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『変質者』がいる世界で─東京新都旧千葉奪還区域管理局変質事件記録─  作者: ハンス・シュミット
CASE.1『連続女学生一家惨殺事件:通称“カワハギ殺人”』
3/9

第3話【初めての管理局・奇異約束】

 以下条文は『改正日本国憲法』より抜粋。


 第18条『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。ただし、変質した者はこの限りではない。』



【10】



「……んぁ、電話か」


 スマホの着信を知らせるバイブレーションと、着信音として登録してある最近ハマったロックバンドの激しめな曲調に目を覚ます。

 画面に表示されるのは見知らぬ番号だったが、昨日六華さんに電話番号を教えていたことを思い出し、その電話に出た。


「もしもし、白浜です」

『おー、きのーぶりだね。僕だよー。あはは、寝ちゃってた? ごめんねー』

「すみません。昨日色々あって疲れちゃったみたいで」


 やはりこの電話は六華さんからだったようで、携帯越しに緩い雰囲気の声が聞こえてくる。

 ただ、寝起きなのが俺の声から伝わってしまったようだった。

 電話をしながら枕元の時計を見ると10時半を示しており、もし大学があったら1コマ目を寝過ごし2コマ目を遅刻している所だ

 まだ春休みで助かった。


『いやー疲れてる所悪いんだけど、今日の1時頃に駅近くの旧千葉区域管理局に来てもらっていいかな?』

「大丈夫ですけど……駅って新千葉駅ですか?」

『そうだよー、受付の人に“カナシガリ”事件の証人ですっていえば、担当者を呼んでくれると思うからよろしくねー』

「分かりました」

『ありがとー、じゃーねー。歩生クン』


 そうして電話は切られた。

 喉が渇いていたので、固まった身体を一度伸ばしてからキッチンへと向かう。

 リビングのソファーで寝ていたはずの雄一の姿はなく、『リナに魚を渡すから帰る。鍵はかけてポストに入れておく』という書き置きが机の上にあった。


 バスで新千葉駅まで二、三十分ぐらいだったかと思い出しながら、今日の予定を考える。

 駅前まで行って証言をするだけなのは勿体ない。

 行ったことのない大きい本屋とか古本屋を探してみようなんて決めた。

 とりあえず、さっぱりするためにシャワーでも浴びよう。






「駅前、やっぱり賑わってるな」


 バスの中で『変質者』について調べていたら、もう駅まで着いていた。

 12時半手前ぐらいに、俺は新千葉駅のバスロータリーへ降りながらそう呟く。

 土曜日ではあるが、会社員やおしゃれな若者、カップルや春休みだからか家族で帰省か旅行にでも行くのだろう人々がせわしなく歩き回っている。

 15年ほど前の『屍体偏愛(ネクロフィア)』と『食人衝動(カニバリズム)』の最悪抗争により、千葉県の大部分が壊滅的な被害や汚染を受けたが、その変質事件の影響が分からないほど再開発され綺麗になっている。

 再開発事業を行うことにより、失職者や失業者に雇用機会を作り出すことや、より整備された街にするという考えがあったからからだろう。

 復旧地域は駅前や住宅街、学生街など、それぞれの場所にあった再開発が行われたと、大学の1年後期選択科目であった災害復旧史Ⅰで習った。


 ただ、俺はこの駅を大学を受験するときや帰省するとき、帰省から帰って来るときぐらいしか使ったことがないので、周囲の土地勘がない。

 俺の住む場所は学生街として再開発が行われたため、学生向けのスーパーだとか飲食店、本屋等だとかが多くあり、わざわざ駅前までくる理由がなかったからだ。

 駅前は会社員向けの店舗やおしゃれなお店、ちょっとお高めなお店が多く、学生である俺はあまり使わない。

 スマホの地図アプリを使って、管理局までの道を調べる。


「……こっちか」


 表示された地図によると、駅から少し行ったところに管理局があるらしい。

 一時前には余裕をもって到着できそうだ。

 俺は整備されて綺麗なタイルの道を、中天の太陽の日を浴びてキラキラと白く反射しているビル群を見ながら歩き始めた。



【11】



 旧千葉区域警察本部庁舎の隣にあった、『変質管理省旧千葉奪還区域管理局』という名称が刻まれた金属板がはめ込まれた石碑が目立つ高い庁舎。

 そこが俺の目的地だ。

 黒スーツの人々が出入りしていて少し威圧感を覚えるが、呼ばれてきているのだし気にしなくていいだろうとその自動ドアをくぐる。

 

