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自殺探偵  作者: きのこシチュー
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case3.黄金色の盞は悲嘆の涙を咲かす-3

「……川の、どの辺にあったんだ?」

平常心、平常心…と心で唱えながら桐月はその警官に詳細を求めた。

まさか川の中に落ちてるとは。この動揺を後輩である彼に悟らせてはならない、そんな思いからくる繕いだった。

そんな彼を知ってか知らずか、警官は

「こちらです!」

と言って先導する。


警官に連れられたのは、敷地内にある川の、下流の方だった。

この屋敷は和洋折衷な造りをしており、その影響なのか庭に石灯籠が一つ置いてある。

その近くだった。

そこには鑑識課長の天泉乾(てんしょうすすむ)が待っていた。

「やぁやぁ、桐月くん。待ってたよ」

「…何か分かったのか?乾」

「うん。…それにしても君はいつも面白い事件に巻き込まれるねぇ」

「好きで巻き込まれてないけどな…それで?何が分かったんだ」

「まずね、その包丁。この川で見つけたって盛艮もりとめくんに聞いたよね?」

「ああ」

盛艮、というのは先ほどの警官の名前である。

「それね、川底に刺さってたんだ。()()だよ、()()。ぴーんって」

「……!」

「それとこの川なんだけど…、普通の川よりちょっとアルカリ性が強いみたいなんだ」

「……つまり、この凶器らしきものには」

「そ。手脂…つまりは指紋が消えている可能性が高い。あと血が綺麗さっぱりなところを見ると、水に晒された時間があるから…死亡推定時刻は真夜中ってことになるかな?まあその辺は科捜研がやってくれるだろ〜けど」

ゆったりとした調子で天泉はそう説明する。

天泉乾という人物は、そこにいるだけで場を和ませる、謂わば癒しキャラである。そのために、先ほどまで動揺していた桐月も自然と心が安らいでいた。

だからなのか。


桐月は、

「でも大庭が言うにはこれ、自殺らしいぞ」

と口走ってしまった。


「…………………………………は?」


天泉のこめかみに青筋が浮かぶ。

(…あっヤベ)

桐月は滝のように冷や汗を流す。

この天泉乾という男は、温厚で優しい普通の人…に見せかけてその実、曲がった事が大の苦手な頑固者なのだ。そして自分の仕事にとても高いプライドを持つ。

つまり、「殺人」だと決めつけたものが、他人の手でひっくり返されるのがとても嫌いなのだ。そのため、いつも勝手にひっくり返す大庭に、良い感情を抱いておらず、大庭の名を彼の前で出した時点で、温厚で優しい天泉乾は立ち所に消える。

「ッあ〜〜〜〜!!またアイツか!!!そういうのは俺ら鑑識や科捜研の仕事だと何度言えば!!!!」

さっきのニコニコとした雰囲気から一変、イライラした様子でそばの石灯籠を蹴る。

が、当たり前だが石灯籠はビクともしない。

「そもそもなら凶器が川底から出てきたのをどう説明するんだ?!」

「そこなんだよな…ホトケのいた部屋は、門を南と見た時、北東に位置する角部屋だが、この石灯籠は部屋と直線で結べる位置にある。その近くで見つかった、というのはおかしな話だ…彼女はどうやって凶器を捨てた…?」

ぶつぶつと呟きながら、桐月は石灯籠の周りをぐるっと一周する。

そんな彼を見て天泉は少し寂しげに

「……分かっちゃいたがお前も大庭の意見に賛成か」

と呟いた。



(少し開いた窓…石灯籠…川底に刺さった凶器…水車………なんか引っかかるんだよな…)

石灯籠の周りをくるくると周りながら、桐月は思考を巡らせていた。

何か昔似たような話を見たような気がしてならないのだ。

しかしいくらくるくる周っても答えにたどり着けない。そんなもどかしさを桐月は感じていた。

ちなみに天泉は水車の方へ、巡査の盛艮はもう一度被害者の部屋を見に行った。

「…ここで周ってても仕方ないな。俺も盛艮の後でも追っかけるか」

そう呟いて、桐月は屋敷の中へ入っていった。






被害者——長春カレンの部屋。

改めて見ると、確かに部屋の荒らし方が素人だ。通常の「揉み合った後に殺害」よりも荒らし方が自然ではない。

(…やはり、自殺なのだな)

心の中で大庭否定派の天泉に謝りつつ桐月はそう確信する。

その後は先に来ていた盛艮と共に、この部屋の探索を始めた。

何か見落としがなかったか。

事件解決に繋がる、重要な何かが落ちてないか。

そんな思いで。

そのために、二人掛かりで倒れた本棚を元の位置に戻してみるなどした。

すると、その調子にバサバサと本が溢れた。本はほとんど小説のようで、江戸川乱歩、横溝正史、アガサ・クリスティ、コナン・ドイル…など、とりわけ推理ミステリ系が多いようだ。

空になった棚に何か仕掛けなどがないか、覗き込む。

すると、そこには——

「…凄い嵌り方してますね」

「そうだな…」


本棚の一番上の段の奥に、ピッタリと何かが嵌っていた。

よくみてみると、一冊の薄い本である事が分かる。

破らないように慎重に、桐月はその本を取り出した。

その本の表紙には、


『親愛なる、マリアへ』


と書かれていた。



間髪いれず、

「おーーーい桐月くん、盛艮くーーん。こっちに来てくれーーー!面白い物があるぞーー!」

という天泉の声が、窓の外から聞こえてきた。

どうやら機嫌は治ったらしい。

桐月と盛艮は顔を見合わせ、すぐに外へ駆け出していった。

その本を、片手に持って。



「どうしたんですか、乾さん」

「面白い物ってなんだ?」

石灯籠の前を通り、小川にかかる石橋を渡ったところに、天泉はいた。そこは水車小屋のために作られた場所のようで、水車小屋以外何もない土地と言っても過言ではない。


盛艮と桐月は天泉に連れられ、水車小屋の裏手へ進む。

「そこの木を見てみて」

向こう岸の見える、小川の上流。向こう岸では他の鑑識官が倒れている物干しざお周辺を検視しているようだ。


そのほとりの、大きな木。

天泉は、そこを指差していた。


桐月と盛艮は、天泉に言われるまま、木を見る。


そこには。



一本の、日本()()()()()()()()()





