case6.空に憧れた少女-3
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「私を、殺してほしい」
最初は耳を疑った。二人きりになりたいなんて、由衣には内緒なんて、何の話だろうと、そうドキドキしていたのに。どうして、突然。
――理由は、なんとなくだけど、薄々分かっていた。
彼女の周りには敵が多い。何故かは分からないけど、彼女の絵を目の敵にする人が沢山いる。……いや、本当はその理由だって分かっている。高校生でありながら、あれほど完成された絵を描くのだ。いや、高校生以前からも、ずっと。
SNSなんて辞めてしまえばいいのに。なんて、思った事もあったけれど、SNSじゃなくたって、彼女の絵は眩しさから敵を作る。……それは、肌で実感したから。
だから、疲れてしまったのだろう。
もう、誰かの声を聞き続けるのは。
……私も、そうだから。
だから。
「いいよ」
なんて、
「晴海を一人にはしないから」
なんて。
そんな言葉が、口をついて出たのだろう。
――――――――――――――
「それで、これが遺留品か」
「そうです!こちらのノートは逆さまにして読んでくだいね!」
「あとは、そうだな……そっちはなんか収穫あったか?」
大庭探偵事務所。
二手に分かれていた調査班は、18時にこの場所で合流した。先に帰ってきていたのは真城と神在だった。帰ってきた大庭を迎えた二人は、依頼人を連れていない事に驚いたが、まあ夕方だし先に帰したのだろう、と神在は一人勝手に納得した。もちろん真城は気になっていたが、大庭の「そんな事より情報交換だ」という言葉によりその疑問は後回しとなった。
「こちらの収穫はー……、物理的な物は部誌と、あとは神来社晴海の日記帳だな。精神的な面であれば、そうだな……神来社晴海と佐藤由衣の間には何かしら緊張状態、もとい後ろめたさかなんかのようなモンがあるんじゃねぇか、ってな感じだな。あとは教師や親からの印象って感じか?心中をするような奴だとは思わなかったってぇのが総評だ。他は……特にねぇな」
「なるほどね。こっちは遺留品の他には――」
「ダイイングメッセージと、遺書の矛盾点から、第三者が居る事が分かりました。メッセージの方は筆跡鑑定?も行ってもらって、小鳥遊さんの物ではない、との判定をいただきました!」
言葉の先を真城に奪われて、神在は生暖かい目で諦観の笑みを見せる。そんな事は見向きもせず、大庭は今共有された情報について深く咀嚼をしているようだった。
「……なるほどな。確かに、人を刺した後にダイイングメッセージなんぞ書いてたら心中など失敗する。自分を刺した後に書いたのだとしたら、線が真っ直ぐすぎる。血液も神来社のもので確定だ。であれば、小鳥遊葵も神来社晴海も与り知れぬところで書かれていた方が筋は通るな。ただ、それをする事による第三者のメリットが分からん」
「それはこっちも思ってて、左坤と一緒に推理したけど『佐藤由衣を狙ったものではないか?』以上の意見は出なかったよ。三人を憎む誰かが仕込んだんじゃないか、って」
「それにしちゃ、他人任せというか、『なったらいいな』レベルの願掛けみてぇなモンだな。別の理由があるにせよリスクを冒してまでの利点があるか、俺にゃ意味不明だな。それに」
「それに?」
「それは二人の自殺理由を知る事とは関係ない。俺としちゃ、どうでもいい情報だな」
「そうかぁ?その第三者が遠因かもしれないだろ」
「その時ゃその時だ。今は関係ない。俺が知りたいのは生の声だ」
そう言いながら、大庭は受け取った小鳥遊葵のノートと、神来社母から借りた神来社晴海の日記を手に、近くの椅子――応接間の椅子にドカっと座り込む。
