この中に筒本のパンツを盗んだ犯人がいる!
注:犯人を作中で明言しません、ご了承ください。
本日最後の授業、体育も終え、僕こと竹林累は授業の後片付けを一人でしていた。別に一人でやらなきゃいけない訳じゃない、単純にホームルームに遅れて行きたかったのだ。副委員長としての仕事をさぼり、委員長に押し付けようという魂胆である。
その程度の考えだったから、片付けを終えてクラスに帰る時も、いつもと何も変わらないものと信じて扉を開けた。するとそこで、神妙な面持ちで座っているクラスメイト達と、黒板の前で珍しく真剣な顔をしている担任の海原武史先生の姿、そして黒板に書かれた驚愕の事件を見る事になる。
『体育の授業中 筒本のパンツが盗まれた』
筒本綾香は1年A組の委員長である。入学したばかりで互いに良く知らない状況の中、クラスの委員長決めの際、特に自薦も他薦も無かったので仕方なさそうに立候補したのが彼女だ。委員長と副委員長は男女一人ずつと決まっていた為、流れで隣の席の僕が副委員長にされた訳だけど。
彼女について特筆する事は無い。僕の中で委員長というのは、眼鏡をかけている、というイメージがあった。実際、小中と僕のいたクラスは眼鏡男子か眼鏡女子が委員長を務めていた。けれど彼女は眼鏡をかけていない。可愛いとは思うけど、クラスの中で一番とか二番とか三番とか、その辺りに挙げられる事は無いタイプ。身だしなみがしっかりしているのと、振る舞いにキレがあるのが魅力らしい魅力だ。そんな彼女だからこそ、犯人の特定は困難だろうと僕は考えていた。動機の特定が難しい、目立ち過ぎず薄すぎず、という立ち位置だったから。
クラスメイトが揃うまで話を進めるつもりが無かったらしく、静かな教室から、一斉に目を向けられ、とにもかくにもこそこそと自分の席に座る。するとすぐに、海原先生が話し始めた。
「竹林が戻ったので改めて説明するが、今日の体育の授業中、筒本のパンツが盗まれた。筒本の話によると、体育の為に更衣室で着替えをして、そのまま体育館に向かった。体育が終わり、更衣室に戻ると、そこにはあったはずのパンツが無い。それでこんな話になっている訳だが、それ以外に無くなったものは無いとも言っている。」
今回の事件を単純化すると、持ち主がいなくなっている間に、持ち物が盗まれた、という内容だ。不思議なのは、盗まれたのがパンツだ、という点。今日の体育は水泳じゃない。パンツの替えをわざわざ持って来ていたのか、あるいは今ノーパンか。
「女子全員で更衣室内を探したものの、結局パンツは見つからなかった。体育の前に更衣室を最後に出たのは筒本じゃなく、体育の後に更衣室に入ったのも筒本じゃない、という確認は取れている。でもな、先生は犯人捜しをしようとは思わない。そんなことをしても、筒本も、誰も喜ばないからだ。」
筒本さんが喜ばないと本当に言ったのだろうか。隣を見てみれば、何故か筒本さんは困ったような顔をしていた。てっきり悲しんでいるか、怒っているかだろうと思っていたけど、何やら事情があるらしい。
筒本さんの勘違い、という事で無ければ、当然誰かが盗んだ事になる。落ちただけなら、後で探したときに見つかるだろう。誰かが既に拾っていた場合、話が大きくなり過ぎて名乗り出られなくなった可能性はある。しかし、更衣室内で落ちていれば必然拾うのは女子であり、探している時に言えば良いだけだ。
なんにせよ、犯人の特定をしないならこれで話は終わりだ。筒本さんはかわいそうだと思うけれど、学校という環境ではこれ以上深入りし難いだろう。
「このクラスにそんな事をする人がいないと、俺は信じたい。だから、犯人には手を挙げてもらいたい。皆が見ていると手を挙げづらいだろうから、皆、顔を伏せてくれ。」
犯人捜しをしないとはなんだったのか、この担任が何を言っているのかよく分からない。
第一、犯人がクラスメイトだと何故分かるのだろう。可能性だけで言えば、筒本さんが更衣室を出た後に残っていた人物が、一番怪しい。しかし、僕達は体育の授業中、更衣室に誰かが入ったとしても気付かないのだ。むしろクラス外にこそ犯人がいそうだし、そうであれば、犯人が手を挙げないのではなく、犯人がいないから手が挙がらない、というオチになるのでは。
ともあれ、皆顔を伏せ始めたのに合わせて僕も顔を伏せる。
「目を閉じて。よし、それじゃあ、筒本のパンツを盗んだ者は手を挙げてくれ。」
目を閉じる。薄く開ける。全体が見渡せる訳じゃないけど、こっそり様子を窺う事はできた。
やはりと言うべきか、誰も手を挙げようとしない。海原先生の目的は分からないものの、これで幕引きだ。
「皆、顔を上げてくれ。これでこの話はおしまいだ。今後、この件について誰かを疑ったり、誰かを責めたりするのは禁止だ。以上、解散!」
そう言ってクラスメイト全員が顔を上げた後、海原先生は黒板の文字を消し、教室から出て行こうと歩き出した。その時先生のポケットから白い布が落ちる。
それを見た伊藤君が、先生に声をかけた。
「先生、ハンカチを落としましたよ。」
「おお、ありがとな伊藤。だけどこれはハンカチじゃなくてパンツなんだ。」
その日、犯人はパトカーに連行され、学校を去った。学校で起きた事だからと内々に済まされるかとも思ったが、結局犯人を責める声が強く、教師陣の誰も庇わなかった。
後日僕は、この事件の裏話を筒本さんから直接聞いた。
「洗濯物を畳んでいる時に、お母さんの下着が私の体操着の間に入ったみたい。体操着に着替える時に気付いて、もうどうしようもないから着替えと一緒に置いておいたんだけど、まさかこんな事になるなんて。」
筒本さん(母)の心の傷は察するに余り有る。今度お見舞いを持って行こう。
当初ミステリーを書く予定が最終的にうさ〇ちゃん案件になりました。
尚、現実ではギャグで済まないので良い子はマネしないでください。