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自殺探偵  作者: きのこシチュー
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case4.怪物に殺された少女-3

それに水無子は苦い顔をする。


「…まあ、そうだよね。話題逸らしなんてその場しのぎだし。…どうして君は、そんなにそれが知りたいんだい?」

「どうして、って…知りたいからです。それ以外にありますか?」

「…………」

純粋に知りたいだけとわかる、その瞳に、雨月は一層苦しそうな顔をする。

そんな水無子の手を優しく掴んで、真城は、まっすぐな目線を少女に注ぐ。

大庭はその様子をただ静かに見守っていた。


「私は…私には、何もないんです。何が大切で、何が必要で、何が『私』なのか。分からないんです。知りたいんです。全部。必要でも不必要でも、私は、この腕に、頭に収まるモノ全て。知りたい。そもそも私には何が必要か、不必要かわかりません。だから、きっと。その中に、この心の空っぽが治る何か。私が探す『私』。それが、あると思うんです。

だから、教えてください。私にはそれが必要なんです!」


ぐいぐいと迫る真っ白な少女に気圧けおされて、水無子は汗を滝のように流し、そして観念したように溜息を漏らす。


「……わかったよ、教える。でも、きっと貴女は肩を落とすよ。なんだ、そんな理由か…って。それでも?」

「それでもいいです!聞かせてください。それに、私は…きっと笑いません!」


優しく、そして力強く。

真っ白な少女は、真っ直ぐな眼差しで、そう明言した。

その言葉に背中を押されたのか、水無子は覚悟を決めたという顔つきで、口を開く。



「…逃げたかった。ただ、それだけだよ」



紡がれた言葉は、とても簡単なもので。

真城はどうして言いたくなかったのか、分からなかった。

でもそれよりも、真城は彼女に聞きたいことがあった。

「何から、逃げたかったんですか?」

真城の真剣な眼差しに、水無子は暗い笑みで答える。その姿は、きっと本当に死を望んだ人間がするものなのだと、真城はなんとなく思った。

「……なん、だろうね。現実、人々の目…色々あるけど…やっぱり一番は自分かな」

「自分、ですか…死ぬと逃げれるんですか?」

「うーん…どうなんだろう。死後の世界が本当に存在するなら逃げれないし、輪廻転生が本当なら逃げれるかもしれない。…とっても曖昧だけど、ボクは縋るしかなかったのさ」

「そう、なんですね…ところで「りんねてんせい」ってなんですか?」

「そこなの?!」

予想外の質問に水無子はのけぞりかえった。


水無子がその質問に答えようと口を開いた時、一秒早く神在のセリフと被ってしまった。

「あ、すまん…」「ご、ごめん!」

そして互いにお先にどうぞ精神の、謎の譲り合いが起こる。

それを見たレイアがすぐさま横槍を入れる。

「あーあー、そゆのいいから。ましろんにはわしが後で説明する故、和夫ははようさっきの科白セリフを言うのじゃ。気になって仕方がないからの」

レイアはやれやれと言いたげな呆れ顔でそう促し、水無子は「それなら」という感じで神在を見、神在もそれに従う。


「ええと…ホント些細な事なんだけど…




雨月先生、


なんで生きてるの???」





話の流れ的に大ダメージが入ったのか、「生きててごめんなさい」と言いながら顔を真っ青にして水無子はその場に倒れた。

「あー!かずおがみなこちゃんのこと(精神的に)ころしたー!」「いーけないんじゃぁ、せんせいにいっちゃうのじゃー」「もうちょっとおんなのこのきもちかんがえなさいよー」「かずおったら、でりかしーないのじゃー」「ねーましろー」「え?!ええと!神在さん頑張ってください!」

なんというデジャヴ。

さっきの仕返しと言わんばかりに、大庭もノリにノっている。そして真城は相変わらず分かっていない。

「いいいや違う!そうじゃなくてほら!死のうとする瞬間の目撃者が居るのにどうして死んでないのかっていう話!!」

焦りながらそう神在は弁明する。

その言葉を聞いて、レイアはハッとしたように真面目な顔に戻る。

「確かにそうじゃ…!わしは確かにこの目で彼女が落ちたのを見た。千鶴も「確かにこの目であの子が川に落ちるのを見た。だから今生きているハズがない」と言っておった!どういうことなんじゃ?」

そう言いながら、レイアはそこに転がっている水無子の頬をツンツンとつつく。

つつくたびに水無子は「うーん」と唸るが目覚めはしなかった。

その様子を見て、大庭はくくっと笑う。

「いや、お前ら先祖子孫どっちもソイツの死目撃してんの笑うわ。つーかその、千鶴?はお前のばーちゃんとかに当たるわけか?」

「いや、確かお爺様の母じゃ。わしが生まれる随分前に死んだそうじゃ」

「ほー?まあどっちにせよ千鶴とソイツは同年代、いや同じ時代を過ごした事には違いねぇ。ならやっぱりおかしな話になってくる」

そう言って、大庭は転がっている水無子の脇腹を思いっきり蹴った。

その拍子に意識を取り戻したらしく、蹴りと同時に「オッ…ぐぉあ?!」という鳴き声が聞こえた。

水無子がしばらく痛みに悶絶していると、「目ぇ覚めたみてぇだから言うけどよ」と言いながら近くにヤンキー座りする大庭が、視界の端に見えた。


「お前、ナニモンだ?」


「……」

水無子は痛み故か、何も言わない。

「…いや、言い方を変えよう。

お前、何歳だ?