 内装までは流石に黒一色ではなく、行政機関らしい白を基調とした内装だった。

 わずかながら観葉植物の緑があったが、それは申し訳程度の物だ。

 どこに行くべきか見回すと、俺を見ている受付っぽい場所にいた女性と目が合ったので、そちらのほうへと足を進める。


「……あのー、すみません。“カナシガリ”事件の証人として呼ばれました、白浜歩生と申します」

「はい。八剱特等官から伺っておりますよ。こちらの入局証を首からかけて、東浦一等官が来るまであちらのソファーでおかけください」

「ありがとうございます」


 ネックストラップ付の入局証を受け取って首から下げ、言われた通りに受付の前にあったソファーに腰を下ろす。

 可もなく不可もない、ザ行政施設の設備という程度の座り心地だ。

 スマホを取り出し時間を確認してみると、12時48分と指定の1時より少し早くついてしまったようだった。

 もしかしたらお昼休憩中なのかもしれない。

 適当にスマホでもいじって時間を潰そう。

 まだ3年前期の抽選科目登録期間ではないが、すでに時間割は出ていたのでそれを眺める。


「白浜さんですか?」

「あ、はい」

「初めまして、東浦です。この度はご協力とご足労に感謝申し上げます。……では、私についてきてください」


 『変質者学基礎』という教養科目が目に入ったので、その科目のシラバスを読んでいると、座っている俺の目の前に立った男性に声をかけられた。

 東浦と名乗った男性は、黒縁のメガネをかけて髪の毛も七三分け、折り目のしっかりとした皺の一つないスーツにツヤがある革靴と、真面目な公務員というイメージをそのまま具現化したかのような人物だ。

 服装が真っ黒なため、葬式帰りみたいになってしまっているが。

 スマホの左上の時刻はちょうど1時で、その見た目通りの人間性であることが察せられる。


 彼に言われた通りに後ろについていき、エレベーターに乗り込んだ。

 東浦さんが4階のボタンを押し、わずかな重力を感じながら俺と彼だけのエレベーターは動き出す。

 彼の首にも黒い管理電子首輪が嵌められており、六華さんのように『変質者』であることが分かった。

 彼の身長は180ぐらいだが細いという印象は受けず、スーツの上からでも鍛えられた身体であることが分かるぐらいしっかりとした肩幅をしており、やはり管理局の職員は大変そうな職業だ。


