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小江戸の春  作者: 四色美美
10/12

一万歩ウォーク

エイプリルフールに言われたことで内心穏やかではない。

 私は又川越市の駅にいた。新河岸駅からの歩き疲れもあったけど、何故かハイな気分だったのだ。

先輩のことが益々大好きになって、ウキウキソワソワしていた。

先輩もそうなのでは、と思っていた。

でもそれは私の独り相撲だったみたいだ。

私は昨日先輩にバカにされた。悔しくて悔しくて眠れなかった。

体身は疲れている。それでもテンションは高かった。

それを沈めに選んだ場所は又川越だったのだ。私のことをからかい弄んだ先輩との思い出が沢山刻まれている街だ。もっと苦しくなることは解っている。それでも身体は反応した。私はそんな過去に浸りたくて、疑惑を打ち消したくて此処にいる。



川越散策の第一歩は古刹巡りからだ。

何故か先輩と歩いた又中院の道を進んでいる。流石に枝垂れ桜は散りかけていた。

天長7年に慈覚大師円仁が開いた星野山無量寿寺の支院のひとつ。境内には島崎藤村が義母のために建てた茶室が移築されていると言う。


次は仙波東照宮だ。元和3年徳川家康の遺骸は遺言によって久能山から日光に移送された。途中、喜多院で法要が営まれたことにちなんで後に社殿が建てられた。現在の社殿は寛永17年の再建で国の重要文化財に指定されている。


そのまま喜多院まで行くつもりだったけど、その前にどろぼう橋へ足が向いた。

先輩が教えてくれたことの顛末が橋の手前の説明書にあった。

読んでいるうちに目が霞んできた。どうやら私は泣いているようだ。



(先輩のバカに)

私はとうとう泣き出した。



喜多院の5百羅漢には寄らずに成田山別院本行院へ向かう。それでも其処へは行けなかった。巨大な石仏が私を睨み付けていたからだ。

私は怖くなって、別な道をがむしゃらに進んでいた。

もう其処が何処だかも解らず彷徨っていた。


着いた場所は何時か先輩と来た図書館だった。



(よりによって此処か?)

どうやら私は先輩のことしか考えられないみたいだ。

その先には童歌のとおりゃんせで有名な三芳神社があるはずだった。その昔、天神さまはお城の中にあった。入るのは良いけれど、出る時は厳しいチェックがあったそうだ。だから行きはよいよい、帰りは怖い。と歌われたようだ。

川越城の本丸御殿は石垣も堀も無く、広い敷地内に城廓や寺社仏閣に使われる格式高い唐破風造りの建築様式だった。入場料は百円だったけど、中には入らなかった。

それは何時か先輩と来たいと思ったからだ。

私は先輩の呪縛から逃れられないようだ。



何処にも寄らずただうろうろしてる。自分でも何をしているのか解らない。

それでも構わず歩き続けたら、川越市役所前まで来ていた。



信号を左に曲がる。その先にはメインストリートがあるはずだった。

札の辻の信号を左に折れる。その道はやはり一番街通りだった。

又川越まつり会館横の井戸から菓子屋横丁に入る。

今日は入り口近くに石焼き芋屋があり、決まり文句の【九里よりうまい十三里】の幟が出ていた。

横丁の中の店では焼き芋アイスもあるけど、こんな心が寒い日はやはり温かい物が嬉しい。

私はそれを求めて、ベンチで頬張った。その途端、涙が又溢れてきた。



(何故川越に居るの?)

答えなんか得られるはずがないと解っていても自分で自分を問う。私は愚か者だと思うけど、どうにもならずに震えていた。





 その後一番街を歩き、時の鐘まで足を運んだ。

丁度その時、鐘が鳴った。その鐘ははみ出した棒が自動で打つようだ。

だから皆見上げていた。



時の鐘は江戸時代に建てられた時計台で、数度の火災で焼失したため現在の物は4代目だそうだ。先輩の教えてくれた菓子屋横丁の火事や、蔵造りの店舗に代わる明治の大災。

だからそんな特集もしたのだろう。川越の街はその度よみがえって豊かになったのだ。



前とは逆に大正浪漫夢通りを熊野神社方面へと歩く。こうなったらあの足踏み健康ロードを土足で歩きたたくなった。

でも出来るはずもない。

私は泣きたくなる気持ちを堪えて川越市の駅に向かった。



家に帰って驚いた。

埼玉健康マイレージの歩数計が一万歩を軽く越えていたからだった。

私は知らずに沢山歩いたようだ。でもそんな時にも歩数計を身に付け歩く私が解らない。健気なのかバカなのか、私は一体何なのだろう?

でも頭には【川越一万歩ウォーク】何故かそんな言葉が過っていた。

実は昨日の新河岸川からの土足歩きも一万歩を突破していたのだ。





 その夜電話があった。固定電話をが設置してある方を見ると母が対応していた。

一瞬、詐欺かなと思って近付くと留守番電話の赤いマークが点滅していた。

警察の指導では留守番電話機能を使うことで詐欺はかなり防げるという。

あの音声を聞くと大概諦めるそうなのだ。

それでもニコニコ話している母の態度が気になって受話器を手にすることにした。



『だから明日、よろしくお願い致します』

その人はそう言って電話を切った。



「『だから明日、よろしくお願い致します』って言われたけど、誰?」



「さあ。最近良く掛かってくるけど、私も良く解らない」

母の言葉に腰が抜けそうになった。



「全く懲りないんだから」

そう言いながらも考えた。さっき声に聞き覚えがあったからだった。



「あの声、確かに聞いたことある。ねぇ、お母さん、誰なのか教えて」

それでも母は頭を振ったままだった。




疲れきった身体をさらに追い込むことになってしまった。

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