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自殺探偵  作者: きのこシチュー
19/20

case5.遡ること、三ヶ月前-3

 

 所変わって加賀瀬尾市警察署会議室。

 その中では、四人が今まさに情報交換を行おうという場面であった。しかし何故か緊張の糸が張られていた。しん、と静まり返っている。


「さて。んじゃあとっとと話してくれよ、琥珀さん?」


 最初に口を開いたのは大庭だった。彼は椅子の背もたれを前にして座っているが、ツッコミ担当が居ないからか、誰も彼に注意する者は居なかった。


「な、なにを」

「自分と、娘の事」

「……」


 緊張で疲れた体を癒すように、琥珀は一つ深呼吸をした。大庭と琥珀は、机を挟んで向き合っている。彼の試すような、余裕のある顔に、琥珀は顔を(こわば)らせる。


「…ええ、では話します。それで、娘が見つかるのなら」


 そう一呼吸置いて、彼女は自分と娘について語り始めた。



「私は水仙納琥珀。娘は和椛と言います。住まいは加賀瀬尾市と岳葉の境目あたりにあり、娘は宇賀時高校に通っております」

「ふーん。娘さんを岳葉の高校に通わせなかった理由とかあんのか?」

「いえ、特には。娘の希望でした」


 大庭の質問にさらりと答える琥珀の顔を横目で見て、兌吉えいきちは何か違和感を感じた。頬が、目が、何かを隠している時の動きをしていたのだ。

 だが、彼は問いただしはしなかった。情報の無い中で嘘の確認など、はぐらかされるかヒステリーを起こして帰ってしまうかもしれない。真実を掴む前に逃げられたら、たまったものではない。

 大庭はその様子に、兌吉えいきちが何か感じた事を察し、次の質問を彼女に投げかけた。


「ってか宇賀時って文化部系の学校じゃなかったか?娘さん、なんか部活とかやってたか?」

「吹奏楽部です」

「ほお。なんか楽器やってたん?」

「吹奏楽としてはフルート、小さい頃にピアノをやってました。とっても上手なんですよ、見ます?」


 気を良くしたのか、意気揚々と琥珀はスマホを取り出して動画を見せてきた。疑問形ではあったが、断らせる気は微塵もないようだ。

 その動画は、小さな少女がピアノを弾いている様子を映したものだった。たどたどしい様子もなく、まるでプロかのような(さま)で、正確に、しかし感情豊かに、美しい旋律を奏でていた。

 少女の髪は、あの病室の少女や琥珀と同じ灰色をしていた。目の色は角度的に確認できなかった。


「…これ、いつのなんだ?随分幼いが…」

「ええと…確か5歳くらいです。その時のピアノの大会で、賞をとりまして」

「ふうん。所謂天才児って奴か。なるほど、だからアンタはよく騒ぎに来るんだな。優秀だから誘拐されてもおかしくない、と」

「そりゃあそうです。親なのだから、心配しないわけがありません」


 当たり前です!とツンとした態度で言い放った言葉に、理由もなく兌吉えいきちは身震いした。

 何故、身震いしたのか分からないため、彼女に何か原因があるのではないか?と思い、彼は琥珀を凝視し始めた。琥珀はそれに気付いていないようだった。


「ま、その辺はどうでもいい。で、アンタ夫さんは?シングルか?」

「ええ、シングルです。娘が小学一年の時、喧嘩別れして以来、夫とはもう何年も連絡を取ってません。たぶん連絡先も変わってるんじゃないかしら」

「ほお。じゃあそうだな…娘さんにご兄弟とかは?」

「いえ、いません。娘は一人っ子でした」


 琥珀を凝視していた兌吉の顔が、怪訝そうに歪む。

 それを見て大庭は(今のは嘘か)と判断し、次の質問へ向かった。


「ふーん。なら離婚時揉めなかったのか?子をどっちが連れてくか」

「いえ全く。あの人は仕事で忙しそうでしたから」

「へえ。喧嘩別れなのに?」

「ええ、初めからこの子は私が引き取ると、明言しておりましたもの。別にこの子を巡った喧嘩なんてしてません」


 今の言葉に、兌吉がハァと小さくため息をついた。そして口パクで「反吐が出そう」と大庭に伝えた。

 その言葉の真意は大庭には分からなかったが、兌吉にとっては許しがたい言葉だったのだろうと察した。


「ふーむ。じゃあちと踏み込んだ質問行くぞ。()()()()()()()()


