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自殺探偵  作者: きのこシチュー
12/20

case3.黄金色の盞は悲嘆の涙を咲かす-4




——むかしむかしの事です。




とある妖精は、空を行く太陽に、恋をしました。


しかし太陽には、もう既に恋人がいました。


それを妖精は、知っていました。

だって、彼の恋人は、妖精の昔からの友達だったから。

…親友だったから。


だけど、恋は、誰をも狂わせます。

妖精だって。


だから、妖精は。

なんとかして太陽に振り向いてほしくて。





——殺そうと思いました。






――――――――――――――――――――



事件のあったその次の日。

大庭は、警察署に赴き、とある白衣の女性を呼び止めた。

「おいちょっといいか、そこの科捜研の女」

「アンタその呼び方改めてくれない??なんか色々危ないじゃない、著作権とか」

「んなこたどーでもいい。俺が知りたいのは事件についてだ。…で?どうなんだ左坤さこん、調査の方は」

左坤さこんと呼ばれた女性は、追い払っても居座り続けてそうな大庭にしばらく苦い顔をしていたが、諦めたのかため息を一つ吐いた。


——左坤白露さこんはくろ

この科捜研に勤務する女性で、大庭とは高校時代からの同級生だ。

化学・薬学の天才で、将来は科学者か薬剤師になるんじゃないか、とクラスメイトのほとんどが予想していたが、結果はご覧の通りである。世に蔓延る天才は、予想の斜め上を行く法則でもあるのだろうか。

ちなみに大庭と高校三年間同じクラスで、しかも同じ大学の化学部に進学したので、左坤は大庭の事を好いているのでは?という噂が立った事が一度ならずあったが、その全てを彼女は否定している。


