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小江戸の春  作者: 四色美美
12/12

俺の本音

先輩の本音。真相。

 会社のホームページ作成企画に俺も参加することにした。観光や隠れた魅力を業界に売り込むのがメインになるはずだからだ。

3回目のワクチン接種した人も増え、蔓延防止対策も解除されることになると賭けたのだ。期間は3月21日までと決まってはいたが、延長されるかも知れないから戦戦恐恐としていたのだ。

でもせっかくの春休みを何の対策もしないで迎えたくないのだ。



そこでアルバイト時代から埼玉マニアで通っている肩書きを利用してみようと思った。

ロケーションすることを会社側に了解してもらってから希望者を募ることにした。新入社員でありながら、仕事の経験は数年あった。埼玉のことは俺に任せれば大丈夫。そんな期待もあったからだ。



俺は一緒に行動してくれるバディを募ることにした。その場で、躊躇いながらも手を挙げてくれたのがアイツだった。

仕手やったりだった。

実は事前にアイツが川越に興味があることを調べていたのだ。

だからその計画を立てたって訳だ。

実は初対面の時からホの字だったんだ。

何処かで会ったことがある。って思っていたからだった。でも、そんなことより、めちゃくちゃ可愛いかった。俺のハートは丸ごと持っていかれたんだ。それは保育園時代の初恋以来の激震だった。だからアイツとバディになりたくてたまらなかったのだ。



