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自殺探偵  作者: きのこシチュー
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case6.空に憧れた少女-4


 吹き荒ぶ風。照りつける太陽。嗚呼、こんなにも日常風景なのに。ここは、この場所だけは、別世界のよう。見下ろせば、植え込みも何もない、まっさらなコンクリート。視界の端に倉庫が見えるくらいで、体育の授業中な校庭はこの近くにはない。ここから落ちてもきっとすぐには見つからない。


 ――後ろで扉を勢いよく開く音。

 ばたばたと音を響かせて、少女と男がこの非日常に到着する。


「佐藤由衣、戻ってこい!そこで何をしようとしている!」


 白衣を着た男が思ったよりも焦った様子で近づいてくる。それに負けじと私も大声を出す。


「それ以上近づかないで!何も話さずに死ぬわよ」


 その言葉に、男は怯んで立ち止まる。

 彼の後ろから、ここ数日一緒に居た少女が顔を出す。


「真城ちゃんも、動かないで」

「……お前。なんだこの手紙は。俺に対する果し状か?」

「まあそう。でも残念。間に合いませんでした。私は今日、ここから飛び降ります」

「なん、っ…………なあ佐藤由衣。いいのか、二人の理由が分からないままで。誰が書き足したか分からないダイイングメッセージに踊らされたままで!いいのか?!」

「探偵さん、取り乱さないでよ。私、もういいんだ。本当のところなんて、二人にしか分からない。生者がどれだけ推測したって、答えに結びつく事はない。なら、……いいんだ」

「……ッ、……そうかもしれない、そうかもしれないが!考えろ、考え続けろ!思考を止めるな!考え続ければ、いつか――」

「私はいつかなんて待ってられない。ねえ探偵さん。私、この授業の時間が終わるまでに此処から落ちるわ。だから、それまでに。聞きたい事を聞いて」


 ひゅるり、と冷たい風が薙ぐ。

 一歩でも足を踏み外せば落ちる、そんな間際で私はギリギリ生きている。白衣の男はただ苦しそうに頭を掻きむしるばかりで、するっと質問は出てこないようだった。

 その代わり、男の後ろにいた少女が前に出た。


「では、私から。二つ、よろしいでしょうか?」

「二つね。いいよ」


 かしゃ、とフェンスを掴む音が響く。昨日、あんな事があったのに、……きっと納得いかないだろう。佐藤は目の前の少女の声をちゃんと聞くために、彼女の顔を見据える。


「日記やメモ帳によると、昨日、思い直したのでは無いのですか?貴女が直接の原因ではない、と皆さんから言われて、泣き出し感謝を述べたそうですが……もしかして、その後誰かに何か言われたりしましたか?考えが変わるような何かを――」


 真城の瞳に曇りはなく。真っ直ぐと告げられた言葉に、佐藤は一瞬面食らう。

 佐藤は少し考えるように下を向く。そして、なにか心が決まったのか、困ったように笑って真城を見る。

 

「じゃあさ、真城ちゃんは――誰に、何を言われたと思う?」

「――――え?」


 予想外の答えに、真城は戸惑う。

 誰かに言われたんだ。でも、誰が?そんな事をして、その人はなにか得られるモノがあるのだろうか?……もしかして、噂の第三者?

 もう一度尋ねようと口を開く。しかし、佐藤がそれを遮った。


「真城ちゃん。私は、質問は二つしか答えないわよ。二つ目の質問、それでいいの?」

「!」


 悪戯っぽく笑うその顔に、どこか哀しげな空気を真城は感じた。この青空の下、佐藤だけが一人だけ、吸い込まれていくようで――近いはずなのに、なんだか遠く感じる――真城はそんな錯覚に陥る。

 佐藤さんは、もう覚悟を決めている。

 じきに終業のチャイムだって鳴ってしまうだろう。

 ――彼女は、早く飛びたいんだろう。そう思って、真城は二つ目の質問を彼女に投げかける。


 この三日間、真城は直接答えを聞いた事が無い、最後の質問を――


「では――

 佐藤さんは、神来社さんの絵を、どう思っていましたか?綺麗、でしたか?」


 びゅう。

 一際強い風が二人の間を引き裂くかのように吹き荒れる。かしゃかしゃ、とフェンスを握る手に力が籠る。

 目を見開いて、口をギュッと結んで、少女は下を向く。そして、肩を震わせながら空を見上げた。

 

