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佐渡尚は冴えない男子 その4

 「ただいまー」

「あー、お兄ちゃん、おかえりぃ!」

 

 英梨(えり)は、僕を視界に捉えると、キッチンから無邪気に笑った。まだ、立ち直れていない筈だが、こうリラックスできてしまうのは、十六年過ごした家だからだろう。


「悪い、今はそんな気分じゃ……」

「え、なになに? 振られた?」

「何でわかんだよ」


 英梨は顔文字のような薄い顔をしたと思うと、今度は三上さんに負けない引き笑いをして見せた。


「なんでどいつもこいつも、傷ついた心に塩を塗れるかなぁ」

「あはっ! ごめんごめん。つい、面白くて」


 テーブルに食器を置きながら、英梨は楽しそうに話す。


「でもまあ、今日は妹ちゃんがお兄ちゃんの話、聞いたげる。感謝しなよ?」

「……お前の明日の話題になる気がするんだが」

「あはは。流石にお兄ちゃんの失恋話はしないよ~。面白くないし」


 今、酷いこと言った。こいつ。


「さっき、面白いって言ってなかったか?」

「あー、あれは私個人として面白かったの! お兄ちゃんも、家族と友達とでする話って変わるでしょ? そーゆーの」


 つか、人の失恋話で楽しもうとすんなよな。人の不幸は蜜の味って言うけど、蜜ばっか食っててもくどいだろ。たまには楽しい話しようぜ。なんて、僕の屁理屈を無視するように、英梨は僕の不幸を知りたがった。


「ほらほら、ご飯食べよ? 話、早く聞きたいし」

「なら、とっとと座れ」

「はぁーい」

 

     × × ×

 

 夕食中、僕の話を真摯に聞いてくれた妹の態度には感謝するが、所々、「くすっ」だの、「ぷっ」などという音が聞こえたのは気のせいだろうか。


「……つー感じで、走って帰ってきた」

「馬鹿だなぁ。お兄ちゃんは。その未白って子も所詮女なんだから、見つかったって、取って食ったりしないよ。堂々と帰ってくればよかったのに」


 いや、英梨。お前は何もわかっていない。


「いいや、あれは恐ろしかった!」

「女の子なんだもん。裏の顔くらいあるわよ」

「いや、あれは小悪魔とか、そういう次元じゃあない。大悪魔、いや、魔王かもしれない!」

 僕は、話しているうちに楽しくなってきて、演説をするかのように力強く表現した。英梨は半分呆れながら、夕食を口に運んでいる。


「でも、未白ちゃんって『天使』って呼ばれてるんでしょ? 本当に真逆ね」

「そうなんだよ! マジで別人だった」

「まあ、お兄ちゃんが嘘ついていないなら、確かにギャップキツいかもね。私ならまだしも、お兄ちゃんなら傷心必至なのかな」


 英梨は、食器を重ねてキッチンへ運ぶと、冷蔵庫から麦茶を取り出した。


「……飲む?」

「いや、いい」

「まあ、私はいつでもお兄ちゃんの見方だから、なんでも話しなよ。相談、乗ってあげる」

「……馬鹿にしたいだけだろ」

「そっ、そんなわけないし!」


 慌てて麦茶を喉に通すところを見て、信じる奴がいると思ってるのか。


「とにかく! あんま気にしなくてもいいんじゃない? 恐らく、未白ちゃんも明日は明るくなってると思うよ」

「だろうな。みんなの前であんな姿、見せられるわけがない。きっと、あれが素の彼女なんだと思う」


 そうだ。彼女にも秘密のひとつくらい、あるよな。そう思いたい。でも、それを認めてしまったら、今日の僕の告白を、僕の好きだった彼女を、否定する事になる。

 ……そんな辛い事、もう、したくない。

 リビングの時計は、悩む僕を置き去りにして、嘲笑うように、静かに時を刻んでいた。


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