それを見て真城はハッと思いついたかのようにキッチンへ駆け出し、湯を沸かし始めた。暫く後に良い香りを立てながら、湯気を燻らせ二つのマグカップが背の低い机の上に並ぶ。それをさも当たり前かのように大庭は自然に手に取り口をつけ嚥下する。
そんな彼に呆れつつ、神在も椅子に座る。
「お前は感謝くらい言えないのか……?あ、真城ちゃんありがとうね」
「いえ!これくらいしか出来ませんから!」
「……ふむ。神来社の日記は特段収穫無しだな。そもそも途中から日付が飛び飛びだし、ここ最近については何も書かれてねぇ」
「えっ、日記って毎日書くものではないのですか?」
「まあ人によっていろんなスタイルがあるからねぇ。真城ちゃんはそのままでいいよ」
「大丈夫ですよ、変えません!明日の私が困ってしまいますから!」
神在が頷いていると、ぴりり、ぴりり、とスマホが鳴った。左坤だ。
神在はすぐさま電話を取り、「何かあったか?」と嬉々として捲し立てる。それが聞こえたらしい大庭が「スピーカーにしろ」と静かに指示した。
『なにかって程じゃないけど、司法解剖に関して特筆事項があるわ』
「ほう。薬かなんかでも飲んでたか?」
『大庭?!アンタねぇいきなり会話に入ってこないでくれる?!』
「御託はいい、とっとと教えろ」
『ハァ……まあいいわ。薬ではないわ。むしろその逆』
「逆ということは、何も飲んでないって事ですか?」
『そうね。というか、飲んでないどころか、食べてすらいなかったみたい』
「……ほう」
聞けば、「胃の中身は空であり、便や尿もあまり無く、死亡時は空腹状態であったと考えられる」らしい。
「つまり、実行時は極限状態だったって事か」
『そうなるわね。ますます余計な事は考えられない、ただ“それ”以外選択する事は出来ない。そんな状態だったんでしょう』
「じゃあやっぱりダイイングメッセージは……」
「彼女らには無理だな。そこまで頭は回らねぇよ」
『……ところで大庭。アンタはどう思うの?あのダイイングメッセージ』
「第三者が書いたってぇのは、腑に落ちるところはある。が、俺はその第三者が誰か、どんな目的があんのか、ってのはどうでもいい。実行したのは彼女らだ。ソイツが手を出していたんならそれは話が変わってくる。それじゃただの殺人だ。ま、同意殺人だろうがなんだろうが、俺が知りたいのは自殺の理由、ただそれだけだからな」
『あっそ。アンタに期待した私がバカだったわ。それじゃ、またなんかあったら連絡するわ』
そうして通話は終わった。
――――――――――
私たちが出会ったのは、高校に入学して、その後すぐの部活動仮入部期間での事だった。父の転勤に伴い他県から来た私は、この学校に馴染めるか不安だったけれど、美術部はそんな私を快く受け入れてくれたのだ。
クラスに居場所が無くても一人浮いていても、美術部だけは私の居場所だった。
由衣と晴海は、初めての親友だった。
クラスは全員バラバラだから、いつも、というわけでは無かったけど、それでも放課後は部活の時間はいつも一緒だった。みんな絵を描くのが好きで、みんな何かを作るのが好きだった。
この先ずっと、一緒に何かを作っていくんだと、そう信じて疑わなかった。
……そんなのは、ただの夢物語だったんだ。
三人組というのは、割り切れないから。だからこそ結束力が強くなるんだと思っていた。そんなのは勘違いだった。片方が居ないと片方の言葉をもろに聞いてしまう。互いに互いへは聞かせられない話をしてくるのだ。
……私が居ない時の二人は、一体何を話しているのだろう?