 ピクッと琥珀の眉が動き、表情が険しくなる。

 そして次の瞬間、衝動的に机を叩いて立ち上がり、ヒステリックに喚き始めた。


「はあ?!そんなわけないでしょう?!アナタさっきの動画本当にちゃんと見てた?!()()付いてたわよね?!うちの子は天才なの!!そんなハンデになるようなもの、付けてるわけ無いじゃない!!変な質問はやめて頂戴!!」


 大庭と兌吉が同時に冷めた視線を送る。

 しかし琥珀は何故そんな顔をされなきゃいけないのか分からず、もっと煩く喚き散らした。


 痺れを切らした震が、ドゴンッといっそう大きな音を立てて机を叩き、立ち上がった。それにびっくりして、琥珀は黙ってしまった。


「ちょっと煩いですよ。ここは会議室であって、取調室でも、貴女の家でもありません。なのでこれ以上騒ぐのでしたら、とっととお引き取り願います。ええ。帰ってもいいです。ですが、その代わり娘さんは“()()()()()()()()”捜す、なんて事はしません。見つけても貴女には返さず父親の方へ返させていただきます。その方が娘さんの為でもあるでしょう」


 淡々とした口調で、しかし怒りを滲ませながらそう告げる震に、少しは怯んだものの、琥珀も負けじと意見をぶつけた。


「は、はぁ?!何よそれ!アンタ本当に警察?!幾らなんでも身勝手すぎない?!それに、あの子の親権は私が持ってるのよ?!私より(アイツ)の方が優秀だっていうの?!」

「優劣の話はしておりません。教育上よろしくないかと思いまして。確かに警察はご家庭の事情に介入してはならないかもしれません。ですがそれでどうして国民や市民を守れると言うのでしょうか。悪人に育てられる子供なんて、私はもう見たくないのです」

「つまりアンタは私が和椛に虐待をしていると、そう仰りたいのね?!馬鹿じゃないの?!私は今まであの子に酷いことなんて一度もした事ないのよ!ご飯もあげてるしいろんな物も買ってあげてる!あの子が才能を発揮できるように舞台だって揃えてあげたのよ!?私以上いい母親なんて居ないくらい!」


 そう豪語する琥珀に、その場にいた三人は思わず呆れたため息を漏らした。

「ただの勘違いババアじゃないですか」と兌吉。

「ここまで来ると少し滑稽だな」と半笑いで大庭。

「お二人とも口が悪いですよ。…ですが、確かに滑稽ではありますね」と震。

 口々に文句を言われ、笑われ、哀れまれ…琥珀は顔を真っ赤にして更に怒り狂った。


「まあまあ、そんな熱くならずに。今は情報交換の話し合いの時間だ。だから一旦落ち着こう、な?それに、怒るって事は図星って事と同義だぜ?琥珀さん」


 そんな彼女を宥めたのは大庭だった。彼の最後の一言によって、琥珀はピタリと停止した。


「そもそもさっきの質問だが、俺は()()()()()()()()を聞いたのに、お前は()()とハッキリ明言した。つまり、和椛さんは義肢、それも右腕を喪失してるって事になる」

「ち、ちがッ」

「誤魔化しても無駄だぜ?これ以外にも幾つか兌吉がお前のついた嘘に気付いてる。つまりアンタはただの()()()()()()()()()だ」

「ッ!!」


 琥珀は興奮気味にぐるり、と隣にいる兌吉の方を向く。彼は全てを見透かしそうな、冷め切った目をしていた。その地獄の裁判官のような雰囲気に、琥珀は恐れ慄き、しかし目を離す事は出来なかった。


