表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらの歌声  作者: 湯納
3/3

『ねえ聞いて。

美しい色を探して旅に出た男の話を。


男は自分だけの色を探していた。


カーテンコールの向こう側に、期待の煌めきを含む闇の色。

シベリアハスキーの瞳に映る、澄んだ空色。

月の薄明かりに照らされた、柔肌の淡い色。

痛みと共に滲みだす鮮烈な赤。


色んな色を見てきた男は最後に、自分の一番好きな色はこの大気の色だと気付いた。

男はそれを自分のものにした。

だからその色はもう、無くなって誰も知らない。


だけど男が、誰かに見せる時だけ。その色は現れる。

それは雨のあがった後に、空を架ける孤を描いて。


ねぇ、もし私がその男だったら。

この夜空のような美しい藍を、照らされる水底の輝く碧を、果てのない空の澄んだ蒼を、紫陽花の色鮮やかな青を。


全ての青を世界から奪って、手のひらに集めるよ。

そして私の青を、君にプレゼントしよう。


でも君は驚いた後、優しく微笑んでから、私に向かって手を広げるんだ。

そこには夕焼け色を詰め込んだ、暖かくて眩しいオレンジ色があって。


私は君の胸に飛び込む。

夕暮の陽光が、濃紺の海に溶け落ちるように。

私達はひとつになる。


その境界線は何色だろう。

私達が奪ってしまったから、きっと誰も知らない。』


彼女の手が止まり、

ギターの残響が辺りに広がって、そして消えた。

再び静けさを取り戻した湖のほとり。


聞こえるのは波の音と、微かな彼女の息遣い。

余韻に浸る静寂を掻き消さないようにして、僕はゆっくりとビデオカメラを停止し。


力いっぱい、両手を鳴らした。

森に、湖に、空に鳴り響くように。


「すごい!すごいよ!!感動した!」


言葉にならない思いを、何とか伝えようと彼女の元まで走る。

彼女は疲れたようで、だらしなく背を丸めながら、やりきったぜとピースサインをこちらへ向ける。


「ありがとう、素敵な曲だった!!美しくて、楽しい歌だった!!」


どうにも小学生の感想並にしかならない自分に辟易しながらも。

けれど言葉以外でも、気持ちは表現できる事を知っている僕は足を止めない。


「んっ」


ギターが胸にガツンとあたって、肋骨が軋むような気がした。

歌詞の通り、僕は彼女とひとつになる。


「大好きだよ、(そら)。」


「ふふん。良かったぁ。」


にんまりとしながら猫のように口元を膨らませ、彼女は細い目を閉じた。



こうして、僕らのライブは幕を閉じた。

動画を見せた兄は随分気に入ったようで「次はどこでやんだ?山頂か?空の上か?或いはスクランブル交差点か?まぁどこでもいいさ、車なら出してやるよ。」とご満悦の様子だった。


何でもない週末の、一晩の思い出。

トラブルに巻き込まれて冒険が始まるわけでもなく、僕らの日常は淡々と続いていく。これまでも、これからも。


いつものように。

それは夕日が、海に沈むように。

連載の練習。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