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1. 帰らずの森

 

 カビ臭い石造りの不気味な暗い廊下。

 生暖かく湿気が多い空気が体に纒わり付く。

 5メートルおきに設置されている古ぼけたランプが灯っているので、何とか視界は確保できている。


 ランプが何を媒体にして灯っているのか分からないが、間違いなく数千年間、この石造りの廊下を灯し続けている。


 ここは、魔物の巣窟と恐れられている、『帰らずの森』の奥地の誰も知らない地下ダンジョン。

 そんな誰も知らない筈のダンジョンを、12、3ぐらいに見える、少し影がある金髪碧眼の美少年が歩いている。


 つまり、発見したのはこの少年、リアム·トゥルーズ。彼以外このダンジョンの存在を知らない。


 そんなダンジョンを、リアムは一人、まるで自分の家の庭を散歩するかの如く悠然と歩いている。

 リアムが歩いていると、たまに魔物が現れるが、何故だか分からないが、魔物はリアムを襲わず、リアムの横を素通りしていく。


 まるで、リアムの存在に気付いていないかのように。


 ---


『帰らずの森』は、その名の通り、その森に入った者は誰も帰って来ないと、言い伝えられてる森である。


 実際には、強い魔物がうじゃうじゃいるので、森に入ると魔物に襲われて死んでしまうだけなのだが。


 それでも、この森に隣接してる村の住人達は、森の入口付近に自生している珍しい薬草を採取したりして、森の恩恵に授かっている。

 但し、結界の奥には誰も入らない。


 その昔、魔王を倒したという大賢者が張ったという結界が、『帰らずの森』を囲むように張られているのだ。


 一説には、魔王を封印する為だとか言われているが、今となっては誰も分からない。


 何せ、大賢者は、何千年も前に存在したと言い伝えられてる人物なのだから。


 リアムは、そんな『帰らずの森』を、一年前から一人で探索している。


 何故、彼は、そんな危ない事をしているかって?


 それは生きる為だ。


 リアムの母親は、不知の病に侵されていた。

 父は、母の病を治す為に、仕事もせずに、毎日一日中、『帰らずの森』を探索していたのだ。


 それは何故か?


『帰らずの森』のどこかに、大賢者が残した遺産が眠っていると言われていたからだ。

 その遺産の中に、どんな病も治すという女神の雫があると言い伝えられている。


 リアムの父は家族を連れて、『帰らずの森』の入口の村に移住し、『帰らずの森』で、大賢者の遺産を探し続けた。


 普通の人間にとって、強力な魔物がわんさかいる『帰らずの森』を探索するのは不可能な事なのだが、リアムの父は、【不可視】という、とても珍しいスキルを持っていた。


【不可視】のスキルは、代々殺し屋の家系であったリアムの父方の家の長男が、代々受け継ぐ血統スキルである。

 リアムの父も、父親が亡くなった時に受け継いだらしい。


【不可視】のスキルを使えば、こちらから攻撃しない限り、相手に気付かれる事はない。


 リアムの父は、そのスキルを使って、殆ど不眠不休で女神の雫を探し続けた。


 何故、それ程、必死だったかというと、母の余命が残り幾ばくも無かったからだ。


 リアムの母は、元は大貴族の一人娘だったらしい。

 父は、そんな母を暗殺する為に、送り込まれた凄腕の殺し屋。

 しかしあろう事か、母の屋敷に忍び込み、母を一目見た父は、一瞬にして、母に一目惚れしてしまったのだ。


 そして、色々な事件や大恋愛を経た後、父は暗殺の仕事を投げ出し、母を連れて駆け落ちした。


 大衆恋愛小説でよくある、ありがちな話の気もするが、これは実話。


 恋愛すると、人は、物語のような有り得ない行動をするものなのである。


 そんな大恋愛をするくらいなので、父は母の事をとても愛していた。


 勿論、リアムの事も愛してくれていたと思うが、母への愛情とは比べられない。


 母の病気を治す為、父は、殆どの時間を『帰らずの森』の探索に費やした。

 少しぐらい、お金を家に入れてくれれば助かったのだが、そんな事よりも母の命を救う事が大事だったのだろう。

 リアムの家族の生活費は、全て借金で賄った。


 それから、母の延命の為にも、高い薬を定期的に飲ませなければならない。

 そのお金をも、借金で賄った。

 結局、母の病気を治せるのは、女神の雫だけ。

 何をおいても女神の雫が必要なのは分かるが、毎日、借金取りにお金を催促されるのが辛い。


 母は寝たきり、父は『帰らずの森』に探索に出ていて、結局、借金取りの相手をするのはリアム少年なのである。


 ーーー


 ドンドンドンドンドン!


