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付き人さん

 病院の待合ホールに絵が掛けてあった。「絵だけは見る目がある」と言われた過去を思い出し、そのとおりにこの絵は見るたびに良いものだと思った。

「珊瑚礁って見たことある?」

 ようやく待ち人が現れる。数日このホールで待っていた。少し顔色が良くなった少女だった。数日前と変わったところは元気の良さと、やや大きめの旅行カバンを持っているところだ。

 ぼーっとなっているところを「旅人さん?」と小首を傾げられ、そうだ珊瑚礁が何とかって言ったことを思い出す。それはこの絵のことか。

 青い絵の具だけで描いた絵画だ。見る目の無い人によっては白を足してあると言うだろうが、これは紛れもなく青色と水の濃薄だけで描いている。

 少女も画法については理解が無い。ただし、この絵画には思い入れがあるらしい。

「いつか珊瑚礁を見るの」

「へえ。見たい、じゃなく?」

「見るの」

 海を真上から眺めているだけでは珊瑚礁を臨めない。そう思った時、少女が海で泳ぐことにこだわる理由と繋がる気がした。

「なかなか良い絵よね」

「分かって言ってるのか?」

「何が?」

「……」

 まあいいやと口を閉じた。すると突然少女から「はい」と、カバンを差し出された。持ってと言われなくても受け取ってしまう。女性を特別に扱うのは、貴族だからでもメルチの国柄があってでも無いと思いたい。

 しかしカバンを持ってもらえた少女は嬉しそうにニコニコと笑顔を作っていた。それがまるでこちらの事情を見透かしているみたいに見えて嫌だと思う。だからこっちから目を逸らした。

「今日は色々質問してくれるのね」

 少女は胸を弾ませて歩き、病院を出て行った。

 後から付き人が来ないと分かったら、待合ホールに走って戻って大声を響かせて呼んだ。



 旅の途中、旅人さんと呼ばれることがなくなっている。理由は、少女も今や旅人さんだからとよく分からない。

「付き人さん、こっちを見て」

 新しく「付き人さん」と呼ばれている。どちらかといえば旅人さんの方が好きだったのに。

 景色が動く窓を覗き込んだ。旅客船がそろそろ港に着くようで、動いているのか止まっているのか分かりにくい海原の景色がある。山や建物も映し始めている。

「ねえ知ってる? 海は奪うもの、月は与えるものって言うけど。ここでは真逆なんだって」

 入国パンフレットを見ながら少女は面白そうに笑って言っている。しかし話は続かない。どうやら神話などの詳細は知らないらしい。貴族の令嬢にしては教育がなっていない。

 叱りはしないが、このまま大人になって平気なのだろかと心配はよぎった。だから少し言ってしまった。その返事はこうだ。

「平気よ。どうせ結婚しないもの」

「それは……男に興味が興味が無いってことなのか?」

「うーん。色々」

 詮索はしない。色々と言うのだから、色々なんだろう。

「じゃあ次は私の番ね」

 船が到着するまでゲームをしようと言い出して始めた。

「付き人さんは神話に詳しい?」

「……さあ」

「貴族だから?」

「……答えない」

 順番に質問をしていくゲームだが、一方のやる気が無ければ成り立たなかった。それに少女はブーと言った。しかしブーブーとまではならずに鼻を鳴らすだけだった。

「私に質問は?」

「ない」

「一個も?」

 沈黙を貫き、その間に船が錨を海におろす。

(((次話は明日17時に投稿します


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