「…まあ進んでるわよ。どっちもね」

「ほう?そんで犯人の特定は?」

「ま・だ・よ!こちとら鑑識3人、科捜5人の少人数なの!人手が足りないのよわ・か・る!?」

バン、と近くの机を叩いて左坤は凄む。

それに臆することなく、大庭は残念そうに眉を下げ、大袈裟にため息をつく。

「っはー、使えねぇ。これだからサツは」

「はぁ?!文句言うんだったら来なきゃいいでしょ?!むっかつくわね!!」

「そういう訳にも行かねぇんだなぁ、これが」

ギャーギャーと騒ぎ立てる左坤と、つまらなそうに左坤を煽る大庭。

そんな騒ぎを聞きつけたらしい誰かが廊下を走ってくる。

「おいコラお前たち!うっさいぞ!特にそこの部外者!用が済んだのならとっとと帰れ!」

「お、桐月。どうだ?長春屋敷の方は」

「俺の話を聞け!…いやしかし、そうだな…情報の整理がしたい。だが此処は科捜研の管轄だ、会議をするなら場所を変えよう」

「…まあそれには賛成だが、俺はまだ用事が済んでいないんでね」

そう言って大庭はいつの間にか奥へ引っ込んでいた左坤に、大声で呼びかける。

「左坤!今のところでいいから分かった事全て俺に教えろ!いいな?!」

そんな声を聞きつけて、左坤が奥からすっ飛んできたが、彼女の文句を聞く前に2人の男はその場から離れたのだった。




「…で、うちに舞い戻ってきた、と。二度手間じゃん」

呆れ顔で神在は、2人を出迎えた。

現在地は大庭探偵事務所。

場所を変えよう、という話になった2人は「良い場所を知ってる」という大庭の発言の元、此処へと辿り着いたのである。

「それならメールとかラインでよかったじゃん…」

「いやいや、署で桐月に提案されなきゃ俺だって思いつかなかったぜ?情報の整理ってか情報交換、なんて」

「あっそう…」

話しながら3人はソファに腰掛ける。

そこに、コーヒーを持った真城がやってきた。

「あ、メガネの方ですね!今日は忘れず淹れましたよ!えへん!」

ドヤ顔でそう言い張るが、桐月の顔は曇っている。

「名前は覚えてないんだよなぁ…」

「でも日記のどこにも記述が無いんですよ?恐らく教えてもらってないんだと思います」

真城は眉をハの字にしながら、コーヒーを3人の前に置いていく。

その真実に、桐月はまたも顔を曇らす。メガネも一緒に。


「っと、んなこたぁどーでもいい。情報交換だ情報交換」

「あ、ああ…そうだな…」

落ち込む桐月を他所に、大庭は話を始めた。

「まず俺が思うにこの事件は、萌月令嬢殺人事件とは切っても切れねぇ関係にあるって事だな」

「…まあ、それはそうだな。死に方も似ているし」

気を取り直した桐月と、大庭の会議が始まる——と思いきや。

「あの〜…、お話遮っちゃって申し訳ないんですけど…その萌月令嬢殺人事件って、どんな事件なんですか?」

そんな横槍を入れたのは、真城だった。

おずおずと手を挙げ、しかし好奇心は抑えきれないといった調子で、彼女は会話に入ってきたのだった。

「そうだな…まあ簡単に言えば令嬢が殺された話だ」

それに答えたのは、大庭だった。

「今回の長春屋敷の事件と符合する点が多く、また犯人は分かっていない。またどちらもイイトコのお嬢様だ。まず素人が見れば連続殺人だと思うだろうな。だが長春の方は自殺だ。長春マリアは何を伝えようとしていたのか…それを俺は調べている」

「なるほど、そういう事でしたか!でも殺人事件、と言うのなら容疑者っているんですよね?」

「ああ、勿論。被害者は萌月常恵もゆつきとこえ。一度容疑者として捜査線上に上がったのは、第一発見者にして常恵の彼氏だと言う、桂樹白夜けいじゅびゃくや。しかしまあ被害者がご令嬢なために、なんらかの陰謀が大きな動機と見られてすぐに外されたみたいだが。現在の容疑者は萌月家に恨みを持つ男になっている」

「そうなんですね…その常恵さんと桂樹さんはどんな人なんですか?」

「そうだな…常恵はよく笑う素直な奴だと聞いてる。桂樹は学校の人気者だそうだ。会ってはみたがかなりイケメンだったぞ?…ちなみに、マリアは()()()()()()()()()()()()()()()()そうだ」

「……え?」

「だが常恵とマリアはめちゃくちゃ仲が良かったらしい。ちっちゃい頃からの親友らしい…とも聞いたな」

「………え??」

しぃん、と部屋が静まり返る。

この事実は桐月も知らなかったらしく、口を閉じる事を忘れ目を丸くしていた。

部屋にはただ、大庭がコーヒーを啜る音だけ響いていた。


「ってちょっと待て!そんなに自分で調べたんなら、なんで俺に長春家について調べさせたんだよ?!」

静まり返った部屋に一石投じたのは、神在だった。

神在はたしかに長春屋敷の事件が起こったその日のうちに、大庭から「長春家について調べろ」という依頼を受けていた。

そのため彼は、(できる範囲で、ではあるが)あらゆる手を尽くして情報を集めていたのだ。

「俺の努力意味ないじゃん…」

「んなこたねぇぞ。俺はお前の情報収集能力を信じてるから頼んだんだからな」

「…と言うと?」

「お前に頼んだのは確認のため、ということだ。分かりやすく言うんなら、自分の解答と模範解答を見比べる…ってこった」

カラになったマグカップを置きながら、大庭はそう説明する。

「話を戻すが。…それなら何故自殺したのか?萌月の後釜に収まったのならそこで終わりでいいはずだ。だがマリアは死んだ。しかも、萌月と同じ死に方で。俺はそこが不可解だった」

桐月はその言葉にハッとして、思わず立ち上がってしまった。

「…()()()?もしや大庭お前…()()()()()()()()()?!」

真城にコーヒーのおかわりを頼みながら、大庭はそれに答える。

「まーそうだな、だいたいは。あとは科捜研やら鑑識やらが見つけた事実を俺の推理に裏付けるだけだ。そしたら晴れて、長春マリアはアイツを起訴か逮捕かができて、彼女の法的な復讐は完了される」