――――――――――
特に確証も収穫も得られず、翌日。
昨日あのような事があった為、休校になるかと思われたが、説明も含め集会をする為午前のみ登校するように通達された。その為、真城は宇賀時高校の自分のクラスに居た。
昨日の事は日記から知っている。一年一組の小鳥遊葵さん、一年五組の神来社晴海さんが、美術準備室で亡くなった。その二人と仲が良かった佐藤由衣さんは同じクラスで、……日記に記されていた座席に、彼女らしき人物はいない。
昨日は大庭さんと一緒に行動していたらしく、私は彼女とは全然お話が出来なかった……らしい。だから、次の日出席していたら是非話しかけてほしい……と、昨日の私から通達を受けているのだが、それは果たせそうにない。
どうされたんでしょう?と小首を傾げる真城のそばに、一人少女が近づく。彼女は真城の肩を叩いて声をかけた。
「真城ちゃん、どうしたの?」
「あ、えっと……灰色の髪に、青い目だから……」
「水仙納和椛よ。なんかあった?」
「いえ……佐藤さんが来ていないな、と」
「佐藤さん……由衣ちゃんか。確かにそうね」
「昨日あんな事があってそう易々と来れるかよ」
「お、玉翔。葉月も。おはよー」
ぞろぞろと教室の扉から人が入ってきては、真城のそばに近づく。白い髪に赤い目を持つ男の子と、黒い髪を目にかかるくらい伸ばしメガネをかけた男の子が、怠そうにやってくる。
白い髪の方が、卯月玉翔さん……黒い髪の方が、末原葉月さん……で、合っているはず。真城は今朝見た日記やメモ帳、腕や腿に書かれた過去の自分からの引き継ぎを想起しながら考察する。
その後ろから、また一人誰かが入ってくる。
「昨日ってなんかあったのー?なんかいきなりガッコ終わってラッキーだったけど」
「晴花さんは先生の話を聞いてなかったのですか?事件があったから私たちの安全の確保と、現場保全の為に帰されたのですよ!」
呑気な声で話すのは、灰色がかった銀の髪に空のような色の目をした、セーターを着て髪型が特徴的な……土御門晴花さん。それに対応して自分の席から呆れた声を放つのは、白い髪に白っぽい灰色の目をした、不思議な花と紙花で作られた髪飾りを着けている……川上舞さん。……全員、『私』と仲の良い、所謂『友達』というものらしい。
それにしても白い人が多い。
「というか説明の為にまたガッコに集合とか、イミわかんなくねー?」
「休校が良かったよな」
「アンタたちねぇ……ってか玉翔アンタ昨日何があったか知ってるの?なんか訳知り顔だったけど」
「確かに、『あんな事があって』とおっしゃってましたね!なにか佐藤さんについて知っているのですか?」
「ん、だって昨日死んだのって美術部の奴だろ?なら美術部の佐藤はなんかしら交流あるじゃん」
「え、昨日起こった事件って殺人なの?」
「和椛もちゃんと先生の話を聞けなのです。でも、被害者二名が美術部の方だというのは初めて知りましたですね……」
「玉翔お前……まさか……!」
「なんもやってねぇよ。ただ噂になってんだぜ?特に五組と一組。クラスメイトの一人が、昨日も一昨日も休んでんだってよ」
各々「ほえー」だとか「そうなんだ」だとか納得する中、始業のチャイムが鳴る。真城の席を取り囲んでいた集団は散り散りに、自分の席へと帰っていく。
先生からの言葉も早々に、体育館へ行く為廊下へと並ばされる。
その間にも先ほどの友達たちは駄弁っていた。
「真城もなんでそんなに佐藤の事気になってんの?そんな交流深かったか?」
「確かに、昨日も一緒だったわね」
「いつの間にか居なかったよねー!なになに?!いつの間に由衣っちとソンナに仲良ぴになったん?!」
「ええと……佐藤さんは依頼人です。恐らく、昨日の私は何かを感じ取ったのではないでしょうか?今日はいらっしゃらないようなので、断定する事はできませんが」
「……気を遣って、ではないのですね」
「真城ちゃんは好奇心の方が強いわよ」
「それはそうですけど……」
