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自殺探偵  作者: きのこシチュー
21/24

case6.空に憧れた少女-1


 ——呪詛。


 君は、それが遠い昔の術比べだけじゃないって、知っていたかな?

 え、術比べとは何か、だって?

 …そこからかぁ。


 まあ今は重要な部分じゃないから省くけど、君は呪術って言われたら何を思い浮かべるかな?

 …え、漫画?今流行りの?ああ、そう…今そういうのが流行ってるんだ…へえ……てっきり丑の刻参りが出てくるかと思ったのに……


 と、ともかく、僕が言いたいのは、『呪術なんて昔の技術が、今も行われている』という事さ。まあ丑の刻参りなんてあからさまな呪術は細々としてしかやっていないけど、似たような——それこそ『呪詛(じゅそ)』は、みんなやっている事だ。それは、誰にでも簡単にできる呪術なんだ。



 ——誰もが誰もに呪詛を吐く。



 今より良くなりたいから。良くないのは誰かのせいだ。私が不幸なのは貴方のせいだ。私のせいだ。死んでしまえばいいのに。

 ——そんな風に。


 そんなものを『呪術』と呼べるのか、だって?


 ——呼べるさ。



 だって、誰かの不幸を——死を、願ってるんだから。





紅に咲き誇る月と〜松の章〜

『自殺探偵』

case6.空に憧れた少女




 ——キーンコーン、カーンコーン。


 学校のチャイムがその日の昼休みの終わりを告げる。その音に急いで教室に向かう者。駄弁りながら移動教室へ向かう者。運動場へ駆けていく体操着の少年たち。それを大声で注意する通りすがりの教師。

 いつも通りの風景。いつも通りの日常。

 誰もが「何か起こらないかな」と思いつつ、「この平凡な日常が終わってほしくない」と願う、そんなごくごく普通の平和な校内に一人。


 少女は、歩いていた。


 日常を歩く人たちとは逆の方向へ、ゆっくりと。


 その心にあるのは、焦燥か。はたまた決意か。


 手すりを掴み、段差に足をつき、上へ。

 登って、登って、登っていく。

 目指すは、日常とかけ離れた場所。開け放たれた場所。


 扉の前に立ち、呼吸をする。きっともう、隠しきれない。きっともう私は、()()()()()()()()()()()んだ。

 そう思い、口の端を結び、目を閉じ、ドアノブに手をかける。


 ——私が、何をしたんだろう。


 そんな()()()疑問は、ドアの内に置いて、外へ出る。


 そこは風の吹く場所、屋上階。日常の一部なのに、日常とはかけ離れた場所。緑のフェンスと、こんな日に限って嫌味のように晴れ渡る青い空。――あの子の描く、あの色のように、綺麗な――

 フェンスに手をかけ登っては、手を伸ばす。ここでなら、きっと――届く気がして。

 

 この非日常の真ん中に立って、私は深呼吸をする。



 嗚呼、きっと。今日、私は———











 ———死ぬのだろう。













「はぁ?学校で殺人事件??」

「はい!そうなんです!!よく知らないのですが、昨日起こったんだそうです!!」

「あのなぁ…俺が興味あるのは、ただ人が人を殺した『殺人』じゃない。人が自分を殺した『自殺』だ。真城、隣のやつにそう言っといてくれ」

「え、ちょ、待ってください!!」


——それは、二日前に受けた依頼であった。


大庭(おおば)探偵事務所には、黒髪のどこにでもいるような普通の少女が、白髪の少女——夜宵真城(やよいましろ)に連れられ、やって来ていた。

真城によると、どうやら学校のとある教室で、女子生徒二人の遺体が発見されたらしい。凶器は片方の少女のそばに落ちていた鋏だとされる。鋏にはその少女の指紋が付いていた、という。


