case4.怪物に殺された少女-2
それは、茶髪を低い位置でツインテールにして結んだ、和風メイドさんのような格好をした少女だった。
服は所々破けており、とりわけ左腕は袖が全て吹っ飛んだのかワイルドな事になっている。
そんな少女がいきなり現れたのだから、その場にいた4人が固まったのは無理もなかった。
「あれ?どーしたの皆さん、ボクを探してるんじゃないの?」
彼女は目の前で固まっている大庭の顔の前で手をブンブンと振る。
それによってハッと我に帰る大庭。
だがすぐに彼は少女の肩を力強く掴み、物凄い形相(笑顔)で彼女に迫る。
「詳 し く 聞 か せ て も ら お う じ ゃ ね ぇ か …!」
「ひぇ!?!?すすすすみませんん!!!なんだかよく分からないけどすみませんんんん!!!」
大庭の笑顔に怯え、少女は半泣き状態になる。
それを見た外野から「あーむつきくんがじょしなかしたー」「あーいっけないんじゃー」「せんせーにいっちゃおー」「いっちゃうのじゃー」「え、えと、大庭さん頑張ってくださーい!」とかいう芝居がかったヤジが飛んでくる。ただし真城は状況が分かってない故に本気である。
「うっせぇなオメーら!いいか女、アイツらシバいた後でみっちり詳しく聞かせてもらうからな!」
そうすごむと、大庭はくるりと踵を返し、神在の頭にチョップを入れに行った。
少女は半泣きのままその場に固まってしまった。
そんな少女を元気付けようと、真城は彼女の頭をナデナデした。
「さて、そんじゃあ明かしてもらおうか。素性やらなんやらを、な」
「お、おい、そんなすごむなって…」
腕を組んで目の前の少女を威圧する大庭を、神在が宥めるが、大庭はその態度を崩すことはなかった。
現在地は崖から変わって室内。
流石にあの場所のままは少し危ないので、彼らは山を降り、神社の鳥居を抜けたすぐそこにある大きな屋敷——レイアの実家に集まっていた。
「つーかレイア、お前もナニモンなのか説明しろ?なんだこのおっきな屋敷」
大庭はビシッとレイアを指差す。
しかしレイアはそれにポカンとした顔で応じる。
「…お主、さっきの妾の言葉聞いとらんかったのか?」
「は?なんの話だ」
「あの崖は神社関係者以外知らぬと言うたじゃろが。あれは妾も含めた話なんじゃが?」
「いや知らねーし。だったらその時にちゃんとわしも含めとけよ!」
「つーか分かるじゃろ、おかしいと思うじゃろ「ならなんでお前は知ってんだ?」ってなるじゃろ普通!!」
ガタッと音を鳴らしてレイアが立ち上がる。
それに釣られて大庭も立ち上がり、2人はぎゃーすかと喧嘩を始めてしまった。
そこに神在が宥め役という形で入ろうとするが、なかなか取りつく島が無さそうである。
「ど、どうしよ…とめるべきですか?!」
いきなり目の前で喧嘩が始まったからか、少女は不安そうにそう真城に尋ねたが、彼女はそんな事は聞いていないようで、いつもの笑顔のまま、こう問い返した。
「どうして、自殺しようとしたんですか?」
「…ッ、…そ…れは…」
突然に放たれた、鋭いナイフのように重い一言。
それに貫かれたかのように、少女は汗と震えが止まらなくなった。
言葉が上手く紡げない。
意識が朦朧とさえしてくる。
彼女の純粋な瞳を見ると、悪気が無いと分かってしまうから、余計にタチが悪い。
「あ…、はは…、そ、そうだ、なまえ!名前聞いてないしボク喋ってもない!お、教えてよ、君の名前」
真っ白になりつつあった頭の中からなんとか絞り出せたのは、そんな話題逸らしだけだった。
少女は真城が露骨な話題逸らしに応じてくれるか、不安そうに彼女の瞳を見る。
しかし。
「あ、確かにそうですね。このままでは呼びにくいですし…では教え合いっこしましょう!」
そんな心配はこの少女には不要で。
普通に話題逸らしに応じてくれた真城に、少女は安堵の息を漏らす。
「私は夜宵真城と言うそうです、よろしくお願いします!」
「あ、えっと、ボクは…えーっと……」
真城の後に口を開いた少女は、何故かばつが悪そうに口籠る。
「どうしたのですか?もしかして、名前が無いとかですか?!」
「あ、いや違うの。むしろ逆。ボク、二つ名前持ってるから…」
