灰と瓦礫と一輪
青年は一人小高い丘陵をたしかな足取りで闊歩する。これから向かう町とそれを囲む草原の情景を思い浮かべつつ、鼻から感じる僅かな異様さと肌のざわつきを感じていた。
丘の頂上にさしかかり彼はましてゆく不安とそれまで通りの期待とともに顔をあげる。
「うわぁ……なにがあったんだ……」
視線の先の有り様に青年は唾をのむ。
ルビナス地方ハルヴァニア平原―方々をハルヴァニア連峰の山々に囲まれた平原。雨が少なく冷涼な気候の平原。猛獣の類いは生息しておらず、大層な城壁を必要としないレンガ造りの街を有する土地である。
そこに赴くはアルバ·サイロスという一人の青年である。無害そうな若干の垂れ目の童顔と長めの黒髪、18歳としては少しばかり心もとない身長からどこか幼さを出している。黒の安全靴を履き、手には作業ようの皮手袋、その身にベージュのローブを纏う。背中には旅人としては心もとない大きさの鞄を背負う。その両脇にはベルトでガッチリと固定されたリングが1つずつ付いている。そんな彼は街であった場所に足を踏み入れる。
彼は剣山を渡るかの如く慎重に足元を確かめながら歩く。元々赤を基調とした美しいレンガ造りの町並みだったてあろうそこは、瓦礫が散乱し、抉れ、焼け焦げている。町を彩っていたであろう金属製の街灯は変形し頭を垂れ、ガラスは散乱している。家屋は焼け崩れ、黒焦げ生活の痕跡は煙と化していた。
街に入る前に周辺の草原ごと焼けていたため覚悟はしていたが、その荒廃ぶりに言葉も枯れる。
火の手こそないが、辺りから全身を突き刺す熱線に彼はその身に纏ったローブのフードを被る。街をこの惨劇に追いやった犯人の残した熱を帯びた魔力が満ち溢れ辺りを刺す。相応の耐性があるものでなければ息すら許されぬ不毛の焦土に成り果てた土地。かくいう己もこのローブがなければ体の芯まで熱魔力に当てられていただろう。
「こりゃぁ生きてる人はいないだろうな……」
辺りは熱線、特殊な装備がない限りここで活動するのは無理に等しく、さらに状況をみるにすでに数日が経過しているため町中には生きている人はいないだろう。彼はメインストリートをゆっくり進む。途中瓦礫の無い割れた地面が広がる場所があった。もともと空き地だったと言うよりは誰かに踏み均されたと表現が正しいと思えるそこには掌の二倍ほどあるエメラルド色と赤褐色の鱗が辺りに突き刺さり散乱している。おそらく竜種だろうか、だとすれば天災だ。人にはどうしようもない。
その道の奥、突き当たりには象徴であり憩いの場であったであろう教会が崩れ落ちている。その前の広間には熱から逃れようとしたそれが黒焦げになり転がっている。
彼はそれに近づこうとしたとき、
(パキッ)
と乾いた音を聞いた。辺りを見渡し音源を探すために周辺を歩く。教会の裏の道の先、少し町から離れた丘の上にある半壊した屋敷が目に止まる。そして道に沿うように辺りから
(パキッ……パキッ……)
と音が鳴る。彼は導かれるように歩き出す。屋敷に向かう途中も瓦礫の中から音は途切れることなく屋敷に着くまで続く。
その屋敷は街より幾らか小高い場所にあり、広さ明らかに他の建物より大きく、開けている場所にあるためおそらく街の領主か名のある資産家のものだったであろう。そんな館も倒壊してしまっている。ただ、2つ街の建物と異なる点があるとすれば、開けた場所にあるためか火災の後が少なく、熱魔力の汚染も少ないことと、ちょうど一部屋分の箱がほぼ完璧な状態で瓦礫に埋もれている。
「これは…魔断室か、やっぱ御偉いさんの家なんだろうな…」
魔断室とは他の部屋や、家屋に比べて抗魔力性の高く物理的耐久性も高い素材、技術で作られた部屋であり、主に位の高い人の寝室や財宝などの保管室、強大な魔力を持つ人や物を外部から隔離保護するための部屋である。
彼は瓦礫の中から黒塗りの重厚そうな扉を見つけた。(特に金には困ってはないがこれを見つけて放っておくのは無理だろ。)好奇心に駆られ飛びを塞ぐ瓦礫を避けていく。幸い自分一人で動かせないほどの瓦礫はなく30分ほどで扉の全貌を拝むことができた。