「探偵さんはこれ聞いて何も思わないのですか?!」

「だから、鋏の近くにいた方がもう片方を刺して、で、自分も死んだんだろ?だから、……」

「………」

「………」

「……自殺だな」

「でしょう?!?!」


殺人事件、という言葉に惑わされ、大庭は初歩的なミスを犯す。これは、殺人事件でありながら、自殺事件でもあるのだ。


「よし分かった、早速捜査に取り掛かろう。現場は?とある教室ってどの教室なんだ?そして被害者とお前の関係は??」

「えっ?!えと…」

「おーい大庭ー。落ち着けー?そう捲し立ててやるなー?」


奥の方から、彼女を歓迎するように、助手の神在がカップを持って現れる。その中にはコーヒーが入っているようだった。


「あ、コーヒー大丈夫?」

「ええと、砂糖とミルクを多めに入れれば!」

「なるほど、了解。取ってくるね」

「あっ、私も手伝いますよ!えっと…神在さん!」

「助かるよ、真城ちゃん。そっちの方に角砂と…ああいや、ガムシロップがあったはずだから、取ってー」

「分かりました!『ガムシロップ』がどんなのか分かりませんが分かりました!」

「…うん、一緒にやろうか」


ぱたぱたと真城がキッチンの方へ飛んでいく。神在と真城はそのままガムシロップを探し始める。ガムシロップの形状と、どんなものであるのかを説明しながら、滅多に使ってないだろう失せ物を探す二人の姿は、どこか兄妹ようなほのぼのとした雰囲気があふれていた。

しかし、依頼人の少女はその様子に目を丸くした。普段あまり喋らないクラスメイトであったが為に、彼女の発言にびっくりしたのだ。


「…夜宵さんって、ここの助手…なんですよね?」

「まあそうだな。成り行きで、だが」

「…なんでもう片方の助手さんの名前、忘れてるっぽかったんです…?まだ来て日が浅いとか…?」

「いや、三ヶ月は一緒だ」

「えっ?!じゃあなんで!」

「…お前ら、友達かなんかだと思ったのに、そうじゃないのか?」

「いえ、全く。ほぼ赤の他人です」

「ふーん、なら何故一緒に来たんだ?」

「………私、その…今回の事件の二人と、友達で……それで、こんな事件が起こって私がショックを受けている時に、彼女…夜宵さんが、私を励ましてくれたんです」

「ほーん。じゃ、その時に真城はアンタと事件の関係性を知ってたのか」

「そうですね…私がその時教えました」

「………」


真城って、自分の好奇心に素直に、そしてそれ以外はどうでもいい…みたいなスタンスかと思っていたが、割と自分以外も見ているんだな…と大庭は彼女の意外性に感心する。よくよく考えたら、彼女はあれで友達もいる。大庭は真城の事を過小評価していたかもしれない…と、評価を改めた。

しかし、勘の鋭い真城の事だ。何か、彼女に対してピンと来る事があったのかもしれない。そう思い直し、大庭は椅子に座る依頼人と向き合う。


「じゃ、改めて聞くが。依頼内容は?」

「……学校の、二階。美術準備室で起こった事件を調査して、そして自殺の理由を教えてください!」

「——承った」


大きな声で依頼内容を言う彼女に、大庭は不敵に笑う。その言葉を待っていた、と言いたげに。

そのすぐ後に、ミルクと砂糖の小壺を抱えて神在と真城が帰ってくる。ガムシロップは見つからなかったらしい。そもそもガムシロップなんてあったか?いつもは普通に角砂糖では?と大庭は首を傾げる。


「…ガムシロップが…あるような気がした…」

「ありませんでしたね!佐藤さん、これで甘くなったと思います!」

「あ、ありがとう…?」

「買った覚えのないガムシロップを探すとか、恐怖でしかないんだが?」

「…この前買わなかったっけ?」

「買ってない」

「え?でも前に水無子さんが……」

「…………」

「…………」

「あの女か……」

「しかし何故……」


甘くしたコーヒーを飲む少女たちをよそに、男共はガムシロップの謎について推理する。と、自然に現在この場にいない不死身の少女へと行き着いた。

その直後、柳田零阿(やなぎだれいあ)——もとい、柳田千鶴(ちづる)から「水無子がうちにある砂糖類と持参したガムシロップを全部飲んで自殺しようとしてるんだけど、砂糖の取りすぎって死ねるの…?」との電話があり、推理は確信へと変わった。大庭は呆れたため息を漏らした後、「砂糖の過剰摂取で死んだ例はあるが、それはどれも糖尿病に罹った結果だ。自殺法としては効果が無いどころか意味わからんぞ。過剰摂取で死ぬならカフェインの方がまだ分かる。次からはコーヒーを75杯飲めと伝えとけ」とアドバイスし、電話を切った。


