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小江戸の春  作者: 四色美美
3/12

川越市駅から

何とかバディになれた二人の川越散策が始まります。

 私達は又川越市の駅にいた。

今日は前回も行った喜多院を目指すつもりだった。徒歩十分ほど行った本川越駅の先にあるスクランブル交差点を右に行く。

其処を暫く行くと喜多院入り口の標識を見つけた。でも其方には進まず手前の道を右に曲がった。

其処に何があるのか解らないけど先輩に任せるしかなかった。

その先を又右に曲がる。すると中院の山門に出会した。



「ムリョウジュジ中院だ」



「無料? タダなんだ」



「その無料じゃない。感無量の無量に寿。それに寺だ」



「無量寿寺中院ですね? 拝観料は? 勿論無料だったりして……」

先輩がそれに反応して頷きながら笑い出した。






 私達は赤い中院の山門を合掌しながら潜り抜けた。

中に入って驚いた。

枝垂れ桜が満開だったからだ。



「だから言ったろ。此処は桜の時期がいいって」

先輩は得意気だ。



「本当に素敵ですね」

私はありきたりな言葉しか出てこない。本当は川越駅から行きたかったのだ。少しでも楽をしたかったからだ。赤い山門の先に何があるのか、七福神詣りの時には気にしなかった。本当は入ろうと思ったけど、先輩が止めてくれたのだ。それは私を感動させるためのサプライズだったのかも知れない。



(そうだよね。あの時はきっと枝垂れ桜は咲き始めたばかりだったのかもね。でもやはり先輩は意地悪だな)

でも折角の中院の枝垂れ桜を、堪能出来ない私がいた。ここ幾日か川越の街を探索? して歩き疲れたのだ。

でもそんなこと言えるはずがなかった。だって私が川越を楽しもうと提案したからだ。

そんな私を察したのか、先輩は大きな石のテーブルとこれまた石で出来た8個の椅子が置いてある場所に案内してくれた。



「えっ、花が浮かんでいる」

そのテーブルの上には四角と丸の花器が置いてあった。



「これが今話題の花チョウズだ」



「花チョウズ? 花菖蒲なら聞いたことあるんだけどな」



「コロナ禍で手洗いが禁止になった。それとイベントなどがなくなり、花が余った。花屋のアイディアでこれに結び付いたそうだ」



「あっ、それで……手洗いの手水ですね。それなら何処でも出来ますね。あっ、だからこれですか? でも此処じゃ手は洗えないですね」

そう言いながら考えた。私は先輩をからかいたいという悪い心を隠しながらテーブルの上にある花器を指差した。



「そうなんだよ。川越ではアチコチでやってるらしい。だからそれも発信しよう。もう既に発表されているけど、網羅しておかないといけないからな」

先輩は気付かない振りをして花器を撮影した。

この時期はまだ余り花がない。それでも中は色取り取り花びらで覆い尽くされていた。

その横にも枝垂れ桜が咲いていた。



「この桜もあの花器に浮かべたら花筏みたいになるのかな?」



「花筏か? その頃又来ようか? 此処の桜が散るのははきっと月29日が30日くらいかな?」

先輩が私の手をそっと繋いだ。私は驚いて先輩を見つめた。



(もしかしたら愛の告白?)

何だか顔が熱い。私はどうやら先輩を好きになったようだ。

勿論先輩もだと確証した。



「此処でずっと油を売る気か?」

でも先輩の言葉に驚いて、私は慌てて手を離した。



「ごめんなさい」

仕事だってことを忘れるとこだったので焦った私がいた。



(ヤバい。さっきより熱い)

きっと私は耳まで真っ赤になっていることだろう。

でも先輩も動こうとはしなかった。私が不思議がって覗くと、先輩はその先にある建物を見ていた。



「此処が島崎藤村所縁の茶室だよ」



「島崎藤村って、初恋の?」



「そうだよ。彼処に不染亭ってあるだろ? 実は中院には藤村の義理のお母さんの墓があるんだ。その方は藤村の茶道の師匠だったそうだ」



「それで茶室を贈ったのね」

私は右から左に不染亭と書いてある屋号に時代の流れを感じていた。





 中院の山門を出て左に曲がる。そのにあるのは東照宮だ。

階段の先にある葵の門に一礼してからそのまま喜多院方面へ行く。



「彼処にある泥棒橋の由来、知ってるか?」



「泥棒橋?」



「今はコンクリートだけど、昔は丸太を渡しただけだったそうだ」



「もしかして、その丸太の橋を泥棒が盗んだとか? ですか?」



「うわ、ははは。馬鹿かお前さんは」



「ふんだ。どうせ私は馬鹿ですよ」



「あははははは。仏頂面も良く似合う」

先輩は私のとんちんかんな答えを暫く笑っていた。



「江戸時代のことだ。一人の泥棒が此処に逃げ込んだ。泥棒は川越藩の町奉行では捕らえられないことを知っていたんだ。ところが寺男達に捕まった。その時泥棒は寺僧に諭され、悪いことが降りかかる恐ろしさを知った。厄除元三大師に心から許してもらえるように祈ったそうだ。泥棒はその後改心して真面目に生きたらしい」



