9. ダンジョン
『帰らずの森』の中央付近、地下へと続く階段前は、独特の緊張感が漂っている。
『帰らずの森』の絶対的頂点であるフォレストドラゴンの縄張り。
多分、地下へと続く階段から、濃厚な魔素が流れて来ていて、フォレストドラゴンは、それを求めて集まって来ているのかもしれない。
そうだとしたら、『帰らずの森』は、大賢者により作られた人工的な森だという事になる。
ダンジョンから濃厚な魔素を生み出し、森の周りを結界で覆う。
『帰らずの森』を結界で覆う事により、森の中の魔素濃度を、より濃厚にして、強力な魔物が発生しやすくしているのだ。
結構考えられている……。
大賢者の遺産を護る為の鉄壁な森。
フォレストドラゴンは、その森の守護者。
俺はそんな守護者の中を、スラロームのように滑るように掻き分け、地下へと続く階段に向かって進んで行く。
【不可視】スキルを使えば、なんて事もない。
今まで通り、普通に探索していれば、死ぬ事など無いのだ。
フォレストドラゴンは、流石は『帰らずの森』の王者、でんとして優雅に昼寝をしている。
流石に、敵を察知すれば目を覚ますと思うが、俺の【不可視】スキルは最強。
『帰らずの森』にいる他の魔物と同様、『帰らずの森』の王者フォレストドラゴンでさえも、俺の存在に気付くことが出来ないようだ。
一回目のチャレンジでは、地下へと続く階段を見つけ、浮き足立って失敗してしまったが、二回目は失敗などない。
失敗は死を意味する。
もし、移転スクロールを使った時、3秒間で発動すると知らなかったら、俺はパニックに陥っていたであろう。
多分、直ぐに発動しない移転スクロールを投げ捨てて、走って逃げていた。
そんな事したら、俺は確実に死んでいる。
たまたま試しに移転スクロールを使って、3秒後に発動すると知っていたから死なずに助かったのだ。
本当に、たまたまだ。
生きるも死ぬも、たまたま。
人は、呆気なく死ぬもの。
俺は母と父の死を目の当たりにして、身をもって知っている。
俺は死ぬ確率を、極限まで下げる為に準備する。
トゥルーズ家直伝の巻物の教え、『暗殺とは、準備に始まり準備で終わる』という言葉を、胸に刻みながら。
俺は、結局、苦労もせず簡単に、地下へと続く階段の前に辿り着いた。
『帰らずの森』の他の魔物は、ウロウロ動き回って注意が必要なのだが、森の王者フォレストドラゴンは、昼寝をしているだけなので、避けるのも簡単だったのだ。
先程、死にそうになった俺は、何だったのだ……。
移転スクロールは、普通の村人が、半年間働いて得られるお金ぐらいの値段がするのに……。
少し泣けてきた。
まあ、それは置いといて、いよいよ地下へと続く階段を下りるのだ。
階段からは、視認できるぐらいの禍々しい魔素が溢れ出ている。
恐怖からか、足が竦んで前に出ない。
「何をしてるんだ!
大賢者の遺産を求めて、ここまで来たんだろ!
気合いを入れろ!
ビビってる場合じゃない!」
リアムは、震えて前に進まない足を、グーで何度も叩く。
【不可視】スキルが有れば、大丈夫だ。
落ち着け。落ち着け俺。
フォレストドラゴンも、楽勝だっただろ!
リアムは、何度も深呼吸する。
「暗殺とは、準備に始まり準備で終わる」
トゥルーズ家直伝の巻物の教えを口ずさむ。
準備は出来ている。恐れるものなど何も無い。
「ヨシ、行くぞ!」
リアムは、高鳴る心臓の鼓動を無視して、地下へと続く階段へ、一歩踏みだしだしたのだった。
ーーー
石造りの階段は、二人の人間が何とかすれ違える程の幅である。ここで魔物と遭遇したらひとたまりもない。
リアムの【不可視】スキルは、魔物に触れたらその時点で、触れられた魔物に視認されてしまう。
この階段に、人より大きい魔物が通ってきたらアウトだ。
リアムは、魔物と遭遇しないように、早歩きで階段を下りていく。
そして、階段を下り終わると、カビ臭い石造りの不気味な薄暗い廊下が続いていた。
生暖かく湿気が多い空気が、体に纒わり付く。
5メートルおきに設置されている、古ぼけたランプが灯っているので、何とか視界は確保できている。
階段と違い、廊下は4メートル程の幅が有るので、すれ違いざまに魔物に触れるという事は無さそうだ。
廊下は一本道。
前に進むしかない。
たまにヤバそうな魔物に遭遇するが、【不可視】スキルのお陰で、全くリアムには気付かない。
【不可視】スキル、様々である。
暫く歩くと、ラスボス部屋であろう大広間に到着した。
大広間の中央には、巨大なゴーレムが鎮座しており、大賢者の遺産を狙う不届き者を成敗する為に、何千年もこの場所に居続けているのだろう。
俺はそんな巨大なゴーレムを、完全スルーする。
