「雷の魔女」の情報官 ①
― ロンディウム市街 中央区 サヴィル通り ―
(全く、何で俺がこんな所まで来なきゃならないんだ。)
夜のサヴィル通りを歩きながらルーファスはひとりごちる。彼がいる場所は、ロンディウムの老舗の高級店や帝室御用達店が立ち並ぶ煌びやかな通りだ。周囲には数多くの宿舎や飲食店も軒を連ね、雷灯で照らされた通りは夜にも関わらず昼のように明るい。
帝国の上流貴族の出身であるルーファスがサヴィル通りを歩く姿は、それだけで絵になった。身体にぴったりと合った黒のスーツを着用し、頭には黒のトップハットを被っている。丁寧に整えた金髪、涼し気な青い瞳、端正な顔立ちも相俟って、彼が歩くと道行く女性たちの多くが振り返る程だ。
一方、近くをすれ違った男にルーファスが視線を向けると、男は忌々しげに舌打
ちをして通り過ぎた。職業柄、ルーファスに恨みを持つ者が一様に示す反応だった。
彼の身分は上流貴族の中でも特殊である。『情報官』という彼の身分は、帝国政府の『工部省』の役人を意味する。帝国の防衛に関わる機密情報の保全や帝室に害を及ぼす人物の捜査を行う情報官は、帝国において警察隊と同じくらい人の恨みを買う身分であった。
(近頃はそれなりに顔を知られて来たようだな。)
周囲の者たちが示す態度に動じず、ルーファスは手に持った杖をコツコツと突きながら歩く。彼の持つ杖は仕込み杖だ。杖には特殊な仕掛けが施されており、ある方向に柄を捻ると内側から細剣を引き抜くことができる。危険と隣り合わせの仕事において、彼の杖はいざという時の心強い相棒だった。
ルーファスはサヴィル通りの警察隊支部、その反対側に位置する煌びやかな高階層の宿舎に向かって行った。
(『メイフェア』。ここで合っているな。)
宿舎の看板を確認し、ルーファスは入口を抜ける。宿舎の内装も豪華そのものであり、埃一つ見当たらない。有数の高級宿舎であることが窺えた。ルーファスは受付に行き、小綺麗な格好をした男に、自分の身分と訪問の理由を伝える。
「アルメリアの情報官、ルーファスだ。ウェリントン議員の護衛を任されている。彼がいる部屋の番号を教えて貰えるか?」
ルーファスは、スーツの内側から懐中時計を取り出して見せる。表面には『雷の魔女』を意味する『浜簪』の装飾が施されていた。
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
受付の男は、懐中時計の装飾を一目見ただけで合点がいったようだ。視線を落とし、手元の書類を確認し始める。
(やれやれ、話の分かる相手で助かったな。)
ルーファスは安堵したように心の内で呟く。数秒の後、男が部屋の番号を伝えた。
「ウェリントン様は十階の一号室にいらっしゃいます。受付の右側にございます昇降機からお上がり下さい。」
「分かった。」
懐中時計を素早くポケットに仕舞い、ルーファスは昇降機の前に向かった。昇降機の伸縮扉は既に開いており、操作盤の後ろに黒髪の少年が乗っていた。幼いながらも小綺麗な制服を着ており、メイフェアの一職員であることが分かった。
「いらっしゃいませ。行先は何階でしょうか。」
少年がはきはきした声で問い掛ける。話し方一つとっても、相当な訓練を受けてきたことが窺えた。
「十階だ。よろしく頼む。」
「はい。かしこまりました。」
少年が笑顔で応じる。ルーファスが昇降機に乗り込んだ後、少年は操作盤に手を当てて魔力を送り込んだ。操作盤内の仕組みによって雷が駆動力に変換され、伸縮扉が静かに閉じ、昇降機が上昇を始めた。
(移民だというのに、この歳で大したものだな。)
乗客に一切の負担を感じさせない操作を行う少年に、ルーファスは無言で感嘆の意を示す。
(この少年はいつから雷の魔法を使い始めたんだ。イズナディア人であっても、同年代でこれだけ使いこなせる奴は珍しいぞ。)
「お待たせしました。十階に到着です。お部屋の位置は、正面の案内図をご確認下さい。」
ルーファスが少年の操作技術を評価している間に、いつしか目的の階に到着していた。
「ああ、ありがとう。」
にこやかな少年を後にして、ルーファスは案内図を確認する。一号室の前に向かうと、部屋の前には物々しい恰好をした男が直立していた。腰には長剣を差し、左手に雷灯を持っている。
「何か用か? ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ。」
男が不機嫌そうな表情で問い掛ける。ルーファスは動じずに、ポケットから懐中時計を取り出して見せた。
「アルメリアの情報官、ルーファスだ。ウェリントン議員の護衛依頼を受けてここに来た。中に入れて貰えるか?」
「情報官? 聞いてないぞ?」
男の眉間に深いしわが寄る。雷灯を持っていない右手が長剣の柄に当てられた。
(ちっ、たまにいるんだよな。話の通じない奴が。)
ルーファスは内心で舌打ちをするが、表情を変えず丁寧に応える。
「情報が伝わっていないだけかもしれない。『ルーファスが来た』と、ウェリントン議員に伝えて貰えないか?」
「怪しい奴だな。俺が背を向けた時に何かする気じゃないのか?」
男はルーファスが手に持っている仕込み杖に視線を向ける。
(勘弁してくれ。物分かりの悪さをウェリントンに伝えて、お前を解雇してもらうぞ。)
ルーファスは心の内で毒づくが、事態は進展しない。次の手を考えようとしたその時、部屋の内側から声がかかった。