「こちらで少しお待ちください」

「わかりました」


 案内された部屋はいわゆる取調べ室だった。

 ドラマやテレビでしか見たことない部屋に入れたことに、少しテンションが上がる。

 確かに俺はSFばっかり読むが、刑事物やサスペンスだって読む。

 ……カツ丼とか頼んだらくるのかな。

 お昼ご飯を食べずに来たのでお腹が空いており、そんなくだらないことを考えてしまった。


「粗茶ですが」

「あ、ありがとうございます」

「どうかなされましたか?」


 戻ってきた東浦さんが、湯呑みに入ったお茶を目の前に置いてくれた。

 ただ、取調べ室という普通は立ち入ることのない部屋に入ったので、内心浮ついたのを彼に気づかれてしまったようだ。


「いや、すみません。取調べ室なんてテレビでしか見たことなくて、ちょっとテンションが上がってしまって」

「……そういうものですか?」

「カツ丼とか食べてるイメージありません? 取調べ室って」

「カツ丼ですか……ご用意しましょうか? 自費になってしまいますが」

「い、いえ。冗談というか……すみません」

「申し訳ありません。冗談は不得手でして」


 ちょっと冗談めかして取調べ室のイメージを言ってみたが、なんか俺が滑ったみたいになってしまった。

 誤魔化すように湯気の立っているお茶を一口飲み、湯呑みを机に置いたところで、ペンと紙、そして録音機を用意していた東浦さんが口を開く。


「……では、早速ですが昨日深夜の出来事についてお教え下さい」

「はい、友人を寮に送った帰りに──」


 記憶をたどりながら昨日のこと──正確には今日の0時頃だが──を話す。

 忘れようにも、全裸の露出狂絡みのことなんてインパクトが強すぎて忘れられない。

 酒が入っており一眠りしたあとだったが、ほとんど完璧に思い出すことができた。

 東浦さんは時折俺の発言に深掘りしてきたが、それも答えられる事柄だけだ。


 ただ全く関係ないのだが、東浦さんの眼鏡のレンズは度が入っておらず、伊達眼鏡であるということに気付く。

 別にそれを指摘する理由もなく、動く職業なのになぜ眼鏡をしているのだろうと疑問を持ったぐらいだ。


「──こんな感じです」

「なるほど……では、こちらの書類に必要事項を書いてください」

「はい、ありがとうございます」


 最後まで話し終わったあと、東浦さんは一つ小さく頷き、俺に2枚の書類を渡してきた。

 パッと目を通してみたが、嘘をついていないことを宣誓するものと、捜査に協力したことを証明するものだったので、空欄に必要事項を書き込む。


「……白浜さん、鍛えられてるんですか?」

「え? そうですね。大学のジムで暇な時に」

「なるほど。細身ですが、結構しっかりと筋肉が付いていたので」

「ありがとうございます。……スーツを着ているから分かりづらいですけど、東浦さんは俺よりもめっちゃ鍛えてますよね」


 それぞれに名前だとか住所だとかを書いていると、それまで余計なことを話さなかった東浦さんが話しかけてきた。

 エレベーターに乗った時から思っていたが、いくらスーツを着ているとはいえそのゴツさは隠せない。

 見た目は真面目な公務員というべき感じだが、肩幅や太ももが学校のジムに来ている運動部の部員よりもかなり太そうだった。


「必要だから鍛えてるだけですよ。……白浜さんはどういうトレーニングをしていますか?」

「多いのはデッドリフトとかですかね。全身を刺激できますし。俺は体重が67キロぐらいなので、100キロでセットをこなす事が多いです。……東浦さんはどうです?」

「デッドリフトですか? 大体500キロで20回のセットですかね」

「ご! 500キロ⁉︎」

「ええ、目覚めてから時間が経った『変質者』ですから、これぐらいじゃないと意味ないんですよ。ただ、

私は戦闘型の変質ではありません。これでも一等官の中ではかなり非力なほうです」


 あまりの驚きに声を上げてしまう。

 聞き間違えか冗談かと思ったが、東浦さんは嘘をついている様子はない。

 むしろ出来て当たり前の事だと、本当に思っているような言い方だった。

 

「……『変質者』って凄いですね」

「業務上必要ですので。筋トレ……鍛錬を怠ると殺されますし」

「か、管理局は大変そうですね……」

「……すみません。冗談のつもりだったのですが」


 雑談のつもりだったが、その黒スーツよりもブラックすぎる冗談が飛び出てきてうまく返せない。

 というか、どこからが冗談なのだろうか。

 冗談が不得手という自己申告は確からしい。

 それも分からない俺の様子に、東浦さんはちょっと困ったような様子になってしまった。

 六華さんといい、東浦さんといい、管理局の人々はちょっと変わった人が多いのかもしれない。

 もしくは、死が身近だから感性がちょっと常人と違うのか。


「書類、書き終わりました」

「ありがとうございます。確認しますので、少々お待ちください」


 ちょうど書類を書き終わったので、変な空気を払拭するためにその書類を渡す。

 彼はその書類に目を落としながら、俺に質問を投げかけてきた。


「お怪我とかはありませんでしたか?」

「いえ、特に……あ、今朝シャワーを浴びた時に膝あたりに痛みが走って、見てみたら少し擦れてたぐらいですかね。ただ、抑えつけた時に出来た傷だとは断言できないです」

「そうですか。大きな怪我がないならよかったです。……『変質者』は危険ですので、今後はお気をつけくださいね」


 本当にその程度の傷しかなかった。

 出血したのかどうかも分からない程度の擦過傷。

 『変質者』と揉み合ってあの程度の怪我で済んだのは幸運だ。

 ……むち打ちした的なことを言っといた方がよかったのだろうか?

 立件するのに怪我の被害者の証言があった方がいいのかもしれないが、実際に大した怪我をしていないのだから仕方ない。

 嘘をつかないという宣誓書を書いてしまったし。


「はい。そうします。……六華さんにも同じこと言われましたしね」

「六華さん? ……ああ、八剱特等官ですか。彼女から証言が終わるぐらいに白浜さんに会いにいくと言われています。そろそろだと思いますので、もう少しお待ちください」

「え、分かりました」


 六華さんが俺に会いにくる? 特に用事も思い浮かばず、疑問だけが浮かんできた。

 ミステリアス……というより掴みどころのない彼女のことが気になり、記入欄の不備がないか確認している東浦さんに話しかける。


「あの人ってやっぱり凄いんですか? あんな感じなのに、特等官って1番上の役職ですよね?」

「くくっ……失礼。あんな感じですが、確かに凄い人ですよ。特等官……正確には変質事件部、即応対処課特等執行官ですが。他の課より実力に評価基準が偏重した我々の課で、最も高い役職なだけあります。あんな感じですがね。くっはっは」

「そ、そうなんですか」


 あんな感じという表現がツボにハマったのか、それまで事務的な対応しかしてこなかった東浦さんが初めて笑った。

 なんだか凄い肩書きだった六華さんをあんな感じ呼びしてしまったが、それがそんなに面白かったのだろうか。

 昨日は六華さんの立場がわからず、ちょっと失礼な物言いをしてしまったかもしれない。

 ……もっと畏まった方がいいのだろうか。


「八剱特等官とあまり付き合いのない方は、彼女を神聖視したり、アイドル視する方もいますしね。あんな感じ呼ばわりが面白くて、くく、申し訳ない」

「あー確かにあの見た目だとあり得そうです」


 あのレベルの容姿だとそういうこともあるだろう。

 それこそ、そこらのアイドルすら見劣りする美形さだ。

 普段の雰囲気は緩いが、黙っていたり真面目だとそう見られるのも頷ける。


「そうですね。彼女に見惚れて旧千葉管理局に配属願いを出し、一緒に働こうとする人もいるぐらいですから。……白浜さんはどうです?」

「え! いやいや、俺なんか一般人に管理局なんて大変で凄い仕事は務まりませんよ。そもそも『変質者』でもないですし。……?」

「……」


 俺がそう答えると、それまで書類の確認をしながら話していた東浦さんが目線だけを俺の方へとやってきた。

 眼鏡のレンズ越しではない、日本人でも珍しい黒みがかなり強い目と直接目が合う。

 その一瞬、妙な揺らぎとでも形容すべき空気を感じ取ったが、すぐにその揺らぎは霧散し、彼は少しばかり安心したかのような雰囲気になって言葉を続けた。


「……良かったです。実は即応対処課以外は『変質者』ではない職員のが多いですし、変質対策課でも一般人の職員はいますが……ええ、本当に良かったです。貴方が八剱特等官に魅入られた人でも(・・)なくて」


