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ホワイトアウト・シティ  作者: ASD(芦田直人)
第1章 ノイエ
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2 グラン・ファクトリー

 その土地にいつからともなく集まってきた屑鉄拾いたちは、ただ屑鉄を拾うのみならずうず高く積まれた山を少しずつ掘り崩してみることにやがて思い至る。

 そうなると手掘りというわけには行かず、道具を使うのがやがて機械となり、それが年月を追うごとに大げさなものになっていき――そうやって大きな重機を持ち込んで山を本格的に掘り崩しはじめると、今度はそれをそこから運び出すにも大型の車両が必要になってくる。

 それをいちいち、町と平原を往復させるのも一苦労だ。だったらいっそ、がらくたの山の上にねぐらを作ってしまえばいい……そんな風に考えた彼らが、屑鉄平原の自由国境地帯側の端の方で見つけた〈旧世紀〉時代からの廃墟。今もなお姿を残すその建物群に寄り添うようにして、彼ら屑鉄拾いたちは彼らのための小さな町をそこに作ったのだった。

 はじめのうちは回収した鉄くずを一山いくらで売りさばいていたが、そのうち細かく破砕するなどして選別を行い、それぞれに違うルートで売りさばけば幾ばくかは儲けが増えることを覚えた。それらの工程にはさまざまな機械が使われ、そういった機械を作ったり直したりする者も集まるようになってくるなど、いつの間にかその地はひとかどの街と言える様相を呈していた。

 それが、〈ハイシティ〉だった。

 そんな街の、機械を扱う工場ばかりが寄り集まる〈工場街〉の一角で、エル・グランは、有り体に言えば苛立っていた。

 何彼構わずに感情の赴くまま怒りを撒き散らかすところまではまだ行かないにせよ、それでもいい加減しびれを切らし始めているのは確かだった。

「……遅い」

 いったいそんなつぶやきを吐くのも、何度目だろうか。

 彼女は自分の工場である〈グラン・ファクトリー〉の、正面の大扉の前に立ち尽くして、腕を組んだままじっと目の前の往来を睨み据えていた。

 到着は昼過ぎという話だったので、昼からこっちずっと工場で待ちぼうけを決め込んでいた。屑鉄平原にいる業者から、機械の調子が悪いので来てほしいと電信で連絡を受けたが、ここを離れるわけにはいかないので見習い工のノイエ少年を使いに出した。そうやって一人で留守番をしているところにやってきたのは、納入のトラックではなく、一人の小さな女の子だった。

「……なんだ、フランチェスカか。今日は忙しいから、相手なんかしてらんないよ?」

「ちっとも忙しそうに見えない。さっきからずっとそこに立っているだけじゃない」

「あんたとこのジョッシュが来るのを待ってるのよ! 午後には荷が届くって言ってたのに」

 ジョッシュというのは〈工場街〉ではそこそこ名の通った部品屋を営む青年で、エルとは幼馴染、なにくれと付き合いの深い商売相手であった。目の前にやってきたフランチェスカはそのジョッシュの姉夫婦の娘、つまりは姪に当たる。色々家庭の事情があって、今現在は親元を離れそのジョッシュの店に居候の身の上だった。

「……で、あんたは何しに来たわけ?」

「ほら、これ」

 そういってフランチェスカは両手にしっかりと抱えたそれを、エルに向かって差し出した。

 彼女の手にあったのは、一匹の子猫だった。

「いいでしょ。ジョッシュがどこかからもらってきて、頼まれて飼い主を探してるんだって」

「……へえ」

 商売上あちこちに付き合いのある彼だから、時々商売にならない頼み事が持ち込まれるのをエルも知らないわけでは無かったが、これはさすがに専門外もいいところだっただろう。

「飼い主を探してるんでしょう。連れ出して、逃がしちゃったらまずいんじゃないの?」

「でも、ジョッシュも出かけてるし、お店に残しておくわけにもいかないじゃない」

「だったらあんたが一緒に留守番してりゃいいのに。……だいたい、うちに来たからって、ノイエも出かけてるわよ?」

「すぐ戻る?」

「だといいけど。ノイエに見せびらかしに来たの? 本当にどこか行っちゃっても知らないからね?」

「大丈夫よ」

 自信満々にそう言い切った矢先に、子猫はフランチェスカの手をするすると逃れ、工場の作業場の奥へと小走りに駆けていくのだった。

「あ、ちょっと……待ちなさい!」

 そうやってしばし作業場の隅で追いかけっこが繰り広げられるのを横目に、エルは大あくびをしてみせた。

 そのうち日も落ちて、辺りは暗くなってくる。子猫はあちこち走り回って疲れたのか工場の脇の鉄階段の下で眠ってしまい、フランチェスカも手持ち無沙汰でその鉄階段に座り込む。

 ジョッシュの搬入が遅れているのも気がかりだったが、使いにやったノイエがなかなか帰ってこないのも心配だった。一体どこで何をしているのかと気を揉むのには、食事当番である少年が帰ってこないと夕食にありつけないという懸案もあったからだったが、料理の腕が絶望的なエルはキッチンには立ち入らないよう少年からきつく言いつけられているので、ここはぐっと我慢するしかなかった。

