メラ子ちゃんの真実
「ところでメラ――じゃない、火富さんって呼べばいいですか?」
「構わないよ。けどメラ子ちゃんの時と同じよう気楽に接してほしいかな? 相手が敬語だと話すのに疲れちゃうからね」
火富さんはクッキーを頬張りながらコーヒーを一口飲む。
何だか恐れ多い気もするが、火富さんがそれを望むならそうしよう。
「やっぱりキミは優しいね、無理して全部言われた通りにする必要はないんだよ?」
「いや、今まで通りでいいならそっちの方が楽だ」
メラ子ちゃんに扮した火富さんとは自然に話せていた。
これは彼女のコミュニケーション能力の高さの表れだろう。
「それじゃあ、変装してまで俺に会いに来た理由を教えてくれ」
――まあ聞くまでもないだろうが。
俺はちらりと土屋さんを見る。
「私はアイドルとしての活動と学校生活を両立させるため、一人暮らしをしているの。氷ちゃんとはスマホで定期的に連絡を取ってはいるけど、あんなことがあったから――」
あの事件は多くの人を傷つけた。被害者の土屋さんは一生残る傷をつけられたと言っても過言ではない。
猫矢さんも俺もあの事件から完全に立ち直れてはいない、正直、最初メラ子ちゃんを見た時は身体が震えていた。
「氷ちゃんはずっとキミの事ばかり話していたよ。だから、あの氷ちゃんがここまで信頼するなんてどんな人なのだろうかって思ってね、変装して話しかけたんだ。ばれないようにテンションの高いおかしい子を演じながらね」
「演技じゃなくて姉さんの素でしょ?」
「そんなはずない‼ 氷ちゃんは私をテンションが高いおかしい子って思っていたの⁉」
「うん」
「ガッデム……!」
火富さんは床に崩れ落ちた。
うん、これはメラ子ちゃんと同じ扱いしていいわ。
「氷ちゃん。もしかしてまだ怒ってる?」
「いいえ、私に内緒で鈴木君といっぱい遊んだことなんて気にしてないけど?」
「ごめんよ氷ちゃーん! 許して―!」
ううむ、土屋さんがへそを曲げてしまっている。
どう打開すべきか――――そうだ!
「土屋さん、はいこれ」
袋からこの前ゲームセンターで手に入れた熊のぬいぐるみを土屋さんへと手渡す。
土屋さんは目を輝かせた。
「あ、かわいい! 鈴木君が用意してくれたの?」
「そうだよー! 氷ちゃんを喜ばせるため、彼が用――」
「お姉さんから土屋さんへのプレゼントだよ!」
火富さんが大口を開き、目を丸くする。
「な――ちょっと何言ってるの⁉」
「これは火富さんが土屋さんに喜んでもらうため手に入れたんだ」
「姉さん……」
火富さんは顔を真っ赤にし、こちらに背を向けたまま座布団に顔をうずめた。
「何でばらすんだよー! キミが用意したことにすればいいじゃないか! 減点だよー!」
「姉さんありがとう」
「っ! ――ど、どうたしまして……」
うん、美しい姉妹愛かな。
これで土屋さんも少しは火富さんを許してくれるといいけど。
結局しばらく雑談して解散の時間になった。
火富さんは俺に連絡先を伝え「また会いに来る」と帰って行った。
それはよかったのだが、土屋さんが火富さんを見る目が再び冷えていたのが気になった。