「ふむ。我が国との実力差を考えると、彼らには挑発する理由がない。主戦派の議員を殺害するならまだしもな。」


 ウェリントンが頷く。


「火の国にも他国と戦争をしたい輩がいるのか?」


「いや、聞いたことがないな。十年前に西大陸で大きな戦争が起きて以来、火の国は再び戦火に巻き込まれないための戦略を取っているはずだ。」


「となると刺客の出自から辿るのは難しいな。では刺客の雇い主はどうだ?」


 ウェリントンが口元に笑みを浮かべていた。ルーファスは少しでも老紳士の気を紛らせようと、話を続けることにした。


「そうだな。俺も今回の件は刺客が単独で実行できる範囲を超えていると思う。他国の刺客にしては、帝国内の政治情勢に詳しすぎる。」


「刺客に知恵を授けている奴がいるはずだ。反戦派に打撃を与えるために殺すべき人物、そして殺すべき時間と場所をな。」


「それならウェリントンさんの方が詳しいんじゃないのか?」


「はっはっは! それもそうだ。だが、心当たりのある人物が多すぎる。この線で考えるのも難しいな。」


 ウェリントンが破顔する。ルーファスが議員の手元に目を向けると、いつの間にか杖を握る手が緩んでいた。


「はあ……。以前はこんなことにはならなかった。異なる主義を持つ者同士、互いに憎むべき点は多いが、力尽くで相手を黙らせるような手は決して使わない。紳士としての暗黙の了解があった。どうしてこうなってしまったのか……。」


 ウェリントンがため息を吐く。議員の問いが相手に答えを求めていないものと理解したルーファスは、黙って議員の表情を見つめていた。

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