俺は早速、アイツの両親に理の電話を入れた。

独身女性が、いくら仕事と言っても赤の他人の男性と一緒の時を過ごすのだ。

それは当たり前の行為だったのだ。





 『ただ今電話に出ることが出来ません。ピーッという音に続けてお名前とご用件をお話ください』

でもそれは留守番電話だった。

俺はそれに住所氏名、会社名などを残すことにした。

住所と名前を言ったらすぐ受話器を取ったみたいだ。

いきなりアイツの母親らしき人が電話口で大声で話し出すものだから面食らった。思わず耳を押さえたくなるほどだった。それほど俺に興味があったのかも知れない。

でも冷静を装いアイツと同じ会社に勤めていることを告げた。



母親はアイツが俺を好意的に思ってくれていることなどを話してくれた。

その時、川越舟運の話を聞いた。

本当は俺も知らなかったのだ。

アイツの祖父と俺の祖父が知り合いで、しかも俺達が許嫁だったことも……

勿論まだアイツにも言ってはいないと告げてくれた。

つまりまだ内緒にしておいてくれってことらしい。

確かに昔、祖父に結婚を約束した人が居るってことは聞いていた。

でも、自分達で勝手に約束したことだと思っていたんだ。



だから入社式の日にアイツに目が奪われた時、その相手のことなんか何処かにすっとんでいたんだ。

その許嫁の相手がアイツだったなんてその日まで知らなかったんだ。



アイツの母親は、あくまでも自分の感じたことだけどと念を押し、俺のことが好きなようだって言われた。

勿論、魂消たよ。

だからアイツを結婚相手としてみてくれないかと持ち掛けられたのだ。

死んだアイツの祖父の遺言なのだそうだ。

俺達の祖父はそれほどまでの仲だったそうなのだ。

だからアイツが俺のバディとして手を挙げてくれたと告げた時、『きっと運命の赤い糸で結ばれているのね』と言われた。

失礼だけど嘘かも知れないと勘繰った。





 新河岸川に行って、本当に船着き場あったことを確認した。

本当は半信半疑だったのだ。

俺とアイツの祖父が知り合いで、しかも俺達が許嫁であったことなど、何かの間違いかも知れないと思ったりしていたからだった。


『その後、このようなイベントは行われていないのでしょうか?』

最初の日、アイツは言った。

調べてみたら数年前にあったようだ。でも祖父は通院で行けなかった。そこで、母が資料だけでもと市役所に電話したけど聞き入れてもらえなかったらしい。

だから余計に祖父は乗りたがっていたのだ。





 川越舟運の歴史を調べる前に、まず最初は七福神巡りだ。

俺の立てた企画が上手く行くように願うための参拝だった。



でも、俺は七福神巡礼の際に行った弁財天のことを気にした。

その少し前に知ったことだけど、弁財天は嫉妬するのでカップルでの参詣は禁物だと書かれていたからだ。

確かに妙昌寺には行った。

でも其処で確認出来なかったから、熊野神社に向かったのだ。

熊野神社のあの丸っこい弁天様にもその力があったとしたら怖いと思ったから近付かなかった。



『弁天様にお詣りすると別れるって言われてるんだ』

帰りがけに呟いた言葉に自分で震えた。

流石に許嫁はまさかとは思うけど、バディになれたばかりのアイツと別れたくなかったからだ。

川越は花手水で町おこしをしているとアイツに言ったけど、熊野神社は手水場の中にビー玉のような物がガラスの器に入れられ置かれていた。

アイツに突っ込まれないかとヒヤヒヤした。



その後で訪ねた寺社仏閣、アイツの思いは俺と一緒だったと気付いた。

菓子屋横丁でアイツが撮った写真は俺への愛で溢れていた。

だから『これは提出出来ない』と言ったのだ。

それは互いに引かれ合っていたと言う証拠なのだから。

いくら弁財天の嫉妬能力が強くても俺達の絆は壊させない。

今さらながらに俺は結びの庭で誓っていた。

本当はもう一つ誓っていた。それは詐欺からアイツの母親を守ることだ。

アイツは俺が何故腹を立てたのか知らない。

アイツの母親に電話をした時、話が終わらない内に受話器を取ったてくれたことを思い出したからだ。

人のことを疑わない母親を、刑事が馬鹿にしたと聞いたからだ。母親にとって許せないのは犯人ではなく、刑事だと確信したからだ。そのことでアイツとの距離が縮まった気がしていた。

