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自殺探偵  作者: きのこシチュー
9/20

case3.黄金色の盞は悲嘆の涙を咲かす-1

とある医大に、ある男がいた。

そいつは、一年の夏休み明けからいきなり頭角を現し、ついには首席になって卒業していった、まさしく“天才”というやつだった。


首席で卒業したと言うのだから、医者にでもなったのだろう、と思うだろう。

しかし彼は、そんなものにはならなかった。


その彼の名は———。





紅に咲き誇る月と〜松の章〜

『自殺探偵』

case3.黄金色の盞は悲嘆の涙を咲かす





バサッと大きな音を立てて、布団が舞う。

「ッ、はぁ、はぁ、」

余程怖い夢でも見たのか、その探偵は跳ね起きた後に、全身が汗だくなのも気にせず、肩で呼吸を行う。

「はあ、……ふう」

いくらか有酸素呼吸をしたのち、落ち着いたのか一つため息を吐いた。

と思えばすぐにその顔を右手で覆ってしまう。

「……くそ、またこの夢か…」

ギリッと、苦虫を噛み潰したような表情で、歯を鳴らす。

「もう二度と…見たくないってのに…」

先程見た悪夢を思い出す。


学校の階段。

それを駆け上がる自分。

屋上に佇む“彼女”の姿。


——あの日、自分が成し得なかった、後悔。


(嗚呼、なんて悪夢!)

右手に力が入る。


あの日、夢の通りに屋上へ向かっていたのなら。

あの日、呑気に授業なんて受けなければ。


窓から“彼女”の堕ちていく姿なんて、見なくて済んだかもしれないのに。


「ッ…ああクソッ!!」

ボフン、と布団を思いっきり叩く。

どれだけ後悔しても、時間は巻き戻らない。

…そんな事は分かっている。

それでも、後悔せずにはいられないのだ。


憧れで、同じ大学を志望するくらい好きで。

そんな先輩が、誰にも理由を言わずに、自殺んだのだ。


自分なら何か出来かもしれない。

なのに、出来なかった。

助けられなかった。


…その日から、ずっと同じ悪夢を見ていた。

毎日毎日、今日と同じように悪夢を見ては跳ね起きていた。

最近になってやっと見なくなったと思ったのに。

どうしようもない後悔が、彼を襲って包み込む。


「…ッ、ああもう!!やめだやめ!後悔しても仕方ねぇし暗くなるだけだ!!」

ぶんぶんと頭を振るう。まるで自分につきまとった何かを振り払うように。

明るいことを考えよう。そう思いついた大庭は、思考を巡らせ楽しくなる事を考えた。

だが、自分が今楽しくなるような明るいことは、“事件を解決する”以外に思いつかなかった。

だが今日はまだ依頼は来ていない。そもそも今は7時ちょっとすぎ——つまりは、今日は始まったばかりである。

大庭は自分の無趣味さに落胆した。

「……散歩にでも行くか」

のろのろとベッドから這い出て、服を着替え、新聞を読んで気分転換の為に彼は事務所を飛び出した。





「やけに賑やかだな…」

ぶらぶらと南の坂へ歩く。どこもかしこも、何やら誰かの噂話で持ちきりのようだ。

さして興味もない大庭は、ただただなんとなく南へ向かう。何故南なのか、というと、そちらには海を見下ろせる坂があるからだ。

この坂は、隣のまち南風田みなかた市と繋がっている。

途中森の中に古びた神社があるが、ここは子供達の遊び場になっているらしく、今も赤毛の少女が目の前を駆けていった。その後を自転車に乗った黒髪の少年が追いかける。

この辺りは海を見下ろせる比較的静かな場所であったが、それでも遠くの喧騒が風に乗って微かに流れ着いていて、大庭は少し気分が悪かった。喧騒から逃れるためにこの道を通ったというのに、聞こえてしまったら意味がないだろ、と大庭は溜息をつきながら思う。


坂を登りきり、そして降りる。

南風田市へ近づくにつれて、海と木ばかりだった風景が、人の息づく世界へと変わっていく。

やがて完全に坂を下りきると、もうそこはいつもの騒がしい人間の世界だ。

人間の世界が騒がしいのはいつもの事だが、今日は人一倍騒がしいように感じる。

その為に、否が応でも人々の話し声(うわさばなし)は耳に届いてしまう。

「あの屋敷のご令嬢が……」だの「長春家の長女が……」だの「連続殺人……」だの「犯人はまだ……」だの、そういった物騒な話し声がどこからでも聞こえてくる。耳を塞いでも聞こえてきそうだ。