「居るのは分かってるんだぞ!」


 リアム1人なら居留守を使う。

 しかし、この家には病床の母がいる。

 母に心配をかけさせる訳にはいかないので、リアムは外に出て、家から少し離れた場所で借金取りと交渉を始める。


「すみません。お金は来月には絶対に払いますんで」


 バキッ!


 借金取りが、挨拶代わりに、リアムを殴りつける。口の中で血が出たのか、錆びた鉄の味がする。


「お前、そう言って先月も払わなかったじゃねえか!

 来月までに利子分を払わなかったら、お前を奴隷に落とすぞ!」


「それだけは、勘弁して下さい!

 僕には、看病しなければならない、病床の母がいるんです!」


「うるせえ! 俺も善意でこの商売をしてる訳じゃねえんだ!」


 バキッ!


 顔面が燃えるように熱い。

 痛みと悔しさが相まって、鼻水と涙が出てくる。

 そんなことより、今は兎に角、交渉しなければ。


「お願いじますぅ! お金は必ず返しますんでぇー!」


 リアムは、借金取りの足にしがみついて懇願する。


「あぁぁ! 鬱陶しい! 鼻水付けるな!

 兎に角、来月までに利子を払わなければお前を奴隷商に売り渡す!

 これは絶対に覆せねぇ。せいぜい何とか金を掻き集めるんだな!」


 バキッ!


 借金取りは、最後に、リアムの顔面を蹴り飛ばして帰って行った。


 来月まで……。


 リアムは、雲一つない真っ青な空を見ながら考える。

 体中が痛くて起き上がれないのだ。


 絶対に無理だ。

 近所の家の人達にも、既にお金を借りまくっている。

 リアムが働けば良いのだろうが、母は、リアムが目を離すと、直ぐに死のうとするので、絶対に目が離せない。


 母は、自身の置かれた状況に耐えられないのだ。

 自分のせいで、家が滅茶苦茶になってしまっていくのが……。


 もし、今のリアムと借金取りの会話など聞いたら、確実に自分を悔いるだろう。


 だから、母に借金取りとのやり取りを聞かせない為に、家から離れたのだ。


 リアムは少し経った後、痛みが引いてきたので立ち上がり、服についた汚れを払った。


 よし。帰ろう。


 リアムは平静を装い、家のドアを開けた。


「エッ……母さん……」


 リアムが開けたドアの前で、母が突っ伏して倒れていた。


 これはどんな状況だ……ただ、疲れて倒れてるだけだよな……。

 母は病弱な為、貧血を起こしてしまう事が度々あるのだ。


 よく見ると、母の指がピクピク動いている。


 良かった。ただ倒れているだけだ。

 多分、リアムの事が気になって、様子を見ようと玄関まで来たのは良かったが、そこで力尽きて倒れてしまったんだろう。


 リアムは恐る恐る、母を抱き上げようとすると、母の腹に包丁が深く突き刺さっているのに気付いた。


 一瞬、時間が止まったかのように頭が真っ白になる。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……。


 心臓の鼓動が、やけに大きく感じる。


 母の腹からは、ドバドバと血が流れ、床に血溜まりを作っている。


 包丁を抜いてしまおうか……。


 いや駄目だ。


 多分、今、包丁を抜いてしまったら、血がたくさん吹き出して、出血多量で死んでしまう。


 体は硬直して震えが止まらないが、頭は思ったより冷静のようだ。


「ゴメンね。リアム。母さんのせいで苦労させて……」


 母が、か細い声を絞り出して喋りだした。

 母は、リアムと借金取りとの会話を聞いてしまったのだ。

 それで、自分自身を悔い、自ら死ぬ事を選んだのだ。


「薬草を取ってくる!」


「待って……」


 母がリアムの手を握ぎりしめてきた。

 血で濡れた母の手は、力無く弱々しい。


「この傷は、普通の薬草では無理よ……そんな事より、リアム……これからは自由に生きて……」


「薬草が無理だったら、ポーションがあるだろ!

 俺、今から教会に行って、上等なポーションを貰ってくるよ!」


「待って、リアム……母さんは、もう助からないわ……ポーションなんかより、私に、貴方の顔を見せて頂戴……」


 母は、俺の手を離そうとしない。


「母さん、手を離してよぉ! ポーション……ポーションを貰って来なくちゃ!」


 リアムは涙を拭いながら、母の手を振り払う。


「絶対に、俺が母さんを治してみせるから! 少しの間だけ、待ってて!」


「リアム……行かないで……」


 母の弱々しい声が聞こえてくる。

 母の事は心配だが、ポーションが無ければ、母は直ぐにでも死んでしまうのだ。

 時は切迫している。

 リアムは、全速力で教会へ向かって走った。


「シスター! 一番上等なポーション頂戴!」


「エッ! リアム君。上等なポーションって……

 お金は持ってるの?」


「お金は無いけど、母さんが死にそうなんだ!」


「ええと……」


 シスターは、困った顔をして思案している。


「お金は、絶対に後で何とかするから!