「…うんじゃあ。ちょっとした謎を解決したところで、そろそろ本題に入ろうか」

「そうだな。じゃ、まずはお前の持ってる情報を全部言え。お前の名前や所属全てな」

「え、ええと…」


黒髪の少女はおずおずと話し始めた。


少女の名前は佐藤由衣(さとうゆい)。真城と同じく、宇賀時高校一年二組に所属しており、住所は夕顔町。

被害者の名前は、鋏の近くにいた方が小鳥遊葵(たかなしあおい)。先に刺されたと思われる方が神来社晴海(からいとはるみ)。どちらも一学年だが、佐藤とは別のクラスであり、所属部活は佐藤含め美術部。

事件があった現場は第二棟校舎二階の美術準備室。第一発見者は美術教師である海原千聖(かいばらちひろ)。現在は美術室諸共立ち入り禁止となっていて、美術の授業は(美術室に道具がある為に)当面中止となっている。美術室は美術部の部室であり、美術部も当然活動を中止している。

事件1日前は小鳥遊・神来社(からいと)両者とも、美術部の活動が終わる18時頃にも姿を現さなかった為、両者は学校を休んだと思われる。佐藤は、友人であるのに自分に連絡が来なかった事を疑問に思っていたそうな。


「…へえ、そこまでもう分かったんだな。第一発見者が美術の先生だって言うのは誰から聞いた」

「ええと……け、警察の方から……」

「警察ゥ?いや待て守秘義務はどーなってんだ」

「いえ、その……事故的に聞いてしまったというか……」

「私が美術室の場所を知らなかったので、佐藤さんに案内してもらいました。その際におそらく詳細確認中だった警察官さんの声を聞いてしまいまして。その場に海原先生もいらっしゃったので、確実だと思います!」

「……なるほど、納得。その海原先生については第一発見者以外に何か情報はあるか?」

「ええと……」

「警察の方に「昨日美術室・美術準備室に鍵をしたのは自分だ」とおっしゃってました。つまり、“最後に出るのも最初に入るのも自分だ”、ということになりますね!」

「ふむ。施錠時には気づかなかった、という事だな」

「そ、そうですね……」

「……それ、先生から見たら密室殺人じゃん」

「はは、確かにそうだな神在。2人がどっから侵入したかは目下不明だが、まあその先生が嘘を言っている可能性もある」

「共犯……って事ですか?先生と、2人が?何のために?」

「そう、そこが謎だ。だから一旦無関係として置いておく。それより聞いておきたいんだが、その様子だとHRなんかじゃ詳細は語られないよな?殺害方法についてはどうやって知った。それも警察の呟きか?」

「……はい、そうです」

「眼鏡をかけた方と、なんだか優しげな大きな方が話し合ってたのを聞きましたよ。これでは自殺ではないか!って大きな方が叫んでました」

「ああ、なるほど。桐月(きりつき)天泉(てんしょう)か……てことはあちらさんはもう自殺として片が付いてんだな」


少し考えてから、大庭は誰かに電話する。電話口では誰かが怒鳴っているような声が聞こえたが、大庭は怯まず「後で行く」とだけ言って電話を切った。もうそのやり取りだけで神在は電話の相手が誰だかわかった。


「よし、行くぞ。神在と真城は左坤(さこん)んとこ、佐藤は俺とだ。お前は道すがら、神来社(からいと)と小鳥遊について教えろ」


それだけ言って大庭は白衣を翻し、外へと足を踏み出す。神在は「やっぱり…」と言いたげにため息を吐く。

 

「え、ま、待ってください!行くってどこに?!」

「はァ?決まってんだろ。——現場だよ」

「え?!」


振り返る事なく悪態をつく大庭に、佐藤は慌ててその後を追う。


「い、行ってどうするんですか?!自殺で片付いてるならもう撤収してるかもしれませんよ!」

「さぁて、それはどうだろうな?流石にまだ現場はそのままだろ」

「ふ、2人はもう居な」

「うだうだと煩ぇ奴だな。俺は死体に会いに行くわけじゃねぇよ。着けばわかんだから黙って着いて来い」


悪態をつきながら前を歩く大庭は、それでも後ろを振り返ることはなかった。



学校にたどり着いた二人は、守衛…には何も言わず、そのまま校門を通る。勿論、事件のあった学校なのだから、そのまま通されるわけもない。二人は守衛に止められるが、大庭は聞き耳を持たずにとっとと校舎に向かって行く。


