15 長女の領域
「ていうか、日和姉はどうして急に明莉のことあだ名で呼び始めたの」
食事が進みつつも、華凛さんの興味は日和さんへと移る。
「そう言われましても……義妹ちゃんですし。仲が深まったら自然とそうなりませんか?」
「へえ、やっぱり仲深まったんだ。でも、それにしたって急すぎじゃないっ?」
「あんな熱烈に明ちゃんに腕を絡めとられて、どうしても仲良くなりたいと懇願されては断れませんよ」
いやいや、日和さん!?
知らない人から助けようと思って、わたしはその手を掴んだだけですよっ。
仲良くなりたいとは言いましたけど、表現がおかしくありませんかっ。
「明莉ぃ、どこで何をやってきたのよぉ……」
華凛さんにジト目を向けられる。
あなたはあなたで経緯を知ってるはずなのに……。
「華凛ちゃんもあだ名で呼びたいのなら、そうしたらいいんじゃないですか?」
「はっ、はあっ!?そんなこと思ってないんですけどっ」
「あら……てっきり、わたしがあだ名を先取りしてしまったのを華凛ちゃんは気にされているのかと」
「べ、べべっ、べっつに呼び方とか気にしてしないし!明莉は明莉なんだから明莉でいいし。他の呼び方なんて考えてもなかったし!」
「さっき明ちゃんに“華凛ちゃん”と呼ばれて喜んでましたよね?」
「見てたの!?あっ、じゃなくて、喜んでなんかないからっ!」
うんうん……。
食卓には、こうして日和さんと華凛さんとの会話が繰り広げられている。
初めての食事の時の、あの殺伐さとは雲泥の差だ。
姉妹の距離感が少しずつ縮まっているのを感じる。
推しが仲良くしている様を眺めていられるのは、とっても嬉しい。
「……騒がしいわね」
――シーン
しかし、その一言で場が静まり返ってしまう。
さっきまでの喧噪はどこ吹く風。
この場を圧倒してしまうのは、長女の千夜さんだった。
「い、いいでしょ。ちょっとくらい話しても……」
唇を尖らせながら意見を主張するのは華凛さんだ。
ちょっとビクつきながらも勇気を振り絞っている姿、可愛い。
「会話をするなとは言わないけれど、食事の手を止めてまでする内容?」
「そ、それは……」
「雑談がしたいのなら、他にいくらでも時間はあると思うけど」
「……はぁい」
取り付く島もなく言いくるめられてしまう華凛さん。
しゅんとしていて、可愛い。
「日和も、呼び方は自由だけど学校では控えるのよ」
「あら、どうしてですか?」
「家族以外はさん付けの貴女が、その子だけ違う呼び方をしたら色々と勘ぐられるでしょう?」
「それはいけないことですか?家族なんですよ?」
おおう、さすが日和さん。
千夜さんの主張を躱しつつ、自分の思いを話すのも忘れない。
「それが不都合だから、その子は“花野”を名乗っているのでしょう?」
「あ……」
バツの悪そうに日和さんはわたしを盗み見る。
「いくら義妹だ、家族だと言ったところで、学校での彼女は“花野明莉”。他人として振る舞おうとしているのは彼女自身じゃない」
「……それは、そうかもしれませんが」
「なら、その立ち位置を日和の勝手な一存で揺るがすべきではないわ」
「……そうですね」
日和さんも言葉を失ってしまう。
でも、今回はわたしのせいであるのも確かで……。
「貴女も、親の都合で家族になったのだから貴女自身に責任がないのは分かるけど。学校で他人の態度を装うのなら、家でもそれなりの態度を示すべきね」
千夜さんの最後の矢は、わたしに向かって放たれた。
「えと、わたしはそれなりの距離感を保つつもりではあるのですが……」
日和さんや華凛さんと仲良くしようと行動したのは、何よりも三姉妹との仲を繋げるため。
だから、月森三姉妹が仲睦まじくしていてくれたら、わたしは遠くからそれを眺めるだけで十分なのだ。