「…?何を言っている。死人が起訴も逮捕も…法的な復讐だってできるわけないだろう?」

キョトンとした顔で桐月はありきたりな事を言う。

「ははっ、たまには常識から外れてみようぜ?刑事デカさんよォ」

「じょ、常識って…」

「…ま、これから全て話してやる。だから、ほら。今から言う奴全員集めて屋敷に来い。お前の推理はその時動きながら聞く」

「…恒例のやつか。了解。まあ確かに俺の推理は動いた方が分かりやすいな」


そうして、その場はお開きとなった。





その後、長春屋敷には何人かの人影があった。

警察サイドは鑑識の天泉、科捜研の左坤、刑事の桐月、巡査の盛艮の4人。

被害者側サイドは被害者の親にして第一発見者である長春シャーリィ、被害者の祖母である長春茜、彼氏の桂樹白夜の3人が出席している。

あとはいつもの3人である。

つまり10人の人間がこの屋敷の大広間に集まっていた。


「あの…もしかして、娘の死について、なにか…分かったのですか…?!」

集まって最初に声を上げたのは、シャーリィであった。

それはもう必死な形相で。

「ま、ここに関係者全員集まってる時点でそこは明白だな。…今日お前らに集まってもらったのは他でもない、俺と桐月の推理を発表する為だ!」

大庭は得意げに白衣を翻しその場で回る。

回った意味はわからないが、とても楽しそうである。

呆気に取られる被害者サイドと、呆れ顔でため息をつく神在と警察サイドの二勢力(?)が出来たのは言うまでもない。


「っと、その前に。この事実を知らん奴がここに数名いるから言うが。


——これは、殺人じゃねぇ。


自殺だ」


大庭のこの発言にどよめきを示したのは、長春家の2人だけだった。

あれだけ鑑識中に騒いでいた天泉は、この時は何もかも悟った顔でそこにいた。恐らく鑑定結果から辿り着いたものが大庭と同じものだったのだろう。

また、マリアの彼氏だと言う桂樹は、湿った顔つきでその場に座っているだけだった。

「…それも普通の自殺じゃない。これは、()()()()()()()()だ。」

そう言って大庭の言葉を補ったのは桐月だ。

それに少し驚いた顔をした後に、大庭は予想外を楽しむように笑う。

「と言うと?」

「なんでお前がそんなにニヤニヤしてるかは知らんが…まあそれはいつもの事だからどうでもいいか」

「俺の事はいーから早く聞かせろ」

「はいはい。…オマージュ、というのは、これだ。」

そう言って桐月は一冊の文庫本を取り出した。

その表紙には、『()()()()()()』という題名が書かれていた。

これを見て、知る人はどよめきつつも納得し、知らない人は頭の上にはてなを浮かべていた。もちろん真城は後者である。

「本陣殺人事件。金田一耕助シリーズ第一弾の、横溝正史の作品だ」

「ほお。詳しいなお前」

「横溝正史は俺の青春だからな」

「どんな青春だ…」

桐月のよくわからない青春を聞いて大庭はなんとも言えない顔をする。

「…長春マリアはミステリ愛好家なのだろう。それ故に思いついたトリック、というわけだ。…それを今から実践しようと思う」

「ネタバレ注意だな」

「確かにそうではあるが…うんまあ、仕方ないなこればっかりは。気になった人は読むといいぞ」

…誰に言っているのか。

桐月のその言葉は、場を白けさせて終わったのであった。


人々は桐月に連れられ、長春マリアの部屋へとやってきた。

特殊清掃の人はまだ来てないらしく、部屋は昨日と何も変わっていない。

桐月はハンカチで包丁を持ってきていたが、それを机の上に置き、窓際まで歩いていった。

ちなみに椅子は既に立たせてある。

「さて、それでは。トリックのお披露目だ。…盛艮!」

外まで響く大声を上げる。

すると、誰かが外を駆けていく微かな音が聞こえ始めた。

「な、なに?どう言う事?!」

「気にしなくていい。ただ水車を動かしただけだ」

不安な声を上げたシャーリィを宥めるように桐月はそう言うが、その顔は窓に向けられている。そして桐月は、窓から何かを()()()()

それは、二本の糸——いや、二本取りをした一本の糸であった。

…ここでは糸とは書いたが、実際は透明なテグスである。

「小説を読んだ事がある人なら分かるだろうが、この糸は、こうして…」

桐月は机の上に置いた包丁をハンカチごと左手に持ち、右手で素早く糸をハンカチには引っかけないように、包丁に巻きつけた。

「…これで、糸から包丁は落ちなくなる」

桐月は包丁に絡まった糸を摘んで広げる。

彼のいう通り、包丁は落ちなかった。

「それでどうするんですか?現場にハンカチは落ちなくて、指紋も検出されなかった…と大庭さんから聞いたらしいんですが」

ワクワクとした調子で真城が質問する。

それに答えたのは、後ろにいた左坤だった。

「あー…それね。あの包丁、指紋も血液もちゃんと出たわよ。すっごい微量で判断も難しかったけど…」

少し照れながら彼女はそう説明した。

そんな報告を聞いて大庭は目を丸くした。

「…サツもたまには役立つんだな」

「サツじゃないわ科捜研よ」

「そこはこだわるところかな、左坤くん。まあそういう事だ。指紋は一つだけ。判断が少し難しかったけど、長春マリアの物で間違いなさそうだ。そしてハンカチだが、死体の服の中から出てきたよ」