見た目は17か18の女だが…それだと計算が合わん。

それに、どう考えても死んでいる状況で、何故今もこうして生きている?

川…は様子が分からんが、氾濫でもしていたらまず助からんし流れの早いとこだったら尚更だ。あと薬とか飲んでたら致死率高いな。そんで崖。こっちは完全に助からんな。

どういう事なんだ?納得のいく説明を頼む」

水無子を見下すように大庭は彼女の顔を覗き込む。

無表情に隠した好奇心を見つけて、水無子は少し安堵にも似た気持ちを覚えた。

嗚呼きっと、彼の本質は、ここなのだ。彼の持つ、好奇心という“純粋な子供らしさ”はきっと、いつになっても無くならないのだろう。

そう直感して、「この人は怖くない」と水無子は感じたのだ。

むくり、と彼女は起き上がり、彼と顔を合わせる。

そして次に、周りの人達の事も見る。

…みんな、困り顔を見せる人もいれば、ワクワクを顔に貼り付けたような人もいて、なんだか冷静に彼らを見てみると、ここに居るのはみんな純粋な子供で、自分に何かを強いる大人も、自分を探ろうとする悪意も、何もなかった。何も怖くなかったんだ、と水無子は安堵の溜息を漏らした。

そして、彼女は意を決して自分のことを打ち明けた。



「ボクは、死ねないんだ」



その場にいる全ての人の思考が停止したのか、数分の沈黙が流れる。

「…は?」

そしてその沈黙を破ったのは、大庭だった。

「お前さぁ…人は死ぬから人なんだぜ?それなのに死ねないってなんだ。お前人のナリしてるクセに人じゃねぇって事か?いやそれも信じられないが」

矢継ぎ早に疑問をぶつける彼の顔はあり得ないと言いたげだったが、それでも好奇心が隠せておらず「真相を教えろ」と言っているようだった。

そんな声に答えるように水無子は、懐から刃物——カッターを取り出した。

それと同時に袖をまくりあげ、そして周りが理解するより早く、その生腕に綺麗な赤い線を引っ張った。

「ちょっ!!」

「なッ…何してるのじゃ!!早くタオル、」

「いや、その必要は無いよ」

レイアがタオルを取りに部屋を飛び出そうとした、その時。



彼女の腕にあった赤い線が、一瞬にして消えた。



「…へ?」

「どう?これで信じてくれる?」

垂れようとしていた血液も、何もかもが無かったかのように消えている。

真城が遠慮なくぺたぺたと触るが、痛みで顔をしかめる…なんて事もなく、本当に傷が全て消えてしまったらしい。

「す、凄いです!ここにあった傷は何処に行ってしまったのですか?!」

「んー、何処だと思う?」

ドヤ顔で真城の問いに答える水無子。真城はそれに「天国ですか?!」とかなんとか、めちゃくちゃキラキラした瞳で答えた。

そんな二人の間に割って入ったのは大庭だった。

「…素人はそんな簡単に腕の動脈なんて切れねぇはずだ。お前、何回目だ?」

「ん?うーん、分かんないや。数え切れないくらいやってるから…でもそのどれもで死ねないから、これでホントに人が死んでるのか疑問に思うよ」

「残念だが、手首を切って死んだ奴は結構いる。20人に一人は確実だな。だがまぁ…お前はその一人に絶対含まれんのだろうよ」

そう言いながら、彼もまた無遠慮に水無子の無傷な生腕を触る。

そして降参だと言いたげに溜息をついた。

「はぁ…分かったよ、認めてやる。こんな綺麗サッパリ傷が消えちゃあ何も言えねぇよ」

お前みたいな奴が存在するんだな、と一言付け足して。

その言葉を聞いて、水無子はホッとしたような笑顔を見せた。


「でもどうしてこんな体になっちゃったんですか?」

「?どういう事だ、真城」

「いえ…だって皆さんが普通なんですよね?水無子さんのその状態が普通じゃなくて…

でないとそんな反応にはならないはずです」

「す、鋭いね、真城ちゃん…」

淡々と発せられる少女の声に、水無子は驚きと感心と少しの恐怖を混ぜたような顔をした。

「んー…じゃあさ、みんなは八百比丘尼(やおびくに)の伝承って知ってる?」

「八百比丘尼ってあれだろ、人魚の肉だと知らずに食べちゃって不老不死を得たっていう女の子…、ってまさか」

「よく知ってるね、和夫くん。…そう、人魚には不老不死の力がある。ボクは、そんな人魚に…呪いをかけられた」

彼女の顔に影が落ちた。


先ほどまで晴れていたはずの外は、ぱらぱらと小雨が降ってきているようだった。



「ボクと人魚は友達だったんだけど…ボクが川に落ちた時、あの子が助けてくれた——いや、呪いをかけたんだ。


願いという名の呪い。

祈りという名の、呪い。


ボクが目を覚ました時に、あの子はこの世に居なかった。

「嗚呼、あの伝承はホントだったんだ」と残念に思った。だって不老不死って、本当につまらないから。


あの子は、“ボクに生きて欲しかった”。

でないと自分の命を使ってまで、ボクを助ける意味が無いんだ。



…これが、ボクが不老不死である理由さ」


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