「…娘さん、ご兄弟がいらっしゃるんですよね?」

「……ッ」

「娘さんを宇賀時高校に入れたのは、娘の希望よりも、貴女の意思ですよね?」

「………」

「加えて娘に「○○してあげてる」ですか。高圧的で自己中心的…僕解っちゃうんですよね〜、「私はこんなに頑張ってるのにどうして成果を出せないの?」…そんな風に、日々娘に対し不満を持ってるんじゃないんですか?」

「そ、そんなわけ無いじゃない!」


 激昂して立ち上がった琥珀を諫めるように、ぱんぱんと拍手が鳴り響く。


「ヒートアップしすぎです。お二人とも一旦落ち着きましょうか。琥珀さん、貴女が嘘つきでお子さんに多大なる期待(プレッシャー)をかけている事はよーく分かりました。貴女とお子さんの事がよーく分かったところで、議題を変えましょう。ずばり、失踪前夜と今日の事についてです」


 切り替わった話題に、三人は気分を改めた。



「ではまず。娘さんが居なくなったと気付いたのはいつですか?」

「…学校からの電話です。そこで、娘が学校に行っていない事に気づきました。その後何度も娘に電話をしたのですが…」

「出なかったと。ふむ。それは何時ごろ?」

「ええと今日は確か午後授業がない日だから…13時頃ですかね」


 大庭は会議室にある壁掛けの時計を見上げた。現在の時刻は14時半を少し過ぎたくらいだ。


「琥珀さんは今日お仕事などは?」

「休みです」

「ふむ、そうですか。では、昨日の夜はどうされてました?娘さんの様子は普段と変わりませんか?」

「普段通りでした。娘が寝たのを確認してから寝まして、朝は少し起きるのが遅くなってしまったので、私を起こさず学校に行ったものと思い込んでいまして…」


 彼女は言いながら涙を流し始めた。その様子に、喜怒哀楽の激しいババアだな、と大庭は心の中で悪態をついた。


「ふむふむなるほど。まあ彼女に関する情報はこのくらいでしょう。あとは大庭くん、今朝見つかった少女についての情報と見解をお聞かせください」


 大庭は病室で話していた事を簡潔に伝えた。

 髪色、目の色、記憶喪失である事、海に背中から落ちたらしいという事、右腕が義肢である事…など。


 最後に彼は、あの単語について話した。


「『ファニー』ですか」

「ああ。目下として意味は不明だ」

「…いえ、なんとなくですが、私は分かりましたよ」

「えっ…はぁ?!」


 いくら考えても――水仙納親子について知ったとしても、大庭はたどり着けなかったというのに、震立夏という男はここまでの情報だけで、辿り着けたらしい。その事に、大庭は少しムカついた。


「その少女と和椛さんが同じ人物だと仮定すれば、ぴったりハマると思います。琥珀さんは、和椛さんは音楽の天才だとおっしゃった。そして『ファニー』という単語。そこから導き出される答えは、結婚行進曲で有名なメンデルスゾーンという作曲家の姉の事。…だと私は考えましたね」