と、そのあたりでパンパンと拍手が響いては「はいはい、お喋りはそこまで。体育館行くよー」との担任教師――皐月裕の声が響く。改めて全員持ち場に戻り、きちんと整列する。背の順であり、真城の前に舞が並び、真城の後ろに末原が並ぶ。その後ろには玉翔。結局仲良しが周りに集まってしまった。だが、次は駄弁らず、整列は次第に体育館への道を進んでいく。ちなみに晴花と和椛は背が高いので後ろの方にいる。
体育館。
既に一組が到着しており、真城所属の二組は二番手、その後三組、四組、五組……と続々と到着していく。一年生は五組が揃ってからその場に座らされる。二、三年生が全員揃うまでに時間がある為、「てか何話すんだろうな」だとか「また校長がダラダラなんか喋んじゃね」だとか「そしたら僕は寝る」だとか「玉翔葉月うるさいですよ、黙れなのです」だとか「校長という方はお喋りなのですか?」だとか、小声で会話がなされる。
そうして若干ざわつく館内に、最後の三年五組が到着する。彼らが座った事を確認してから、ステージに人が立つ。一年の学年主任だ。それでざわつきは大体消えていった。また、彼以外にも舞台には人が――警察が立っている為、いやむしろそれが一番要因としては大きく、館内が静かになったのだ。今の真城は覚えていないが、見知った警察官――盛艮嘉月や霜先兌吉、舞台下手のそでには左坤白露の姿も見受けられる。
集会は学年主任の一言から始まった。
昨日起こった出来事について、詳しく先生、警察から話された。
美術準備室で、人の死体が二つ発見されたこと。
その死体は一年生の小鳥遊葵、神来社晴海のものであること。
犯人はおらず、二人の自殺――心中である、ということ。
大変残念で悲しい出来事ではあるが、事件性は無いとして、休校にする事はせず美術の授業・美術部の活動のみ当面中止となること。
また暫くの間教師もバタつく為、短縮授業になること。
その間警察の人が出入りすること。
今日は短縮午前授業かつ全部活動中止であること。
淡々と、事実だけが述べられていく。
……体育館のそこかしこから、啜り泣く声、鼻を啜る音が聞こえる。一年生だけでなく、二年、三年生の方からも聞こえる為、先ほど玉翔が言っていたように、美術部で交流のあった人々が泣いているのだろう。
佐藤さんもこの場にいたのなら、同じように泣いていたのだろうか?真城はぼんやりとそう考えた。
そうして、集会が終わった。
集会の最後には黙祷の時間が取られたが、真城は意味も理由も作法もわからなかった為、ただ一人キョトンとしていた。
後は短縮授業が三コマ。それで今日の学校はおしまいだった。帰りのHRも早々に、放課となった。
「なあ今日部活(仮)しね?」
「今日は部活動全面禁止なのです。話聞いてなかったのですか?」
「別に認可降りてないんだからいいだろ」
「単純に遊ぶだけだしなー」
「部活ですらない……」
「同好会未満なのです」
「いーじゃん!なんかして遊ぼーぜ!あ、あたしアレやりたいアレ、ほらカードゲームの……」
「プ◯ポーズ大作戦か?」
「教祖爆◯じゃね?」
「違う違う!バトるやつ!」
「サメ◯ゲドン?」
「ソ◯ラテスラだろ」
「すっごいナチュラルに遊ぶ方向になってる……」
「あの、少しいいですか?」
「ん、真城ちゃん。どうしたの?」
ガヤガヤと騒ぐ友達たちに、真城は神妙な面持ちで輪に入る。
「私、佐藤さんを探しに行こうと思うんです。それで、どなたか佐藤さんの住所を知ってないかと思いまして」
真城の声に、同好会未満の彼らの騒ぎが止まる。
「誰か知ってますです?」
「んーん、あたしは知らない!」
「僕も。そもそも全然交流無いし」
「……僕が女子の住所知ってるとでも?」
「真城んのは知ってるだろ」
「ましろんは別じゃん?!」
「別なんだ」
「えー、あたしんち知らないのにー?」
「お前ん家はどうせデッケー御屋敷だろ」
「当たりー!」
「……あ、私も知らないわよ、真城ちゃん」
「皆さん知らないですか……うーん、どうしましょう……」
困ったように首を傾げる真城に、一同は静かになる。
「ねえ真城ちゃん。今朝も思ったけど、どうしてそんなに由衣ちゃんが気になるの?」
「大した事ではないのですが、昨日全然話せなかったようなんです。なので、お話がしたいな、と思いまして。それに――」