 恐らく、俺が彼女に惹かれて管理局に志望しなくて良かったという安心と気遣いの心だろう。

 『変質者』でもない俺が管理局に入っても、すぐに死んでしまう自信がある。

 確か管理局は給料はかなり良く公務員だから老後も安心だが、激務かつ日本の職業のなかで殉職率が圧倒的一位だ。

 そのため、『管理局職員は二十代で家が立ち、三十代で墓が立つ』というブラックジョークを聞いたことがあるので、遠慮したい。


「さて、書類に不備はありませんでした。あとは八剱特等官を待ちましょう。……少し話が脱線してしまいましたが、彼女が神聖視されるのは外見が良いからだけじゃないですよ。むしろ彼女の強……」

「ごめーん、ちょーと遅れちゃった。待たせちゃったかな? 歩夢クン。東浦さん」


 ちょうど六華さんについての話をしていた時に、取調べ室の開け放たれていたドアから彼女が入ってくる。

 その為に東浦さんの続く言葉を聞き取ることが出来なかった。

 彼は立ち上がって、入ってきた六華さんに敬礼をする。


「お疲れ様です、八剱特等官。ちょうど終わった所でしたよ。ですよね、白浜さん」

「は、はい」

「では、私は白浜さんにお渡しする捜査協力費と領収書をお持ちしますので、お二人でどうぞ」


 入ってきた六華さんと入れ替わるように、東浦さんが出て行ってしまった。

 六華さんが彼の座っていた椅子に座り、俺と向き合う。


「いやーごめんごめん。春って繁忙期なんだよねー。暖かくなると変な人が出るっていうじゃん?」

「そ、そうですね」

「んー? 何か硬くなーい?」


 やはり昨日のような緩い雰囲気のまま彼女は絡んでくる。

 だが、とても立場が高い人だと改めて知ったあとだと、どうしても昨日のようには対応できなかった。

 そんな俺の様子を、緩い雰囲気の癖に妙に鋭いところもある彼女はすぐに気がついたようだ。


「いや、六華さんが偉い人だって事を再認識して、今まで失礼だったかなと」

「あっはっは、別にいーよ。キミ、管理局の人でもないし、歳同じぐらいでしょ? 何歳?」

「今20歳です」

「ほら、僕22歳だし同じぐらいじゃーん」


 日本人離れした透銀色(うすしろがねいろ)の美髪と整った容姿のせいで断定はできなかったが、俺の20前半ぐらいという予想は当たっていた。

 22歳で特等官ということは、高卒だとたった4年で最も上の階級になったという事だ。

 とてつもない功績が必要だろう。


「でも凄いですね。たった4年で1番上の階級になるなんて」

「んー? いや、僕が管理局に入ったのが13歳で、特等官になったのが16歳だから3年だよ? まぁ、あんまし変わらないか」

「は? 13歳? 高校どころか中学生じゃないですか」

「え? 僕は学校なんて行ったこと……あー、これ言っちゃダメな事だった。忘れてー」

「えぇ……」


 めちゃくちゃ軽いノリでそんな事を言うものだから、むしろ忘れられなくなってしまう。

 義務教育中なのに管理局に入るなんて、そんな事あり得るのだろうか。

 殉職率が他の職業と比べ物にならない危険な仕事だぞ。

 『変質者』は、管理局への届け出の提出だとかが法律上生じるとはいえ、そんな歳から六華さんは働いてきたのだろうか。

 余計に彼女の謎が深まってしまう。

 思いがけず踏み込んではいけないところに踏み込んでしまい、寂とした雰囲気になってしまう。


「……まーそんな事は置いといてさー。これ、受け取ってー」

「ん? 何ですかこれ?」


 無理矢理にでも話を変えようとしたのか、六華さんは机に2つの封筒を置いた。

 2つとも無地であり、薄い茶色と濃い茶色の色味の違いと厚さの違いぐらいしかなかった。


「協力に対する感謝状と心春ちゃんのお父さんからの感謝の手紙だよー」

「あぁ、なるほど。ありがとうございます」


 納得した俺はその2つの封筒を受け取り、ウエストポーチに入れた。

 感謝状については、履歴書の賞罰欄とかいうイマイチ書くことに困る欄を埋めたり、面接の話題で使えるかもしれないと、人助けはするものだなと思った。

 手紙も純粋にうれしい。


「心春ちゃんのお父さん凄く感謝してたよー。直接感謝もしたいし、読んだら電話してって言ってた。手紙に電話番号書いてあるって」

「分かりました」

「あはは、たぶんおどろくよー」

「驚く? 確かにわざわざ手紙を書いてくれるなんて丁寧な方ですね。ちょっと驚きました」

