case2.二つの証言-1
——男は階段を登っていた。
「はぁッ、はぁッ、」
それも切羽詰まった、という様子で。
ここは、何処だろうか。
嗚呼そうか。
学校だ。
ここはあの学校の階段だ。
では、何処に向かって———
紅に咲き誇る月と〜松の章〜
『自殺探偵』
case2.二つの証言
「——それで?ご依頼内容は?」
と言いつつ、探偵事務所を訪ねてきた依頼人を見向きもせず、探偵は暇そうに新聞を広げている。
——ここは大庭探偵事務所。自殺探偵と巷で名高い大庭睦月が経営している探偵事務所である。警察からの依頼も多いが、普通の人からの依頼も受け付けている、ちゃんとした私立探偵である。
「娘を探して欲しいんです!」
依頼人は相当焦っているのか、目の前の机をバンッと叩き大庭と距離を詰める。
が、大庭は特に気にせず新聞を眺めている。
しかも依頼人が見えてないかのようにコーヒーを口に含む。
「おい大庭…」
そんな態度に呆れた助手の神在和夫は、大庭の頭をコツンと叩いた。
「な、なにもぶつことねぇだろ神在…」
「そう思うならちゃんとしろよ、依頼人の前で失礼だろ」
その言葉に、バツの悪そうな顔で新聞を置き、大庭は初めて依頼人の顔を見た。
「…そうは言うがなァ、俺は自殺絡みじゃねぇと依頼受けたくねぇんだわ」
ぷくーっと子供みたいに頬を膨らませる。
その顔に戸惑いの色を隠せない依頼人。
「え、えっと…自殺絡みって…」
「ああすみません…コイツ結構頑固なんで無いなら他を当たっ」
「『自殺を行った可能性がある』でも大丈夫ですか?」
さらりと言い放つ。
神在は遮られた言葉とともに、その場に固まってしまった。
「…ふむ、なるほど。涼月さんの娘さん紅羽さんが3日前から家に帰らないと。それ、捜索願い出したか?」
依頼人・涼月日向によると、娘の涼月紅羽が3日前から家に帰らない。自殺の兆しはなんとなく察知していたが、決定的な証拠は掴めていないために『可能性』で収まっているらしい。
「…はい。ですがなかなか見つからないので警察は宛にならないな、と」
「ははっ、そりゃ賢明な判断だな!」
大庭はそんな依頼人のセリフを聞いて、手を叩く勢いで笑う。警察から頼られるような探偵がこんなんでいいのだろうか。
しかしそんな態度もすぐに止まる。
「そんで?自殺の兆しって?具体的によろしく」
真面目な顔で依頼人の瞳をまっすぐに見つめる。そこには、一つもふざけていない、1人の探偵の姿があった。
「それがですね——」
依頼人によると、娘の紅羽は高校に通ってからというものの、いつも暗い顔をして帰ってくるため、何かあると踏んでいたらしいが、尻尾は掴めなかったそうだ。
「…何かそれについて娘さんと話したか?」
「話そうとしましたが、いつも笑ってはぐらかされてしまうんです…学校や娘の友達に連絡もしたんですが、「学校での紅羽はなにも問題ありません」とだけ返ってくるばっかりで…あ、リストカットとか体に怪我があるかとかは平気そうです。包帯や絆創膏、ガーゼなどもないですし、半袖も普通に着てますし…」
「……なるほど」
ふむ、と考えるポーズをして、大庭は黙り込んでしまう。
沈黙の中、助手の夜宵真城が依頼人の前にマグカップを置く。中からはコーヒーの香ばしい匂いが漂ってきている。
「ありがとうございます。……ん、美味しいですね!どうやって淹れたんですか?」
「えっとですねぇ…このメモの通りに淹れたんです」
そう言って、真城はスカートのポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出し、数枚めくってから涼月に見せた。
そこには、コーヒーの淹れ方について事細かに記されていた。
「ほえ〜…細かいですね。それでいて分かりやすい…」
「そうなんですよ!このメモ、分かりやすくていいんですよね〜!とっても助かっちゃいました!」
屈託のない笑顔でそう言うが、涼月はそのセリフになにか違和感を感じた。
「…このメモって、貴女が書いたのではないくて?」
「えっ?あー…多分そうです!昔の私凄いなぁ〜〜」
「…?」
気のせいだったのかしら、と涼月は首をかしげる。その後、その違和感の正体は結局掴めず、霧散していった。
そうして数分経った後、不意に大庭が立ち上がった。
「さーて推理してても分かんねぇもんは分かんねぇかんな。行くぞ真城」
そう言いながら、涼月の隣を通り抜け、出入り口の扉へまっすぐに向かって行く。
それに遅れて真城もついて行く。
「えっあの、行くって…何処に?」
「決まってんだろ、聞き込みだ」
そうして2人は事務所を後にした。
取り残される神在と涼月。
「今日は留守番かー」と寂しそうな声で神在は呟いた。