「なるほど作曲家か…!なら俺が分からなくて当然だな。何故なら興味がねぇからな!」


 ハハハッと楽しそうに大庭は笑う。

 笑い声を聞いた震から「君はもう少し色んなことに興味を持った方がいいですよ」との呆れ声が漏れた。


「ま、これであの少女が水仙納和椛である確率が上がったって事だな。一歩前進だ。よしじゃあ最後に震が電話で言いかけてた事教えてくれよ」

「いいですけど、恐らくこの話には関係がないでしょう。それでも良いですか?」

「なんでもいい。とっとと教えろ」

「…わかりました。本当に取るに足らぬ情報ですが…」


 震は一呼吸置いてから、口を開いた。




「これは桐月くんにかかってきた匿名電話の内容なのですが…


 『()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()』」







「………は?」


 その一瞬間、会議室に静寂が訪れた。





 §





「よーし、まあ大体見て回れたかな!」

「そーですね!やっぱりこの街って面白いです!」


 ぽてぽてと三人組が夕顔町を闊歩している。

 彼らは夕顔町にあるほとんどの施設へと足を運び、最後に残るはトンネルの向こうにある『海の見える教会』だけである。


「そういやファニー、なんか思い出した?」

「いえ…なにも。すみません…」

「いーよいーよ、謝んないで。…一応聞くけどましろんは?」

「私の過去の事ですか?なーんも分からないですね!!どれもこれも初めて見ました!!」

「そっかぁ!!!」


 真城の清々しい笑顔を見て、刈眞も思わず笑みが溢れた。

 今まで病院から近い順に、警察署、駅、駄菓子屋で駄菓子を買い、コンビニで飲み物を買い、宇賀時小学校、宇賀時中学校、大庭探偵事務所の下にあるうどん屋でうどんを食べ、大型スーパーで未だ病院服の少女に服を買い、夕顔大学、宇賀時高校…と回ってきてはいるが、何一つ思い出せていないどころか、刈眞の財布の中身が減っていくばかりである。別に彼はその事については嘆いていないようだが。


「…ま、最後はここに賭けるしかないよね」


 ひっそりと、隠れるようにある()()を見て、刈眞は不敵に笑った。

 ()()は、人と動物くらいしか入る事が出来ないだろう大きさの、トンネルだった。

 トンネルは昼なのに薄暗く、今にも何かが出てきそうな、そんな恐ろしい雰囲気を醸し出していた。絶対夜一人で行きたくないタイプのトンネルだ。


「この縦穴…どこに繋がってるんですか?」

「縦穴って…ま、行ってみれば分かるよ。ましろん、そういうの好きだろ?」

「!!…刈眞さん、よく知ってますね!」

「まぁね〜!伊達に精神科と心理学(きわ)めてないからね〜!」

「えっ刈眞さんって精神科医なんですか?!」

「精神科医はわかるんだ…そだよ。だからワケアリ医師なのさ。本来あの病院にない精神科だけど、無理言って置いてもらってるんだ。ま、ちゃんと内科とかカウンセリングとか、フツーの診察も出来るから、問題は無いんだけどね〜」

「へえ〜、なんでそんなにあの病院に居たかったんですか?」


 その質問に、刈眞はトンネルへ足を進めながら答えた。

 動き出した彼に追いつこうと、二人のまっさらな少女も慌てて歩き出した。


「…馬鹿な事に執着する誰かさんが壊れちゃった時は、僕が治療したいからね。待つ場所は、近い方がいいだろう?」


「…?それはどういう…」


 何か決意のようなものが滲み出る背中に追いつき、真城は彼の顔を見た。だが、薄暗いこの場所では、彼の顔はよく見えなかった。


「なーんてね!ジョーダンだよ、ジョーダン。そんなんで病院側に通るワケないじゃないか。普通に『非常勤のカウンセラー』みたいな感じで雇ってもらってるだけだよ」

「えっ…?はあ…そう、なんですね」


 なんだか煮え切らないもやもやした気持ちを感じながら、真城は刈眞とファニーと共にトンネルの中を歩いていった。

 そのうちに、薄暗い空間の先に光が見えてきた。


 トンネルを抜けた先にあったのは、廃れた教会と、海の先の地平線が見える崖だった。




「…!!」




 この景色を見た途端、何かに誘われるように、導かれるかのように、ともすれば衝動的とも見える形で、少女は走り出した。


「ファニーさん?!どうしました?!」

「おっとマッズイ。やっぱり此処だったかー、彼女のターニングポイント。いやーでも面白そうだ」

「な、なに笑ってるんですか刈眞さん!早く追いかけますよ!」

「うん勿論追いかけるよ。でもねぇ、記憶喪失者なんてそうそう居ない。一気に記憶を取り戻したら本当に危ないのか知りたいし…どんな行動をするのかもきになる…だから僕としては、もう少し観察したいところなんだよねぇ」

