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君、終の夜に会いたること  作者: いくま
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第2話 時沙、高津名女房へ通いたること

 枕元で藤原ふじわらの時沙ときすなが語り始める。


 感覚が麻痺して身体が動かせず、時沙の表情が見えないが声色からは怒りや侮蔑といった感情は受け取れない。本当に昔を懐かしんでいるように聞こえた。


「二人してよくヤンチャしたな。新しい女を求めて一晩に何邸も走って回ったり。ツレない女の悪口で朝まで盛り上がったり」

「君は気の多い男だったな。もう少しだけ頑張って通えば手中に落とせたというのに少しツレない素振りをされると次の女を探してしまう。我慢が足りないのだよ」

「いちいち駆け引きをしたがる女なんて続かないだろう。女なんて幾らでもいるのだから違う女を探す方が理想の女が見つかるというものだ」

「君のマメな心移りに付き合わされる身になって欲しいな」


 笑おうと頑張ってみたが息を吐き出して弾ませることができず、咳き込むような反応しかできなかった。


「本当は女なんて誰も良かったのだ。私は環と一緒に馬鹿をやっているのが楽しかったのだよ」


 目を閉じると二人で過ごした時間が昨日のことのように思える。


 時沙は髪型を整え、流行りの衣を纏い、あーでもないこーでもないと語り合いながら新しい女の館に忍び込む。私は館の外で時沙の成功を祈って待っている。


 口説き損ねてイライラして戻ってきた時は二人で酒を煽って朝まで愚痴に付き合う。


 上手く口説ければ逢瀬の終わりまで《《悄然》》と待たされたり。


 次の日も同じことの繰り返し。

 代わり映えしない日々がずっと続いて欲しいと願っていた10代の終わり。

 


「なあ、覚えているか?何度フラれても足繁く通って口説いた高津名たかつなの女房にょうぼのこと」

「ああ、覚えているさ。君は夢中で和歌を考えるんだけど下手くそで見向きもされず地団駄を踏んでいたな」

「あの性悪、返歌をしないのは元の歌が悪すぎるからで、惚れたわけじゃない、何て宮中でかすから和歌が詠めない時沙と噂されてしまったよ」


「性悪などと云うものではない。君の大切な正妻ではないか」

「知ってるか環よ。

 今だから云えるが、あれはワザと悪い噂を流して他の女の元へ通えなくしてたんだぜ。ホントにイヤな性悪だよ」

「今だから云えるが、知っていて黙ってた」

「何だと!?お前も性悪か!」


 クックックッ、と時沙の笑う声が聞こえる。

 まるで10代の若者のような張りのある声。


「君に歌の代理を頼んで困らせたよな」

「あれには参った。人並みに歌は詠めるが愛を囁く歌なんて思いつかん。昔の歌をひっくり返して調べて考えて。大変だったんだぜ」

「真面目なのが環の良いところさ」


「環に代理を頼んでから高津名女房の態度が変化した。流石に君の和歌を下手と云ったら自分のセンスを疑われるからな。はじめは渋々の逢瀬だったがキッカケさえあれば後は推し勝ちだ」

「時沙は器量も技量も良いからな」

「何を云うか!環に敵うものかよ」

「君という光にあやかってただけさ」


 時沙の笑い声が止み、抑揚が欠けた硬い口調に変わる。風も止み静けさが二人を包む。


「いつも振り回してしまったな」

「私も楽しませてもらったよ。覚えているか?何回目か高津名女房にフラれた夜、大酒を煽って桂川に飛び込んで水浴びしたこと。内裏の門の楼閣に昇って朝まで話したこと。全てが私のなかで今も息づいているよ」

「お前は大層《《たくさんの想い》》を抱えて出家したのだなぁ」

「ああ。出家しても俗世の迷いと共に生きてきたようなものだ。だがそれも今夜で終わりだ」



「環よ。なぜ俺を裏切ったのだ?」



 私の顔を覗き込む時沙の瞳は緋色に光り、怒りとも哀しみともいえぬ感情を向けているように見えた。


 思い出は10代の終わりのまま止まってはくれなかった。


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