「お、大庭さーーーん!!流石に守衛さんに許可取らなきゃまずいですよー!!」


そう佐藤が叫ぶのも虚しく、彼女一人だけが守衛に捕まってしまった。


「君、生徒さんだよね。どうしたの?忘れ物?」

「ぅえ?!あ、えっと…」

「今まだ現場保存中みたいだから、忘れ物だとしても関係者以外通しちゃダメなんだよね」

「ええと……」

「さっき行っちゃった人も連れ戻さないとね。あの人誰?君のお父さん?」

「うぅ……」


助けを乞うように大庭の向かった方向を見つめるが、既に大庭は校舎内に入ったのか見当たらなかった。何か他に頼れそうな人が居ないか周りを見渡すが、刑事さんらしき人がこちらへ向かってくる以外、特にこれといって誰も居なかった。頼みの綱はこっちに向かってくる刑事さんらしき人しか居ない。佐藤はダメ元でその刑事へ「助けて」と(めくばせ)をする。

刑事はそれに気づいたようだった。


「宇賀時高校の生徒さんですね。でしたら事件のことは知っていますよね。今少し立て込んでいて」

「あ、あの!刑事さん…ですよね?」

「はい?ええ、そうですよ。もしかして刑事に見えないですか?!」

「え?!い、いえそうではなくてですね…!その…大庭睦月って人…知ってますか…?」

「!睦月くんが来てるんですか?!」

「あえっと…そ、そう、デスネ…はい」


大庭睦月、という名前を聞いて、刑事は顔をぱあっと明るくさせる。テンションの上がったこの刑事に対し、佐藤は陰のパワーを発揮し自然と声を窄めていく。


「という事は、貴女は助手さんかなんかですか?」

「ぜぜぜ全ッッ然!私はその…今回の事件の二人と…と、友達で……気になった、から…依頼、しただけ…です」

「おやそうだったんですね。これは失礼しました。しかし睦月くんが来てるなら、今回の仕事は楽勝そうですね」


早く帰れそうですね…と刑事はほくそ笑む。佐藤はその様子を見て漠然と「悪い刑事だ…」と察知する。


「では現場に向かいましょうか。あ、私は刑事の霜先兌吉(しもさきえいきち)と申します。以後よろしくお願いしますね」

「あ、ええと……佐藤由衣です。ええと、一年二組で、美術部に所属しています……」

「ああ、2人とは同じクラスって訳じゃないんすね」

「あ、はい……その、同じ部活だったので……」

「あー分かります!部活っていいですよね、別の部署でも先輩後輩でも仲良くなれるって!」

「そ、ソウデスネ……」


話しながら現場への道を進む。

宇賀時高校は三棟からなる校舎で構成されている。そのうち事件があったのは真ん中の校舎・第二棟。第二棟は美術室の他に図書室、視聴覚室、理科室等がある、特別教室棟だ。通常ホームルームを行う普通教室はこの棟には無い。無いが、二年生用の下駄箱はこちらにある。

霜先と佐藤は中庭を突っ切り、その下駄箱へと歩いて行く。


「あの…2人は、その…じ、自殺って、決まったんですか…?」

「んー…まだなんとも。ちょっとね、状況が……ってそういやなんで自殺だと思ったの?」

「えっ……だって、その…………」


 佐藤はやっとそこで気づいた。自分の情報は盗み聞きして手に入れたものである、という事に。普通の生徒なら、被害者の死に方は伝えられていないが故に単なる殺人事件だと考えるはずだ。

 まずい……ここで正直に「盗み聞きしました」って答えたら、まっすぐ帰れって言われてたのにそれを破った事が先生に伝わってしまうかもしれない……!というかそもそも盗み聞きってなんかヤダ!