「言ってる場合ですか!?早く行かないとまた落ちちゃうかもですよ?!」

「うーんそれもまた一興」


 にやにやと状況を楽しんでいるような刈眞に、(あっこの人ダメだ、意地でも走らない気だ)と真城は判断し、少女に追いつくくらいの速さで走り出した。

 走りながらも、前を行く少女に声をかけていたが、そのどれもに反応する様子はなかった。何かとても必死らしい。そもそも真城の声が彼女に届いているかも分からない。


 そうして少女は崖――ではなく、教会へと辿り着いた。

 真城は(落ちないんだ!良かった!)と内心ホッとしながらも何故教会なのだろう?と首を傾げずにはいられなかった。




 廃れた誰もいない教会。

 その戸を、少女は必死な剣幕で、乱暴に開いた。

 その先には、



「わ、かば…?」



 少女によく似た、髪で右目を隠した、顔色の優れない少女が居た。





 §





 大庭は急いで会議室を出ようとしていた。早く行かねば決行するかもしれない。


「おやどうしました、大庭くん。何をそんなに急いでいるのです?」

「はあ?!決まってんだろ、止めに」

「何故です?」

「は…?!」

「だから何故です?なにゆえ止めに行くのですか?」


 震の予想外の質問に、大庭は固まる。

 彼はからかっている訳ではなく、至って真剣のようで、それが更に大庭を混乱させた。


「何故って…それが人命を救う警察官の言う事か?!」

「確かに警察官の仕事は悪人から無辜の民を救う事です。ですが、自殺、というのは、自分で決めた事でしょう?それを何故、警察が止めていいと、そう思うのです?私には、そこが理解できません」

「は、あ…?!他人が誰かを殺す時だけ助けるくせに、自分で自分を殺す時は助けねぇのかよお前は!!」

「ですから、何故誰かが決意した事を、私が阻んでいいと考えているのか、私はそれが分かりません。貴方だって、自分が決めた事を見知らぬ誰かに、とやかく言われたり止められるのは嫌でしょう?私は嫌です」

「…ッ!…そ、んなんだから、自殺者が、減らないんじゃないのか…?!」

「ええ、でしょうね。ですが、自殺というのは、死を選択できない全生物の中で唯一、人間だけが見つけ出した、()()()()()()なんです。誰かが選択した一つの未来なんです。これは学生が進路を決めるのと全く同じ。なんら変わりません。これをどうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その人が決めた進路なのだから、外からとやかく言うべきではありません。咎めていいのはキリスト教徒くらいでしょう。まあそれも、“自殺が大罪”だなんて聖書には載っていないらしいので、結局は止めなくてもいいみたいですが」

「……ああそうかよ!だから俺はお前が嫌いなんだ!」

「嫌いで結構。逆に聞きますけど、君はどうしてそんなに自殺に執着するんです?」


 どこまで行っても意見が交わる事なんてない、とそう判断し、足早にその場を立ち去ろうとしたが、大庭は震の質問に、またも足を止めた。

 そして少し考えたのちに、


「このまま死を許したら()()()()()()()()()()が分からねぇじゃねぇか!!数式でも、論理的にも解けないそれを、分かるかもしれねぇ機会があるってんのにみすみす逃す馬鹿がいるか!!」


 とだけ答えて、駆け出していってしまった。




「…君も大概、馬鹿な男だね。私は君のそういうところが嫌いなんだ」


 ぽつりと、そんな呟きが、大庭の居なくなって静まり返った会議室に消えていった。


 震は琥珀に「もう会議は終わりですのでお帰りくださいね」とだけ言って、会議室の外へ出て行ってしまった。

 嵐のように去っていった二人の喧嘩に、兌吉と琥珀はぽかんとした顔で(しばら)く動く事を忘れていた。



「…帰りましょうか」

「…そうですね」


 我に返った二人は、そそくさとその場から出ていった。




 警察署前まで刑事はその女性を見送った。その別れ際、刑事は耳打ちで別れの言葉を言った。



「もう二度と、子供さんを道具扱いしないでくださいね」



 小声ながら気迫のこもったソレは、まさしくその母親に向けられた脅しだった。

 母親は驚いて刑事の顔を見たが、そこには優しい笑みしか存在しなかった。


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