佐渡尚は冴えない男子 その2
傷心したまま帰路に着くというのもなかなか酷なもので、重い足取りを見ると、さらに気分が悪くなる。
何か、慰めが欲しかったのかもしれない。僕は真っ直ぐに帰宅せず、近所の喫茶店に足を運んでいた。少しオレンジの混じったお洒落な照明が美しく照り映えている。いつもの窓際の席に座り、頬杖なんか付いて、外を眺めた。黄昏の空も、気づいたら藍色に霞んでいて、モヤッとした雲に何故か親近感を覚える。
「佐渡、酷く落ち込んでるじゃないか。どうした?」
テーブルの上に頼んでもいないレモンティーが置かれ、ハッとした僕は、大きな溜息をついて声の主を視野に入れた。
「三上さん。いや、なんでもないですよ。ってか、これ、なんなんですか?」
「気にすんな。俺の奢りだ」
「へー。気前、いいですね」
重く、ジメッとした返事が気に入らなかったらしく、三上さんは小さく舌打ちをした。
「どーせ、彼女と別れたとか、そんなんだろ?」
「僕、そんなに恋愛経験あると思います? 甘いですよ。それ以前の問題です」
「あははっ! なに? 告って玉砕か? そりゃ辛ぇよな、ははっ!」
「何すか、その引き笑い。露骨にいじりに来てますよね」
「まーまー。気にすんなって。男なんだからよ、人生で一度は告っておくべきだと思うぞ」
三上さんはどこか自慢気に言う。独身だからか、説得力が違う。
「そーっすね。確かに僕も後悔はしてないんですよ。なんつーか、やり切った感? みたいのがある。そりゃ、付き合えたらそれに越したことはないけど」
僕は自分の言ってることの恥ずかしさに気付き、視線を窓に移した。過ぎていく車や、行き交う人を見ていると時の流れを感じる。
「三上さん、時間経てば、もう一回ってアリですかね?」
「お前にやる気があるなら、行け。俺はな、人の恋愛に口出しはしねぇ。お前のことなんだから、お前が決めろ」
「……ですよね」
ストローに唇を当て、レモンティーを吸い上げた。程よい酸味が舌に残る。その後に来る微かな甘味が、今は愛しい。
「俺もさ、好きだった奴がいるんだよ」
……なんか語り出した。
「ま、俺は高卒、あいつは大卒で、身分の違いっていうの? そういうので別れざるを得なくなった」
「へー。三上さん、世間体なんてクソ食らえ! 的な人だと思ってたんですけど」
三上さんは俺の隣に座ると、懐かしそうな目で、タバコを取り出し、ライターで火をつけた。え、なんすか。近いんですけど。
「……大人にはな、色々あるんだよ」
「ふうん……」
「でも、告ったから、あいつと少しは一緒にいれた。何が言いたいかというと、気持ち、隠しててもいい事ないぞって事だ」
三上さんらしくもない、虚無的な表情が真新しく、意外だった。
「青春しろよ、少年。こんな、つまらない大人にならないようにな」
「……三上さんは十分立派ですよ」
「言うようになったじゃねえか! ありがとよ」
照れを隠すように、三上さんは、僕の頭をくしゃっとすると、重そうな腰を上げて背筋を伸ばした。
「さ、今日はもう帰れ。妹さん、待ってんだろ?」
「はい、ありがとうございます。その、慰めてくれて。割と元気出ました」
三上さんの口がクッと曲がった。
「割と、ってなんだよ。ま、元気出たならそれでよし! また何かあったら、いつでも来いよ」
「……うす」
僕は重い鞄を背負うと、軽く会釈をして店を出た。太陽はすっかり落ちて、暗くなった街を一人で歩く。
リベンジ、するかぁ。三上さんの慰めと後押しもあり、僕の気分は落ち着きを取り戻し、今日の夜ご飯を考えるほどには余裕も出来ていた。