79 冴月さんに教えてもらいます
そうして千夜さんと別れ、わたしは中庭のベンチに一人座っているのでした。
最後の約束を果たすため、待っています。
「お疲れー」
「お、お疲れ様ですっ」
冴月さんが姿を現しまた。
「いやぁ、ようやくこの時間が来たのね」
午後の後半なので、冴月さんを長らく待たせてしまいました。
そのせいなのか大きく伸びをしながら、やれやれと溜め息を吐いています。
「お待たせしてすみません」
「ま、月森三姉妹にモテモテの花野は忙しいんだから仕方ない」
それは皮肉まじりなのか、どこか心ここにあらずな発言でした。
「それでどう、楽しかった?」
「メイド喫茶ですか……?」
正直、楽しいと言うよりは恥ずかしいが常に勝っていましたが……。
「じゃなくて、月森たちのこと。一緒に文化祭回って楽しかったのかって聞いたの」
「あっ、そっちでしたか。はい、楽しかったですよ?」
「ふーん……」
冴月さんは何か言いたげに流し目を向けてきます。
「じゃあ、月森たちには負けられないなっ」
冴月さんは背を向けて歩き出します。
“ついて来なさい”と、背中が訴えているようでした。
「負けられない……?」
「わたしと一緒の方が楽しい時間にしてやるってことっ」
そう言って快活な笑顔を覗かせる冴月さん。
そんな真っすぐな感情をぶつけられると、わたしも何だかワクワクしてくるのです。
「どちらに向かわれるんですか?」
「体育館だけど?」
「……え」
しかし、わたしのワクワクは数秒で雲行きが怪しくなります。
体育館……?
そこで行われる催しと言えば……。
「あの、何をしに……?」
「ライブに決まってんじゃん、ちょうど今から友達の出番なんだよね」
ひ、ひいいぃぃ……。
忘れていた。
冴月さんは陽キャ。
人付き合いも良ければそのコミュニティも当然の如く陽キャ。
わたしとは別世界の住人。
「なに微妙な顔してんのよ、こっちがいきなり心折れそうになるんだけど」
「いえ……あの、そんな空間に馴染める気がしなくて」
「大丈夫だって、いつもクラスにいる子たちなんだから」
「……黒歴史になるかもしれないリスクを背負って、人前で演奏や歌ってアオハルを謳歌できる人たちの空間ですよね? わたしなら消滅しそうです」
「無茶苦茶いってるけど……それで言うならさっきのメイドもあんたで言うところのアオハルじゃないの?」
ああああああ……。
そう言われるとそうですよねぇ。
完全に黒歴史コースですもんね、アレ。
「ま、何でもかんでも決めつけたらよくないって。行ってみたら案外イケるって」
「ええ……」
「つまんなかったらすぐ出るからさ、とりあえず行ってみようよ」
でも、そうですよね……。
わざわざ誘って頂いてるのに、お断りするのは失礼です。
「わかりました、行きます」
◇◇◇
体育館に足を運ぶと、薄暗い室内にステージ上にだけスポットライトが当たっています。
楽器の演奏がスピーカーを通して重低音を鳴り響かせます。
そのメロディと歌声が重なり、その空間には熱狂が生まれていました。
「知ってるこの曲?」
「あ、はい」
それは最近ネットでも流行っている曲で、わたしでも知っていました。
聞き馴染みのある曲をクラスメイトが歌っている。
それを大勢の生徒たちと共有して盛り上がっている、不思議な空間でした。
「どう、けっこういい感じじゃない?」
「そう、ですね……」
正直馴染めるかと言えばまだまだ時間は掛かりそうなのですが……。
ですがライブの音の大きさは隣同士の声しか通さなくなり、人々の視線はステージ上にだけ注がれるので、居心地は思っていたよりも悪くなかったです。
それでも、こんなにすんなりと居座れるのは、冴月さんがいてくれるおかげでしょうけど。
一人だったら音楽を感じる余裕もなく、速攻で帰っていたと思います。
「でも、まさか冴月さんとこうして文化祭を一緒に見て回る日が来るとは思ってませんでした」
人生とはどう転がるのか分からないものですね。
「何よ、そんなにわたしとは嫌だったわけ?」
「あ、そういう事ではないのですが……こんな仲になるとは思ってなくて」
「……月森に告白させたこと、まだ根に持ってるんでしょ」
ちょっとだけ重々しい冴月さんの声音。
「根には持ってませんけど、わたしはてっきり嫌われているものと思ってましたから」
つい最近の出来事のはずなのに、もはや遠い昔の出来事のようです。
「アレは、わたしも必死だったのよ……」
「そ、そうなんですよね……」
まさかわたしに対する恋心ゆえの行動とは夢にも思わなかったです。
「でも後悔はしてないから」
でもそこから冴月さんのその言葉はやけにはっきりとし始めて、迷いは一切感じられませんでした。
「わたしは花野のことが気になるから、はっきりさせたかった。方法は間違ってたかもしれないけど、想いは間違ってなかったと思う。だから迷惑をかけたかもしれないけど、後悔はしてない」
目線はステージを見つめたまま、その言葉は想いを乗せてわたしへ届けられます。
そのむき出しの感情を、躊躇いもなく表現できる冴月さんはすごいと思います。
わたしはそんなにありのままの自分を見せることは出来ません。
「だから、ね」
隣同士に立つわたしたち。
冴月さんの手が、わたしの手を握っていました。
指と指が絡んで、二つのものが一つになっていく感覚。
周囲を囲む生徒達の熱狂の渦にありながら、冴月さんの手からはそれ以上の熱が伝わってくるようでした。
「わたしはあんたを諦めない。どれだけ間違って惨めで滑稽でもいい、最後に隣にいるのがわたしであればそれでいいの」
ライブの演奏や歌声、周囲の喧騒すらもわたしの耳には届きません。
今はただ隣にいる冴月さんの声と温度しか、わたしの世界には届かないのですから。