でも大丈夫だ。ちゃんと留守番電話で確認してから電話口に出るからだ。アイツが心配するのは解るけど、しっかりしている人だと思った。




 初めて新河岸駅に降り立った時、仕事の名を借りたロケーションなのに楽しくて仕方なかった。



アイツが俺の許嫁だったと判明したからかも知れない。

俺はニヤケタ顔を隠すためにワザと冷めた態度をとったのだ。



だってアイツを川越市の駅で待っていたのに勝手に下りちゃうんだから。

俺もはっきり言わなかったから悪いんだけど……



でも俺が有利に立てるから却って都合がいいと思っていた。

こう言う時は先輩としての威厳を見せ付けないといけないと勝手に思い込んでいた。

アイツがどんなにむくれてもだ。

その膨れっ面がまた可愛いんだ。

俺は破裂しそうな胸を押さえながら座席に腰を下ろしていた。

こう言うときは余裕をみせないとな。

プライベートのことで、アイツとの仕事上の関係を壊してはならないからだ。

そう、俺達の関係はあくまでも仕事上のバディだったのだ。





 新河岸駅に着いて、改札口の前の壁に川越舟運のボードが掲げられていた。

やはり、此処が江戸と小江戸を結ぶ架け橋を担っていたことを改めて理解した訳だ。



駅前から少し行った場所に地下道があった。

物は試しに入ってみた。

その時に、此処をもっと盛り上げたいと思った。





 ひらた舟って言うイベントがあることは、知人に確認した。

その時にあの写真を転送してもらったんだ。

今年は5月1日の日曜日だそうだ。

実はそれを確認するためにも旭橋へ向かった訳だ。

でも俺はひらた舟のポスターの脇にあった別の貼り紙を見つけた。

それにはひらた舟と同じようなイベントが載っていた。

それがあの川越氷川神社の花筏イベントだったのだ。





 俺の立てた計画はアイツの協力と努力で何とか起動に乗せることが出来た。


『これで少し川越の観光に貢献出来たかな?』

アイツが言った後、ハグした。

御礼のつもりだなんて嘘っぱちだ。

俺はアイツが大好きだってあの時、気付いたんだ。いや、それは元々だったはずなのだ。

だからアイツの驚く顔が見たくて、エイプリルフールに仕掛けたのだ。

それが花筏イベントを借りた結婚式の衣装予約だったのだ。それはアイツに見抜かれたくなかったのだ。

だってこっぱずかしいだろ。どの面提げて、本気で好きになったなんて言えばいいのか解らなかったのだ。

でも本音を言えば初恋の人のことが頭の隅にあったから言い出し難かったのだ。

アイツには初恋の人を探すためにアチコチの駅で降りたことを打ち明けた。保育園時代の恋だったけど、俺はあの後誰も好きになっていなかった。

つまり、俺は初恋の人以外を好きになったことがないのだ。

そんな俺がアイツを見た途端にドキンとした。

おまけに許嫁だとも判明した。だからアイツに俺の初恋を打ち明けたのかも知れない。

そして、アイツにせがまれたような格好になって実家のある駅で降りたのだ。





 川越へ行く振りをしてアイツと出掛けて降りた駅は、どうやら以前にアイツが暮らしていた街みたいだ。



『懐かしいのですが、此処で暮らしたって実感がなくて……。だって駅から何から変わっているから』

アイツの言葉におったまげた。アイツは俺の2コ下。初恋の相手と同じだと気付いた。そしてアイツの顔を見ている内に、何故アイツにトキメキを感じたのかの理由を知った。



『えっ嘘。え、えっー、えっー』

俺はそう言ったきり黙った。頭の中で思考が揺れ動く。そしてアイツを初めて見掛けたた時、何処かで会ったと思った感情に出会した。それが答えだった。

アイツが俺の初恋の人だったのだ。



暫く黙り込んだまま歩くと、見覚えのある歩道橋があった。アイツはその前で立ち止まった。

其処は紛れもなく初恋の人の家へと続く道だった。

保育園の帰り道、母と手を繋ぎ歩いた時に何度かアイツがその歩道橋を渡っていたのを目撃していたのだ。



『この先にコンビニがあり、脇道を入ると保育園があったんだ』

だから俺はアイツを保育園まで案内しようとした。でも何処にもなかった。

それでもやっとそれらしい道を見つけた。だけど其処には保育園は無く、駐車場に代わっていた。



『此処に見覚えある?』

俺の問いに頭を振るアイツ。



(人違いなのか?)

そう思った。



『そうか? 違ったか』

俺が言ったらアイツは戸惑っているみたいだった。

俺はエイプリルフールの翌日、アイツの家に電話を掛けた。やっぱりあの留守番電話対策後、名前を言ったらすぐに出てくれた。そこでアイツが出掛けていることを知った。もしかしたら川越? そんな考えがすぐ浮かんだ。だけどその考えはすぐに打ち消した。

前日の疲れが残っていると思ったのだ。明け方まで降り続いた雨でぬかるんだ道を旭橋から国道16号が見える場所まで歩いたからだ。

アイツがそんな苦しい選択をするはずがないと思っていた。でもそれは間違いだった。



『今日も、もうお昼は過ぎている。ごめん、きっとお腹が空いているだろうけど、もう少し付き合ってくれないか?』

人力車に凭れながら聞いた。アイツに対して申し訳ないことをしていると思っているからだった。



『そう言えば緊張して……って言うか、先輩に馬鹿にされていると思って何も食べてない。だって昨日、先輩が私を弄んだのだと思って、川越の街を彷徨っていたから……』

その言葉を聞いた途端に失敗したと思った。

俺が睨んだ通りにアイツは川越に行っていたのだ。でも俺はすぐにその考えを打ち消した。あの時、何故アイツが侮辱されたと気付かなかったのだろうか?