 1人逡巡する佐藤を見て、なんとなく状況を察した霜先は「あー……だいじょぶ、怒んないし、誰にもチクんないから」と宥めるように笑う。


「もしかして聞いちゃった?」

「ウッ……はい…………ごめんなさい……」

「だいじょーぶだって。あ、じゃあ話題変えよか。佐藤さんって神来社さんと小鳥遊さんとは仲良かったんだよね」

「え、あ、はい。たぶん……」

「じゃあ2人の普段の様子とか、別の交友関係とか、わかる?」

「えっ……と…………その…………」

「おい兌吉(えいきち)、俺の依頼人困らせてんじゃねぇよ」

「あれ睦月くん」


昇降口に辿り着いた時、ちょうど2階から降りて来たらしい大庭と合流した。


「もう現場見たんだ?」

「おう。だが一つ不可解な点がある。佐藤、ちょっと来い」

「うぇ?!あぁ、はい!」


それだけ言うと大庭は白衣を翻し、また来た道を戻って行った。唐突に指名され、声が裏返ってしまった佐藤は、恥ずかしさを掻き消すかのように駆けて行く。

その場に残された霜先は特に急ぐでもなく、ペースを乱さず大庭たちの後を追って行った。



 ———美術室。


 佐藤にとって、それは普段なら見慣れた場所のはずだった。

 少しだけ建て付けの悪い引扉は開けっぱなし。いつもなら誰彼も拒まないその扉は、今や黄色いテープで塞がれて、まるで遠いところのよう。オマケにその扉の前と中には幾つも道のようにブルーシートが並べられ、警官も数人まばらに居り、ここが凄惨な事件現場である事をありありと示している。


 大庭は何も言わず無遠慮に、その黄色いテープを跨ぎ中に入っていく。戸惑う隙もまごつく時間も与えず歩を進める探偵に、佐藤は一生懸命遅れないよう追いかけていく。先ほど入ったからか警官は特に止めもせず、佐藤も助手だと思われたのか、普通に通された。

 

 青い道は、黒板の隣の――美術室に入ってすぐ右にある――扉の先へ繋がっている。

 美術準備室。

 美術部に所属していても、あまり入らない物置のような場所だ。イーゼルも画材もロッカーも広い美術室に置いてある。あるのはなかなか使わない油絵の道具やらいつ使ったか買ったか分からない謎の道具、ほとんど使わない石膏像、壊れた画材イーゼル椅子、部誌のあまりが入ったダンボール、埃被った布に隠された大きな絵画……あるのはガラクタばかり。掃除用具を入れるような縦長の少し凹んだロッカーも、中は空で置いてある。


 ――そのロッカーの前に、ソレはあった。


 開かれたロッカーと、ドラマで見るような人型の白いテープ。番号の書かれた黒い札。血痕。そして――


「アレだ。アレをお前に見てほしい」


 ――探偵の指差す先には、赤黒い、指で書かれたであろう何かのマークと文字があった。




 §

 


 

「はいこれ遺留品」

「いやまだ何も言ってないんですが?」


 こちらも見ず、ジップロックに入った品を手渡す女――左坤白露(さこんはくろ)を前に、署に着いたばかりの神在は戸惑い面食らう。

 真城は「いりゅーひんってなんですか?」と言いたげに首を傾げている。が、尋ねる隙を与えず左坤が口を開く。


「死体は一応司法解剖に回してるわ。まあ分かりきった答えしか出ないでしょうけど」

「あのー淡々と説明しないでもらえます?」

「なによ。どーせ遺留品やら遺書やらが無いかが知りたいんだろうからこれでいーのよ。科研も今回特に役に立たないし」


 やさぐれ気味の左坤を横目に、神在は受け取った遺留品を改めて見る。真城も一緒にそれを見つめる。


「……ノート?」

「そ。他に遺書らしいものも無かったから一応中は見させてもらってるわ。内容は遺書……というか、誰かに宛てた手紙ね。ま、遺書も大抵は手紙である事が多いけど」

「……これが遺書、か」

「いりゅーひん?というのは……小鳥遊さんと神来社さんのおとしもの、みたいな感じなんですか?」

「そうね、大体そんな感じ。あと犯人の残し物とかもそう呼ばれて……あ、それなら凶器も一応あったわね。はいこれ」

「すっごいポンポン出すじゃん……」


 左坤は白衣のポケットからジップロックに包まれた凶器を神在に差し出す。凶器は普通の鋏。刃の部分にべっとりと渇いた赤黒い血液が付いている。


「指紋はいろいろ着いていたんだけど、小鳥遊葵の物と、母親、父親の物のみ確認できたから、恐らく家族共通で使っていた鋏ね。そして鋏に触れていたのは小鳥遊葵のみで実行も小鳥遊葵だと考えられるわ。血液は神来社晴海、小鳥遊葵双方の物で確定。血の渇き具合から刺したのは夜中……ってな感じね。そんなところで科研の仕事おーしまい。あとは頑張ってね自殺たんてーさん」

「雑だな……」

「二人の死因……特に小鳥遊さんの死因は分かっているのですか?」

「一応それを確定にする為に解剖に回してるんだけど……私の見解で良ければ聞く?」

「是非!」


 真城はわくわく、とした表情でメモ帳とペンを構えている。そこで人目に気づいたのか、左坤は近くの会議室に移動する旨を伝え、そこで見解を話し始めた。


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