真城は、日記に記されていたことを思い出す。
昨日は大庭と一緒に別行動を取っていた佐藤だが、18時に合流した時には既に居なかった。ここの理由を昨日解散前に大庭に詳しく聞いたのだ。ついでに、大庭から見た彼女の違和感――『後ろめたさを感じているように見えた』という部分の追及もした。
結果、居なかった理由は「突然逃げ出した」という事、違和感については「部誌を広げて見ている時から段々と見えてきた」んだそう。トリガーは霜先の「もう二度とこの絵は見られないんですね」という言葉だったと思う、とも。また、逃げる際に大庭は「『haru』とは相互フォローであるが、同時にミュートをしている」のが見えたんだそう。ここの意味は真城にはわからない。その為、メモには残すが、考察をする際には省いている。
「――気になるんです。彼女の、いえ、彼女たちの事が。事件の真相が。彼女が逃げ出した意味と理由も。全部」
「…………真城のそれは、悪い癖なのです。人は誰しも、隠したい事があると思うのです。それを暴くのは――」
「いいんじゃねぇの?探そうぜ、佐藤のこと」
「おう、僕も賛成」
「あたしもあたしも!みんなで探せばヨユーっしょ!」
「……あなた達は……全く、人の事情というのを分かっていないのですか?」
「いや、事情とか知らんし」
「それを知る為に行くんじゃねー?」
「クラスメイトとはいえ友達でもない人が突然押しかけてきたらちょっと困りそう、とは思うけど……私は賛成。どうせ暇だしね」
「……はあ。みんなどうかしてるのです。貴方達だけだど心配なので、私もついて行きますです!」
「舞さんありがとうございます!みなさんも!」
――かくして、一年二組部活(仮)のメンバーは、学校を発ったのだった。
町を歩くこと、しばらく。聞き込みもしながら歩いているが、なかなか辿りつかない。もう夕顔町も歩き疲れたな――そう、思った時。
「おっと、水仙納さんに、夜宵さん……卯月くん……勢揃いだね。みんなで何してるんだい?」
「え、先生?!」
「えー!サッキちゃんじゃーん!何してんの?!」
なんと、進行方向から担任教師である皐月裕が歩いてきたのだ。これには真城含めその場にいた全員が目を丸くした。
「家庭訪問だよ。ほら、佐藤さん今日お休みしたでしょ?亡くなっちゃった子達と仲が良かったみたいだから、それを伝えるついでに様子を見てきたよ」
などと、そんな事を言うのだから、その場にいた全員が目を合わせる。これは、こんなチャンス二度と無いだろう。
「先生、由衣ちゃ……いえ佐藤さんはお家に居たんですか?」
「うん、居たよ。ちょっと風邪っぽいみたいだけど」
「風邪だったのですね」
「皐月先生、佐藤さんのお家に連れて行って貰えませんか?」
「いいけど、何しに行くんだ?」
「私が個人的にお話ししたいんです。昨日色々ありまして……」
「ふんふん、まあいいよ。案内しよう」
「やりー!やっぱ持つべきものはサッキちゃんだねー」
「調子がいいなぁ……」
「実際皐月先生は頼りになるのです」
「持ち上げてもなーんもでないぞー」
「サッキちゃん単位ちょーだい♡」
「数学の内申点くれ」
「だから出ないって言ってるだろ。二人とも自分の力で内申と単位取ろうな」
「「ちぇっ」」
「仲良いわね……」
そんなこんなで今度は皐月を先頭に、群衆は進んでいく。まるで小さな遠足である。
辿り着いたのは集合住宅の端。奥まったところにあり、これはヒント無しじゃあ難しいなと和椛は一人呆れたように納得する。
担任教師が呼び鈴を鳴らす。数分後、「はい」とインターホンから声がする。そこで皐月はす、と後ろに下がり、真城にインターホンを譲る。意図を汲んだ真城が前に出、インターホン越しに佐藤と話をし始めた。
「ええと、佐藤さん!私です、夜宵真城です!」
「……真城ちゃん。どうしたの、いきなり」
「お話ししませんか?」
「いいけど、何を――」
「いーから一緒に遊ぼーぜー!!あたし、色んなもん持ってきたし!」
「ちょ、晴花?!」
「えっえっ?だ、誰……?!」
「えー、酷くねー?クラスメイトの土御門晴花っしょ!覚えてくれたらウレシーな?」