もし俺も川越に行っていたらアイツを哀しませることはなかったのだ。

でもアイツがそう言った途端にお腹が鳴った。アイツは慌ててお腹に手を置いた。

でも腹の虫は収まってくれなかった。




 アイツの腹の虫が鳴った時、思わずのけ反った。

無理はない。俺の一言でずっと悩んでいたから、食事さえ喉を通らなかったはずなのだ。

俺はその前日に、白無垢をレンタルしたことをアイツに教えた。

きっとエイプリルフールの悪企みだとアイツは思ったはずなのだ。

それを本物にしてやるんだ。

そう、俺はアイツと結婚することに決めたのだ。




 『あははは、何つうかお前さんらしい』

でも俺は又アイツを傷付ける反応をしていた。



『お前さんらしいって何!? 私の何を知ってるの?』

アイツは俺の態度に怒り、反撃を開始した。

とうやら、恥ずかしくて俺にあたるしかないみたいだ。

だから俺はアイツを抱き締めた。





 川越氷川神社の前では双方の家族が集合していた。

そして裏の新河岸川ではあの日枝神社のポスターで見たような舟で川遊びが行われようとていた。

コロナ禍だから小規模だったけど……



新河岸川の脇にある桜の花が散りながら川を埋め尽くしている。



『年に一度だけの花筏イベントだよ。素敵だろ?』

俺はそう言った。


『あっ、これが……』

ってアイツは呟いた。



『いや違う。日枝神社のポスターの横にあったんだ。あの日このイベントを知って、此処で結婚するって決めたんだ』



『何で、何にも言ってくれなかったの?』




『いや、お前さんの両親には結婚の許しはもらっておいた』




『えっ!?』




『お前さんを驚かすために、何にも言わないでくれたって頼んだんだ』




『いつ頃の話ですか?』




『この仕事が始まる前のことだ。電話したら、お前さんが俺のことを好きだって聞かされた』




『嘘。確かに先輩のことが好きだったけど、両親には言ってない』




『態度で解ったそうだ。その時、何故か結婚の話になった』




『わっ、聞いてない』




『だからお前さんの両親に内緒にしておいて、と頼まれたんだ』




『いや、絶対に作り話しだ』




『違うよ。その時、俺達の祖父さんが知り合いだったと判明したんだ。お前さんの亡くなったお祖父さんは、川越舟運の仕事をしていたんだ。だから急に調べてみたくなったんだ』




『嘘……、それも聞いてない』




『本当の話だ。それと、その時に俺達が許嫁だと言われた』




『イイナヅケ!?』

アイツの声が裏返る。それほど驚いたのだ。

勿論俺もだったけど……




『お前さんが産まれた時、俺んとこの祖父さんが頼んだんそうだ。だからお前さんが俺の名前を口にした時、喜んだんだそうだ』




『何だか、これも嘘っぽい』




『エイプリルフールに言ったからか? 実は俺も面食らった。でも祖父さんから、結婚相手がいるってことは聞かされてはいたんだ』




『それが私!?』

俺は頷き、綿帽子を少し上げアイツにキスをした。




『でも嘘であってほしいと思っていた。俺はお前さんに惚れていたから、その話を断ろうとした矢先だった』




『嘘よ。先輩が私のこと、好きだなんて。こんな私を……』




『お前さんは、これからも俺のバディだ。だけどダディにもならせてくれ』

俺がそっとお腹を擦った。それはアイツとの間に子供が欲しいとの暗黙の合図だった。




『嬉しい、本当に嬉しい。俺達は今日から夫婦だ。祖父さんとの約束もあったけど、俺はお前さんと出逢った時点で惚れていた。だから本当に嬉しい……』俺はもう一度アイツのお腹を擦った。その途端にアイツの腹の虫が勢い良く鳴った。

慌ててアイツを見るとしょぼくれている。

だから益々嬉しくなって俺は大笑いしていた。

祖父が川越舟運で働いていたことを知った日に電話して確めてみた。すると本当のことだと解った。

その時、数年前に川越舟運の航路を訪ねるイベントがあったことを聞かされた。

新聞の埼玉版ニュースの中に載っていたそうだ。でもその日は通院があり行けそうもなく、資料だけでも貰えないかと川越の市役所に電話したそうだ。

そしたら手厳しく断られたようだ。

祖父は悔しい思いをしたそうで、応対した職員はいけ好かないけど今度は絶対に乗りたい。と言っていた。だから余計に調べたくなったのだ。




 『もしかしたらだけど『だから明日、よろしくお願い致します』って電話で言わなかった?』

アイツは突然言った。何かを思い出したようだ。



『うん、昨日電話した』

それでアイツが俺の電話に出たことが解った。実はその電話は今日の頼みごとの念を押すためだった。

アイツは俺からの電話を詐欺じゃないかと疑ったのかも知れない。でも肝腎なことがバレずに済んで良かった。





 アイツと俺の両親に、花筏イベントのチケットを頼んだ。昨夜の電話はその念押しだったのだ。

開始は11時半で、11時から配付だけど9時から並べるのだ。



小江戸川越春の舟遊って言う催し物だ。

和舟に乗って新河岸川桜を眺めてみると謳ってあり、最終は5時までの予定だそうだ。

料金は無料だけど乗船整理券が要る。

だから其処に並んでくれるように頼んだのだ。

チケットはコロナ禍前には7百人分あったそうだ。でも今年は規模短縮なのだ。

だから間違いなく乗れる方法を選択したのだ。

そのために昨日の夜又電話した。





 お腹を空かしていることを承知で触る。

又鳴ってくれた嬉しいからだ。

案の定、アイツは俺の期待に応えてくれた。



参ったな、どうしてアイツは俺が望んだことばかりしてくれる?

喜ばせることばかりしてくれる?

