メラ子ちゃん⁉
ここに引っ越ししてから数か月たつが、俺は別のアパートの一室を借りていた。
前と同じように学校からは少し離れているが、静かで設備もそれなりの格安アパートだ。
荷物の整理は土屋さんと猫矢さんに手伝ってもらった。猫矢さんには「こんなもの必要ありませんわ‼」と色々捨てられそうになったが何とか死守したぞ。
「お邪魔します! ここが鈴木竜一の家か‼」
「姉さん、あまり大声出さないで」
「すみません」
土屋さんに怒られ、メラ子ちゃんが子供のようにしゅんとする。
やれやれ、これではどちらが姉かわからないな。
もう暗くなっているのでカーテンを閉め、座布団に二人を座らせた。
そして机にコーヒーとクッキーやビスケットなど簡単なお菓子を並べる。
「ありがとう鈴木君。――姉さん、もう大丈夫よ」
「そうだね、全部外すよ」
メラ子ちゃんが付けていたマスクなどを外していき――
「えッ‼⁉」
思わず声が漏れた。
嘘⁉ マジで⁉ どうしてここに⁉
「あ、あはは。私のこと見たことあるかな?」
恥ずかしそうに笑うその顔を見たことないわけがない。
ずっとテレビで見てきた雲の上の存在――
「改めて挨拶するね、私は土屋火富。ひとみんという名前でアイドルやっています」
俺が最も大好きなアイドル――ひとみんがそこにいた。
「め、メラ子ちゃんがひとみんだったの⁉」
「黙っていてごめんね、メラ子ちゃんはごまかすため適当に考えた名前だよ」
何度も目をこするが、メラ子ちゃんではなくひとみんがいた。
――ひとみん。
アイドルグループファイヤーガールズに属しており、センターを務めている今人気ナンバーワンのトップアイドルだ。
小柄ながら、誰よりも一生懸命に歌う姿がまぶしく輝いている。
俺はその笑顔が好きで、彼女がまだ売れていないころからこっそり応援してきた。
グッズとかは恥ずかしかったから買ってなかったけど、テレビに良く出るようになったのは我が事のように嬉しかった。
そのアイドルが目の前にいる――自覚すると心臓がどきどきしてきた、顔赤くなっていないかな?
「あ、握手してもらっていいですか? ファンなんです」
「もちろんいいよ!」
ひとみんが笑顔でを俺の両手を握る。
ああ、ひとみんの手柔らかい。
今日一日手を洗わないでおこう。
「むー」
土屋さんはつまらなさそうに頬を膨らましていた。
「あはは、私としては嬉しいけどこれは減点ポイントだね。氷ちゃんがやきもち焼いちゃってるよ」
「ね、姉さん!」
土屋さんが顔を真っ赤にしながら抗議している。
そうだな、さすがにお姉さんを取りすぎるのは良くないだろう。
アイドル活動で忙しいからたまにしか会えないはずだし。
「そうじゃないんだけどなあ――肝心なところで察しが悪いのは減点だよ?」
土屋さんがそっぽを向き、ひとみんはやれやれと肩をすくめる。
俺は何か勘違いをしたのだろうか?