「さぁて、貴重品とか珍しいものあるかなぁ」
そんな、旅人らしい期待とともに扉を開ける。幸い鍵は開いていて中に簡単に入ることができた。
彼の浅はかな期待と予想は刹那の内に砕かれた。中は寝室だった。光源らしき物はないため暗く、入って右手には白く大きなベッド、左手には白い机にクローゼットが並んでおり清潔感のある部屋が自身の後ろからの光に照らされていた。ただそれ以上にそのベッドの上に体のを丸めて座っている少女に目を持っていかれた。腰まで伸びた金髪は秩序無く乱れ、元々色白だと思われる肌は不健康なまでに余計に白く、肌触りのよさそうなくしゃくしゃになった白を基調にしたフリル付きのネグリジェを着ている。少女は衰弱しており、暗がりから目を細めながら最小の動きでこちらを見る。
彼はこの熱線地獄の中少なくとも町中には人はいないものだと踏んでいたため彼女の存在に動揺した。その後すぐにこの惨劇は少なくとも発生から最低でも3.4日は経過していることを思い出す。よくぞ生きていたものだ。彼は開けた扉を閉めながら、
「あー、初めまして、僕はアルバ·サイロス旅をしている者だ。」
決まり文句を唱えながら、ランプを取り出し明かりを灯す。
「取り敢えずこれを…全部あげるからゆっくりな」
と言い、鉄製の水筒を渡す。少女は手に取り、一握の警戒を見せるがすぐに飲み出す。彼女が落ち着くのを待って
「お腹は空いてる?僕は今から昼食にするけど君も食べるかい?」
コクリと頷くのを確認し、水筒とランプを残し再び外に出る。
(さてどうするか。自分一人なら適当なレーションやその辺の草、虫なんかでもよかったが今回は栄養失調のお屋敷に住む少女だ。消化にいいちゃんとしたものを作らないといけないな)
そう思案しながらアルバは鞄の側面のリンクに手を突っ込む。すると彼の手は水面に手を入れるかのごとく沈んでいく。再び彼の手が出てきたとき、手と一緒に小型コンロと鍋が姿見せる。さらに水の入った容器を取り出し鍋に入れ火にかける。彼は芋とニンジン、小麦粉、道中薬用として摘んだ整腸作用、消化吸収の促進作用、魔力の安定化作用のあるアサツユアオリと言う指2本分程の大きさの木の葉を用意する。アサツユアオリの葉を細かく磨り潰しペースト状にし、小麦粉に水を加えた生地と合わせ捏ねる。適度な固さ、俗に言う耳たぶ程度になったら、一口サイズに切ったニンジン、芋を少しの塩と一緒に煮たたせる。その後生地を手頃なサイズしてお湯のなかに入れる。五分程煮て調味料で味を整えスープの完成。できるなら肉や魚を食べさせたいが、さすがに数日ぶりの食事にいきなり干し肉も違うと思いかなり質素になってしまった。
器によそい箱の戸を開ける。ランプの薄明かりに照らされた少女が顔を上げる。先程より心なしか精気の宿った彼女にスープを渡す。
「ほら、君の分だ。質素だし味もいいとは言えねぇが勘弁な」
少々捏ねすぎただろうか、彼女はゆっくり食べ進める。アルバも自分の分をよそい部屋の入口付近で匙を進める。静寂のなか途中やけにすする音が大きく聞こえた。
食事が終わり彼女も少し落ち着いたようだ。食後のお茶を用意しベットの脇の椅子に腰を掛ける。
「んじゃ、改めて僕はアルバ·サイロス、旅をしてる者だ。」
自己紹介にしては随分と雑なテンプレートを並べる。
「…私はリアリス·レオーネです。領主オキアス·レオーネの娘です……」
案の定お偉いさんの屋敷であったが、領主の娘が一人取り残される状況と言うことはその災害の規模は尋常ではない。
「あの……お水と…お食事……ありがとうございます……。」
弱々しく彼女はお礼の言葉を並べる。
「もう駄目かと思いました……。部屋にいたら突然外から爆発音がして、そしたらもう扉は開かなくて……私の力ではどうしようもなくて……助けも来ずお腹が空いて……もう死ぬしかないって思いました……だから、本当にありがとうございます……。」