アイツのことがもっと知りたい。

止められない衝動に突き動かかれ、俺は綿帽子を少し上げキスをした。



こうなったらアイツを抱き締めるしか手はない。



『お前さんは、これからも俺のバディだ。だけどダディにもならせてくれ』

俺はこともあろうに、子作り宣言をしてしまったのだった。

でも、その途端に又腹の虫が鳴いてくれた。



期待以上の偶然に、少し戸惑いながらもアイツを抱き締めた。

それでなくても目立つ白無垢姿のアイツ。

皆の目を引いているのは百も承知で、その前で唇を重ねた。

ってゆうか、奪ってやった。



『皆に披露するって言っただろう?』

俺の言葉にアイツは恥ずかしそうに俯いた。

でもその表情は晴れやかだった。





 『嬉しい、本当に嬉しい。俺達は今日から夫婦だ。祖父さんとの約束もあったけど、俺はお前さんと出逢った時点で惚れていた。だから本当に嬉しい……』

俺はアイツに思いの丈を告白した。

でもその途端に腹の虫が鳴り響いた。



アイツは恥ずかしそうに顔を両手で覆い隠した。

頬を真っ赤に染めたアイツが可愛くて抱き寄せる。



『何があろうとも、もう決して離さない。だから覚悟してくれ』



『覚悟?』



『俺、欲求不満なんだ。だからお前さんをむちゃくちゃ愛したい』



『やだ。恥ずかしい』



『ごめん。暫く飯にはありつけそうもない。それも覚悟してくれ』



『わっ!? それも嫌だ』



『今日は、何があろうともずっと傍にいてくれないか?』』



『解った。覚悟するから、しっかり私をフォローしてね。もう限界なのよ』

アイツは自分の下っ腹に手を置いた。



『大丈夫だよ。実はさっきから俺の腹の虫も鳴ってるんだ』



『えっ!?』



『ごめん、言いそびれてた。あれは多分俺の方だ』



『あん、ズルい』



『あっ、その言い方可愛い』

俺は俯いていたアイツを覗き込んだ。

その途端俺はほくそ笑んだ。



『ねぇ、もう一度聞かせて』



『何を?』



『だから……お前さんの腹の虫だよ』

俺はそう呟くと、アイツの下っ腹に耳を近付けた。





 『やっと捕まえた。もう離さない。何があろうともずっと一緒だ。だから俺から離れるなよ』



『はい。ずっと傍にいさせてください』

少しずつ顔を寄せあい目を綴じる。

柔らかな温もりを唇で感じたくて……



『すいませんが、もういい加減に下りていただけませんか?』

人力車のお兄さんの鋭い突っ込みが入った。



気が付くと、大勢の人が俺達を取り囲んでいた。気付かなかったけど雨も少し落ちてきた。



『わっ!?』

アイツは真っ赤になって俺の胸に顔を埋めた。



『さあ、披露宴だ』

俺はアイツをお姫様抱っこをして、川越氷川神社裏の川原へ運んで行った。

でも急な雨のために中止が検討されていた。

だから俺は必死に頼んだ。一世一代の大舞台なのだ。



その結果、俺達家族一同は和舟に乗り込むことが出来た。



『さあ、始めるよ』

お袋が桐の箱から盃を取り出した。



『此処で結婚式を挙げるんだ』

俺はそう言いながら三三九度の盃に口を付けた。

桜吹雪が川面に落ち、花筏となる。

ピンク色に染まる新河岸川の中を、俺達を乗せた和舟はゆったりと北公民館を目指して進んで行った。桜ながしの雨。そんか言葉が頭に浮かんだ。





 3月24日。

ワールドカップのアジア最終予選で日本はアウェイでありながら宿敵オーストラリアを2対0で破った。

これでカタールで行われるワールドカップの出場券を手に入れた。

続くベトナム戦は1対1だった。味方のファールが認められ勝ち越し点が無効になったからだった。これで全ての日程が終了した。



その時思い出した。八咫烏のレリーフが飾ってあると神社に行った時のことを。

カタールワールドカップが始まるまでまだかなりある。

だから俺達が盛り上げることも出来ると……

俺達はこれからもずっとバディだ。仕事上でも私生活でも……



今、隣でアイツは寝ている。

無防備の寝姿は、俺を信頼している証だ。

俺はコイツの笑顔を守るために天より遣わされた者だ。

それが俺のこれからの使命だ。

俺達は未だ青春ど真ん中。これからも力の限り情報を発信していく。

勿論アイツと一緒にだ。



実は川越駅で降りた時、封鎖されていた駐車場のアコーディオンドアが開いていた。

それを見た途端に、マスコミの力を感じた。

もしかしたらアイツの言ったように、変える力になったのかもと思った。

単なる偶然に誰かが開けただけかも知れないけどね。





完。


二人は本当に許嫁だった。

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