「改心ですか? 何だか、それってアメイジング・グレイスに似ていませんか?」



「アメイジング何とかって何だ?」



「あっ、讚美歌のアメイジング・グレイスです」



「さあ知らないな」



「アーメイジンググレイス……」

先輩の言葉を受けて唄い始めた。



「あっ、それなら知ってる。コマーシャルソングだったな。あれって讚美歌だったのか? でも何でそれが泥棒橋に似てるんだ?」



「私にその曲にまつわる話を聞かせてくれた人がいるの。一人の奴隷商人の運命的な神との出会いの話しを……」

私はその人から聞いた事柄を先輩に語り始めた。



「曲を作ったのはジョン・ニュートンって人。イギリスの牧師だった」



「あっ、だから讚美歌か?」



「彼は船員の父と、熱心なクリスチャンの母に育てられたの。六歳で母親と死別した後父が再婚。十一歳で父と一緒に航海に出るのだけど、十三歳で強制的に徴募され、奴隷のように酷使された後に十六歳で解放されるの」



「何だか壮絶な人生だな」



「そうですね。彼が二十二歳の時、自分の乗った船が難破しかけた。その時、母の死後初めて神に祈ったそうよ。奇跡的に難を逃れた彼は回心した。回心っていうのは回る方の回心で、宗教的な……」



「そうだな。泥棒橋の方もその回心だったかもな?」



「改ためる方の改心も回る方の回心も、どちらも悔い改めるって意味らしいわ」



「へぇー」



「回る方の回心は神に背いている自分の罪を認め、神に立ち返ることだそうです。個人的な信仰体験らしいのですが……」



「回心って凄いな。それでその人は牧師になったの?」




「いえ、それでも彼はまだ奴隷船で働くことを余儀なくされていたそうです。二十四歳で結婚したけど、その後六年間奴隷船の船長となって三十歳で奴隷船の仕事をやめたそうです」



「じゃあ、その後牧師に?」



「そうみたいです。関税職員になる傍ら牧師になるための勉強を始めて、八年の後にオウルニイの副牧師になって、五十三歳でオウルニイの讃美歌発表しました。この中にアメイジング グレイスは収められていたのです」



「ずいぶん長くかかるんだね。牧師になるのも……」



「驚くべき恵み。私のような悲惨な者を救ってくれた。迷ったけど見つけられ。盲目だったが見えるようになった。神の恵みが恐れることを教え、そしてその恐れから解放してくれた。それは神の恵みを、御加護を敬うための詩。信じることの感謝の讃美歌だったの」



「アメイジング・グレイスって言ったっけ、凄い唄だね」



「でも私は知人の話を聞きながら疑問に感じたの。ジョン・ニュートンが難破しかけた船を降りた後も奴隷船の船長だったことをね。回心したのなら何故? そんな私の思いに対して知人は言ったの。『彼はイギリスから奴隷貿易を禁止させた立役者なんだ』

って――」



「立役者か?」



「ジョン・ニュートンの前にイギリスの国会議員が訪れて、牧師になりたいと言ったそうよ。理由を聞くと『奴隷制度に幻滅したからだ。だから神父になって、奴隷の人達の心を救いたい』と言ったの。でも彼は諭したの。『奴隷を解放出来るのは牧師ではなく、国会議員だ。だから辞めてはいけない』と説いたそうなの」