――――――――――――――――――――


「ほんほんなるほど?」

「すみません、こんな話…」

「いいや助かった。ありがとな、シャーリィさん」


男と女が喫茶店から出て行く。


1人は白衣の男——大庭睦月。

1人は相変わらず青い顔をした女性——長春シャーリィ。今回の事件の第一発見者であり、被害者の母親である。


彼らが何故喫茶店に居たのか。

それは、数分前に遡る——。



桐月が凶器発見の報告を受け、川の下流へ向かったのと同時刻、大庭は署ですれ違った女性に声をかけ、彼女の了承を得て近くの喫茶店へと向かったのだ。

大庭は今回の被害者について知らなすぎる。それゆえの行動であった。

「えーっと…まあなんだ。まずは自己紹介と洒落込もうじゃねぇか。俺は大庭睦月。探偵だ。アンタは?」

相変わらず飄々とした態度で大庭は目の前に相席している女性に声をかける。

それまで怯えて一言も喋らなかったが、探偵と聞いて彼女は信用したのか、弱々しく言葉を紡ぎ始めた。

「……私、は…長春シャーリィと言います…あの…あの子、は…私の娘、なんです…どうして、あんな…」

「おう、そうだな。俺はどーしてあーなったか、それを調べてんだ。だが情報が足りない。だから分かることを、なんでもいーからできるだけたくさん教えてくれねぇか?」

「……それで、あの子の…マリアの無念を晴らせるのなら…」


そうして、シャーリィはぽつぽつと話し始めた。


「ええと…まず、あの子の名前は長春マリアと言います。マリーゴールド、お義母かあさまが、好きな花…なんです。だから…あ!えっと、私はハーフで…長春家には、嫁ぐ…という形で、入り込みました。長春家について、は…お義母さまか、夫の…朝露さんの方が詳しい、です…」

「ふぅんなるほど。じゃ、そのマリアが殺されるってなった場合、犯人かもしれないって誰かとかわかるか?」

「いいえ、いいえ…!私、何もわからないんです。あの子はいつも笑顔で…隠し事も、何も無い…そんな風に見えて………」

「この世に隠し事のない人間、なんてぇのは世界ひっくり返してもいねぇぜ。居たとしても、居たとしても、ホントに少人数だろーよ」

「……そう、ですよね」

そこで一旦、会話は途切れた。


沈黙が流れる中、注文した飲み物が2人の前に運ばれてくる。

ウェイトレスがいなくなった後、ついに沈黙に耐えきれなくなったらしいシャーリィが口を開いた。


「あ、あの…なんでもいいって、言いましたよね…?」

「んー?ああ、言ったぞー」

「そ、その…気のせい、かもしれないのですが……警察署に行く途中で、マリアを…見た、気がするのです」

「………それはアレか?ユーレイという奴か?」

「分かりません…でも、確かにアレはマリアで」

「見間違いだろ」

冷めた顔で大庭は、シャーリィの言葉をスパッと一刀両断した。

と思えば大庭は、すぐにガタッと音を立てて立ち上がった。

「ま、こんなもんか。あとは…マリアの通ってた学校は流石に分かるよな?」

「あ、えと…マリアは岳葉たけは市にある私立羽槌(はねつち)大学の文系に通ってましたけど…」

「なるほど羽槌ねぇ…了解、ありがとうな」


——そうして2人は喫茶店を後にしたのだった。



その後、大庭はシャーリィに言われた通り羽槌大学へ向かっていった。

電車に揺られて1時間。その途中、大庭の目の前に、シャーリィの言っていた「ユーレイ」らしき少女が立ち止まった。

彼女は、ただ無言で。


大庭を、見つめていた。




しかし大庭は気づいていないふりをし、白衣のポケットからスマホを取り出し、何やら文字を打ち始めた。


すると少女は、上り方面の車両へと消えていった。



「……死んでも生きる、とか。俺はユーレイは嫌いだよ」


少女が見えなくなってすぐ。大庭はぽつりとスマホの画面を見ながら呟いた。


スマホの画面には、メモ帳アプリが開かれていた。





◇◆◇




数時間後。

羽槌大学での調査を終えた大庭は、校門を出てすぐのところで胸ポケットに手を突っ込んだ。ガラケーだ。

慣れた調子で操作すると、ある人物に電話をかける。


「…あ、桐月か?至急、所謂「前回の事件」—萌月もゆつき令嬢殺害事件についての情報をくれ。…そう、サツの掴んでる情報全て。…PDF?そんな事どーでもいい、オメーが決めろ。とにかく、頼んだぞー」



そうして電話は、一方的に切れた。





――――――――――――――――――――



——そうして、日は落ちていく。


誰もが寝る支度を始める頃、とある一室に、一つ呼び鈴が鳴る。



「…すみません、こんな夜遅くに。


()()()()()」と申します、大庭探偵」




月の明かりの(もと)に、「()()()()()」は、大庭の探偵事務所を、訪ねて来たのだ——




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