「あっはっは、まぁ『性的欲求系変質者(ピンク)』なんかに娘さんが襲われる所を助けてもらったんだし、感謝するのありえるんじゃない?」

「そういうものですかね?」


 ちょっと悪戯っぽい表情を見せる六華さんに、何か俺がしただろうかと思う。

 ピンクというのが、性的欲求によって『変質者』になった人を隠語的に示す言葉だというのは、バスで『変質者』について少し調べていた時に知った。

 『変質者』の中でもかなり強い偏見を受けるらしい。

 確かにそんな『変質者』に娘さんが襲われるのは、親御さんとしては絶対に嫌な事だろう。


「いやー東浦さんも感謝してたよー。今繁忙期だからさー、あの人のチームだけで3つも変質事件を追ってたんだよねー」

「少しでも管理局の皆さんのお力になれたなら良かったです」

「あはは、硬いって。……歩生クン、管理局に好意的なの珍しいね。管理局って黒尽くめで怖いーとか、仕事内容とか、僕たち『変質者』が所属したりしてるしで、怖がられたり嫌われたりすることもあるのに」


 それは確かにそうだ。

 『変質者』関係の事件は凄惨なものが多かったり、厄介な犯人が多かったりで捕獲に時間がかかったりする。

 『変質者』という呼び名もほぼ蔑称に近く、管理局で働いていてもそんな彼らに対する偏見も強い。

 だが、俺は生後まもないときに助けてもらったりしたことや、彼らが命をかけて市民と社会の秩序や安全を守っていることから尊敬すらもしている。

 俺には絶対できない仕事だし。


「あー、俺が変質災害から助けてもらったからですかね。皆さんのおかげで生きてます」

「へーどの変質災害か聞いてもいいー?」

「20年前の兵庫ですね。俺は未熟児で保育器に入っていたので助かりました」

「……! もしかしてじ──」

「お待たせしました。こちら捜査協力費の一万円です。領収書にサインをお願いします」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 そんな話をしていると、東浦さんが封筒と書類を持って再び部屋に入ってくる。

 お金をもらえると思っていなかったので幸運だ。

 ちょうどバイトを辞めた時分であったし、学生の臨時収入で一万円は大きい。

 管理局に来てから1時間ほどしか経っていないので時給で考えて一万円、昨日の拘束時間を入れても三千円ぐらいになる。

 新しい本が何冊も買えるなと、ちょっとにやついてしまった。

 やはり人助けはするものだ。


「では、これで本日は帰って頂いても大丈夫ですよ。ご協力ありがとうございました」

「ありがとーねー」

「はい、失礼します」


 財布に一万円札を入れながら立ち上がり、一度礼をしてから部屋を出ていく。

 俺はもう、この一万円で駅前の大きな本屋にでも行くことしか考えていない。


 ──だから、六華さんが特等官だとはいえ、東浦さんも一等官でチームを持つぐらいに役職が高い人であるのに、露出狂の証言集めなんかに彼自身が来ているという違和感に、俺は終ぞ気づくことはなかった。



【12】



「といっても、ひとまずは飯だよなー」


 入局証を返却した後、管理局を出ると2時過ぎぐらいだった。

 昼飯を食べていないせいで、もうかなりお腹が空いている。……冗談でもカツ丼頼めますかと聞いておけば良かった。

 もう取調べ室に入ることなんてないだろうし。


 幸い、一万円の臨時収入のおかげで懐は暖かい。

 どこか駅前のお店に入ろうとして──俺は結局コンビニに入った。

 飯にお金を使うぐらいなら、本にお金を使いたいのが俺だ。

 それに、駅前の店の料理でも昨日食べた凛菜の料理に比べたら劣る。

 ならばコンビニ飯で十分だ。


「ありがとうございましたー」


 緑と白と青が特徴的なコンビニに入り、サラダチキンとサンドイッチを適当に見繕って購入した。

 コンビニにはイートインスペースはなかったので、近くの公園のベンチに座る。

 食べ終わった後、そういえば六華さんから心春ちゃんのお父さんからの手紙を受け取っていた事を思い出した。

 薄い封筒と少し分厚い封筒。

 まぁ手紙は薄い方で、分厚い方が管理局からの感謝状が入っているのだろうと考え、薄い方の封筒を開けた。


「って、あれ? こっちが感謝状か」


 しかし予想とは違い、薄い方に管理局からの感謝状が入っていた。

 感謝状は陸上大会で入賞した時の賞状のようなしっかりした紙だと思っていたが、普通の紙に行政組織らしい堅苦しい言葉遣いで、俺の行いに感謝する文面が書き連ねられている。

