case2.二つの証言-2
「あの、大庭さん!何故私なのでしょうか?」
先にツカツカと外階段を降りていく大庭を追いかけながら、真城はそう尋ねる。
そのセリフに、白衣を翻して大庭は少女と向き直る。そして誰にも聞かせたくないのか小声で少女に耳打ちする。
「いいか、真城。お前は宇賀時高校の生徒だ。だから何日かかってもいい、涼月紅羽と関係のありそうなヤツをひっ捕まえてそれとなく聞き込みをしろ。いいか?ほら大事なことだぞ、メモメモ」
「えっあっはい!」
元気よくそう言って、真城はスカートのポケットから油性ペンを取り出し、左袖をまくった下にある皮膚に直接、今聞いた事をそっくりそのまま書き記した。
その様子を見て大庭はため息を一つ吐く。
「…お前のその体質、めんどくさいよな」
「そーなんですか?」
キョトンとした顔でそう答える彼女の頭の上には、ハテナが浮かんでいる。
「だって一日経つと今日あった事まるまる全部忘れんだぜ?こんな不便な事他に無いと思うぞ俺は」
——夜宵真城。
彼女は夕顔町にある公立高校、宇賀時高校の生徒である。しかし、普通の女子高生ではない。
1日—いや、その日の24時キッカリで、彼女はその日あった事をすっぱり全部忘れてしまうのだ。
大庭は心配そうな顔で真城の顔を覗くが、彼女は
「そうなんですね!記憶は忘れてしまうと不便…勉強になります!めもめも…」
と元気よくメモ帳にメモを取り始めた。
その様子に大庭は「お前の話なんだがな」と突っ込みかけてやめた。代わりに出たのはため息だけだった。
「…まあいいか。とりあえず今は聞き込み調査だ」
「そーいえば、どうして今回は何日かかってもいいのですか?いつもなら1日で片付けるって朝読んだ日記に書いてありましたけど…」
真城は毎朝、これまでの事が記してある日記を読んできている。そのため大庭や神在、学校の事などを知識として知っているのである。
「なに、心配すんなって。答えはそのうち浮かび上がってくっからよ。とりあえず今は学校に行くぞ…って今放課後だから情報持ってそうな生徒いねーか…」
うーん、と唸りながら考え込むその額には汗が浮かんでいる。
いつものように勝手に飛び出さず、その場に立ち止まってしまう彼の様子に、何故だか真城は不安感を覚えてしまう。心のどこかから、「これはいつもの大庭さんじゃない」という声さえ聞こえてくるかのようだ。
(…?何故そんな風に思うのでしょう。私は、この人の事を何も知らないと言うのに)
こてん、と小首を傾げる。
傾げても、答えは出てこなかった。
「ま、まあ、とりあえず今できる範囲で聞き込みしましょ?!周辺の民家とか、先生なら居ると思いますし!」
「ん…そうだな。じゃあ行くか」
笑顔で提案する少女と、それに頷く探偵。
2人は、黄昏色に染まりかけている、その校舎を目指した。
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「涼月さんですか?ええはい。三日前から欠席、となってますが…どうかされました?」
宇賀時高校の職員室。
依頼人の娘、涼月紅羽の担任である、菊池博が2人の聞き込みに応じてくれた。担当教科は現代文だそう。
「いや…、」
「えっと、そちらになんて連絡が入ってるんですか?」
大庭のセリフを遮り、少し食い気味で真城はそう尋ねた。
「え?いや、普通に熱だって聞いてますが」
「熱…?熱にしては長いと思わないのですか?」
「お、おう…」
思った以上にグイグイくる少女に、菊池は若干押され気味である。
「…まあ思いますがね。親御さんが全く口挟ませてくれないんすよ。休みの連絡入った時も、すぐに切れるし、自宅訪問した時も娘さんに会わせてくれない」
「えっ…?何かあると思わないんですか?」
「そりゃあ思いますよ。でも、確たる証拠が無いんで踏み込めないんですよね」
「なるほど…なら先生はどう考えて」
「真城、もういい。行くぞ」
「えっまっ、待ってください!!まだ今の問いに対する答えが〜〜」
そう言いながら、真城は大庭に引きずられていった。その様子を菊池はポカンとした顔で見送った。
「はあ…お前割とグイグイ行くのな…」
そう大庭は教室の椅子にどかっと座り込んだ。
2人は部活があるだろうと踏んで、近くの教室へ逃げ込むように入っていった。…が、彼らのいる階では部活は行われて居ないようで、廊下はがらんとしていた。
「うう、すみません…迷惑をかけるつもりはなかったのですが…」
しなしな、と真城は机に突っ伏した。
外から運動部の声が聞こえ、恐らくこの階の上で練習しているのだろう、吹部の演奏が聞こえてくる。
そんな音に大庭は「青春だな」としみじみ思った。
「…よし!行きますよ、大庭さん!この上の階で部活?やってるみたいですし!」
ガタッと音を立てて真城は立ち上がり、大庭を置いて上の階へ駆けて行ってしまった。
「…わかいこげんき」
大庭はそう呟いて真城の後をゆっくりついて行った。
宇賀時高校A校舎、3階。
ちなみに先程2人がいたのは2階であり、実は職員室は1階である。
案の定、この階では色々な部活が活動しているようで、元気な声が廊下に響いていた。
階段を登りきった大庭は、はぐれてしまった真城を探す前に、とりあえず近くの教室で聞き込みをすることに決めた。
『新聞部』と書かれた紙が貼ってあるその扉を、大庭はノックする。
「いきなりですまねぇが、ちょっと俺の質問に付き合ってくれ」