科捜研が凄いのよと豪語する左坤を横目に、天泉がそう補足した。

その間に桐月はハンカチをポッケに仕舞っていた。

「そうなんですね!それで、どう」

どうやって、と真城は聞きたかったのだが、タイミングのいい時に勢いよく向こうの扉が開いた。

そしてバタバタと桐月たちの居る部屋へ向かってくる。——盛艮だ。

「ッ桐月さん!!間に合いましたよ!!」

「ありがとう盛艮、タイミングばっちしだ」

「これ、かなり、疲れ、ました…ので、別途、ほう、しゅう……を……」

「…そうだな、考えておこう」

盛艮は、その腕に抱き枕を抱えていた。大きさは、ちょうどマリアと同じ身長くらいである。ちなみに美少女抱き枕なので恐らく盛艮の私物だろう。

それを桐月に渡しながら彼はその場で力尽きてしまった。

「ええと…それで、どうやって自殺を成し遂げたんですか?」

「こうするんだ」

桐月は椅子の前へ回り込み、包丁を背もたれに引っ掛け、包丁の切っ先を抱き枕の胸に当て、落ちないように支えた。

そして、懐から空のコップを取り出し、飲む仕草をさせる。

「…あ、薬!そこで飲むんですね!」

「そうだ。そして、薬の効果で頭が朦朧としてくる。そこを狙って前方へ体重をかけ、完全に意識を失う前に、自然と胸に刃が刺さっていく。まさしく、眠るように彼女は死んだのだろう」

ゆっくりと前へ枕を傾けていき、意識を失った時を表すように、突然手を離す。

ブスリと抱き枕に刃が刺さって行く。

それと同時に、盛艮が短い叫び声を上げ、そのまま完全に意識を手放したらしい。

抱き枕が前に倒れた事で、一緒に椅子も倒れ、その拍子に刺さっていた刃が飛び出た。

そうこうしているうちに、放物線を描いていた糸がだんだんと直線に変わっていく。——水車が巻き取っているのだ。

「…なるほど、あの謎の線は引きずられた跡か」

徐々に包丁は窓へ向かって行く。

ぐらぐらしてはいるが、床と刃が垂直になっているために、床に赤い線を描くことができたのだろう。その証拠に、多少のズレはあるが、乾いて黒くなってしまった赤い線をなぞりながら窓へ吸い込まれている。

窓へ近づくにつれて、包丁は浮き上がり、そしてすぐに壊れたカーテンと少し隙間の空いた窓から包丁は出て行ってしまった。

「…さて、ここからは部屋にいると分かりづらい。みなさん、外に出てもらおうか」

そう言って桐月は人を掻き分け、ツカツカと縁側から外へ出て行ってしまった。その後を、人々は追いかける。

ちなみに盛艮くんはその場に置いて来た。


外に出て、川の岸辺に桐月は直行した。

そして皆が出揃ったのを確認すると、彼は石灯籠を指差した。

見ると、灯籠の穴に糸が通っていた。

その糸は、片方は屋敷の裏手、片方は川の向こう岸にある柵に続いており、更にそこから水車へと向かっているようだ。

裏手に向かう方も何か(よく見ると物干し竿のようだ)に引っかかり進行方向を変え、水車小屋の裏手へ回っているようだ。恐らくこちら側も水車に巻きついているのだろう。

包丁は、灯籠と物干し竿の中心にぶら下がっていた。

そして徐々に徐々に、曲線が直線へ変わっていき、遂にその糸は完全な直線になった。

「物干し竿、灯籠…この中で一番強度がない物は、」

「物干し竿ですね!」

そう真城が言った途端に、がしゃんと音を立てて物干し竿が倒れた。

そうして支えを失った糸はまたたるむ。

包丁は灯籠よりに移動していた。

「物干し竿の次に支柱になるものは、水車小屋の裏手にある木だ」

「どこですか?」

「こちら側なら見えるぞ、真城」

真城や他の人たちは、小屋に隠れて木が見えない位置に居る。

だが、桐月のいる位置からはギリギリ見えるようで、その木を見た真城は「本当ですね!」と歓喜の声を上げた。

「…あれ?あの木、何か刺さってませんか?」

「よく気づいたな。アレは剃刀だ」

「剃刀…ですか?」

「そうだ。それも、刃は完全に木に入り込んでいない。擬似的なハサミ…ということになるかな。そして糸はハサミで言うところの刃元の部分に引っかかっている。これが示す意味が分かるか?」

「まず剃刀とハサミと刃元が分かりません」

「そこからか!!!」

キョトンとした顔の真城に調子を狂わされる桐月。

流石にハサミは分かってくれよ!と追加でツッコミを入れる。

「はいそこ、コントはいーから。…また糸が緊張した時に切れる…って事じゃねぇの?」

「…正解だ大庭。今にわかるが、糸が切れると包丁に絡んだ糸が引っ張られる事によって解け、そのまま糸は水車に巻き取られる…という事だ。今包丁は灯籠の近くにいる。その為、糸が解けて落ちるだけとなった包丁は灯籠近くの川底に刺さる」