少々取り乱し、華奢な体を震わせながらながら彼女は話す。おそらくこの屋敷は街の他の建物より山岳に近い場所にあるためか運悪く初擊を受け、運良くこの部屋には直撃しなかったのだろう。
「良く一人で耐えたね。君はすごいよ。」
少しの落ち着いてから彼女は問いかける。
「外の様子はどうなっているんでしょうか……」
「単刀直入にいえば町はほぼ壊滅したと考えていい。建物のほとんどは破壊され熱魔力に汚染されてた。人に関してはどれだけの人が逃げられたかはわかないけど、熱魔力のせいで生きている人がいることは望めないような状況だね」
「そう……ですか……」
彼女自身も薄々分かっていたのだろうか、それとも突拍子な話に聞こえたのか、ショックこそ受けてはいたが比較的落ち着いているように見えた。
「アルバさんはどうしてここに?」
「綺麗なもの、幻想的なものその土地にはそこの世界観がある。それを見たいから旅を始めた。そしてここはレンガ造りの街並みと染め物が特産の美しい街だと聞いて来たんだけどこんなことになってたね。」
アルバはお互いのコップが空になるのを確認し
「少し休んだほうがいい。僕は街に行ってくる。日没前には戻って来るからそしたら夕食にしよう。」
彼女が頷くのを確認してからアルバは扉に手を掛ける。
空腹で目が覚める。くたびれた布団に暗がりの部屋を照らすランプ、若干の喉のかわきと体が栄養を求める感覚、それが自分の命が続いていることを語っていた。突然起きた大きな揺れ、一人部屋に閉じ込められ助けを呼ぶこともできないまま食料もなく数日が過ぎ、死も覚悟した。だからこそ今生きてる喜びを噛み締める。私を助けてくれた旅人のサイロスさん、暗がりの中はっきりと顔は見えなかったけど、優しく声をかけてくれ、ご飯も私が食べやすいものを作ってくれて、彼の優しさを受け取った。
どれくらい寝たのだろうか、そんなことを考えながら彼が机に置いていってくれた水筒に口を付ける。そうしていると扉がコンコンとなりローブのフードを被った彼がヌラッと入ってきた。
「リアリスさん起きてたね、調子はどう?ご飯は食べられそうかい?」
「はい、大丈夫です。いただきます。」
夕飯は昼食と同じスープだった。優しい味付けに柔らかく煮込んだ野菜、練り込まれた薬草から感じる心遣い。お腹と心が満たされ涙さえ枯れていなければ生きている幸せを噛み締めていた。
「サイロス様、私を助けていただきありがとうございます。」
「様は恥ずかしいからやめてくれ、アルバでいいよ」
居心地の悪そうに彼は言った。
「では、私のことはリアリスと呼んでください。」
「分かった」
さて、今は生を噛み締めているが生きるためにこの後のことを考えないといけない。そしてあわよくば恩人の好意にすがりたいと厚かましい考えを持ちながら彼に問う。
「アルバさんはこの後どうするおつもりですか?」
「僕は明日にでもここを出ようと思う。ここで補充するつもりだった物資が調達できなかったから次の街に行きたいかな。それでリアはあてはあるのか?」
私は首を振る。
「僕が提示できる選択肢は3つだ。ここで救助を待つか僕と一緒に行くか、一人で行くかだ。僕と来るなら次の君が住めるような街まで送り届けよう。」
彼はどこまでお人好しなのだろう。私の厚かましさに恥ずかしいくなる。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「まぁこれは僕の旅の矜持というかポリシーかな「過干渉してはいけない、だが関わったのであれば最後まで責任をもて」って言う、要するにリアの命を救ったからには途中で投げ出しちゃいけないと思ったわけだ。でどうする?明日の朝食までには聞かせてほしい」
生きるためには多分着いていくのが一番だろう。だが改めて考えると知らない男に着いていくこと、生まれ育った愛着のある故郷を離れること、もしかしたら知り合いが戻ってくるかもそんなことを考えてしまい、即答はできなかった。
アルバは食事が終わると彼は再び外に出る準備を進めていた。
「もう夕暮れなのにまた外にいかれるんですか?」
