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自殺探偵  作者: きのこシチュー
8/20

case2.二つの証言-4

——3人の少女たちは、それぞれ問題を抱えていた。



1人は親からの虐待。


1人はクラスメイトから浮ついた存在。


1人は親の圧迫教育。



3人は何がきっかけかは忘れてしまったが、全員違うクラスに関わらず、互いに唯一無二の友達となっていったのだ。


——そう思っていたのに。











「あの、探偵さん!実は」

「うるさい」

涼月の話を聞きもせず、大庭はすたすたと事務所の扉から出て行ってしまった。

そんな態度に依頼人はぽかんとした後、その背を追おうとした。が、神在がその腕を掴んだのだ。

「な、なにしてるの?!離しなさい!」

「いや待ってください。何があったのです?それを教えてください」

青年の真摯な様子に、依頼人は絆され、事務所を出ようとする足を止めた。

「そ、それがですね———」





―――――――――――――――――――


———男は走っていた。


黒に染まりかけた空の下、町を駆けて、駆けて、駆けていた。



とある場所に、人だかりを発見した。

ここはいつもなら人気のない静かな河原のはずだ。


野次馬の先、そこには確かに警察の姿が見えた。




「おい桐月」

「な、大庭?!どうした、今日は呼んでないはずだが…」

「たまたま通りかがっただけだ。どうしたんだ?」

「それがだな…」

刑事は、ここであった事をつまびらかに説明した。



――――――――――――――――――





「——なるほど、そういう事でしたか」

「ええ…」

だからすぐに察しのついた大庭は飛び出して行ったのか、と神在は依頼人の言葉を聞いてそう思った。

「あ、あの、探偵さんは追わなくていいのでしょうか?」

「おう、その必要はねぇぞ」

「ひゃっ?!」

そわそわした様子の依頼人の肩をポンと叩き、彼女の後ろから大庭が顔を出す。大庭が帰ってきたのだ。

「おかえり大庭。なんか分かったか?」

「ああ、勿論だ。誰が涼月紅羽を殺したか…その犯人と推理を明日教えてやろうと思う」

得意げに彼は笑って、事務所の奥へ行ってしまった。

「え、あの…うちの子、殺されたんですか…?」

「さあ…?」

置いてけぼりにされる神在と依頼人。

立ち尽くす2人。

そうして数分後。

「おっと、涼月日向。明日はこの近くの人気のない河原に集合な」

奥に引っ込んだと思った大庭がひょこっと扉から顔を出してそう告げ、また奥へ引っ込んでいった。

「なんだアイツ…」

呆れた顔で神在はそう呟いた。


その日は、そうして終わりを告げた。







次の日。

涼月日向は大庭の指定した通りの場所へやってきた。

そこには、昨日の野次馬も警察も何もない、いつもの人気のない河原があるだけだった。

「よう、来たか。待ってたぜ」

木陰で昼寝でもしていたのか、大庭は大きな木の裏から現れた。

彼は日向を一瞥したと思えば、すぐに視線を日向より後ろに移した。その視線を追いかけ、日向も後ろを振り返る。

そこには、この前コーヒーを淹れてくれた少女に連れられた、見知らぬ2人の少女が居た。

「よーし、全員集まったな。そんじゃ、始めっか」

「は、始めるって何を…?それに、あの人は?」

赤毛の少女が警戒気味にそう尋ねる。

それに答えたのは、探偵だった。


「なに、答え合わせだ。涼月紅羽を殺した犯人を、今ここで当ててやろう!」





「な、何言ってるの?真城さん、私が殺したってあの人に」

「そーだなぁ、確かにお前の言う通り、祓月珊瑚が犯人と言っても間違いではないのだろう。だがな、俺はこの中にいる、とある1人が殺したと踏んでいる。それが誰か、分かるか?神楽月れもん」

唐突に話題を振られ、神楽月は戸惑いを隠せず、なにも言えずに口ごもってしまう。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!紅羽がどうして殺されたと言えるの?!それにその2人の女の子は誰なんですか?!」