「え?!どういう事ですか?!名前って二つ持ってもいいものなんですか?!」
目を輝かせて身を乗り出す真城に、少女は若干引き気味に「君そういうタイプ?!」と驚く。
「違う違う。ボク、その…小説家で…それで」
恥ずかしそうにそう告白する少女に、真城はまたもや目を輝かせて身を乗り出す。
「しょーせつか?!何ですか、それ!」
「小説家だとッ?!」
小説家と聞いた途端、喧嘩中の2人の間に挟まろうとしていた神在がこちらに首を突っ込んできた。
彼も真城に負けず劣らずのキラキラした瞳である。
「なんていう名前の作家なんだ?!俺、大体分かるぞ!」
「えー…あー……、えっと……雨月水無子…って言うんですけど…」
だんだんと小声になっていく、雨月水無子と名乗った少女の声。
彼女は顔面から火が出るのではないか?と思うくらい真っ赤になっていた。
そして、神在はというと。
「…………へ?」
そんな間抜けな声を出して、驚いていた。
「どうしたんですか、神在さん。鳩さんが驚いたみたいな顔してますよ?」
「いや鳩さん関係ないでしょ今」
「えっでも日記に驚いた時は鳩さんみたいな事書いてありましたよ」
「うーん多分それ違うね、鳩が豆鉄砲食らったっていうやつだね。って違う!話が大幅に逸れた!!君、雨月水無子って言ったね?」
「え?!は、はい!」
ツッコミ疲れたと言いたげな顔で神在は、真城に向いていた頭を水無子の方へ向ける。
そして水無子はいきなり振られて頭が真っ白になる。
多分彼女はコミュ障陰キャだろうな、といらん推理をする大庭。神在が唐突に仲介から抜けた事でレイアと2人の喧嘩は有耶無耶になったらしい。
「雨月水無子ってあの雨月水無子か?!」
「どれだ。あとなんの話だ、神在」
「うおっ!お、大庭…いつの間に喧嘩終わったんだ…?」
「お主が突然こっち構わんくなったからの、気になってな。して、雨月水無子とはなんじゃ?」
「あ、レイアさんもそんなノリなんだ…」
2人とも通常時の表情を保ってはいるが、溢れ出る好奇心は隠せておらず、神在はすぐに「コイツら同タイプか…」と悟った。
「雨月水無子っていうのは、終戦頃に活躍した女流小説家の名前だよ。本名は伏月ミツ子。終戦頃の退廃的な日本を風刺した作品をよく書いた作家で、27歳頃に入水自殺したと言われてる…はず、なんだけど…?」
そう説明しながら、神在は水無子の顔を見る。が、彼女はギギギ、と擬音が付きそうなぎこちなさで顔を逸らす。
その顔全体に汗が滲んでいた。
「…あ、あのー…貴女、本当に『雨月水無子』なんですか…?」
「…………」
神在が疑いの目を向けるたびに、水無子と名乗った少女は大粒の汗をその輪郭から垂らす。
「あー、その。神在くん?お前今自殺、それも入水と言ったな?」
唐突に大庭が口を挟む。
納得いかない、という顔つきで。
「証拠はあるのか?俺は今聞かされるまでそんな奴が終戦頃活躍してたとか知らなかったんだが」
「妾もじゃ。あ、いや待て、能力を使えば或いは…うむ、ちと確認してくるかの」
レイアはそう言うと目を閉じて黙り込んでしまった。
「…能力?」
訝しげに大庭はそう問い返すが、レイアは答えない。
瞑想をしているのか、何をしても動じなさそうな雰囲気が醸し出されている。
大庭は観念した、と言うように大きな溜息を吐く。
「ハァ…まあいい。それで?本当に入水自殺したと言われてるのか?証拠は?」
「待て待て、今証拠持ってるわけないだろ、人ん家なんだから」
「…その言い方だと、家にはあるんだな?」
「ああ、あるぞ。柳田千鶴って小説家が、彼女について書いてるんだ」
「えっ、つるちゃんが?!」
神在が柳田千鶴を出した途端、水無子と名乗った少女は慌てて立ち上がった。
彼女は意外、と言いたげな驚いた顔の中にも、嬉しさが見え隠れする、そんな顔をしていた。
「えっ…えー!ボクが気を失ってる間にそんなものを出してたんだ…ねえ、読みに行っていい?!家どこなの?!」
「えっ、はっ、今から?!えーと、どうする大庭?証拠、確認しに行くか?」
興奮すると動くのか、少女はツインテールをぴょこぴょこさせながら神在に迫る。