 屑鉄平原の方から、一台の小型のトラックがのろのろと走ってきたのは丁度そんな折だった。工場の真正面に――つまりはエルの目の前に、その古ぼけた泥だらけの車両がゆっくりと停車する。運転席でハンドルを握っていたのは誰でもない、ジョッシュだった。

「悪い悪い。待たせちまったな」

「遅い! 遅すぎる! いったいどこで何をやっていたのよ!」

「仕方ないだろ。昼に現場に引き取りにいった時点で、こいつはまだ半分瓦礫の中に埋れていたんだから」

「話が違うじゃないの」

「だからおれに文句を言われても困るんだよ。昼までに掘り出しておくって言ってたのは先方なんだから。……でも、こういうのはどういう状態で埋れているか分かったもんじゃないし、掘り出すとなるとどうしても慎重にならざるを得ないのは、お前が一番よく分かってるだろう」

 それがお前の専門なんだから、とジョッシュは言う。エルはそんなジョッシュをじろりと睨みつけると、無言のままトラックの荷台の方に視線を向けた。ロープで厳重に固定された状態でここまで運ばれてきたのは……機械、と一言でいうが外観からは細長い形状をした泥だらけの「何か」としか言いようがなかった。

「……しょうがない。中に入れて」

「よっしゃ」

 ジョッシュは相槌を打つと、そのままハンドルを切り返して、トラックを後ろ向きに工場の中へと進入させた。エルは積荷をおろすために、クレーンの準備に取り掛かる。

「……ところで、運び込んでおいてなんだが、こいつは何なんだろうな?」

「この形状だと動力機関かなんかだと思うけど。取り敢えず泥を落としてみないとなんとも言えないわね」

 彼女はそういうが、細長いシルエットのそれは外観からはどこか駆動するような部位はどこにも見られない。この機械は決して、ジョッシュがここに乗り付けてきたようなトラックや、屑鉄平原で稼動しているような重機のたぐいを動かすためのものではなかった。

 そもそも修理を依頼したのはジョッシュなのに彼の方からそう質問してくるというのも何ともとぼけた話だったが、屑鉄平原の土中から出てくる機械に関して言えばよくあるやりとりではあった。屑鉄平原のがらくたの山の中には、時には〈旧世紀〉に使われていたテクノロジーの産物がそっくりそのまま目立った破損もなしに埋れていることがあり、エル・グランはそういった失われた技術の産物を稼動状態にまで復旧修理することができる、数少ない技師の一人だったのだ。

 こういった機械は大抵は掘り出されたままの泥のついた状態で取引され、〈王都〉の方に売られていくが、エルのような技師が手をかけて修理復旧させたり、あるいは正体や現状が確認出来ているだけでも、取引額が飛躍的に跳ね上がる。ジョッシュはこういったものが屑鉄平原で発見されるごとに、真っ先に飛んでいってがらくたとして買い取り、エルに修復や調査をさせて高値で売り抜く、という商売を手がけていたのだった。

「そういや、さっきからノイエの姿が見えんが、あいつはどこで油を売っているんだ?」

「どうもこうも、私はあんたが昼に来ると思ってたから、ずっとここを離れられなかったのよ? 代わりに屑鉄平原へお使いに行ってもらってるのよ」

「にしても、こんな時間までまだ帰って来ないのか。お前も人使いが荒いな」

「別にこき使ってるから帰りが遅いわけじゃ……」

 そう反論しかけたが、ではなぜ帰りが遅いのか、が彼女には説明出来なかった。

「何か、あったのかな?」

 フランチェスカが何気ない口調で問いを差し挟むが、おかげでどこか気まずい空気になった。エルがだんだんと心配顔になってくる横で、ジョッシュがまるで空気を読まない話題のつなぎ方をする。

「まぁあれだ。同じ日に二件も三件もいっぺんに、物騒な事件なんて起きないさ」

「……何の話よ、物騒な事件って」

「あれ、聞いていないのか?」

 ジョッシュは荷台から外したロープをたぐりながら、何気ない口調で語って聞かせる。

「屑鉄平原からこっちに戻ってきたとき、駐留部隊の車両とすれ違ってな。定期巡回にしちゃ物々しかったから、何かあったのかって聞いてみたんだ。そうしたら、昼ごろに若い女の死体が見つかったっていうじゃないか」

「……死体、ですって?」

「早々に回収は済んでたけど、報告書を作るのに一通り現場確認が必要だったとかで、丁度連中も撤収するところだったみたいだけどな」

 ジョッシュがあまりに無神経に平然とそのようなことを語るので、横で聞いていたフランチェスカはぎょっとした表情のまま大人二人を交互に見比べていた。エルはと言えば……心配しているのか腹を立てているのか、ますます眉間にしわを深く刻みつけた、険しい表情になるのだった。