「ああ、やることがあってね。一緒に来る?」
まだ自分の目で街を見ていない彼女はその話から想像した街の有り様に怯えつつ、受け止めなければいけないことと割りきり行くことにした。
「ほらこれ貸したげる、これ着ないと火傷するから気を付けな。汚れと臭い我慢してくれ」
そういいながら彼の着ているローブと同じものを渡される。それを羽織り、比較的動きやすいブーツにを履いて扉の前に立つ。不安と恐怖がどっと押し寄せる。震える手を押さえつつ自分に大丈夫だと言い聞かせる。
「大丈夫?じぁあ開けるよ」
彼の問いかけに対し頷くと、扉が開く。
空を見上げれば竜胆の色の空があった。清々しく広がる空とは対照的に街の方からはこの街では感じたことの無い熱気を帯びた風が体をヒリつかせる。瓦礫を抜け出し意を決して街に対する。傾いた日が赤みを差し街を燃え上がらせ、街であった場所はひとつ残らず廃屋と瓦礫の山になっていた。見知った場所であったはずの真っ赤なそれは遠目から見れば、古より伝わる遺跡の絶景か地獄の業火か、いずれせよ街が滅んだ実感は感じなかった。
彼と共に街に繋がる坂道を下って行く。
「どう、街は。辛かったら待っててもいいから」
「大丈夫です。ひどい有り様ですね。でもこれを見て悲しくならないのはおかしいですよね私……」
「急に非日常に放り込まれて感情が追い付いてないだけだろう」
街跡は次第に闇に包まれ、ランプの明かりがはっきりとし始める。街に近づくにつれこの街の面影を感じるようになってきた。見知った道の形、良く訪れた店の看板の残骸、街から見えていた山の景色、どれも私に現実を押し付けてくる。次第に息が詰まりそうになるのを感じる。
「着いたよ、ここだ」
そこはこの街の中心にある教会前の広場であった。
「ここでなにを……」
「その前に一つ僕は君に言うべきことがある。」
彼は遮るようにそういった。
「君はご両親は好きかい?」
「…はい……」
唐突に聞かれた質問は私の言葉を詰まらせる。嫌だ、怖い……
「単刀直入に言おう、君のご両親はもう無くなられてる……」
僕の言葉にリアリスはひどく取り乱す。だってこの間まで……どうして……そんなことを呟く彼女を尻目に僕は一つ目の準備を始める。荷物から盃を取り出し中に水を注ぐ、薄く紫を帯びた結晶の欠片を入れる。それを取り乱した彼女に渡す。
「…え?これは……?」
「そのまま落とさないように持っててくれ」
そう言いながら、ナイフと錫杖を取り出す。
「僕は神でも仏でもない、救いを与える聖職者でもなければお人好しでもない。」
ナイフで指を浅く切り、血を盃に数滴垂らす。
「出来るのはごくごく小さなお節介だけ、わずかな安寧を祈るだけ」
数歩下がり錫杖を握り勢い良く大地を打つ。途端に盃から青い光が溢れ出る。煙のようにゆらゆら舞いながら二人を包む。次第にそれは集まり形を作る。
「あ………」
リアリスの頬に雫が伝う。
「これは僕の出来る最大限。あまり長くはないけどせめて悔いがないように…」
リアリスから盃を預かる。集まったそれは淡い光を帯びたまま濃くなり、存在を示し始める。
「………御父様………御母様……」
リアリスは泣き崩れる。彼女がそう呼んだ光は霊体であり半透明であるが、それでも暖かくリアリスに寄り添う。
「…御父様…御母様……なんで……先にいかれてしまったのですか………」
家族水入らずの時間、この時間が過ぎれば文字通り今生の別れとなる。邪魔をしないようそっとその場を離れる。
「アルバさん、お待たせしました」
彼女が彼女のご両親の霊と共に後ろからそっと声をかけてくる。あれらそれなりに時間がたっていた。彼女は目元は張れていて少し声が枯れているが、覚悟を決めたような精悍な顔つきに変わっており落ち着きを取り戻していた。そんな彼女にフッと笑い、動き始める。大きめの蝋燭、盃と先ほど使った結晶、錫杖を用意する。水の張った結晶のはいった盃を用意しする。
「これから魂送の儀式を始める。これが終われば君のご両親とはお別れだ、いいね」
