飛んで火に入る夏の虫
昼休みになって図書室に本を帰すため廊下を歩いていると、突然誰かに肩を掴まれた。
驚いて振り向くと、見覚えのあるがりがりに痩せた生徒が立っていた。
「お、お前は確か購買にいた――」
「如何にも! 実はお前と隣のクラスであり、購買部四天王が一人蚊藤虫太だ!」
面倒事の匂いがしたので、そそくさと逃げようとしたが再び肩を掴まれてしまった。
「ちょっと待ってくれ。少し話があるから付いて来てほしい」
用事があると断ろうとしたが泣きそうになったのでしぶしぶ付いて行くと、誰もいない理科室に入れられた。
人体模型や標本が置かれており不気味だ、早く帰りたい。
蚊藤はそこにある適当な席に座ると、手前の席をポンポンと叩く。そこに座れってことか。
大人しく席に着くと、蚊藤はわざとらしく咳払いをしてから話し始めた。
「――実はお前に頼みがある。これを氷様に渡してもらえないだろうか?」
そう言って蚊藤が差し出してきた物を受け取る。
「こ、これは……!」
どう見てもラブレターだった。
かわいらしいピンク色の手紙に熊のシールまで張っている。
「氷さんに告白するつもりなのか⁉」
「如何にも! 我はあのクールでかっこいい氷様に心奪われた! しかしこれを渡す勇気はないので氷様と親しいお前に協力してもらいたい! お願いします、頼れるのは貴方だけなんです!」
堂々と情けない言葉を並べながら土下座する蚊藤を哀れに思い、渡すだけならと約束すると大喜びで手を握って来た。
「ありがとう! 今日から我とお前は友達だ! 困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ!」
その後、風の様に蚊藤は去っていた。
しかし友達と言われて悪い気はしなかった。我ながらちょろい男だ。
とりあえず本を返して、放課後にでも渡すことにするか……。
――――
――
放課後、氷さんを呼び止めてラブレターを渡すと顔を真っ赤にして口をぱくぱくしていた。
ここまで動揺した氷さんを見るのも珍しい。
「す、鈴木君! こ、これって……ももも、もしかしてラブレターかな⁉」
恥ずかしそうに聞いてきた氷さんに蚊藤から渡すように頼まれたと伝えると、一瞬で冷静さを取り戻し、静かに手紙を見始めた。
その瞳は氷のように冷え切っており、見ているだけで寒気がした。
氷さんは手紙を読み終えると、静かに目を閉じて一息つく。
そして「――ちょっと校舎裏に行ってくるね」と言い残し、早足で教室を出て行ってしまった。
これはまずいことになったのかもしれない。
心配になったので、氷さんをこっそり追いかけて校舎裏までやって来た。
覗いて見るとお互いに向き合った状態で蚊藤が愛の言葉を並べているが、それを聞いている氷さんの表情はピクリとも動いていない。
「貴方のことが好きです! 僕と付き合ってください!」
「ごめんなさい、キミとは付き合えない。さよなら」
「か、かああああああッ!」
一刀両断。
蚊藤は膝を折り、灰の様に真っ白になりながら空を見上げていた。
久しぶりにあそこまで冷たい氷さんを見た気がする。
とはいっても以前の学校で彼の様に玉砕した生徒は少なかったから、こうなることは目に見えていた。
「あっ、鈴木君! 一緒に帰ろう!」
此方に気づいた氷さんが嬉しそうに駆け寄って来て腕を組んでくる。
蚊藤に対する申し訳なさを感じながら、氷さんと二人で下校した。
◇
次の日、今度は火富さんに手紙を渡してほしいと言われたが、結果がどうなったかは言うまでもあるまい。
がんばれ蚊藤