俺は暗殺者。冒険者でも勇者でも無いのだ。
真面目にラスボスを攻略する気など、更々無いのだ。
俺は巨大ゴーレムを避けるように回り込み、大広間の後ろにある扉の前に来た。
多分、この扉の向こう側に、大賢者の遺産が有るのだろう。
俺は、魔法の鞄から、トゥルーズ家に伝わる解錠ツールを取り出す。
トゥルーズ家は、暗殺家業を生業とする家である。
要人を暗殺するには、厳重な警備が引かれている御屋敷や、時には、王城にも忍び込まなければならない。
その為には、扉の解錠は必須。
トゥルーズ家直伝の秘伝の巻物には、鍵という鍵の解錠の仕方が記されており、勿論、俺も、大賢者の遺産を探す為には必要と思い、しっかりと勉強している。
どうやら扉の鍵の解錠は、それ程難しい種類の物では無いようだ。
大賢者の遺産がある部屋の扉としては、拍子抜けだが、ここまで到達した人物に敬意を払っているのかも知れない。
まあ、『帰らずの森』を攻略して、ラスボスのゴーレムを倒す程の実力者なら、扉の鍵など簡単に破壊できる筈だから、今更、頑丈な鍵など付けても意味が無いというのが正解か……。
兎に角、簡単に解錠できるに越したことはない。
俺はチャッチャッと解錠し、大賢者の遺産が有ると思われる部屋に侵入した。
「エッ! 」
俺の思ってたのと違う……。
俺の想像では、物凄くデカい部屋に、大賢者の遺産の金銀財宝や、超絶レアな魔道具などが山積みされていると思っていたのだが、
実際は、10畳程のこじんまりとした石造りの部屋の中央に、小さな宝石箱が一つだけポツンと置かれているだけだった。
「これが大賢者の遺産……たったこれだけ?」
言い伝えによると、大賢者の遺産には、父が探していた女神の雫の他にも、色々な魔道具や財宝がたくさん有るという話だった筈なのに、どう考えても、目の前にある宝石箱の中には入りそうも無い……。
一体どういう事だ?
リアムは、部屋の中央にある小さな宝石箱を入念に調べる。
『罠では無さそうだな……』
意を決して、小さな宝石箱の解錠を始める。
カチッ!
拍子抜けするほど簡単に開いた。
そして、ゆっくりと宝箱を開けると、中には、小さな球状の白い物体が一つだけ入っていた。
『何だ?』
恐る恐る白い物体を触ってみる。
触った感触は、少し湿っていて生暖かい感じがする。
『生き物か、何かか?』
害は無さそうに感じるので、リアムは白い球体を宝箱の中から掴み取り、よく見てみる。
「エッ!!」
タダの白い球体だと思っていたのだが、裏側の隠れていた部分から、赤い丸のような模様が出てきた。
「目玉……?」
リアムが驚いていると、突然、赤い瞳の目玉から、赤黒い禍々しい魔素が吹き出てきた。
ヤバい!!
リアムは、赤い瞳の目玉を投げ捨てようとするが、目玉はリアムの右手から離れない。
呪いか、何かか!?
「ウッ……!」
リアムの左目が、疼き出した。
燃えるよに左目が痛い。
ボトッ!!
何かが地面に落ちる音がした。
「エッ……?!」
地面を見ると、リアムのものと思われる左目が、地面に落ちていた。
ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーー!!
リアムは気が動転して、急いで地面に落ちている自分の左目を空いてる方の手で拾おうとするが、手が震えて上手く拾えない。
そうこうしてると、禍々しい魔素を発し続けている赤い瞳の目玉を持った右手が、勝手に動き出す。
「エッ……! オイッ! 嘘だろ!?」
赤い瞳の目玉を持ったリアムの手が、リアムの左目があった場所に誘われていく。
「止めろ! 止めてくれーー!!」
リアムが、いくら叫んでもリアムの右手は止まらない。
そして、リアムの左目があった場所に、禍々しい魔素を発している赤い瞳の目玉を押し込んでいく。
「ウアァァァァァァァァァーー!!」
左目が燃えるように熱い。
それと同時に、頭の中に映像のような物が大量に流れ込んできた。
痛い! 頭が割れる!
大量な情報が、突然、脳に流れ込んで来たせいで、上手く処理できていないのか、脳みそが沸騰するように熱くなっている。
焼ける、焼ける……脳が焼ける………………アッ! エ……エリナ……どうして……ここに…………
どういう訳かよく分からないが、エリナの姿が頭に流れて来た。
「何故、エリナが……」
カチ割れそうなほどの頭の痛みせいで、まともに考える事も出来ない。
そして、間を置く事も無く、リアムの脳ミソは限界を迎え、そのまま意識を失った。
ーーー
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