case1.自殺トリックを暴く者-2
「『アパートの一室で首吊り遺体を発見。原因は浮気か?』…えーっと、発見現場は加賀瀬尾市夕顔町二丁目、被害者名は東阪青葉。性別は女。足元に遺書があり、それには「彼氏が浮気した もう嫌だ 死にます」と書いてあった、…か。どの辺が不審なんだ?」
神在は大庭が指差した記事をつらつらと読み上げた。
遺書以降の記事は「最近市内で自殺者が増えている」と続くため、彼は意図的に割愛した。
「不審?俺は自殺が絡む事件全てに首を突っ込むだけだが?」
大庭は、さも当たり前のようにそう言って、事務所の外階段を降りて行く。
此処、大庭探偵事務所は、三階建て建物の二階三階に入っている。二階は事務所、三階は生活スペースとなっている。
二階へ登るには外階段を使う他にない。
ちなみに一階にはうどん屋が入っている。大庭はここのうどんをあまり食べた事はないが、神在によると美味しいとのこと。
「はぁ…まあお前らしいと言えばそうか。で、これから何処へ向かうんだ?現場か?」
神在はため息を吐きながら大庭の後を追う。
「うんにゃ、新聞記事になってるって事は恐らく死体は回収済みだろう。死体安置所へ行くぞ。その後現場だ」
「まあそりゃそうか。了解。付いてくぜ」
そうして、二人は街のほぼ真ん中に位置する警察署—『加賀瀬尾警察署』の死体安置所へ向かって行った。
しかしまあ当たり前のように受付で揉める大庭である。
「死体安置所に通せ」
「どちら様ですか…」
というやり取りをずっと続けている。
所謂質問の堂々巡りというやつである。
神在は呆れながら、しかしちゃんとやってくれるだろうと信じ放置していた。が、5分経ったところで状況は変わらなかった為に、彼は痺れを切らし、仲介へ入ろうとした…というところで、大庭は神在から新聞を奪い、例の記事を受付に見せてこう言った。
「この死体はあるか?」
受付はギョッとしたような顔で「何故ですか?」と尋ねる。
当然の反応であるが、大庭はその言葉を聞いて、何も言わずツカツカと受付の横を通り過ぎようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!まだ受付が済んで」
「さっきの反応からみてあるんだろう?死体」
受付の方へ振り返りながら大庭はそう言い放つ。
その何の迷いのない、まっすぐなセリフに受付は面食らう。
しかしすぐさま次の質問を投げつける。
「あ、貴方誰なんですか?!」
「ああ、名乗らなかったか。俺は大庭睦月。
——自殺探偵だ。」
ちなみに、受付は死体の事など何も知らない一介の事務員である。
あと、ちゃんとした受付は神在がした。
——死体安置所。
そこには、一つの死体がベッドの上に横たわっていた。
職員によると、この死体は昨日の夕方から夜にかけての時間帯に見つかっており、まだ日が経っていないとの事。第一発見者は大家さん。
また、遺族とは聴取が行われたが、彼女の自殺の原因だと思われる彼氏・間宮智史とはまだ聴取が行われていないらしい。
「…彼氏が怪しいところか?まあまだ他殺と決まった訳ではないが…」
神在はそうポツリと呟くが、先に横たわった東阪青葉の死体を観察していた大庭は「いや、」とその意見を否定した。
「…何か分かったのか、大庭」
「ああ。分かった。」
事務所を出た時から変わらない無表情にも似たその顔のまま、彼はこう告げる。
「これは自殺じゃない。
——他殺だ。
そして、
間宮智史は容疑者ではない。」