7. 帰らずの森の主
『帰らずの森』の探索を始めてから一年。
俺は、『帰らずの森』の殆どの探索を終えていた。
残るは一箇所のみ。
『帰らずの森』の中央付近にある平地だけだ。
そこには、ランクでいえばS級の魔物。
即ち、最上級ダンジョンのラスボスレベルの魔物が、うじゃうじゃいる場所がある。
正直、俺は避けて来た。
そこに大賢者の遺産がある気はしていたのだが、【不可視】スキルを持つ俺でも、二の足を踏むヤバイ場所なのだ。
まあ、何故かというと、その魔物の数だ。有り得ない程、密集しているので、魔物に触れずに進む事は不可能と思われる。
俺の【不可視】スキルは、触られたら終わりだ。
魔物と触れた途端、魔物に認識されてしまう。
どんなに注意して進んだとしても、魔物同士が突然喧嘩しだして、突拍子もない動きなどされたらアウトである。
なにせ、俺より強かったと思われる親父でさえ、避けてた場所なのだ。
そんな場所に、俺は挑む事にした。
勝算は無い訳ではない。
俺は、この日の為に準備してきたのだ。
全財産をはたいて、転移のスクロールを買った。
転移のスクロールは、ダンジョン攻略などをする時などに使うスクロールで、ダンジョン攻略中に死にそうになった時や、怪我をして、自力でダンジョンを出られなくなった時に使うスクロールである。
基本、メチャクチャ高いので、本当に緊急の時しか使わないのだが、俺はその転移スクロールを三枚入手したのだ。
まあ、取り敢えず、三枚あれば何とかなるだろう。
三回は、失敗できるという事だ。
失敗を前提として挑むのはアレだが、出来る準備はしておくに越したことはない。
成功の秘訣は、どれだけ準備がしっかり出来ているかに掛かっていると言うしね。
転移スクロールに、転移場所を記憶させる為に、魔力を流す。
これで、転移スクロールを使えば、この場所に転移できる筈だ。
「一度、実験したいけど、転移スクロールはめちゃくちゃ高いから、使うのが勿体ないんだよな」
俺が、独り言を言いながら準備していると、不意に、
『リアム、本当にそれでいいのか?
命は一つしか無いんだぞ』
と、何故だか、頭の中で父の声が聞こえてきた気がした。
「ウン。やはり、どういう感じで転移するか調べておいた方がいいか」
実際、本番で使ってみて、転移するまでに、3分とかタイムラグがあったらアウトだ。
3分間も、ラスボス級の魔物の群れから逃げれる自信が無い。
俺は転移スクロールに記憶させた場所から、100メートルほど離れてみる。
そして、転移スクロールを開き、魔力を注ぐ。
すると3秒後に、転移スクロールに描かれている魔法陣が青白く光り、俺を元いた場所に転移させた。
成程、転移スクロールを使って、転移するまでに、3秒を要するという事か。
知らなかったら、この3秒のせいで命を落としていたかもしれない。
転移スクロールを使ってから、何秒後に転移できるか知っているのと知らなかったのでは、だいぶ変わってくる。
3秒間逃げる逃げ方と、10秒間逃げる逃げ方は、全く違うのだ。
3秒間の場合は、敵の攻撃の二手先ぐらいまで読めば十分だが、10秒間ともなると五手先、六手先を読まなければ、『帰らずの森』では命が無い。
『帰らずの森』で死なずに生き抜く事は、それほど難しい事なのだ。
慎重に慎重を重ねて、まだ足りないという位がちょうど良い。
俺は、そんなシビアな世界で生きている。
転移スクロールが一つ無駄になったが、俺の命の為だ。
命が助かったと考えれば、全然安い。
父の形見の魔法の鞄に入っていたトゥルーズ家直伝の巻物にも書いてあった。
『暗殺とは、準備に始まり準備で終わる』と。
取り敢えずこれで、俺に出来る全ての準備は終わった。
いよいよ、父が残してくれた地図の、最後の空白部分に挑むのだ!
緊張もあるが、心も踊る。
確実に、大賢者の遺産は、この先にあるのだ。
父が、母の病を治す為に探し続けた大賢者の遺産の中にあると言われている女神の雫。
今更、要らないが、俺は金持ちになる為に、大賢者の遺産を手に入れる!
自分の為に、自由に幸せに生きる為には、ヤッパリお金が必要なのだ。
幸せに生きるのにお金など要らないという奴もいるが、それは嘘だ!
元々、お金を持ってる奴の戯言だ!
実際、俺は、お金が無く苦労した。
母は、借金の為に自殺してしまったし、俺は奴隷になりかけた。
俺はもう、そんな惨めな人生など送りたく無い。
兎に角、俺はお金が欲しい。
必ずや、大賢者の遺産を手に入れて、世界一の大金持ちになってやるのだ!