彼らの話題に上がっているのは、夕顔町の中でも大きな屋敷に住む長春ちょうしゅん家の事だった。

和洋折衷な家屋で、丁度市境にある事と水車がある事で有名だ。

またそれほど大きいこともあり、『実は長春家はヤクザである』だとか『庭に池がある』だとか『あの一家は実は呪われている』だとかいう根も葉もない噂があったりする。

(長春家、か……)

大庭と長春家になんらかの関係性があった訳でもないが、大きな家だったので大庭も存在だけは知っていた。

「……連続殺人、ねぇ…」

興味なさげに大庭は呟いたが、彼の足は件の屋敷の方へ向かっていた。暇つぶしがてら様子でも見に行ってみるか、という気まぐれによるものだった。



屋敷の前は野次馬で溢れかえっていた。

大庭は176cmの長身を駆使し、人だかりの上から屋敷の中を覗く。と、そこに見慣れた背中を発見した。庭で警官の話を聞いているようだ。

野次馬たちをかき分け、バリケードテープを勝手に跨ぎ、その背中めがけて大庭は駆け出した。

「おい桐月、何があった」

「大庭?今日は呼んでないはずだが…」

大庭の呼びかけに桐月は驚いたように振り返る。

ちなみに後ろから複数の警官が大庭を追っていたが、桐月と知り合いと分かるとすぐに持ち場に戻ったらしい。

「…お前が自殺事件以外の事件に首突っ込むとか…珍しすぎて明日雪でも降るんじゃないか?」

「ただの気まぐれだ。さっさと事件の概要と死体の様子を見させろ」

そう言って大庭はズカズカと屋敷の中へ入って行く。その後を桐月は呆れながら追う。


「殺人現場はここか…ふむ」

屋敷の北東に位置する角部屋に、大庭はたどり着く。まだ死体は運び出されていないようで、たった今検視が行われているようだった。鑑識官らしき人物は見えないので、きっとここの鑑識は終わっているのだろう。それか人手不足なのか。

大庭は部屋の中を見渡す。

遺体は倒れた椅子に覆い被さるようにうつ伏せで倒れている。直接の死因になったと思われる傷は胸にあるらしく、木のなんの塗装もされてない椅子を赤黒い色に染め上げている。傷の様子は一度仰向けにするしかなさそうである。

部屋の様子は、本棚が倒れて本が飛び出していたり、カーテンが片肩だけ外れていたりするが、比較的綺麗な印象を受ける。

「…なぁるほど、こりゃ他殺の線で捜査が進むな」

大庭はポツリとそう呟いた。

いつもの大庭であれば、他殺の線で捜査が進むと分かればすぐに立ち去りそうな気がするが、しかし彼はその部屋から離れなかった。

(何か引っかかるんだよな…)

ゔーん、と唸りながら部屋を練り歩く。

血しぶきの位置、椅子、窓、倒れた本棚、机——

と、そこで一つのことに気がついた。


机の上に、まだ水の入っているコップと空のPTP包装が置いてあるのだ。


「薬…?何のために——」

PTP包装を手に取りそこに書いてある言葉きごうを読む。その瞬間、大庭は目を見開き、フッと口元に笑みを宿す。

とそこで、桐月が大庭の肩を掴んだ。

「おい大庭、勝手に調査するな!つうかこれは検視官の仕事だ、邪魔だから出て行け」

「んなの誰がやっても同じだろ?」

相変わらず堅物だこと、と口の中で呟き、大庭は次の言葉を口にする。

「ところで、お前…っつーかサツはコレをどういう事件だと捉えるんだ?」

「どういう事件かって…先日起きた殺人事件、アレの続きだと踏んでいるが?」

「つまりは連続殺人、だと?」

「ああ。だからそちらの事件も再度洗い直そうと動き始めている」

「ふーん、なるほどねぇ…」

そこで一旦会話は途切れた。

桐月に向いていた瞳はまた遺体へ流れていった。口元に手を当て、何か考えてるらしく、その目はいつになく真剣だ。——しかし。


「…プッ…ふっはっ、ははははは!!」


唐突に、大きな笑い声が現場中に響き渡る。

堪え切れなくなったらしく、口元にあった手は外され、清々しいほどに大きく口を開けて楽しげに笑う。

そんな大庭を見て桐月と検視官は呆気にとられていた。


数分後。

「ひぃー、…いやぁ久々にこんなに笑った」

まだ笑い足りないという顔で大庭の大笑いは止んだ。

すかさず桐月が口を挟む。

「どうしたいきなり笑いやがって…まさか「これは他殺じゃない」とでも言うのか?」

「ハハッ、相変わらずカン()()は鋭いな。カンだけだが」

桐月はほとんど冗談で言ったために、この次の彼の言葉には目を丸くした。



「そのまさか、だ、桐月。




これは、









——()()だ。」




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