彼女がコクッと頷く。ほうっと大きく呼吸をすると地面に置いている蝋燭に灯をともし、錫杖を手に取る。
「私は死霊術師アルバ·サイロスである。これよりこの地に留まる魂よ、私の術をもって正しき輪廻に送り届けよう」
大地を錫杖でガンッと突き立てる。すると先ほどと同様に盃から淡く青い光が上ると共に、蝋燭にともる火が揺らめき同じように淡く青く変化しする。その炎は大きく揺らめきそこから光が五角形の頂点を取るように五つの方向に一直線に街を駆ける。ほどなくして街全体を青い光が包み込み加えて地面から泡のような光球が沸き立つ。彼女のご両親の霊体もその輪郭を曖昧にしていく。そして錫杖を天に掲げる。同時に霊体も光球も天に上り始める。ゆっくりと、怪しくも暖かく美しく。
全ての光球が天に消え辺りの暗闇が際立つ。
「これで儀式は終わり、さ、戻ろうか」
彼はそう言ったようだったが、私は身動きが取れないで居た。両親との今生の別れ、行きをの無ほど美しい青く光る大地、真剣な彼の淡く照らされた表情にあてられていた。
「大丈夫か?」
彼が顔を覗かせる。ようやく届いたであろう彼の問いかけにやっと気がついたことと目の前にきた彼の顔に体が跳ね上がる。
「もしかしてちょっと無理させちゃったかな、確かにいきなりだったもんね、もう少し様子見てからご両親に会わせたかったけど、、」
彼がちょっと焦ったように早口になる。
「あっ、いえそうではなくただ綺麗だなって思っただけです。それにこんな突然ではありましたが私の家族や街の人をこんなに暖かく安らかに送っていただいたことに感謝してるんです。」
「僕はそんな出来た人間じゃぁないよ。自分のやりたいようにしかやらないだけの自己中心的で最低な人間さ」
彼は居心地の悪そうにいった。
「あれは…聖魔術ですか?」
聖魔術は死者の魂の浄化や邪悪な霊の徐霊、呪いの呪解、回復魔法などが可能なごく一部の人しか扱うことの出来ない魔法だと本で読んだことがある。先ほどの光景はまさにそれを思わせるものだった。だが、彼はそれを否定した。
「いや、あれは死霊術だ。うちの家系で伝わってきた魔法で主に霊との対話が出来る魔法で、徐霊や一応使役も出きる魔法だ。」
「あの、先ほどの話ですが、一緒に連れていっていただけませんか?」
彼の方をじっと見ながら私は言った。
「ああ、いいよ。君は僕が勝手に助けた、だから僕は君の命に責任を持たないといけない」
そう言うと彼は、なにかを思い至ったように鞄を下ろし、片側のリングを外し私に差し出した。
「これは……」
「これは小型転送魔道リング、簡単に言えば持ち運べる倉庫だ。そいつは僕が前に行った魔法工学が発展した街で契約したやつで、そのリングに物を通すと向こうで管理されてる倉庫に転送されていつでも取り出せる便利な代物だ。2つ契約したけど一個使ってないから貸したげる、自分の着替えとかを入れるといい。」
リングは黄金色をしていて、とても頑丈な作りになっている。三方向に持ち手がついていて彼はそこにベルトをくくりつけ鞄に固定してるようだった。
「こんな便利なものが……ありがとうございます。」
「明日朝食を食べたら出発するつもりだから必要なものはそれに入れといてくれ」
「分かりました。」
夜が明けるとともに朝食の準備を始める。いくつかの野菜と干し肉を細かく刻んだスープとパンケーキを作る。山から吹く冷たい風が頬と焼けた街に通り抜ける気持ちのいい朝だ。扉を開けリアリスを起こし、朝食を食べる。あまり料理が得意ではないが彼女があまりにも美味しそうに食べるため顔が緩んでしまう。食事を終えたリアリスは髪を後ろで一つ結びにし、できるだけ肌の露出が少ない服に着替えその上からローブを羽織って出てきた。
「準備はいい?」
少し急かすようにアルバは言った。
「少し待って下さい」
リアリス瓦礫のそとに出る。そして昨晩作った簡素なお墓に手を合わせる。そして街に視線を送り、僅かに目を細める。
街に決別を告げたリアリスとアルバは瓦礫の山を背に街道を歩き出す。