 雫が、太陽の光を反射して輝く。

 堪えきれなかったそれが、滝のように溢れている。昨日のそれとは、違う感情の物が零れて落ちていく。


「……綺麗、だった。好き、だったんだ。あの子の描く、繊細なソレが」


 佐藤は真城を見つめる。真城は静かにその様を見つめる。

 昼の青空の中央で、少女は泣いていた。

 吸い込まれるように。視界という額縁に収まるように。――それはまるで遺影のように。


「晴海はね、空を描くのが上手いの。吸い込まれる青色が、いつも綺麗で。あの幻想的な風景は、私に描けないから。私は……憧れてた。でも、もう。……もうあの空は見れない」


 少女は笑う。諦めたように、悔しそうに、懺悔するように。胸の奥にある苦しみを、全て吐き出すように。

 優しげな真城の、凛とした顔が見ていられなくなって、少女は器用にその場で回転する。空の青をその瞳一杯に湛える。


「晴海の描いた絵で、私はシャボン玉の絵が一番好きだった。触れたらすぐに壊れそうな、あの透明が、……好きだった。……壊したの。私が、あのシャボン玉を」

「それは、」


 違う、そう言いかけて、辞めた。

 昨日の記録は日記やメモ帳から受け継いでいるが、それでも所詮は文字を見て推測するに過ぎない、実体験の伴わない記憶だ。記してあっても感情は連続しない。その当時どう思ったかなんて、今日以前の記録は全て“他人事”だ。

 ここ数日一緒に居たとしても。昨日深い親交があつたとしても。今日の自分には関係ない。それは昨日までの自分だけが持つ物だ。

 私は佐藤さんの事をわかった気になっているだけ。今日の私は、彼女とはこれが初対面だ。軽々しく、「それは違う」なんて言えない。

 それに、彼女はなんらかの確信、なんらかの覚悟を持ってそこに居る。昨日の私が提示したという、“根拠の無さ”を覆す、何か。であれば、「違う」と否定したところで、止まる理由にはならないだろう。


「だから、私は飛ぶ事にした。贖罪とか、懺悔とか、そういう綺麗なもんじゃない。ただ、私は――」

「――なあ、コレ以外じゃ、駄目だったのか」


 不意に男が口を開いた。それは絞り出すような、搾りかすの様な、静かで小さな声だった。

 男は床に目を向けて、俯いている。その表情は窺い知れない。

 しかし対する佐藤の顔は、次第に不敵な笑みに変わっていく。死を目前にして、普段より余裕があるのかもしれない。


「飛び降り以外じゃ駄目だったのか?!」

「――あは。本当だったんだ。探偵さんの弱点が、コレだって」

「……え」

「しょうがないでしょ。コレ以外は怖くって。それに、――私の最期に、こんなに似合った死に方は無い」


 ――嗚呼、もうすぐ鐘が鳴る。

 今日も、明日も――その先も。短縮授業の終わりのチャイムはいつもより早く。私の余命はすぐそこに。


 私は、今日。

 私の為に、空を飛ぶ。


 憧れに殉じる為に。憧れを殺した責任の為に。

 夢の果てに、憧れの空を――飛ぶのだ。


「――ねえ探偵さん。私、どうして死ぬと思う?」


 答えない。いや、答えは聞こえない。

 もう何の音だって聞こえない。吹き荒ぶ空の声以外、何も。

 


「じゃあね」



 私は思いっきり、地面を蹴った。

 胸いっぱいに空を吸い込んで、最初で最後の空を飛ぶ。

 空はキラキラ光って見えて、嗚呼、晴海の描く空だなって、そんな事を考えていた。






 


 ――どぱん。

 音が響く。コンクリートに、人体が叩きつけられる音。その聞き慣れない音に――否、忘れたくても忘れられない音に、大庭は思わず駆け出した。さっきまで石のように動かなかった体が、忌々しくも、音を聞いてから動き出したのだ。

 慌ててフェンスを掴んで下を見やる。

 床に落としたトマトのようだ。


 それを見て、大庭は茫然自失とする。件の悪夢と重ねてしまっては、気持ち悪くなってその場で吐き戻す。葉月先輩も、こんな風に――なんて考えなきゃいいものを、何故か考えては脳裏をぐるぐる回っていく。過呼吸になって、その赤から目が離せなくなる。