突然始まった大庭の話についていけていないらしい日向が、大声でそう尋ねた。

「おっと…まあまあ、そんな吠えんなって、日向さん。そこは今から説明すっからよ」

ニッと微笑み、大庭はその推理を語り始めた。


「まず、そこの2人—祓月珊瑚と神楽月れもんは、涼月紅羽の友達だ。そこは間違いないな?」

その問いに、指名された2人はこくりと頷いた。

「そしてお前は涼月紅羽の母親。…これで互いに互いが誰なのか分かったか?」

「は、はい。うちの子のお友達なんですね…」

複雑そうな顔で2人の少女を日向は見つめる。

2人の少女は「あれが紅羽の母親…」と小声で囁き合っていた。

「んで、こっからが重要な俺の推理だ。一言も聞き漏らすんじゃねぇぞ!」

そう言って、大庭はくるりと踵を返して、最初に居た木の陰へ引っ込んでしまった。

と思えば、すぐに出てきて、3人の重要参考人の元へ戻ってきた。その手には太めの縄が握られていて、それを見た祓月はサッと顔を真っ青にした。

「そ、それって…!!」

「おう、お前は見覚えあるよな。だって()()()()()()んだもんなァ。それも、()()()()()()、な」

「…ッ」

祓月はトラウマでも思い出したのか、顔を真っ青にし、汗をぽたぽたと額から流し、過呼吸気味に激しい呼吸をし始めた。

そんな様子の友を見て、気まずそうに神楽月は目をそらした。

「え、えーっと…どういう事なんですか?」

「何、簡単な事だ、真城。コイツは何をとっちらかったのか、心中を企てたんだ。恐らく祓月の提案に賛同したのが紅羽で、反対したのが神楽月なんだろうな」

図星なのか、2人は何も言わなかった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!なんですか!?じゃあつまりうちの子はその2人に殺されたってわけですか?!犯人探しなんてする必要があるんですか!?無いですよね!?だってその2人が殺したんですもの!!」

日向は逆上し、大声で罵声を浴びせる。

大庭はそんな彼女に賛同するでもなく、否定するでもなく、ただ哀れみに似た表情を、愚かな母親に向けるだけだった。

「な、なんですか、その表情は!わ、私、別におかしな事言ってませんよね?!」

「俺が思うに、日向さん。


涼月紅羽を殺したのは、




()()()()なんだよ」


大庭史上、過去類を見ない、憐れみを込めた声色で、彼はそう告げた。



「……へ?な、何を…言って…」

信じられない、あり得ない。そんな思いが日向の頭の中をめぐり続けた。

「んじゃ、何故俺がそう言ったかの種明かしもしておいてやろう。まず、この3人組には共通点がある。それは、“孤独”だ。

恐らくだが、祓月珊瑚は他人に異常とも言えるくらい怯えているため、虐待。神楽月れもんは誰にも関わりたくない雰囲気から、いじめかそれに近い何か。そんで、涼月紅羽は——」

「親に全て決められてしまう…とか、毒親持ち…とか、そんな感じでしょうか!」

大庭のセリフを遮り、はいはーいと手を挙げる勢いで真城は元気にそう言った。

「…なんで俺が言いたいところかっさらって行くんだよお前は…まあいい、正解だ、真城。

そう、涼月紅羽は母親から圧倒的な威圧感を感じながら生きていたんだろう。早くこの圧迫感から抜け出したいと、ずっと思っていたんだろう。…過保護すぎたのが仇となったな?涼月日向」

「な…そん、な…まさか、私の教育が、私の接し方が…死にたいと思わせてしまうほど…だったというの…?」


愚かな母親は、狼狽える。


自分の愚かさに、子供が死んでから気づく、なんて。

なんという、皮肉な結末。



「そんな…そんな…!その事に、どうして私は気づかなかったのでしょう…!嗚呼、ごめんなさい、ごめんね、紅羽…」


静かな川に向かって、母親は泣き叫び続けた。


まるでそこに、誰かがいるかのように。






「…なあ、ひとつだけ聞いてもいいか?祓月珊瑚」

「ひょえっ?!な、なんでしょうか…?」

懺悔の涙を流す涼月日向を横目に、大庭は祓月に質問を投げかける。

「昨日の夜に涼月紅羽は見つかった。それに関しては間違っちゃいないが、お前はいつ陸に戻ってきたんだ?」

「ああ、えっとですね…私と紅羽を繋いでいた縄が途中で千切れてしまったのか、私はすぐに近くの陸に打ち上げられたようなんです。確か真城さんに初めて声をかけられた時が、学校に復帰した初日のはずです」

「…なるほど、そんな奇跡もあるのか」

そう呟いて、大庭は考えるポーズをして黙り込んでしまった。

少しして、彼は口を開いた。

「…紅羽が助けてくれたんだろうな。死ぬのは私だけでいい…みたいな。何故そのような考えに至ったのかは見当もつかないし、俺から言わせりゃそんなもんただのエゴに過ぎないと思うがな。」

「………」

「…どんなに辛くても、ちゃんと生きろよ。お前は助かったんだからな。その命の限り、精一杯生きろ。いつでも死ねる、なんてつまらない事はやっちゃいけねぇ」

そう言って、探偵は寂しそうに笑った。

祓月はなんとなく、そのセリフは自分に向けて言っていないように感じた。

それが誰に向かって言っているのかは、彼女には分からなかった。でも、きっとそれは、この探偵の大切な人だったのだろう、祓月はただ漠然とそう思った。



さあっと気持ちのいい風が彼らを包み込んでいった。



天気のいい、昼下がりであった。






——帰り道。


「そういえば「思ったより早かったな」ってどういうことだったんだ?」

「ん?ああ。俺の計算だと浮かび上がってくるのに一週間はかかると思ってたからな。1日早かったってだけだ、気にすんな」

「浮かび上がる…?えっもしかして大庭さんが言ったらしい「答えはそのうち浮かんでくる」って言葉、そういう意味だったんですか?!」

「おっと正解だ真城。今日は冴えてるな?」

「えっへへへ」

褒められて真城は顔を赤くして照れる。


「……些細なことでも人は死を望む。俺には、それが——」



一瞬、大庭の脳裏には、“階段を駆け抜けた先にあったもの”が、横切った。

しかしそれは、すぐに影も残さず消えていった。




「——この世で一番、知りたいものだ」







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