俺は意を決して、『帰らずの森』の中央付近の平地に足を踏み入れる。
平地は、見通しが良く木が生えていない。
即ち、魔物に見つかったら隠れる場所が、何処にも無いのだ。
魔物に見つかったら、一瞬にしてアウト。
直ぐに、移転スクロールを使って、逃げなくてはならない。
俺は、魔物を避けながら、慎重に歩を進める。
【不可視】スキルを使っているとはいえ、ラスボス級の魔物がウジャウジャいる平地を、平常心で歩くのは難しい。
自分の心臓の鼓動が、ヤケにハッキリと聞こえてくる。
直ぐに、転移スクロールが使えるように、いつも持っている毒針は鞄にしまって、両手で転移スクロールを握り締め、いつでもスクロールを開けるようにしている。
見つかったら、何も考えずに転移するだけ。
それ以外は、考えない。
一瞬の判断ミスが命取りになるのだ。
俺は、魔物を避けつつ移動する。
伝承によると、『帰らずの森』の何処かに、大賢者が自らの遺産を隠したと言われている。
これは伝承というか史実で、一時期、大賢者は『帰らずの森』に暮らしていたとも言われいるのだ。
実際に、俺が住んでた村とも交流が会ったらしく、村には大賢者の言い伝えがたくさん残っていたりする。
なので、俺の見立てでは、『帰らずの森』のどこかに、大賢者が住んでいた家が必ずある筈と思っているのだ。
ん?! アレは何だ?
魔物だらけの平地を30分ぐらい探索していると、30メートル先ぐらいに、地下に続く石造りの階段のようなものが見えてきた。
心臓の鼓動が高鳴る。
間違い無く、大賢者の遺産に関係のあるのは確実だ。
何せ、『帰らずの森』で、今まで、人の手で造ったと思われる建造物など見た事が無かったからだ。
父の残してくれたメモ帳にも、そんな記述は何処にも無かった。
俺は、思わす駆け足になってしまう。
やっと見つけた!
俺は、これで大金持ちだ!
今までの辛かった思い出が、走馬燈のように脳裏に駆け巡る。
俺の目には、もう、地下へと続く石造りの階段しか見えていない。
痛っ!!
何かに躓いた。
ズザザザザザザーー!!
俺は壮大にコケて、地面を頭から滑る。
アッ……。
地面を滑ったその先で、硬くて冷たい感触が、俺の手に伝わる。
ヤバい!
俺の手には、移転のようにクロールは無い。
コケた時に、落としてしまったのだ。
俺の目の前には、3メートルはあろう緑色のフォレストドラゴンがそびえ立ち、俺の事をその爬虫類独特の冷たい目で見下ろしている。
完全に視認されている……。
『何処だ? 移転スクロールは!』
「ガオォォォォォォォォォォ…………!」
俺が必死になっ転移スクロールを探していると、フォレストドラゴンが雄叫びを上げた。
それと同時に、近くにいた魔物達にも俺は気づかれてしまう。
「クソっ! 何処だ!!」
俺は後ろを振り返る。
2メートル先に、転移スクロールが開いた状態で落ちていた。
俺は、見つけた瞬間! 必死に転移スクロールの元へ走り出した。
絶対に逃げ切ってやる!
俺はヘッドスライディングの要領で、頭から転移スクロールに飛び込んだ。
そして、転移スクロールに指先が触れた瞬間! 魔力をスクロールに流し込む。
早く転移してくれ!
転移まで、たった3秒だが、その3秒が、10年とも100年とも思われるくらいに、とても長く感じる。
「熱っ!!」
フォレストドラゴンが、俺に向けてファイアーブレスを吐いたようだ。
早くしてくれ!
俺はまだ死にたくない!
足の指先が燃えるように熱い。
時間がヤケに長く感じる。
熱さが、指先から徐々に上に上がってくる。
これまでなのか?
大賢者の遺産を目の前にして、こんな所で死んでしまうのか?
クソっ! 死にたくないよ。
俺はまだ、何一つとして成し遂げていないんだ!
リアムの願いと裏腹にして、熱さはジワジワと胴体に向けて上がってくる。
本当に終わりなのか?
俺は、このまま丸焦げになるしか無いのか?
エリナ……。
死を意識した瞬間、エリナの笑顔が頭によぎった。
アハハハハ……。
どうやら俺は、エリナの事が好きだったみたいだ。
死ぬ直前にして、初めて気付いた。
身近すぎて気付かなかったが、エリナのグイグイ来る所に、俺は救われていたのだ。
母と父が死んで、俺の心は実際、荒んでいた。自分以外、誰も信じられなかった。
しかし、そんな俺を、何故だか分からないがエリナは好いてくれて、俺の心の中に土足でグイグイ踏み込んできて、荒んでいた俺の心を和らげてくれたのだ。
そして、そんなエリナの事が、俺はいつの間にか好きになっていたのだ。
死ぬ前に、もう一度だけ、エリナに会いたい。
好きだったと、伝えたい。
フォレストドラゴンに致命傷を与えられた俺を見て、近くにいる魔物達も一斉に襲ってきた。
アァ……もう少しだけ、生きていたかったなぁ……。
リアムが死を覚悟した時、移転スクロールが、青白く光り輝いた。
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