そう言っているうちに、糸が緊張し、ぷつんと切れ、その拍子に包丁が川底に落ちていった。つまりは、桐月の推理通りになったのだ。

「…とまあ、俺の推理はこんなものだ。死に方は分かったが、死の理由はやはりわからない。何故こんな面倒な死に方を選んだのか?」

「んじゃ、そんな皆様の期待にお答えし…ようとは思うが…その前に」

ニヤッと笑い、大庭は家の中に向かってこう言った。


()()()()()()()()()()()()()





その声とともに、彼女——長春マリアが、家の中から姿を現した。


後ろに、気まずそうな顔をした男を連れながら。





――――――――――――――――――――


だけど、妖精は非力だから。

()()は殺せませんでした。



——そう、()()は。




数日経った後でした。

妖精は、親友が死んだと聞いて、最初は太陽を疑いました。

最近仲が悪いと聞いたから。


一番はじめにそれを見つけた太陽は、みんなから疑われました。

しかし彼は、事故だと、主張するのです。


信じられない妖精は、太陽にバレないように、調査を始めました。



——そうして分かった真実は。


妖精には、とっても酷な、話だったのです。



――――――――――――――――――――



「あ、朝露さん?!」「朝露!アンタ、どこをほっつき歩いてたんだい!?」

シャーリィと茜がほとんど同時に声を上げた。

「か、母さん…それに、シャーリィも……その、謝らなくちゃ、いけない…事があって…」

朝露と呼ばれた男性は、しどろもどろ、後ろめたそうに呟いた。

しかしシャーリィも茜も、そんな事など聞こえていないらしく、血相を変えてマリアの方へ詰め寄る。

「マリア、貴女、なんで…!」

「アンタ死んだんじゃないのかい?!」

顔色の悪い2人を静かに見つめた後、ゆっくりと、()()()()()は、口を開いた。


「………()()()()

でもそれは、


()()()()()()()()()


「……それって、どう、いう…」

理解が追いつかない、という顔のシャーリィを見て、朝露は一層苦い顔をする。

茜は、一瞬動揺した様子だったが、すぐに何かを察したのか厳しい顔つきでいた。

「…母さんなら、分かるでしょ?私()の事」

そこまで聞いて、シャーリィはやっと理解したらしく、途端に叫びに満たない声を上げる。それはすぐに止み、その後はただ嗚咽を漏らすだけだった。


「…どういう、こと、なんだ…大庭?」

そんな長春家の様子を見て、混乱して完全に思考停止したらしい桐月が、搾り出すようにそう大庭に尋ねた。

それに大庭は、静かにこう返した。


「……長春家の、黒い噂は本当だった、というわけだ」




「…それってアレか?長春家は実はヤクザだの呪われてるだのいう…」

「ヤクザあたりは本当かもしれんが呪いは完全なる噂だな。だがこの噂はそこまで有名じゃない。…これは、長春マリアの通っていた大学、羽槌大学内だけの噂なのだが、それによると、こうだ。