 冷静に考えてみれば確かに、賞状のような厚い紙を封筒に入れて渡すことなんてそうないだろう。

 賞状を折り曲げて貰ったことなどなかった。

 ……となると、分厚い方が手紙? そんなに感謝の言葉が書かれているのだろうか。

 重さすらも感じられるその封筒を開ける。


「……は?」


 その封筒の中には確かに何十枚もの紙が入っていた。

 しかし、手紙は一枚だけ。

 それ以外は──


「──ま、万札?! な、何枚あるんだよ!」


 手紙を除いた数十枚の紙の正体は全て一万円札だった。

 自分でも卑しいことは分かっているが、手紙を読むことより先にその万札の枚数を数えてしまう。


「よ、四十万って! な、何で!」


 万札はピッタリ四十枚。

 つまり四十万円だ。

 俺の今の貯金とほぼ同じ──四月終わりに約二十七万円を学費として払うので、実質的には三倍──の大金。

 さっきまでは一万円の臨時収入でかなり喜んでいたが、流石に四十万円は喜びよりも恐怖が勝つ。


 だって四十万だぞ!

 俺の数ヶ月分のアルバイト代だし、十一万の村上春樹の『街とその不確かな壁』の愛蔵版を三冊も、三万五千円の星新一の『星新一 ショートショート 1001』が十一セットも買える大金だ!

 誰だって恐怖するだろう!


 慌てて手紙に目をやると、その内容はほぼ頭に入らなかったが、最後に連絡先と手紙を読んだら電話してくれという万年筆で書かれた綺麗な筆跡の文面を認識した。

 俺はすぐにその連絡先に電話をかける。

 焦りと恐怖からすぐに電話をかけてしまったが、すぐに土曜日とはいえ昼間に連絡するのはどうかと気がついた。


『──もしもし、阿多古法律事務所です』


 あとでかけるべきだったかと思ったところで、電話はつながってしまい厳格そうな声紋に応対される。

 しかも、法律事務所なんてただの大学生ではそう関わりがない相手であり、緊張の段階が一段上がった。

 しかし、それよりも手元の大金の恐怖が勝つ。


「も、もしもし! 昨日の深夜、心春さんと『変質者』の事件に巻き込まれた白浜歩生と申します」

『君が白浜君か! いやはや、心春が世話になったね! 本当にありがとう!』

「い、いえ。お仕事中でしたか? 急な連絡申し訳ありません」

『いやいや、連絡してくれてありがとう! 土曜だから裁判所も開いてないし、雑務を消化していただけだから大丈夫だよ』

 

 名乗った途端、感情が窺い知れない厳格そうな声紋から、電話越しにでも分かるほどフレンドリーな対応になる。

 少なくとも急な連絡に怒ってはないようで、それはありがたいことだった。

 すぐさまあの大金について問いかける。


「な、何ですかあの大金! あんなに受け取れませんよ!」

『はは、君たちのおかげで、私の大切な心春が無事に帰ってこれたからね。謝礼としては少ないぐらいさ』

「いやでも、四十万円なんて大金は流石に多すぎますって!」

『──四十万? いや、君たち2人に二十万ずつの謝礼のはずだったんだが……。ああ、八剱さんは「公務だから受け取れない」と言っていたけど無理に渡してしまったから、君への分に入れたのかもね』

「えぇ……」


 六華さんが悪戯っぽく『あはは、たぶんおどろくよー』なんて言って笑っていた事を思い出す。

 それはきっとこの事なのだろう。

 彼女の思い通り、俺はかなり驚いている。

 深夜に露出狂に遭遇した時よりも驚いたかもしれない。


『しかし、確定申告しなくてもいい二十万円以下の雑所得になるようちょうど二十万円にしたのだが……まぁ、私が黙っていればいい話か!』


 法律家らしい細やかな気遣いがされた金額だったらしいのだが、二十万円でも多すぎる。

 そこに気遣いをして欲しかった。


「いやでも、俺……私は取り押さえただけで、『変質者』をなんとかしたのは八剱さんですし、こんな大金はいただけませんよ」

『はっはっは、君はいい子だね。しかし、私は一応弁護士だから、変質事件については人よりも知っているつもりだ。『性的欲求系変質者』……所謂“ピンク”が引き犯す事件と被害者についてもね。……その口に出すことも憚られる悍ましさを』

「……!」

『千葉県……今は旧千葉区域か。そこを滅茶苦茶にして汚染した『屍体偏愛(ネクロフィア)』も、“ピンク”だろう? そんな奴らに心春が穢されるかもしれなかったんだ。だから、一人の親としてその謝礼は受け取って貰いたい』