 それを見てジョッシュは、考えなしに余計なことをべらべら喋ってしまった、しまったことをした、と内心悔やんだが、後の祭りである。何かしら話題を逸らしてその場を取り繕わねば、と思ったそのとき、工場の大扉のところに、小さな人影がぽつんと立ち尽くしているのに気付いた。

「……おお、ほらほら。ちゃんと帰ってきたじゃないか」

 ジョッシュに指し示されて、エルとフランチェスカはその人影の方を振り返った。そこに立っていたのは他のだれでもない、今しがた話題に挙がっていたノイエ少年その人だった。

「わわっ」

 驚いて声を上げたのはフランチェスカだった。エルもジョッシュも、声こそあげなかったが一様にしかめっ面でノイエを見やった。

 一同のそんな態度に、当の少年が憮然とした面持ちで問い返す。

「……何。一体何なのさ」

「何なのさっていうか、お前な……」

 その場の一同の所見を代弁するかのように、ジョッシュが呆れ顔で問いかける。

「お前のその格好。いったい、何があったってんだよ」

 彼でなくても、エルもフランチェスカもそう問いかけたかっただろう。少年はと言えば全身が泥だらけで、顔まで真っ黒になっていた。しかも何故かホバーサイクルに乗らず、逆に自らの肩に担いだ状態でどうやらここまで持ち歩いてきたようだった。

 外はすでに日が落ちて真っ暗である。彼の姿はまるで、戸口の闇に紛れ込むようであった。

「いや、これは、ちょっと……転んじゃって」

 ノイエはばつが悪そうにはにかみながら、そう答えた。

 つんと鼻を付く油の匂いが、エルやジョッシュの立っているところまで漂ってくる。どうやら少年は泥ではなく、オイルにまみれているらしかった。

 その姿があまりに悲惨だったせいか、フランチェスカは顔をしかめたまま思わず笑いをもらしてしまった。

 ひとしきり笑ったあとで、その少年の有様にエルが腹を立ててどやしつけるのでは、と思い、恐る恐るエルを見やった。けれどエルはと言えば、仏頂面のままノイエをしばしじっと見やるばかりだった。

 ジョッシュの話にうろたえてしまったのが今更気恥ずかしくなってきたのか、皆に心配をかけたノイエを保護者として怒鳴りつけるタイミングを逸したまま、彼女は難しそうな表情のままもぞもぞと少年に向かって問いかけた。

「で、なんでホバーサイクルを担いで帰ってきたわけ?」

「転んだときから調子が悪くなっちゃって。ついそこまでは動いていたんだけど、止まっちゃった」

「じゃあ、そいつの調子も見ておかないとね。……そこに置いておいて」

「うん」

「早くシャワーを浴びて着替えてきなさい。……それから、さっさとご飯を作る」

「……はい」

 ノイエは苦笑いしつつ短い返事を残して、戸口の向こうへとすたすたと去っていった。

 工場の建物は二階建てだ。大扉から入って正面が吹き抜けの作業場、左手の壁沿いに二階に上がる鉄階段があり、その階段下の奥側がパーテーションで区切られて、その狭い区画に事務所スペースと簡単なキッチンがあった。建物の後ろ半分、奥の大扉の向こうはエル専用の工房で、鉄階段から二階に上がるとエルが住んでいる住居部分がある。

 一方で、建物の裏手に回って外階段から二階へゆくと、そこは四室あるアパートメントになっていて、うち一室がノイエの居室だった。元々は住み込みで働く従業員向けの部屋として用意されているものだったが、今のところ雇っているのは見習い工のノイエだけだったので、住人も彼一人だけだった。

 ふと気になって、フランチェスカはノイエの姿を目で追う。暗がりに立っていたのと、エルもジョッシュも今まさに積み荷をクレーンで持ち上げようとしていた途中だったためそこまで気が回らなかったのだと思うが、フランチェスカはノイエが姿を見せたそのときから、それがずっと気になっていたのだ。

 ノイエのような見習工が屑鉄平原に出向くときは、廃材回収の作業をしている現場で機械が不調になったとか、立ち往生して動けなくなったとか、大型すぎて現地から動かせない機械の定期メンテナンスといった用向きが大半だ。〈王国〉の司法の及ばぬ最果ての土地で未成年者がトラックに乗るのに運転免許がいるわけではなかったが、伝統的にノイエのような見習い工の少年たちはホバーサイクルのような手軽な乗り物でさっと出向いて、応急処置した修理車両で帰ってくることもあれば、交換や修理の必要な部品だけ回収して持って帰ってくるのが常だった。

 だから見習工の少年たちは皆、何でも持って帰って来られるようにばかでかい背負い袋を背負っていくのだったが、回収した荷物があるのであれば普通は工場に置いて、自室には持って上がったりはしないだろう。

 だからフランチェスカも、大きなリュックを重そうに背負ったノイエ少年が、それを背負ったまま工場を離れていったのに、ふと違和感を覚えたのだった。

 それをその場で問いただしていれば、後々の成り行きは大きく変わっていたかも知れない。だがその時の彼女は、そこに一体何が入っているのだろうかと少し疑問に思っただけで、それ以上は誰にも何も言わなかったのだった。



(次話へつづく)

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