『長春家は()()()()()から呪われている』


呪いは単なる噂だろうが、他は確信を持って言える。

()()()()()()()()()、と。


なあそうだろ、長春茜サン?」

冷静に——いや、冷徹に彼はそう問いかける。

しかし長春茜は答えない。ただ厳しい顔で黙っているだけ。

「……つまり、どういう事だよ…じゃあ、あそこにいるマリアは、一体、なんなんだ?」

「やあ桂樹少年。やっと口を開いたね?今まで押し黙っていたからなにを考えてんのか不思議だったんだわ」

今まで押し黙っていた桂樹が、遂に口を開いた。かなり怯えている様子であった。

「…そのままの意味よ、白夜くん。私が()()の長春マリアで、今回死んだのは長春マリアじゃなくて、


——()()()()()()()()。」


静かに、桂樹を見据えてマリアはそう明言した。


「なんで…どうして…?マリアの後に生まれた子は…私じゃ殺せなかったから…朝露さんが…」

非常に狼狽えた様子で、シャーリィはぶつぶつと呟き続け、そしてハッとしたように朝露に詰め寄った。

正気度が削れているらしく、顔は真っ青で体は震え、呟く言葉は早口だ。

「あああ朝露さん!?もしかして貴方マリアの妹を殺せなかったの?!だから、だからこんなことになったの?!いや違う朝露さんは何も悪くない私が双子なんて産ん」

「お、落ち着けシャーリィ、その、あ、謝らなくちゃいけない事は、このこと、なんだ…!だから、一旦落ち着こう?な?」

泣き出すシャーリィを落ち着かせるように、朝露は彼女の背を撫でる。

その様子を見つめながら、大庭は冷徹に口を開く。

「神在が調べてくれた長春家の情報、そこに一つ不可解な事があった。

マリアの出生について、だ。


誰か死んだ形跡がある。

誰かを殺した形跡がある。

それらを全て隠した形跡が、ある。


それは、古くから。とても昔から。

行われている、長春家の、風習。伝統。


それ即ち、——間引き。


はじめに生まれた子以外は殺す。

跡取りにならぬ子は捨てる。


これは、昔の日本ではよくある事だ。

今じゃ非常識だが。

…この事から、この家は昔から地主かヤクザと見ていいだろう。


そして、マリアは先に生まれ、妹——カレンは死ぬ定めにあった。

母親であるシャーリィは知った上で結婚した。双子なんてそうそう生まれないから。

しかし、こういうのは、望むものほど遠く、要らないものほど手に入るもんだ。


彼女は自分の子(カレン)を殺したくなかったが、朝露以外の他人に殺させるなんてことはもっとしたくなかった。

だから、誰にもいないところで殺させてくれと、現頭首である茜に頼み込んだ。

そうっすよね?茜さん」

茜はなにも答えない。

ただずっと、同じ顔で黙っているだけである。

答えない(だんまり)か。

じゃ、続き言っていいっすね。


茜に了承をもらい、朝露以外誰もいない空間で、シャーリィは自分の子(カレン)を殺す覚悟をする。

しかし、できない。できなかった。

だから側にいた夫である朝露に、託した。

朝露もその時は了承したのだろう。


子の殺し方、というのは様々だ。

絞め殺す、刺す、投げる、溺れさせる…どれをとっても、一歳に満たない赤子にとっては死に値する行為だ。


その中で、朝露が選んだのは餓死…いや、それよりもっと酷いかもしれねぇ。

山に捨てる、というのは、餓死以外にも危険が多いからな。彼は、それを選んだ。


…いや、捨てたように()()()()()んだ。


そうだよなァ、朝露さん」

「えっ?!あッ、は、はい!お、おっしゃる通りです!!」

いきなり振られて朝露は驚きで声が上擦ってしまったが、そのあとはしどろもどろではあるが、ちゃんと喋れた。

「…そう、なんだ…僕は、彼女を…カレンを育て、更にマリアにも会わせていたんだ…シャーリィ、君にも内緒にね。今日は…その事を謝ろうと思っていたんだ…」

「……そう、」

「僕は本当に臆病者で……警察に見つかって牢屋行き…という事よりも、死んだあと、地獄に行くのが怖くて…閻魔が怖くて……」

地獄だとか閻魔だとか、また曖昧なものが出たな、と大庭は思ったが、口には出さなかった。

おそらく昔誰かから吹き込まれたのだろう。

子供の時の刷り込みは大人になっても取れないものだ。

「……だから、僕はこの手で育てる事にした。君に隠れながらだったから骨が折れたよ…」

「…そう、だったのね……マリアは、どうやって知ったの?妹がいる事」

「僕からバラしたんだ。姉妹で、しかも双子なのに…バラバラなのはどうなのかなって。お母さんには内緒だよって言って……あの時の約束、ずっと守ってたんだね、マリア」

そう笑いかける父親に、思春期なのかつーんとした態度を取る娘。

その様子を見て、母親は、安堵したようにふふっと笑った。


「…マリアの出生については分かった…それより、どうして彼女が死ななくちゃならなかったのか…それを教えてくださいよ、探偵さん」

未だ納得していない、という顔をしながら、桂樹はそう質問する。

「……桂樹少年、君は何か感づいてないのか?」

「…どういう事です?」

「彼女が死んだのは、実は自分のせいじゃないのか、と」

それを聞いて、桂樹はいっそう青い顔をする。

「な、なな、なに、を、」

「お前は萌月令嬢殺人事件の犯人、だろ?」

「……な、なにを、根拠に…」

「いや、結果的に犯人になってしまった…というべきか?お前は事故だと主張した。それは間違っちゃいねぇ。()()()()()()()、お前は犯人じゃなかった。違うか?」