 お願いだから、俺にポーションを譲って下さい!」


 リアムはシスターの足にしがみついて、鼻水を垂らしながら懇願する。


「そう言われても……」


「お願いします!」


 シスターのスカートには、リアムの涙と鼻水がビッシリと付いてしまっている。


「もう……分かったわ……。

 上級ポーションが必要なのね!」


 シスターは、リアムに根負けしたようだ。

 もしかしたら、これ以上、スカートに鼻水を付けられたくなかったのかもしれない。

 そんな事は、どうでも良い。

 兎に角、ポーションが手に入るのだ。


「ありがとうございます!」


 リアムはシスターから、ポーションを受け取ると、何度も頭を下げて、家に戻った。


 家の前に到着すると、何やら近所の人が集まって来ている。


 そう言えば、リアムは家の戸を開けたまま飛び出してしまっていた。

 多分、近所の人が、包丁が刺さった母を発見して、騒ぎになっているのであろう。


「どいて下さい!」


 リアムは人を掻き分け、母の元に向かう。


「リアムちゃん……」


 母の前に立っていた隣のおばちゃんが、リアムを見ると、リアムの名前を呟いてから目を伏せた。


 リアムはすぐに全てを察し、横たわっている母を見る。

 母の顔は青ざめ、息をしていない。


「そんな……そんな……嘘だ!

 母さん! 起きてよ! 俺、教会に行って、一番上等なポーションをもらった来たんだよ!

 ほら、これさえ傷口に掛ければ、直ぐに良くなるから!」


 リアムは、母のお腹に刺さった包丁を抜き取り、ポーションを掛ける。


 傷口は、みるみる塞がっていくが、母が目を覚ます事は無い。


「母さん! 死んじゃヤダよ!

 待っててって言っただろ!

 病気だって、直ぐに父さんが女神の雫を持って来てくれるんだから!」


 リアムは、動かない母を必死に揺らして、話し掛ける。


「リアムちゃん。お母さんは、もう……」


「嘘だ!!」


 リアムは、心配してくれている隣のおばちゃんを、思わず怒鳴ってしまう。


「リアムちゃん……お母さんねえ、亡くなる直前まで、リアムちゃんに謝っていたんだよ。

『リアム…不甲斐ないお母さんで、ゴメンね』って、『私さえ居なければ、リアムに苦労かける事も無かった』って……リアムちゃんのお母さん……言ってたんだよ…」

 隣のおばちゃんは、話しながら、亡くなる間際の母の事を思い出したのか、言葉に詰まってしまっている。


「……母さん… 起きてよ……お父さんがすぐに、女神の雫を取ってきてくれるんだからね」


 集まっている村の人達も、母の遺体に、懸命に話し掛けるリアムに、かける言葉が見つからない。


「 そうだ! 賢者の遺産なら、死んだ人間を生き返させるアイテムがあるかもしれない!

 俺、今から『帰らずの森』に行って、取ってくるよ!」


 リアムは、突然、思いつき立ち上がる。


「ちょ…ちょっと……リアムちゃん…何言ってるの……?

 そんなの無理に決まってるでしょ。

『帰らずの森』には、恐ろしい魔物が沢山いるのよ!」


「そうだぞ、リアム。止めなさい!」


 リアムを見守っていた隣のおばちゃんや、村の人達が、リアムを必死に止めようとする。

『帰らずの森』は、その名の通り、一度立ち入ったら絶対に戻れない魔の森なのだ。


 リアムの父親も、【不可視】スキルがあるから探索できるのであって、有名な冒険者パーティーでも、数百人で編成された王国の騎士隊をもってしても攻略不可能と言われているのだ。


「邪魔しないで! 俺が母さんを救うんだ!」


「待ちなさい!」


「どけ!」


 リアムは、引き留めようとする村人の手を払いのける。


「リアムちゃん! リアムちゃんのお母さんは、リアムちゃんの幸せを願って自ら死を選んだんだよ!リアムちゃんが、『帰らずの森』で死んでしまったら、お母さんの死が無駄になるんだよ!」


 隣のオバチャンが、仁王立ちしてリアムを止めようとするが、リアムは立ち止まらない。


 リアムは、隣のオバチャンを突き飛ばして、前に進む。


 母を助けたいのだ。

 リアムは、ただ何もせずに母の死を受け入れる事など出来ないのだ。


 自分のやれる事はやっておきたい。

 それにより自分も死ぬ事になるかもしれないが、それはそれだ。


 もし今やらなかったら、リアムは一生後悔する事になるだろう……。


 もし、あの時動いていたら、母が生き返ったかもしれないと。


 ーーー


 最後まで読ん下さりありがとうございます。

 続きも読んでくれると嬉しいです。



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[一言] 不知じゃなく不治の病と言います、もしかして 注目されたくてワザとですか
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