「あ、ああ……土御門さん……な、何の用――」
「真城が佐藤と遊びたいんだとよ。僕らは面白そうだから着いてきた」
「いえ、別に私は遊びたい訳では――」
「水仙納和椛よ。私も、由衣ちゃんとはもっと仲良くなりたいかな。大人数で押しかけちゃってごめんね。でもなんか、元気になれること、してあげたいから」
「あ、僕は付いてきただけです」
「私はただのお目付け役なのです」
「え?!まだ居る?!ま、待って?!今出るから!」
インターホンが切れる。ドタバタと音をたてながら家の扉が開かれる。マスクから覗くその顔は、確かに少し風邪っぽそうに見える。
「ごめん、こんなに居るとは思わなくて……って先生まだ居たんですか?!」
「ああ、僕はもう帰るよー。遊びたそうなこの子達を君の家に案内しただけさ」
「そ、そうなんですね……ええと、みんな……?」
「佐藤さん、今日はどうされたのですか?」
「真城ちゃん、一旦質問は後ね。由衣ちゃん、いいかな?風邪気味のところ申し訳ないけど、私と舞だけじゃ抑えきれないから」
「なんだよ和椛だって乗り気だったくせにー」
「うるさいわよ付いてきただけの葉月。とにかく、私たちと遊んでくれないかな?」
わちゃわちゃと一つの扉の前にクラスメイトが集まる。あまり話した事のない面々が、自分の家の前に集まっているこの状況に、佐藤は少し面食らい、どこか夢か幻かを見ているかのような気分になる。
でも、(真城ちゃんはどうかは分からないが)みんな自分のために来てくれた、そんなような気がして、佐藤は少し笑顔になった。
「私、ちょっと具合悪いからあんまり長い事は遊べないけど……何して遊ぶの?」
そう言って、部屋のドアは開かれた。
かくして、一年二組の同好会未満の、課外活動が始まったのだ。とはいえ、晴花の持ってきたボードゲームで遊んだり、玉翔や末原の持ってきたカードゲームで遊んだりするだけだが。
真城も佐藤も楽しんで遊んでいたが、遊び疲れて各々のんびりしている時に、それは始まった。……真城の質問タイムだ。彼女は楽しく遊んでいても、質問を忘れる事も、今朝日記を読んだ時に感じた疑問も、全て覚えていたのだ。
それを、誰も突っ込むでもなく、みな何かをやりつつ静かに耳を澄ましている。
「――それで、今日は風邪?だったからお休みしたのは分かりましたが、昨日は何故途中で帰ってしまわれたのですか?」
「…………ちょっと、ね。怖く……なっちゃって」
「怖く?何がですか?」
「……真城ちゃんってXanaduやってる?」
「なんですか、それ。大庭さんも言っていたようですが」
「真城ちゃん、XanaduっていうのはSNSの……」
「水仙納、それじゃ伝わんないだろ」
「うるさいわよ玉翔。ええと、まあ……遠くの人とお話しできるのよ」
「え!凄いです!どうやってお話しするんですか?!」
「んーと、……玉翔、助けなさい」
「は?!」
「ま、まあまあ……えーと、とりあえず見てもらった方が早いかな。こういうアプリなの」
そう言いながら、佐藤はスマホを操作し画面を見せる。――Xanaduとは、SNSの一種であり、会話アプリというよりかは情報発信・情報収集などがメインのアプリである。会話・通話アプリのLIMEが特定個人との会話・通話に限定された『閉鎖的なSNS』だとすれば、Xanaduは不特定多数の人が自分の投稿を見る事ができるという『開放的なSNS』ということになる。日常のたわいのない事を呟いたり、それに反応を残したり、同じ趣味の人と繋がったり、企業のPRに使われたりしている。投稿文に140字以内という制約はあるものの、世界中で使われているSNSである。
佐藤は自分のタイムラインを真城に見せながら操作する。途中途中『お気に入りボタン』を押したり、企業の投稿を共有したり、友達が何かを喋っていれば、その会話に参加する……など、基本的な使い方を実践形式で見せて話した。
真城はその操作の一つ一つに「これは何をしているのですか?」「これをするとどうなるのですか?」「わ、ハートマーク?が変な形に一瞬だけなりましたよ?!なんですか、これ?!」など、良い反応を示した。