 その言葉には有無を言わせない力強さがあった。

 電話越しであるのに、彼の心春ちゃんへの強い想いが伝わってくるようだった。

 ここまで言われたら、受け取らない方が失礼だと思ってしまう程に。


「──分かりました。ありがたく謝礼を受け取らせて頂きます。ただ、本来頂けるはずだった二十万円だけです。……それでも、多すぎる気がしますけど」

『ありがとう。君は本当にいい人だ。……しかし、多すぎるというなら、二つ私と約束をして欲しい』

「約束ですか? 私に出来ることなら大丈夫ですが……」


 バイトをちょうど辞めた時分だ。

 それに学費で二十七万が来月末に消えていく。

 謝礼の二十万円をその費用に使うと考えれば、バチは当たらないだろう。

 そう考えて受け取ることにしたが、やはり大した事をしてないのにそんな大金をいただいてもいいのかという罪悪感はあった。

 それを見抜かれたのか、阿多古さんは約束をして欲しいと言ってくる。

 きっと、俺に罪悪感を抱かせないようにするためだろう。


『簡単なことだよ。一つ目は君と直接会って感謝をしたい。ちょうど明日の日曜日は休みでね。君の予定が大丈夫なら、私達と晩御飯の約束でもどうかな?』

「それなら大丈夫です。私も春休みですし」

『ありがとう。何か食べたいものとか、苦手なもの、アレルギーはあるかな?』

「苦手なものもアレルギーもありませんよ。食べたいものは……お肉ですかね」

『あっはっは、それでこそ学生だ! お店は予約しておくから、決まったら連絡するよ。多分、夜頃に』


 ありがたい約束だった。

 学生にとって一食浮くのはかなり助かる。

 そして俺は昨日に凛菜の美味しい魚料理を食べたので、今は肉料理が食べたい気分だった。

 食べたいものを聞かれているのに答えないのも失礼だと思い、正直に肉が食べたいと答える。

 その返答に対し、阿多古さんは愉快そうな反応をしてくれたので、もしかしたら結構気のいい人かもしれないと思った。


『さて、二つ目の約束だが……君は昨日あった事を誰かに喋ったかな? 管理局の職員以外に』

「え……あー、友人2人に話してしまいました」

『心春の名前は出したかな?』


 少しばかり声のトーンが変わる。

 それまではフレンドリーな感じであったが、最初に電話に出て俺に対応した時のような、厳格な雰囲気を感じさせる声色だ。

 何かやらかしてしまったかと背筋に冷たいものが走る。


「いえ、女の子が『変質者』に襲われてたから、それに巻き込まれて帰るのが遅れたという話をしたぐらいです。心春さんの名前は出してないはずです。……それでも、話をしてしまった事はマズイですかね?」

『いや、名前を出してないならいいんだ。……よし、なら二つ目の約束は心春の名前を他の人には絶対に言わないで欲しい。絶対にだ。……大丈夫かな?』

「は、はい。大丈夫です」


 その言葉にこそ、有無を言わせない力強さがあった。

 さっきの謝礼を受け取って欲しいという言葉と同等の……いや、同等以上の力強さだ。

 俺はその約束を結ぶしかなかった。


『ありがとう。……すまない。ちょっと消化しないといけない雑務があってね。一旦切らせてもらうよ。また連絡させてもらうね』

「はい。ありがとうございます」

『いやいや、私の方こそ感謝を伝えなければならない。本当にありがとう。では、失礼するよ』


 その言葉と共に電話が切られた。

 電話の終了と共に、一気に精神的な疲れがどっと来る。

 なんというか、昨日は肉体的に疲れたが、今日は精神的に疲れた。


 封筒に入っている四十万円の重さに、周りにはほとんど人がいないのに何故だか周囲の目が気になってしまう。

 スられたらどうしようと、普段はそんなこと考えないのに妙にドキドキしていることがわかった。

 俺は小心者なのだ。

 取り敢えず、俺はこのプレッシャーから逃れるために、さっきのコンビニに戻ってこのお金をATMに入金しようとベンチから立ち上がった。



【11.5/透銀色】



「はい。失礼します」


 歩生クンが礼儀正しく頭を下げ、取調べ室から出て行った。それを私も東浦さんも見送る。

 彼が完全に離れただろう頃合を見計らって、私は東浦さんに話しかけた。


「……で、どー(・・)だった?」

「礼儀正しい子っすね」

「僕が聞きたいのはそーじゃなくてさー。嘘は(・・)?」


 東浦さんは伊達眼鏡を外しながら、堅苦しく着込んだスーツの前ボタンを外して脱いだ。そしてシャツの袖をまくって、ワックスを使って七三分けなんかにしてある髪の毛をくしゃくしゃにしながら、いつも通りのラフな格好になる。

 口調もずいぶん変わっているが、これが彼の普段の口調だ。


「真っ白っす。彼、良い子っすね」

「ありゃ、本当? というか、随分気に入ったね」

「オレの異能を使ったのが申し訳なくなるぐらい、良い子でしたしね。筋トレしてる奴に悪い奴はいないっすよ。……なんで白浜君を疑ったんすか?」

「僕のカン」

「カンて……」


 東浦さんは、私の言葉に呆れたような様子だった。

 失礼な奴だ。一応私の方が役職も高く勤続年数も長いのに。まぁ、そんなことを私は気にしないのだが。


「本名、一人称、口調、服装、髪型、伊達眼鏡、カラコンの七重嘘だったので、万に一つもオレの前で嘘はつけないっすよ。……八剱さんのカンが鋭いのは知ってるっすけど、今回はハズレっぽいっすね」

