表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

色んな海を見に行きたい

 テーブルに付き、少女と父親、母親は遅れて席に座った。飲み物はひとつだけ客に出されて、軽い話し合いでも行うのかと想像したが……。

「私たち、駆け落ちします」

「……」

 少女が言い放つ。私たち……というのは少女本人と、席の形からして少女の隣に座る人物の二人だろう。飲み物を出して貰えた、ただひとりの客人のことだ。

 急に駆け落ちをすると言われた少女の両親は、二人とも口を開けて固まっていた。

「ではもう行きますから」

 少女が席を立つ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 ようやく母親が言葉を言う。しかしそれを父親が手を添えて引き止めていた。奇妙な光景だ。

「旅人さん、行きましょう?」

「えっ。あ、はい……?」

 奇妙だ。飲み物を頂かずに席を立つなど礼儀知らずだというのに、そんなものは良いから早く外に行きたいと少女が急いている。それに、両親の前で「旅人さん」と呼んでいるのも駆け落ち相手には相応しくないのに。

 誰も追いかけて来ずに二人だけでコテージを出てしまった。途端に冬の風が冷たく当たり、目も開けられないというのに少女は笑っていた。

「旅人さんって貴族の人?」

「……」

 答えない。風が強まり、波が荒れ始めているのを良いものと思って見ていたい。

「あはは。別に何でも良いの。ねえ、海が好きなんでしょう? このまま色んな海を見に行きたい!」

 少女は駆け落ち相手の腕を引っ張り、早く行こうとどこかへと連れ出した。



 奇妙なことが幾つもある。まずは少女が「色んな海を見に行きたい!」と言ったにも関わらず、海岸を背にどんどん陸地の方へ進んでいくことだ。

 それから二人は夜になるごとに宿を取って過ごすが、代金はいつも少女の一言で済まされた。後で尋ねてみれば支払いは父親から出されていると言う。これもどういう訳かおかし過ぎる。

「ねえ、そろそろ名前を教えてよ。旅人さん」

「教えない」

「えー」

 暖炉の灯った小さな部屋で、少女はベッドに寝転び駄々をこねている。そうする少女も自分の名前は教えようとしない。わざわざこちらから聞かないからでもあるが。

「じゃあさ、ゲームしようよ。私と旅人さんで順番こに質問していくの。楽しそうでしょう?」

「やらない」

「やって」

「嫌だ」

 少女は気に入らないことがあるとブーブーと言う。そしていつも自分で笑い出す。

「子豚のブーブー!」

「……」

「ブーブー! あはは!」

 何度か繰り返し、仕舞いには腹を抱えてひとりでいつまでも楽しそうだ。これがそこまで笑える事なのか自分には分かりかねる。

「旅人さんもやって!」

「……はぁ」

 仕方がないから……暖炉の薪を割って火を小さくした。さすがに少女も、そろそろ寝ると分かるんだろう。ブーブー言うのをやめて、大きなあくびを堂々と鳴らしていた。

 部屋の明かりが弱まり、しかしカーテンは閉めない。少女が暗闇は怖いと言うからだ。薪はまだ赤く燃えているが、それが消えてから目覚めるのが怖いのだと言っていた。

「旅人さん一緒に寝ようよ」

「いらない。おやすみ」

 ベッドは少女に渡し、男の方はソファーか椅子に座って目を閉じた。

 眠る前、一体何が駆け落ちだったのかを考えるのはもう飽きた。おそらく少女の好奇心に付き合わされただけだろうと、早いうちに腑に落ちた。

「旅人さん、ありがとう」

「……」

 少女はなぜか毎晩感謝を伝えてくる。そしてすぐに寝息を立てる。

 それがいつまで経っても慣れなかったし、夜が来なければ良いのにと思うほど嫌いだった。

(((次話は明日17時に投稿します


Threads → kusakabe_natsuho

Instagram → kusakabe_natsuho

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