一通り楽しんだ後、話が再開した。
「それで、こちらのあぷり?がどうかされたのですか?」
「んーと……私、晴海の事、フォローしてるの。でも、ミュートしてて……」
「みゅーと?」
「通知やタイムラインに表示されないようにする設定の事よ、真城ちゃん」
「結構詳しいな水仙納」
「今時普通じゃない?」
「最近始めたって言ってただろ」
「う、うるさいわよ!」
「?何故そんな設定にしてるんですか?お二人はお友達なのでは?」
「ええと……うーん…………説明が難しいんだけど…………」
佐藤は口籠もりながらも、静かに、ぽつりぽつりと話し始めた。
結論として、佐藤が晴海(更には葵)の事をミュートしているのは、嫉妬の感情が原因であった。
佐藤は自分の事を二人と比べて劣っていると、そう思い込んでいるらしかった。だから、タイムラインで彼女らの絵を見るたび、早く絵を描かなきゃ、早く上手くならなきゃという焦燥感と、彼女らの絵に対する情景とそれが反転した嫉妬、更には(これは雰囲気からの憶測であるが、)私以外の人と仲良くしないで欲しいという独占欲にも似た感情を抱いている事を明かした。
そのような感情を「気持ちが悪い」と感じ、悪と断じて、自衛の為にもミュートをしているのだと言う。彼女らの絵をネット上で見るとそうなってしまう為(つまり、ネットの絡まない現実ではそうならない)、なんだか不思議な気持ちになるんだそう。
また、これらの情報を誰かに吐き出したのは、これが初めてだ、とも。
「なるほどね。……まあ、その気持ちは分からなくもないわ。私も、近しい人に嫉妬してばかりだったし……」
「あ、僕はノーコメントで」
「なんでよ」
「それが、どうして逃げ出す理由になるのですか?」
「…………ミュートが、晴海にバレたのかと思って」
「そこ?!」
「それで自殺するとは思えんが……」
「……昨日、大庭さんたちが話してる時、晴海の……haruのミュートを外して、投稿を見てみたの」
佐藤は悲しそうな顔をしながら、haruの投稿を表示する。そこには、「ごめんなさい あおい ゆい」と書かれている投稿が、一番最新のものとして上がっていた。
それ以前の投稿も、「ぜんぶおわらせたい」だとか「たすけて」だとか、ある日を境に平仮名の多い投稿が目立ち、漢字に変換する余裕すら無くなっているとさえ感じる。
「これを見て、私……動転しちゃって……私のせいだったらどうしようって……」
「いえ、これだけでは貴女の所為だとは断定できません。もっと別の――」
「やめとけ真城。お前にゃそうかもだが、佐藤は違うんだろ」
「そうなのですか?」
「でもやっぱりそれだけだと自殺の理由たり得ないんじゃない?由衣ちゃんがその場で恐ろしくなったっていうのはわかるけど……」
「ミュートしてる理由を察された、みたいな話じゃねーの?」
「んー、あの投稿達にそんな雰囲気は無かったけどなぁ。由衣ちゃんがミュートしてるのって自衛の為でしょ?由衣ちゃんの嫉妬心を察したところで、それほどショックを受けるのかしら」
「……晴海は多くの人から攻撃される子だったの。これ見て」
佐藤はharuのイラスト投稿を幾つか見せる。そのコメント欄には、誹るような言葉、貶すような言葉、兎に角人の筆を折らせようと喰ってかかる悪意ある人たちが溢れていた。和椛はイラストの世界は厳しいとは知っていたが、ここまで世知辛い、鬼だらけの世間だとは思わなかった。
「……なるほど、友達がこの人達と同じだと分かったら厳しいか」
「………………だから、怖くなって」
「そうですか?神来社さんが佐藤さんの所為で死んだのなら、最初に見せてもらった投稿?にゆい、とは書かないのではないでしょうか」
「…………そうかな」
「それに、これだけでは小鳥遊さんも一緒に死んだ理由が分かりません。本当にそれだけの理由であるなら、神来社さんが一人で死ぬ方が理解できます」
「…………頼まれたのかもよ」
「そのアプリ?は小鳥遊さんもやっていたのですよね?そちらを見る事は出来ないのでしょうか」
「…………」