“花野明莉”は、ある意味そのスタンスの証明でもある。
「それなら華凛の部活に顔を出したり、日和の料理に口出ししたりしないことね」
ひえっ。
こ、この剣幕……。
わたしが仲良くするために行動した内容を全て把握されている口振りです……。
きっと千夜さんには、わたしのしたことが“他人”としては必要以上の行為に映るのでしょう。
まあ、つい先日まで赤の他人だったわたしが姉妹関係を修復しようだなんて、余計なお節介であるのは確かですしね……。
「分かったかしら、花野明莉」
「……はい、千夜さん」
結果、ここにいる全員が千夜さんには口を噤むしかないのでした。
◇◇◇
「いやー……久々にあんな冷たい千夜姉見たんだけど」
「そうですねぇ。あそこまで全員に牙を剥くのは珍しいかもしれません」
結局、沈黙の食事会を再現してしまった。
その鬱憤を晴らすかのように同調する二女と三女。
それは、いいのですが……。
「あの、なんでわたしの部屋なんですか?」
「え、なんでって」
「決まってるじゃありませんか」
どういうわけか、このお二人はわたしの部屋にいるのですっ。
どういう状況なのか把握しきれず、困惑しかありません。
「明ちゃんのことが心配だからですよ」「明莉のことが心配だからよ」
なんですか、そのハモリッ。
「……うへへっ」
勿体なさ過ぎて頭おかしくなっちゃいそうです。
「なんでそんな奇妙な笑い方するのよ……」
「きっと理由があるに違いありません」
お二人がわたしの部屋にいるだけでも、とんでもないのに。
しかも、心配までして頂けるなんて。
わたしはなんて幸せ者なんだぁ……。
「どうなのよ明莉、さすがに今はちょっと凹んだんじゃない?」
「いえ、幸せの絶頂です」
「ドМなの!?」
「こんなに優しくされたの初めてです」
「優しさの定義!」
あ、いや……お二人に心配されてることが優しさなのに。
華凛さんは何かあらぬ勘違いをされてますね。
「いけませんよ華凛ちゃん、明ちゃんを無闇に言葉で責め立てては」
「いや、日和姉……そんなつもりじゃ」
一旦、場を落ち着かせるあたりはさすがお姉ちゃんです。
「それで明ちゃん、何か気になることがあったのではありませんか?」
改めて日和さんが訊ねてくれる。
「そうですね……あの、千夜さんっていつもあんな感じなのでしょうか?」
日和さんと華凛さんの距離が縮まってきているのは感じるけれど。
でも、やはり長女である千夜さんを差し置いて三姉妹の関係性の改善が図れないのは今日の夕食でよく分かった。
だから、わたしが今すべきは千夜さんを知ることなんだと思う。
「あ……いや、元々千夜姉はクールな人だったけど、特にその傾向が強くなったのは五年前かな」
「五年前……?」
華凛さんはその線引きがあることを伝えてくれる。
「お父様とお母様が離婚した日、ですね」
そして、その境目を日和さんが答えてくれた。
「その日から、千夜ちゃんはより一層その姿勢を強固なものにしたのです」
「どうしてかは、あたしたちにも教えてくれてないけどね。思う所があったんだろうけど」
妹であるお二人がそう語るのですから、きっかけとしては間違いないのでしょう。
「でも、あんまりそこには触れないようにしてるんだ」
「ええ、姉妹でも触れ難い領域はありますから」
姉妹だからこそ分かる繊細な部分。
姉である千夜さんを相手に、そこを踏み越えていく理由もなかったのでしょう。
「分かりました、明日にでもそれが本当なのか確かめたいと思います」
「話し聞いてた!?」
「怖いもの知らず、ですねぇ……」
ふふっ。
皆さんお忘れですよ。
わたしは花野明莉、義妹であり月森三姉妹を推す者。
三人の幸せがわたしの幸せなのだから、ちょっとくらい怒られても頑張れちゃうのです。