「っ…!」

図星なのか、何も言えなくなる桂樹。

その空気に着いて行けてない神在が、大庭に耳打ちする。

「どういう事だよ、大庭」

「んー、そーだなぁ…まずは萌月令嬢殺人事件の真相についての推理を説明しよう。

この事件は端的に言うと、『恋人喧嘩の末の不幸な事故』だ。

通常、事故なら犯人は居ないが、今回は別だ。

何故なら、第一発見者である桂樹白夜は、死因となった凶器を、隠してしまったから。

これは、証拠隠滅の罪に値する。


——俺の推理したシナリオはこうだ。


荒れた部屋で桂樹と萌月は大喧嘩をしている。理由は恐らく別れ話だろうな。恋人の喧嘩っていうのはそういうモンだと認識している。

そしてラチが開かなくなったからと、喧嘩の最中に部屋を出ようとした桂樹を追って萌月は、足元にあった何かに躓いたか滑ったかしてずっこける。萌月の死体が発見された時、下敷きにしていたのが花瓶だったからそれにでも躓いたんだろうな。

そして、そのこけた先に、何があったのかは計り知れないが、まあ人を殺せるくらい鋭利なものがあったんだろう。

速度さえあればなんだって凶器だからな。この場合は三角錐のサイコロとか、尖った部分の目立つフィギュアとかでも可能だろう」

「あとね、大庭。これ多分アンタに言ってないと思うんだけど彼女、頭を強打しているみたいなの。血は出てない内出血なんだけどでも、どちらかといえばこっちの方が重そうよ。桂樹白夜が気づいてたかどうかは分からないけど、物は散らばってたし、本が頭に落ちれば人って気絶するもの。まあ物が多すぎてどれがダメージを与えた物かは分かってないけど…」

推理披露中に左坤に水を差され、剰え自分の知らない事実を教えられ、大庭の時間はその一瞬だけ停止した。

だがすぐ再起動し、左坤に呆れ顔を向ける。

「そういう事は早く言えよな…って事はアレか、そっちは「軽い、死因ではない」と思って桂樹は放置したんだな。

ふむ。

まあとりあえず、凶器となってしまった道具を持って、桂樹はその場を逃走。

…いや、本で気絶しているところへ大事をとってトドメを刺した…という可能性もあるか。まあその辺の誤差は微々たるものだろう」

「いやかなり違うと思うんだけど?」

「黙れ左坤。俺は警察の持ってる情報全て渡せと言ったはずだよなぁ?お前はもう少し反省しやがれコノヤロウ。

…ま、左坤のことはどうでもいい。

そうして、『事故』は『事件』へと変貌してしまった。

…というのが、この事件の真相だと俺は思う」

「…それとカレンさんが、どう関係しているんですか?」

「いい質問だ真城。そこが今回のキモだ。

桂樹に萌月殺しの容疑をかけられた、と思いきやすぐに釈放された。これを彼女は不審に思ったんだろうな。

だから色んなツテやコネを使い、更には空きができた桂樹の彼女枠に収まって情報収集してたんだろうな。

…姉であるマリア、アンタもそうだったんだろ?」

「ええ。姉妹で協力して、絶対桂樹白夜を追い詰めようって、奔走してたわ。…きっと、カレンが私より先に真相を掴んだのでしょうね。でも…どうして、自殺、なんて…」

「…おそらく、それが死の理由だろうな。

真相をいち早く見つけたカレンは、その真相に絶望したんだろう。


喧嘩の末の不幸な事故。

その喧嘩の理由。

それが、もし。


——カレンが、原因だったとしたら?