 ――キーンコーン カーンコーン


 チャイム。

 床に叩きつける音の、少し後。本当に宣言通り、授業時間中に少女は命を落とした。

 その後体育の授業が終わり、倉庫の方を抜けようとした先生か生徒が大きな叫び声を上げ、次第に辺りが騒がしくなっていく。

 その様を見聞きしても尚、立ち上がる事の出来ない大庭を、支えるようにして真城が手を貸す。

 その間、ばたばたと下階からの足音を聞く。

 それが屋上にたどり着く前に、真城は大庭の耳元でぽつりと言葉を吐いた。


「大庭さん。この事件はまだ、終わっていません」

 

 見上げた真城の顔は、いつになく真剣で、どこか頼もしささえ感じてしまう、そんな決意の満ちた顔つきだった。


 


 ――がたん!


「動くな!一歩でもうご、……え、大庭?だ、大丈夫か?!」

「何怯んでんだ桐月!例え睦月くんでも一旦拘束するぞ!」


 扉を開いて入ってきたのは、刑事の桐月文也と、霜先兌吉(えいきち)だった。

 どうやら、現場に一番近かった為に、大庭と真城は連行されるらしい。「どうせ幇助も同意もしちゃいないだろうけど、一応ね。こっちも仕事だから」「申し訳ないが、形式的に事情聴取だけは受けてもらうぞ」と、刑事達は二人を拘束しつつ下階へ向かっていった。

 その間も大庭の足取りは重く、いつもより覇気の無い顔を携えていた。


 言わずもがな、事情聴取は早々に終わった。見ていただけなのだから、真実を言うだけで良かったが、それ以上に大庭の憔悴が激しく「どうして動けなかった」だとか「手を伸ばせなかった」だとか「助けられたはずなんだ」だとか悔しげに聞いてもいない事を喋るんだから、事情聴取をしていた刑事達も参った顔をしていた。


 

 事務所に帰ってからも、大庭は青い顔をしていた。事務所の机に突っ伏して、壁の方を見ている。


 対する真城は、覚悟を決めたような難しい顔で、日記帳とメモ帳を見比べている。そして、件の第三者について思いつく限りのことをメモ帳に書きしたためる。次の自分に引き継ぐ為に。次の自分にも、今日の事を――今日感じた、「絶対に第三者を見つけてみせる」という強い決意と覚悟を、無理でも思い出させる為に――強く念じながら、筆を走らせる。

 (『第三者』を見つけたら、この心の満たされる限り、問いを投げかけたい)

 (目的はなんなのか)


 (そして、――貴方が、誰なのか)


 


 そんな二人のいつもとは違う様子に、神在は一人戸惑いを覚えるばかりであった。

 


 

 ――――――――

 

 最初の呪詛の話の続きをしよう。

 なあに、この物語とも関係のある話だ。

 呪詛とは何か?

 それは誰かが誰かに対して放つ“不幸を願う”呪いの言葉。

 

 佐藤由衣は嫉妬を友人である小鳥遊葵に吐露した。それだけでは通常呪詛たり得ない。神秘も薄い、呪いなんて信じられない現代であれば尚更。しかし、受け手はそれを『呪い』として受け取った――――

 普通ならそこで終わりだ。だが、この話はそうはいかなかった。

 受け取った『呪い』が次第に大きくなっては、二人の少女を飲み込んだのだ。そしてそれは(通常あり得ない事だが)、呪い返しとして呪詛を吐いた本人へと巡り巡って跳ね返ってしまった。

 『呪い』が大きくなった理由としては、神来社晴海にはSNSから降りかかる多くの誹謗中傷と批判があったが、小鳥遊葵には膨らむ要因が存在しない。いや、神来社晴海への恋心が、友達から受けた嫉妬という『呪い』を増幅させた原因かもしれないが。愛も呪いになり得るのだから。


 人を呪わば穴二つ。

 誰かを呪う時は、倍になって返される事を危惧し、墓穴は相手用と自分用、二つ用意すべし——という(ことわざ)だ。

 呪いも神秘も濃く、全てを占いで決めていたような過去の時代ならまだしも、科学が台頭し神秘も謎も暴かれる現代において、こんな荒唐無稽な事はあり得ない。

 


 ――この話には、裏がある。

 しかし、それを話すにはあまりにも余白が少ない。


 だからまた、然るべき時に続きを話そうと思うよ。



 

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