「いやー、僕は怪しいって思ったんだけどなー」


 東浦さんの変質は『看破願望』。その異能は自分が嘘を重ねていればいるほど、相手の嘘を看破することができる常時発動型感知系異能だ。

 彼が看破できなかったのなら、きっと本当に嘘はついていないのだろう。私のカンは鋭い方だが、流石に感知系異能より優れてはない。


「……」

「まーだ疑ってんすか? 『未届出変質者(モグリ)』だとしたら、『変質者』から女の子を助けるなんて目立つことしないですって。『英雄願望(ヒーローシンドローム)』とか『救主欲求メサイアコンプレックス』みたいな英雄系なら別っすけど。……てか、彼が『変質者』じゃないっていうのは絶対に嘘じゃなかったっす」

「僕の勘違いだったぽいねー」

「“カナシガリ”は筋トレをしてなさそうだから、ガリガリで『変質者』としてもかなり非力でしたし、筋トレをしてる彼だからなんとかなったんすよ。やっぱり筋トレ最高っすね! いやー、彼みたいな筋トレしてて正直で勇敢な子が部下に欲しいっす!」

「そーだねー」


 東浦さんは嘘が嫌いだ。そんな彼がこんなにも気に入っているっていうことは、やはり歩生クンはシロなのだろう。


「彼が取調べ室に連れて来られた時、ちょっと様子が変だったのでどうしたのか聞いてみたら、俺なんて言われたか分かります?」

「なんだろー。『俺もなんか疑われてるんですか?』とか?」

「違うっす。『ちょっとテンション上がっちゃって。取調べ室ってカツ丼とか食べてるイメージありません?』っすよ」

「あはは、呑気だねー」

「しかも嘘を感知できなかったので、誤魔化したとかじゃなくて本心からそう考えてるのが分かっちゃうんすよ? 自分が疑われているのに全く気づいていないし、俺、堅物の管理局局員みたいな設定で接してたのに、笑っちゃいそうになっちゃいましたよ」


 私も彼に対して悪感情を抱いているわけではない。むしろただの一般人なのに、見ず知らずの女の子が襲われていたからと『変質者』に対して立ち向かえるのはすごいと思う。私や東浦さんは管理局に所属する『変質者』であり、『変質者』と戦う能力があり訓練をしているから立ち向かえるのだから。

 ……弄ったときの反応も面白いし。


 ──ただ、それでも私のカンはまだ警鐘を鳴らしていた。彼が安全だと考えれば考えるほど、その違和感は膨らんでいく。

 私の変質とも能力とも全く関係がないが、このカンのおかげで今まで死線を幾つも躱してきたため、どうにも落ち着かない。

 ……いや、正しくは、このカンがあるから今まで生きている、か。


「さーて、“金縛り露出狂(カナシガリ)”を回収できたおかげで、うちのチームもちょっと余裕が出ました。ホント、彼と八剱さんに感謝っすよ」

「よかったねー、あと2件だっけ?」

「うっす。“写真機使い(カメラマン)”と“破滅主義者の馬鹿共(ドゥーマーズ)”っすね。前者はもう目星がついてますし、後者は合同捜査なので、大分楽になりました」

「おー、さすが一等官。うちのエースなだけあるね。もっとお仕事振ってあげよーか?」

「勘弁して下さいよー、うちのチームのみんなもう疲れちゃってるっす。戸隠準特等官とか春日準特等官のチームのが凄いっすよ。……それに、八剱特等官の1人チームが旧千葉区域(うち)だと最強じゃないですか」

「僕を煽てても仕事は減らないよー」

「いやいや、別にそういうつもりじゃないっすよ。あ、そういえば戸隠さんが保護した子たちが、例のプログラムに参加するらしいっすよ」

「へーそうなんだ。可哀想に。でも確かまだ人数足りないよねー……って、もうこんな時間かー。僕この後、会議だからまた……あ、」

「どうしたっすか?」


 そんな他愛のない会話の終わり際に、東浦さんには午後の歩生クンだけでなく午前の心春ちゃんの証言を聞くのも、彼にお願いしていた事を思い出した。

 私は昨日は二時上がりだったし、今は繁忙期で大変なため彼と今日は初めて会話した。昨日、私が心春ちゃんを家に送った時の、彼女のお父さんのひどい慌てようを思い出す。今頃、彼女は東京の家に帰宅した頃だろうか。


「そういえば、午前中の心春ちゃんはどうだった?」


 そう聞くと、東浦さんはひどく不機嫌になって顔を顰め、吐き捨てるように答えた。


「真っ黒っす。あのガキは」

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