佐藤は真城に促され、小鳥遊のアカウント『あお。』を表示させる。そこには、イラストはそこそこに、「ごめん由衣」とだけ書かれた投稿が、一番上に来ていた。
無言で焦るように画面をスクロールしていく。そうして一つの投稿が目に止まった。
「『まずいかも。私もしかしたら女の子好きになっちゃった』……?ど、どういうこと??」
「何かいけない事なのですか?」
「……あー、なんかだんだん見えてきたな。小鳥遊は神来社の事好きだったんだろ」
「えっなになに恋バナ?!あたしもまーぜてっ」
「いきなり来るわね晴花……」
「で、でも全然そんな素ぶり……」
「んなの誰にも相談出来ないっしょ!察されないように振る舞うモンだろーし!」
「同性愛なら尚更だろ。しかもグループ内の一人、それも三人グループでソレなんだ、お前を仲間外れにしてしまう恐怖とかもあったんじゃね」
「…………まじか……」
佐藤は頬を赤らめながら絶句する。全く予想もしていなかった事実に、気づかなかった悔しさとグループ内で恋愛沙汰が起こってた気恥ずかしさに、頭がぐるぐるする。「言ってくれればよかったのに……」という文言も頭で回る。
「ま、これで小鳥遊が心中を選んだ理由が分かったな」
「……私はまだ納得できません」
「そうかあ?」
「何が引っ掛かってるの、真城ちゃん」
「神来社さんの死に、佐藤さんが関わっているとは思えなくて」
「それは……どうして?」
「ええと、そうですね……佐藤さんだけが悪い訳ではない。そう思うんです。根拠は無いんです。でも、佐藤さんだけが自分を責めるのは、違うと思うんです」
「………………」
「もし佐藤さんのソレも原因だったとしても、他にも色んな人が神来社さんを死なせるような要因を作っていた。なら、佐藤さんのソレは、多くの中の一つでしかないんです」
「ましろんがなんかいい事言ってる!」
「うるさいぞ晴花」
「というか、これだけでは証拠が少ないです。あやふやすぎて、貴女の所為だとは言い難いんです。だから、心配しなくてもいいのではないでしょうか?」
「…………」
真城の言葉に、佐藤は押し黙る。
「そうよ。誰の所為とか、考えてしまうのは仕方ないけど、それで後追いとかしたら二人も浮かばれないでしょ」
「それかばっちが言う〜?妹ちゃんに後追いさせかけたって聞いたけど〜?」
「うっさいわよ晴花!」
「そ、それに私、後追いするなんて」
「いーや、それは顔が言ってたな。もうホント、今すぐにでも追いたいって」
「そ、そんな顔、してた……?」
「してたしてた!もーホント、思い詰めてる!ってカンジー?」
「そうなのです。それで貴女も死んでしまうのはおかしいのです。ただ死者を弔い悼む気持ちがあればいいのです」
「……僕も、今日一緒に遊んで、佐藤さんには死んでほしくないかな……って、思いました」
「…………そう、なんだ」
「はい。なので、お二人の分、佐藤さんは生きるべきです。佐藤さんは悪くない、とは言えません。ですが、どうかご自分だけを責めすぎないでください」
真城は佐藤を手を握る。
その真剣な瞳に、佐藤は絆される。しかしすぐに真っ直ぐな視線に耐えられなくなり、頬を赤くしながら目を逸らした。
そして、「ありがとう」と小さく呟いては、ポロポロと涙を流す。次第にそれは大きくなり、気づけば脇目も振らずに泣いていた。
――外はもう、すぐに暗闇へと包まれる。
仄かに残る夕焼けの色が、今日の終わりを告げている。
少年少女達は、その家の前で解散した。だから、真城はその後の彼らの動向は知らない。
真城は今日の終わりに、大庭探偵事務所に立ち寄った。快く歓迎する男二人に、今日あったこと、今日知った事を全て話した。その後に共に夕飯を食べ、神在に送られて、自分の家へと帰ってきた。
(そういえば、私は何故この家に一人で住んでいるのでしょう?)
そんな疑問が一瞬浮かんだが、答えはすぐに得られないだろう、と飲み込んだ。
翌日。
大庭探偵事務所に、とある封書が入っていた。それを読んですぐ、大庭は事務所を駆け出した。
向かうは、宇賀時高校。
速く。何より速く。手遅れになる前に――――




