佐渡尚は冴えない男子 その7
日が沈む間際の学校は、木材の香りがより強く漂う。僕は、この時間が嫌いではない。コーヒーを片手に読書なんかしてみたいと思うのだが、帰宅部の僕にとって、学校に長居する理由はない。
しかし、今日は違うようだ。
「で、どこに行くんだ?」
僕は、後ろを振り返る。そこには頭を掻く充が立っていた。
「えっと、文化棟の教室だったはず……」
「おいおい、お前が誘ったんだから、ちゃんと把握しとけよな」
「あはは。悪い。そんじゃ、行くか」
この高校は、普通教室が並ぶ教室棟と特別教室が並ぶ文化棟がある。体育館は、文化棟の三階から、渡り廊下で移動という面倒な作りで、運動部の人たちはよくその事について愚痴を吐いたりする。
「そういや、部活勧誘ポスターってすっかり見なくなったな」
「そりゃあ、もう五月だし。一年生は大体入部したんだろ」
「充って部活入ってたっけ?」
「俺? 文芸部」
「……驚いた。お前、運動できるくせに文芸かよ。なんだ、本好きなのか?」
「別に。うちの文芸部は緩いから、寝られる。あと、お前の好きな本、読めるだろ」
入部への動機が充らしくて納得した。一方で嬉しくも思った。充は僕の好きな本を知ろうとしてくれていたんだ。
「……充、悪かったな」
「ん? 何が?」
「朝、お前に失礼なこと言った」
「あー、別に。つか、それを矯正すんのに今、部室向かってるんだろ?」
そう話している間に、文化棟へ入った。建て替えたのは教室棟だけなので、文化棟は老朽化が進んでいる。木材メインから、コンクリートの多い景色に変わり、「コツン」という足跡が新鮮に感じる。
「ボランティア部は二階だ。階段上るぞ」
「はいよー」
徐々に見えてきたボランティア部。ここに入って、何が変わるのか疑問に思うが、折角、充が用意してくれた機会だ。それに、いざ部室付近に来ると、どんな所なのか楽しみにも思えてきていた。
文化棟二階の隅に、ひとつ。空きの教室があった。充曰く、そこがボランティア部らしい。いい読書スペースになるといいな、なんて期待を胸に、扉を開けた。中は物置部屋。ガラクタで使えるスペースはほぼない。埋め尽くされた八畳ほどの部室を見て、僕は充を問い詰めた。
「……まさか、ここが部室だなんて言うんじゃないだろうな」
「多分だけど、そのまさかだな」
……マジかよ。めちゃくちゃ散らかってるじゃねえか。犬小屋の方が居心地いいんじゃないか?
「で、部長はどこだ?」
「今くるらしい……って、いたいた」
充は、廊下を走ってくる部長を手招きした。僕も、廊下側に視線を移す。……!
「ごめん、充くん! で、新入部員って誰?」
「あー、こいつ」
充は僕を指差す。その部長は、僕を見て目を見開いた。
「……尚くん!」
「黒崎……」
廊下に風が吹いた。僕の視線に気づいた充は、また手を合わせてサイレントな謝罪をする。黒崎とのことを知っているくせに、よくもまあこんなお節介をできたもんだ。
「よろしくねっ! 尚くん!」
「まだ入るって決めたわけじゃ……」
「え、でもこの部、私一人だし……」
おい、悲しそうな顔をするんじゃあない。嘘だと割り切っても、女子のそんな顔を見て断れるわけないだろ。
「おい、充」
僕は静かにそして重く、その言葉を放った。
「そ、それじゃ、俺、用事あるから!」
大きな足音を響かせ、充は帰っていった。
……最悪だ。優しさ克服とか銘打って、そもそものきっかけである奴と部活とか、どう考えてもおかしい。
「わかったよ。入る」
「うそ、やったぁ!」
汚い部室に、裏のある部長。
三上さん、俺の青春、かなり痛ましくなりそうだよ。