佐渡尚は冴えない男子 その6
黒崎の周りには、常に人が集まる。当たり前だ。彼女は誰にでも優しく、人望がある。その上、綺麗な白髪のボブで童顔。クラス内での人気は高い。それに比べて、教室の隅で寝たフリを続ける僕は最底辺な人物と言えよう。
「尚、黒崎ちゃんのこと見過ぎ。そんなに悲しかった?」
「そんなんじゃねえよ」
「ならいいけど」
充はスマホを弄りながら、僕の机に座った。
「おい、座んな。寝れない」
「どうせ寝たフリだろ」
「……ふん」
昨日の夜。僕は黒崎の事を考えた。どちらが本当の彼女なのか、あの優しさは嘘だったのか。やはり、結論は出なかった。それでも、彼女の優しさは嘘なんじゃないのか? そんな疑問だけが昨日から頭に付いて離れない。
「……なあ、充」
「へ?」
「お前も、彼女ができたら僕から離れるのか?」
「……尚、どうした? いつもより引きずってる気がするけど」
「気のせいだろ」
そう言って、机に突っ伏す。誰も、もう僕に構うな。
「……はあ。まさかこんなに落ち込むなんてなぁ。尚、昼休みに屋上来いよ」
「なんだよ、急に」
「少し話そうぜ。悪かった。なんか、色々とな」
充はそれだけ言って、自分の席に戻って行った。まあ、どうせ昼休みなんて昼食以外にすることはない。たまには、あいつの頼みも聞いてやらないとな。そんな事を思いつつ、僕は鞄から本を取り出し、栞を抜いた。
流れる雲を見る。こいつと、こうやって屋上で昼食を取るのは久しぶりだ。中学時代以来の懐かしさを感じながら、舞い散る桜をぼんやりと見つめた。校舎付近の桜の木ももうすぐその美しさを失うのだ。北海道の桜は五月で終わる。
「尚、なんかあっただろ」
他愛もない話から数分後。充は満を辞して、問いかけた。
「……なんかとは?」
予想外な僕の返しに、充は「くすっ」と笑う。
「黒崎ちゃんに振られた後。追い討ち、あったんだろ?」
図星だった。僕の悩みは、こうも簡単に顔に出てしまうのだろうか。
「なんでわかった?」
「いや、別に。俺が離れてくだのなんだの言ってたろ。だから、黒崎ちゃんとなんかあったのかな、なんて」
「……あいつは優しすぎるんだ。誰にでも、均等に優しさを見せる。それでも、それが見抜けない。自分だけに優しいんじゃないのかって、そう思っちゃう」
「……まーな。俺もあるよ。優しくされたこと」
「もし、もしもだぞ、黒崎に優しさという感情がないと言ったらどうする?」
充は怪訝そうな顔で、こちらを見てきた。そりゃそうだ。僕も最初は信じられなかったんだ。
「そんなこと、あるのか?」
「見たんだよ。酷く冷めた声で暴言を吐きながらゴミ箱を蹴る彼女を。もしかしたら、僕達に見せる優しさは全部嘘なんじゃないかって、そう、思ったんだ」
「そうかなぁ? 黒崎ちゃん、いい子だと思うけどなぁ」
「僕だって、そう信じたいよ。でも、どうしても、昨日の彼女が頭から離れなくて……」
「……要するに。黒崎ちゃんの冷たいもう一つの顔を知ったお前は今、人間不信になっている。つーわけだな?」
「人間不信というより、優しさ不信だな」
僕は真面目に答えたつもりだが、充は吹き出して笑った。
「なるほどな。まあ、俺がこうやって尚といるのも優しさなんじゃないか、嘘なんじゃないかってことね」
「そう……だな」
「あはっ。馬鹿だなぁ」
充は勢いよく立ち上がると、僕の方を見た。かなり真剣な目で、彼らしくない。
「友達なんて、気が合わねえとやってらんねえよ。優しさとか、そんなんじゃない。俺が楽しいから、お前も楽しいから、だから友達なんだろ? 俺が本当に優しさでお前に近づいたんなら、もうとっくに愛想尽かしてるよ」
「……充」
「尚、お前に勧めたい部活があるっ!」
充は急にそう言った。僕は拍子抜けして、「は?」と返した。
「お前、ボランティア部に入れ」
「ボランティアって、正気か?」
「そこで『優しさ』の勉強をしてこい! 優しさの克服には優しさに触れること! だろ?」
だろ? じゃねえよ。部活なんて、面倒臭え。
「俺さ、そこの部長と仲良いから、連絡しておくよ! だからさ、放課後一緒に行こうぜ!」
なんだよ急に。熱い奴だな。
「……覗くだけな」
「うん。待ってる」
いつの間にか空の雲は通り過ぎ、綺麗な青空が僕の瞳に映り込んだ。