親友を、間接的ではあるが『殺した』。

その事実に、彼女は…きっと、耐えきれなかったのだろう」


どこか悲哀に満ちた瞳を閉じながら、探偵はそう言った。

それを聞いて、マリアは「そんな…」とだけ呟き、それ以降はなにも喋らなかった。

桂樹は心当たりがあるのか、ぶつぶつと何かを呟きながら、顔を真っ青にして汗を流していた。


「…ま、全ては闇の中、死人に口なし、だ。

ただ、桂樹白夜。君は生きてる。証拠隠滅の罪について、署で詳しく聞かれて来い」


瞼を開いた探偵の瞳には、もう悲哀の色は無く。

ただ淡々と、そう告げ、それを聞いた桐月がすぐに手錠を取り出し、容疑者と刑事(ふたり)はこの場から立ち去っていった。

それに流れるように他の警察署員たちも帰っていった。




「…と、まあ。さっきは死人に口なし、と言ったが。

君には、彼女の——長春カレンの声が、聞こえるかもしれない」

「——へ?」

長春家の4人と、探偵一行のみが残された静寂の部屋で、不意に口を開いたのは大庭だった。

「っーか、カレンさんからお前に言いたいことがあるんだと。真城、アレちゃんと持ってきたか?」

「あのノートですね!勿論です!」

真城はどこからか一冊のノートを取り出し、大庭に渡した。

「ん、ありがとう。…ほら。お前さんなら分かるんじゃねぇの?」

「…貴方には、分からなかった…のですか?」

「んー…まあ、なんとなくはわかるんだが。俺にはポエムってか童話か?を読む趣味は無いんでな」

「………」

唾をゴクリと飲み、マリアはその表紙をめくった——




――――――――――――――――――――


妖精は自分の行いを悔いて、生きる気力を無くしてしまいました。


ただぼんやりと、太陽を見つめて。



見つめて。



見つめて。




——そうしていつの日か、妖精は。


綺麗な、




金盞花キンセンカの花へと、


変わっていたのです——。












ねえマリア。


わたしは、綺麗な金盞花(キンセンカ)になれたかな?








———『親愛なるマリアへ』全文——












——ノートの最後には、

黄色い花の、押し花が貼ってあった。





金盞花キンセンカ、という花の花言葉は、ギリシャ神話に由来するという。


恋人のいる太陽神(アポロン)を好いてしまった水の妖精が、恋人を妬み、恋人の父親に告げ口したところ、その恋人は憤慨した父親によって殺されてしまう。

そして自分の罪の重さを知った妖精は、飲まず食わずで太陽を見つめ続け、『悲嘆』の涙を流しながら、いつの日か綺麗な花へ生まれ変わっていた——そんな話だ。


長春カレンも、多少の誤差はあれど、同じような悲劇を辿っている。



罪を自覚し絶望に苛まれながらも、妖精(カレン)太陽(希望)を見つめ、遂には花を咲かせた。



俺が思うに、この話は人間の生き方というものそのものを表しているのだろう。


暗い闇の中に落ちても、きっと皆、掴めなくても光を見つめる。

そして最期には、どんな生き様(じんせい)だろうが関係なく、パッと咲き誇って枯れる。


それが、大庭睦月(おれ)の思う『人間の姿』だ。




——人はその最期に花を咲かせるべきだ。


昔、憧れの人が言っていた言葉だ。





その人は今はもういない。


俺は、その人が散らした花弁を見つけなくてはいけない。

それが、俺に残された、太陽ひかりなのだから———













「…なあ大庭。柳川やながわさんの事…分かったって言ったら、お前どうする?」

長春屋敷からの帰り道、唐突に神在が口を開いた。

その言葉に、大庭はその場で一瞬硬直し、すぐに搾り出すように「………は?」とだけ呟いた。

「やながわさん…?どちら様ですか?」

「ああ…えっと、大庭と俺の先輩の柳川葉月(やながわはづき)さん。医大にいて頭いいはずなのに勉強が苦手。よく笑う人で、大庭をこんな風にした原因」

「オイテメェ」

「そうなんですね!私も会ってみたいです!」

「…そう、だな。会えたら、いいのに…な」

「……え?」

真城の無邪気な笑顔に、申し訳なさそうな苦い顔をしながら、神在は、こう続けた。

「大学2年の夏——俺らが大学一年の時な。その時、彼女は死んだんだ。

それも、飛び降り自殺。

遺書もなく兆候もなかった、ただひたすらに真相は闇の中…な自殺なんだ」

「そう…なん、ですね…」

シィンと静まり返る。

ただただ3人分の足音だけが響いている。

彼らは今、例の海の見える坂を歩いている。

夕闇色に染まった空を、海はまるで鏡のように映していた。


そうしてしばらくして、口を開いたのは神在だった。

「…で?どうすんだ?大庭は。柳川さんの死の理由分かったら」

「………」

「俺はさ、怖いんだよ。この先、もし彼女の真相が分かった時…お前がどうなるのか。それが分からなすぎて」

困り顔でそう言う友の言葉に、探偵はハッとした。


——ああそうか。そういうことか。

人が光を見つめるのは、掴みたいからだ。

掴んだ先に、何があるのか。

それを知るために、届かない光を見つめ、手を伸ばす。

それが『人』という生物なのだろう。


つまり、俺は。いや、俺も。

喉から手が出るほど欲しい彼女の死の理由(それ)を手にした後、俺がどうするのか。

俺はどうなるのか。

俺にも分からない。


——でも、それは。確かに。



「——神在、ありがとな。とりあえず、悪夢にうなされる事はなくなったと思う」

「なんだよ、それ…」

「あくむってなんですか?」

「それはだな——」



探偵の持つ闇を、少しだろうと。

払うことが、できたのだ。



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