「凄いね、その人。確かに牧師では奴隷は解放出来ない。憲法を変えない限りは……」



「彼が亡くなる直前にイギリス議会は、奴隷貿易を禁止した。だからあの唄は歌い継がれているのだと私に教えてくれたの」



「その人も凄いね。それとお前さんもだ。疑問を感じたんだろう? 実は俺もだ。奴隷船で働いていた人も牧師になれるんだな」

私は先輩の言葉に頷いた。



「そう言う意見は多かったそうです。実は彼、教会に沢山寄付をしたそうです。だから牧師になれたみたい」



「アメイジング・グレイスは確かに凄く良い唄だけど……」



「ありがとうございます」

私は先輩の心遣いが物凄く嬉しくなっていた。





 「他にも行きたかったけど、今日はもう帰ろか?」

先輩は突然言った。



「あの菓子屋横丁は?」



「それは又にしよう」

本当は今日行くつもりだった。だからきっと悔しいんだと思う。先輩の言葉の中に私を気付かう心が垣間見られた。



「やっぱり行きましょうよ」

私はそう言うと先輩のてを引いた。





 喜多院入り口の交差点を左に曲がりそのまま真っ直ぐに進むとおびんづる様の連馨寺に着く。

そこはまだ桜はあまり咲いていなかった。小さな門を潜り、その道を暫く行くと菓子屋横丁がある。



『彼処に行ったら芋羊羮食べてみてね。でっかい麩菓子をあるけど……』

何時か誰かが言っていた。私はそれを頼りに貼り紙を探した。

お目当ての菓子屋はすぐに見つかり、私は芋羊羮を求めてバッグに入れた。コロナ禍で食べ歩きは出来ないからだ。

そんな私をよそに先輩は飴細工の手順をカメラに収めていた。

柔らかい飴から可愛い鳥が誕生していく。私はそれを優しく見守る先輩の姿を持って来たカメラで撮影した。





 「この先は止めておこう」

私が行こうとしたら先輩が手を引いた。

私は思わず先輩の顔を覗き込んだ。

でも先輩の言葉に従い、又蔵造りの町並みに向かうことにした。



「もう数年前のことだけど、あの先の店の主人が火事で亡くなっているんだ。俺はそれを知らなくて、数日後に訪ねているんだ。まだ学生だった頃だけどな」

先輩はそう言いながら、その時に撮った写真を見せてくれた。



「火事が起きたのは日曜日だそうだ。だから当然賑わっていた。でもそれだけじゃなかったんだ。偶々前日に特集番組が放映されていたらしいんだ。それも、小江戸川越蔵造りの町と火事だったそうだ」



「えっ、そんな時に火事ですか?」



「だから皆驚きパニック状態になったそうだ」



「解る。もし私も現場にいたら、きっとそうなる」

それから暫く、黙り込んでの移動が続いた。





 菓子屋横丁を出て、高沢橋を渡る。

右に曲がって4つの橋を越えてかなり行った場所に北公民館があった。



「此処の桜もまだまだね。満開になったらきっと物凄くなるんじゃない。きっと大勢押し掛けるわね」



「そうだな。これからまだ観光客を呼べるな」

私達が何故川越に観光客を呼ぼうとしているのかは新聞記事にあった。

【コロナ禍で川越観光客が減った】とあったからなのだ。



「この地図にも桜の絵が描いてあるくらいだから、きっと後少し」



「今月末か金曜くらいかな?」



「それ4月1日。エープリルフールよ。って、入社式じゃない」

私は笑っていた。





 北公民館にも、日枝神社のインフォメーションボードのような物があった。

何やら同じような物みたいだ。



「もしかしたら日枝神社の祭りの告知かな?」

私は其処へ行こうとしたのだけど、何故か先輩が止めていた。



「ごめん。疲れたから帰ろうか?」

先輩のその一言で私は立ち上がった。





 帰りの道は来たときより険しい。道ではない、体力が……なのだ。でもそれは私が言い出したことだった。



「どうせなら、蔵造りの町並みを歩く?」

私の態度で何かを感じたのか、先輩が言い出した。



「この道を行ったら何かあるのかな?」



「いや、ないと思うよ」



「だったらその道を行きましょう。だって一番解りやすいし、駅にも近いと思うからね」

私の一言で帰りの道が決まった。本当は、まだメインストリートを歩いていない。と言い出せなかったからだった。

私達は疲れた体を引きずりながらもその町並みを楽しんでいた。

其処で私を待っていたのは、レトロな銀行だった。おあつらえ向きに赤い帽子を被ったような旧式ポストもあった。

私は急ぎ足で其処へ向かい暫く足を止めた。

ところが先輩は元来た道を戻りその先の横道に入って行く。

しぶしぶ後ろを追い掛ける。すると処で見たのは時の鐘だった。

先輩は何時か私が言ったことを覚えていてくれたのだ。



「ところでさっき写真撮っていたな。見せてみろ」

先輩はそう言うと、私のデジカメを取り上げた。



「これでは提出出来ないな」

私のカメラを中身をチェックしながら先輩は呟いた。




 会社に戻った私達はホームページの作成にとりかかった。

中院の枝垂れ桜が先輩の予想より早かったのだ。だから私のデジカメの映像をチェックしたのだ。



【繚乱の前に探訪花万朶】

先輩のアイデアで俳句をタイトルにすることになった。

花万朶の花は俳句では桜で、万朶の朶は枝が垂れ下がること。万朶は多くの花の意味もある。花万朶は枝垂れ桜のことだそうだ。

百花繚乱になる前に探訪したい川越。

それが副タイトルだ。

偶々菓子屋横丁も蔵づくりの道も撮影出来た。

上司の確証と許しをもらった後掲載決定となる。

フォロワー数が物を言う世界だけと、点数稼ぎだけではない。今を発信することが大事なのだ。


とにもかくにもホームページ制作のために歩き出した二人だった。

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