それを神在は抑えながら、大庭の方に顔を向けて確認を取る。
「…いや、まだい」
「行くのなら妾も一緒に行かせてもらおうかの」
大庭のセリフにかぶせるように、レイアが口を挟む。
彼女の顔には無のみが張り付いていて、その心のうちは計り知れなかった。
「レイア、お前もういいのか?つか能力ってなんだったんだよ結局」
「む…そうか、お主持たざる者か」
「ハァ?」
レイアは、大庭の顔を見て驚いた顔をする。
まるでその顔は、「お主も能力持ちだと思っていた」と言いたげである。
「ふむ…なら教えてやろう。ま、『能力とは何か』『どうして持つ者と持たざる者があるのか』は今も昔も分かっとらん故、そこは答えられぬが」
「ほう?なら何を教えてくれるってんだ?」
興味を抱いたらしい大庭は、挑戦的な笑顔でレイアを見る。
それに応えるように、レイアも笑う。
「妾の能力は、
前世の自分の記憶を知識として知ることができる、
という能力じゃ」
そう高らかに宣言したレイアを嘲笑うように沈黙が流れる。
その沈黙に思わずレイアも真顔になる。
「……まあそりゃそうじゃな、言葉だけ聞くと訳分からぬからの、うむ。地味じゃし。」
こくこくと1人納得したように頷く。
しかしすぐに得意げな顔にで、仏頂面な大庭の顔を指差す。
「しかぁーし!妾の次の言葉を聞いた時!お主らはびっくらこいて妾の事を見直すかもしれんぞ?!」
そう言う彼女に顔には薄らと汗が滲んでいた。
それに気づいた大庭は、ますます仏頂面になる。もはや、かの有名なチベットスナギツネの顔と区別がつかないくらいの真顔になっている。
「えー、コホン。では言うぞ。
——妾の前世は、
柳田千鶴じゃ」
「はっ?!」「えっ?!」
真城を除く全員の驚いた声が響く。
「柳田千鶴…ってさっき神在が言ってた奴か?!」
「そう!それじゃ、その驚いた顔が欲しかったのじゃ!!」
心底嬉しい、という顔で幼女ははしゃぐ。
その幼女さに大庭は眉をひそめて「お前何歳?」と聞くが「女性に年齢を聞くでない」とドヤ顔で諭されてしまった。
「まあそれはいいか。で?コイツは本物なのか?」
「コイツって…」
ビッと親指を後ろに投げるように大庭は水無子を指差す。
その態度に水無子は呆れた顔をする。
「うむ。千鶴は言うておった。「あの人の怒った顔を見るとすぐ怯えて謝る癖、間違いなく水無子だ」と」
「つ、つるちゃん…」
ドヤ顔で説明するレイアと、それを聞いて恥ずかしさからか真っ赤になる水無子。
真城はそれを見て「なるほど、人は恥ずかしいと赤くなるのですね!」とすかさずメモり、それを聞いた水無子から「いやそれメモること違う」と項垂れた声のツッコミが入った。
レイアの言葉を聞いて数分間、大庭は黙りこくっていた。
だがなにか答えが決まったのか、すぐに顔を上げた。
「…つまり、お前の言う『能力』ってやつは、千鶴がお前の中で生きているって事か?」
「……まあ、そんなとこかの。ただ妾が彼女に会いに行くのはちと精神を使う、というかなんというか…それにあまり話せないからの…不便の極みじゃ」
「つまりはあちらは特になにもしなくともコッチに出てこれるって事か」
「………驚いた」
不便の極み、と皮肉めいた笑みを浮かべていたのも束の間。
レイアは大庭の言葉に目を丸くした。
「お主…本当に頭が回るのじゃな…」
「いや、そもそもお前と視線を共有しているなんて不思議すぎるし、記憶もレイアが見て聞いたものは共有できているがあちらの記憶をレイアは知らず、瞑想したら会える…いや、条件がないと自分の中にいる誰かに会えない…ってぇの、二重人格モノのお決まりだろ?すぐわかんだろ」
「いやわかんねぇよ。つかお前二重人格モノとか読むんだな」
さらりと言う大庭に、神在のツッコミが飛んでくる。
そして新たに判明する大庭の趣味嗜好。ラノベとか読まなそうなのに…と神在は驚いた声を出した。
「それで、雨月さんは雨月さんだった、ということが分かりましたので聞きますけど!
どうして、自殺しようとしたんですか?」
いつになく真剣な——というわけでもない、いつもの夜宵真城の顔で、二度目の爆弾を放った。




